第二十二話 共闘
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漆黒の太陽が輝いた瞬間、一瞬だけ、僕の胸を何かが締め付けるような感じがしました。
でも、それ以外は他に異常は感じませんでしたし、この場にいたおじさんとルーチェ、リーリスにも、変化はありませんでした。
しかし、僕達は大丈夫でしたが、あの黒い太陽は、この街に何かしらの影響を及ぼしたようです。
「うっうううううううう」
最初に、僕達の耳に届いたのは、うめき声でした。
しかも、一か所からではありません。周囲一帯から複数のうめき声が響き渡ります。
この時点で、おじさんは、この場から姿を消していました。
今まで、交戦していたおじさんが、この場からいなくなった理由が、分かりませんでしたが、おじさんと入れ替わるように姿を現した者達を見て僕は驚きました。
「ゾンビ?!」
ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、ゾンビ、
続々と無数のゾンビ達が姿を現します。当然、ゾンビの元となった人達は、スカルドラゴンの姿を見てから逃げ出したこの街の住人達です。
ただひたすら、肉が腐り骨となるまで、生者を殺すゾンビは、恐らく生者である僕の気配を感じて、この場に姿を見せたのでしょう。
ですが、死霊術士は、基本的にはゾンビやスケルトンと言った下位のアンデットの殺戮対象外です。僕を見て死霊術士が出す独特の雰囲気を察したのか、ゾンビ達は皆、背を向けて去って行きました。
「一体、何が起きている?」
僕は、ルーチェとリーリスにそれぞれの意見を求めます。
「え!? ん、そうですね。あの男が仕掛けたのではないのですか?」
リーリスは、戦闘の余波で、いつの間にか、どこかに吹き飛んだガリアンの仕業に違いありませんと答えました。
「ルーチェは、どう思う?」
僕はルーチェにも、この状況について尋ねようと彼女の方を見ます。ですが、ルーチェの様子が何かおかしかったことに気が付きました。
「これは、まさか……でも、こんなことありえるの?」
「ルーチェさん?」
リーリスもまた、顔を下に向け、ブツブツと何かを呟いていたルーチェの挙動不審な態度に疑問を持ったのか、大丈夫ですかと声を掛けます。
「え、ええ、私は大丈夫ですよ、ですが、この状況は恐らく、あの男の仕業ではないと私は考えます」
「根拠は?」
「そのヴァンパイアの予想通りだ!」
僕は、ルーチェに何故死霊術士のガリアンの仕業じゃないのかと尋ねようとしましたが、ルーチェの考えに同意するかのように、先ほど消えたおじさんが、再び姿を現します。
「「「?!!」」」
僕達三人は戻ってきた脅威に身構えますが、おじさんの方は戦う意志ないのか、話がしたいと両手を上げます。
「話とは?」
「ああ、おじさんは今、この街の様子を見てきたんだが、かなり不味いことになっている」
おじさん曰く、なんと、現在、この街のほぼ全ての住人がゾンビと化しているそうです。
「そんな、馬鹿な! この街の人口は十万人近いですよ。そのほとんどが、ゾンビ化したなんて……」
「おじさんも、信じられないが、これは事実だ」
死霊術士は、スキル・ゾンビ増殖でゾンビを作成できますが、一度に作成できるのは、せいぜい四、五体のはずです。しかも、死体にしか効果を与える事ができないはずです。
「ほんの数分で、十万人の人間が死亡し、ゾンビとして蘇った。そうとしか考えられん」
もはや、スキルや魔法の枠を超えているとおじさんは断言します。そうなると、考えられる可能性は一つしかありません。
「複合術ですか?」
僕の考えをルーチェが代弁し、おじさんが静かに頷きます。
「街中で、複数の死霊術士を見つけた。恐らくネクロポリスの連中は、ガリアン・ノワールを囮にして、おじさん達が戦っている隙に、複合術を発動させたんだろう。まあ、こんな馬鹿げた規模の術など聞いたことがないがな」
かなりの大規模で、かつ複雑な術だろうなと付け加えます。
ここで、情報が一通り集まったのを見計らってか、リーリスが分かりやすいようにまとめてくれました。
「つまり、ネクロポリスの人達は、この街で、何らかの複合術を発動させ、その結果、この街に住む住人のほとんどが、死んでゾンビと化してしまったと言うことですか?」
おじさんは、その通りだと頷きます。
なるほど、確かにこれは大変な事態です。ネクロポリスは一旦置いておくにしても、すでに発生してしまった十万人ものゾンビが、この街を出ていけば、王国は大混乱に陥ります。まさに国家存亡の危機というわけです。
「でも、私達には関係ないよね? だって、アンデットである私やルーチェさんは狙われないし、死霊術士であるジン様も狙われていませんし」
リーリスは、疑問符を浮かべながら、問い掛けますが、その通りです。どれだけいようが、ゾンビに狙われない僕達にとっては、これは危機ではありません。
むしろ、逃げ出すための好機ではないでしょうか?
