最終話 終焉の化身
原型を留めないくらいに崩壊した大聖堂のあった場所で待っていると、しばらくして、リーリスが、そして、オリバーさんとシドさんがやって来ました。
「終わったのか?」
「ええ、全て終わりました」
僕にとってはスタートラインですが、水の都で起きた一連の騒動はこれで終わりでしょう。
「そうか、まあ良く分からんが、おじさん的には、最悪の事態は防げたのでまずまずだな」
最悪の事態。それは、ネクロポリスの手によってこの街で誕生した十万のゾンビが街を飛び出して王国中で猛威を振るうこと。結果的ではありますが、それほどの数のゾンビがルーチェと共に肉体ごと天上の世界に行ってしまったのは、この世界の治安を守る教会から考えれば割と良い結果だと思います。
まあ、しかしながら、物流拠点であるアクアロードは壊滅状態で、そこで働き暮らしている者が全員死亡したため、手放しでは喜べないでしょうが。
「お前はどうするシド? 少年から魔眼を取り返すか?」
オリバーさんの問いにシドさんは一度目を瞑りゆっくりと口を開きます。
「いや、今回の一件で我々は一度立ち止まる必要ができた。ネクロポリスを創設したルーチェ・ローズマリアにはまだ多くの秘密が残されている。それを解明してから、改めてどう行動するのかを決める。そのためにも、先ずは一度対岸に逃れた仲間達と合流が第一だ。それに何より、その魔眼はルーチェ・ローズマリアが自分の思惑通りに事が運ぶように用意したものだ。それが分かった今取り返す気など起きない」
ただただ、復讐のみを考えているネクロポリスも今回の一件は組織の在り方に関わるような一大事であったでしょう。和解することはなくても、この一件で多少彼らが丸くなることを願います。
ルーチェの過去にはまだ多くの謎が残っている気がします。僕の方も調査してみようかと思った矢先、この日最後にして最大級の出来事が発生しました。
ズッドーーーーン。
という音と共に、周囲が大きく揺れ、瓦礫の山が崩れ去っていきます。
「な、何、この揺れは?」
「地震ですか?」
僕とリーリスは突然の揺れに驚きますが、事態を理解できているのか、オリバーさんとシドさんは顔面蒼白となっていました。
「おいおい、マジか、前回の出現から二十年ぶりだぞ」
「ああ、どうやら、ここが俺達の最後らしい」
揺れる大地に踏ん張りながら、僕は、オリバーさん達が向く、西方に目を向けます。
「あれは?!」
最初に僕の目に飛び込んできたものは、黒い塔でした。一瞬脳裏に、先程までのゾンビの大樹が浮かびましたが、すぐに頭の中から霧散しました。
何故ならば、十万のゾンビの集合体であったあの大樹の数倍以上の高さを持つ塔が二本あったからです。
勿論、あの場所にあんなに巨大な建造物はありません。移動してきたのでしょう。それを証明するかように、片方の塔が浮かび上がり、こちらに近づく形で大地に再び降り立ちます。
先程の音と揺れはあれが原因だったのでしょうか?
このように、この時点で僕はまだあれを舐めていました。
スカルドラゴン、執行官、日食、十万人を即死させゾンビにさせる複合術、そのゾンビを糧に降臨したワルキューレ。もうこれ以上の驚きはないだろうと高を括っていました。
それ故に、不意に視線を上げ、アレの全貌を見て、そのどうしようもない絶望を知り笑い声がこみあげてきました。
「いや、いや、あれ何ですか? あんなのがこの世にいていいのですか?!!!!」
一言で言えば、あれは、全身真っ黒な毛皮なような物に覆われた巨人です。ただし、頭の高さが一番低い所を漂う雲まで届くほどのあり得ない大きさの巨人ですが。
「何なんですか……」
リーリスも僕の隣で言葉も満足に出せずに絶句しています。
こちらに向かってゆっくりと歩いてくる巨人に混乱していた僕達にオリバーさんがその正体を明かしました。
「あれが、あれこそが、全ての元凶。闇の王だ」
「闇の王? あれが、あの巨人が……」
あれが、ルーチェが倒そうとしていた敵。あれを倒すために、すでにこの世界でも屈指の強さを持つルーチェが、倒すために三百年掛けて準備していた目標。
僕は、闇の王とは一体どれくらい強いのかとずっと疑問に思っていましたが、まさか、あんなに巨大な巨人だったとは。
絵本や伝承でも闇の王は強大な悪と記されていましたが、外見やどんな生物かは、意図的にぼかすように描かれていただけに、初めてその正体を知って心の底から驚きました。
すると、目がいいリーリスがある事に気が付きました。
「あの巨人の毛でしょうか? 全身を覆っている体毛、脛の部分に当たる毛が、地面に向かって伸びて、何かを……人! 人です。無数の体毛の一本一本が人間を捕らえて、捕まった人間があの巨人の体に飲み込まれていきます!!」
今、あの巨人が立つ周辺には、確か小さな街があったはずです。あの巨人は、街に住む人間をただ歩きながら体毛を使って捕食しているとでも言うのでしょうか。
リーリスの言葉を肯定するようにオリバーさんが頷きます。
「ああ、闇の王は、ああやって、歩きながら人を食らう。あれほどのデカさだ。攻撃してもびくともしないし、防御魔法を何も全て無駄だ。あれを退けられるのはこの世でただ一つ。勇者の専用スキルのみだ。それを浴びるまでは、奴はただ歩くだけで人間を世界を滅ぼせる」
流石のオリバーさんも、もう諦めモードで、肩から力を抜けているのが目で見て分かります。
「だが、あの触手のような体毛に捕まり奴の体に飲み込まれて尚、命を捨ててアンデットとして戻ってきた者達がこの世に七人いる」
同じようにシドさんも脱力していますが、それでも言葉を続けます。そして、シドさんが指す存在に僕は大いに心当たりがありました。
「ヴァンパイア。最強のアンデット。確かにあれの一部となってその後、抜け出せたのであれば、あれほど強いのも納得がいきます」
ただ歩くだけで人類を滅ぼせる怪物。
シドさん達が諦めるのも無理はないでしょう。流石の僕ももう終わりだと感じました。しかし、ここで、恐らく今日一番の幸運な出来事が起こりました。
「おい、あいつ立ち止まったぞ」
オリバーさんの指摘通り、巨人は大河まであと一歩くらいのところで、停止します。そして、頭部を下げて、その巨大な単眼で僕達のいるアクアロードを覗きこみます。
そして、ゆっくりと顔を上げて、そのまま、僕たちから背を向けて、元来た道を引き返し始めました。
やがて、その巨体が霞のように空に溶けていく様を見て、脱力のあまり地面に座り込んでしまったオリバーさんが小さく声を漏らします。
「た、助かったのか……」
「ああ、どうやらそのようだな。ふう~」
流石のこの二人も完全に生きることを諦めていたようで、それだけに目に見えるくらい喜んでいるのが分かります。
「ほとんど何もせずに消えた。勇者もいないのにどうして……」
「分からん。だが、生き残ったのは確かだ」
そんな二人に僕は疑問をぶつけます。
「あれは一体何なのですか? 闇の王というより、僕には闇の神に見えたのですが」
僕の疑問にオリバーさんは小さく笑います。
「ふ、あれについてはよく分からない。どこから来るのかも、何を目的に行動しているのかもさっぱり分からない。だが、おじさんもあれは王様ではなく、神様の領域にいる存在だと思うぜ」
「なら、どうして?」
今度は、シドさんが答えます。
「決まっている。あれを神と呼ぶことをルクシオン教が禁じているからだ。なあ聖職者さん?」
「そうだ。神はルクシオンのみ、それ以外の存在を神と呼んではいけない。おじさんもルクシオン教の全てを知っているわけではないが、あれを神と呼ぶことを禁じているルクシオン教は、あの巨人と何か深い関わりがある気がする」
そして、オリバーさんは最高機密だから絶対に他に喋るなと念を押しながら、
「ルクシオン教がこの地に根付く五百年前、当時のルクシオン教との覇権争いに敗れ徹底的に存在を抹消された、とある古い宗教においてあれはこう呼ばれていたらしい、神の眼を持つ虚人と」
「神の眼を持つ虚人……」
僕は、もうほとんど姿が見えない巨人の名を呟きながら、その最後の一部分がこの世界から消えていくのを見届けました。
今日は色々なことがあった。しかし、最後にこれだけは覚えておこうと思います。
ルーチェが納められた棺に書かれていた瞳の印、あの時はルクシオン教のシンボルだと思っていたけど、今にして思えば、微妙にデザインが違っていました。
どちらかと言うと、先ほどの巨人の顔面についている単眼とそっくりであったと。