そんなリーリスの出した問いに、おじさんが答えます。
「いや、十万人いようが、所詮はゾンビ。王国軍や教会が本気で対処すれば、いつかは終わる問題だ。だが、今回の大規模殺戮とゾンビ化を行ったネクロポリス共をこの場で見逃せば、次は王都や聖地で同様のことをやるだろう。それに、もしかしたら、今回発動させた術はまだ未完成で、次はこの国丸ごとゾンビ化させるかもしれん」
まあ、そうですね。教会から見れば、今確実にこの街にいるネクロポリスを取り逃がせば、次は更なる災厄を招くことでしょう。
でも、それでも僕達には関係ない気がします。
しかし、おじさんは、それは違うなと、首を横に振ります。
「もし仮に、世界中がゾンビになってしまったら、少年、君はどうなる? どうやら、ガリアン・ノワールの一件から考えるに、君達はネクロポリスと対立しているのだろう? 世界中がアンデット化し奴らが支配者になっても、君達の居場所はあるのか?」
おじさんの言いたいことは理解できます。でも、現状、すでに体制側である教会から狙われている以上、余り変わらない気がしますが?
そう頭の中で考えていると、おじさんは驚きの提案をしてきました。
「多少は生き残りがいたが、そいつらはみんな、この街から逃げ出そうと懸命に橋の上を走っているし、あまり強そうではない。この街で、今戦力になれるのは、おじさん以外には、君達しかいない。だから、協力を求める。引き換えに、君達の今後の生命と行動の自由、並びに拘束や処刑の対象からも外すように、私が責任をもって手配する」
おじさんは、なんと頭を下げて、僕達に、対ネクロポリスで共闘しないかと持ち掛けてきました。
悪くない取引です。今後、教会から狙われないだけでも、十分な見返りがあります。ですが、懸念も一つ。
「……本当に、約束を守ってくれるんですか?」
おじさんに一度追い詰められているリーリスが懐疑的な目をおじさんに向けます。僕も同意見です。アンデットを激しく敵視している教会ならば、僕達を、利用するだけ利用してから切り捨てるかもしれないという懸念がどうしても拭いされません。
僕も、リーリスと同様に、おじさんの言葉は信じられないと叫びましたが、今まで、成り行きを見守っていたルーチェがここで動き出し、驚くべき発言をします。
「主様、この取引、御受けしてもよろしいかと」
「ルーチェさん?! 何を言っているのですか?」
「そうだ! 何を考えている?!」
ルーチェだって、生前は教会側だったとは言え、今はアンデット。それも最高位のヴァンパイアです。しかも、教会最大の不祥事として一般的にはルーチェの記録は抹消されています。そんな存在を教会が許すはずがありません。
しかし、ルーチェは目指すべき場所が違いますと僕達を諭すように取引に応じるメリットを語ります。
「教会が保護してくれるお話は一先ず保留にしましょう」
何を言っているんだ? それが、この提案の最大の懸念すべき場所では?
「今、重要なのは、この神父と共に可能な限りネクロポリスの戦力を削ぐ事です。ネクロポリスも教会もどちらにしても両方とも、私達にとっては敵です。その敵の一方の主力が今この街に集結しているのです。これを今、潰せるだけ潰してしまいましょう」
「でも、それじゃ!」
ルーチェの考えに、リーリスは納得できないと声を上げます。
「勿論、そこの神父が提案した、我々の保護の件は真剣に取り組んでもらいます。ですが、それとは別に、この街のネクロポリスを潰した後、我々を一度この街から見逃すことは、確実に履行してもらいます」
ルーチェは、確実性が不確かな、おじさんの提案する長期的な身の安全の保障よりも、確実性の高い短期的な身の安全の方を強く主張しました。
確かにネクロポリスは邪魔です。嫌悪感で比べれば、教会よりも連中の方が嫌いです。そして、そのネクロポリスを今、おじさんとルーチェが手を組めば、かなりの数潰せるでしょう。
ゾンビに関しては僕達は狙われないので、軍やら教会に任せてネクロポリスが片付いたら、とっと、この街から逃げ出す。その際に、おじさんを始め教会は僕達を確実に見逃す。
どちらにしても、この街から退去するのは、決定事項なので、ネクロポリスという邪魔者をアンデットに強いおじさんと一緒に潰し、さらに教会の追撃を防げるのであれば、ルーチェの提案した取引に応じる価値はあると思います。
「なるほど、まあ確かに、ネクロポリスの連中を片づけても、大量のゾンビは残っているし、おじさんも疲れ果てて、君達を追う元気はないだろう。……こちらとしては、それで問題ない。後、君達の保護の件は、おじさんが責任を持ってやろう」
おじさんも、自分の出した取引よりも、ルーチェの出した提案の方が現実味があると賛成します。リーリスも、ルーチェの考えに理解したようで賛成の声を出します。
「分かった。それで行こう」
握手は交わしませんでしたが、僕達は今、教会と一時的に手を組みました。
「これで、随分と楽をできる!」
おじさんは、僕達というよりは、ルーチェと言う強大な戦力が味方に付いたことに安堵しており、今後の方針が決まり、リーリスも「仕方がないでやりますか」と腕を回しています。
それから、僕は流れるように、この街の中心を眺めるルーチェの横顔を見ます。
しかし、先程まで、ほとんど感情を表に出して来なかったルーチェとはまるで別人のような彼女の横顔に背筋が凍り付きました。
「……笑っている?」
まるで欲しかったものがこれで手に入ると言わんばかりに邪悪な笑みを浮かべるルーチェに、僕は一抹の不安を感じました。




