第二十一話 国家非常事態宣言
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滅多に見られない皆既日食が開けた直後のアズライト王国の王都ソロン。
派手なデザインが目立つ、王都中心部の主要政府機関の庁舎が立ち並ぶ一角に、様式美を感じない質素なデザインの建物があった。
アズライト王国軍、中央参謀本部。
世界最大規模の軍隊と言われる、アズライト王国軍の中枢部である。
そして、その中でも、特に重要な部屋である中央作戦司令室にて、軍服を着た一人の厳つい顔した男性が、机を叩き部下を叱責する。
「どうなっている!! まだ、追加の情報は入ってこんのか?!」
男の名前は、ルドルフ・ゴードン元帥。由緒ある貴族の家の当主で、王国軍の最高司令官でもある。
ゴードン元帥が苛立っている理由は、数日前から起きていたある事件に関する情報がさっぱり入ってこないからだ。
「申し訳ありません。現在、目下、調査中であります」
ゴードン元帥の叱責を一身に受ける部下である将校は、頭を下げることしかできなかった。それほどまでに、軍の頭脳であるはずのこの場所に、報告すべき情報が上がって来ないのだ。
状況が進展しないことに、さらに苛立ちを募らせるゴードン元帥。そこへ、別の部下から来客が来たと言う報告を聞き、訪問してきたその人物に驚く。そして、すぐさま、顔色を変え、その客人をここへ案内しろと命じる。
ゴードン元帥は王国軍のトップにして名門貴族の当主でもあり、おまけに今は、間違いなく異常事態が起こっていると推測できる状況だ。なので、本来であれば、自ら王国軍関係者以外の客人の相手などしている暇はない。
だが今、参謀本部を訪れてきた人物に対しては、ゴードン元帥と言えど、無下に扱うことはできない。理由は、その人物があらゆる組織に多大な影響力を持ち、自分達よりも遥かに情報を掴んでいる可能性があったからだ。
「いやいや、よくぞ、お越し下さいました」
世界最強の軍隊のトップが、ここまで下手にでなければならない相手である禿げ頭の男性は、そう畏まらないでくれと言いながら、ゴードン元帥の部下の案内で、元帥と同じテーブルに着く。
「挨拶は抜きにしよう。それで状況は?」
ルクシオン教会、異端者殲滅機関の司令官。マルコ・クローム枢機卿は、単刀直入に現在の状況を尋ねる。
ゴードン元帥にしても、余計な世辞や挨拶を省けることに、心の底から安堵して、部下に、現在軍が知りえている状況を報告させる。
「数日前より、中央エルム地方にある我が軍の各基地や砦からの定時連絡が一斉に途切れています」
テーブルの上には、広大なアズライト王国内に存在する軍事施設の場所を示した地図があり、連絡が途絶えた基地には赤いインクで×印が刻まれていた。
「連絡の途絶えた基地に、鳥を飛ばしてみましたが、返信はありません。そのため現地に直接、早馬を向かわせていますが、ここに報告が上がってくるのは、明日以降になるかと思われます。また、幸いな事に民間への被害は、今のところ確認されていません」
マルコは、「ふむ」と報告に納得したように頷く。その様子を見て、ゴードン元帥は、マルコに教会側が知り得ている情報を提供して欲しいと要請する。
「こちらとしても、そう多くを知っているわけではない。だが、うちに所属している魔獣使いの一人が、軍の基地の上空をワイバーンで偶然通り掛かり、その基地が異常事態に陥っていることに気が付いたため、慌てて私の所に連絡を入れてきた」
王国軍に所属する兵士にも、上位天職・魔獣使いは一応はいる。しかし、教会よりも数が少ない上、そのほとんどを国境付近の警戒に回しているため、すぐには用意できなかった。ゴードン元帥は人材に余裕がある教会を羨ましく思った。
「で、その魔獣使いが確認した基地だが、ほぼ全ての人間が、ゾンビ化していたそうだ」
は? マルコの発した言葉でゴードン元帥の頭の中は真っ白になった。しかし、マルコはゴードン元帥の頭の中が整理される前に、さらに言葉を続ける。
「これは、私の推測だが、今確認が取れていない基地は全てゾンビ化してしまったのではないか?」
マルコの推測を聞き、ゴードン元帥を始め、作戦室内で、各地からの情報を必死になって整理していた多数の将校達は一斉に手を止めた。
音信不通になった各基地にいる軍人の数を合わせるとゆうに一万人を超えている。その全てがゾンビ化するなどありえない。悪夢だ。
その余りにも馬鹿げた予測に、しばらくの間、室内が静寂に包まれる。
だが、聞いた当初はあり得ないと思っていた将校達であったが、次第にマルコの推測が的を射ているのではないかと思い初め、室内に絶望的な雰囲気が漂ってきた。
マルコは、そんな将校達の気持ちを理解しつつも、話を進めた。
「しかしながら、先程報告してくれたように、民間への被害報告は出ていない。これはつまり、敵の狙いは我々や軍の介入を防ぎつつも、民間人には、普段通りに動いてもらいたいと言うことだろう」
マルコは、地図に書かれている連絡が途絶している基地一帯の中心付近にある街を指で指し示す。
「敵についての説明はいらんだろう。人間をゾンビ化できる集団など、一つしかない。そして、奴らが狙うとしたら、この付近で最大の人口を誇り、王国最大の物流拠点である、アクアロードに間違いない!」
おとなしく説明を聞いていたゴードン元帥を初めてとする将校達は、頭の中で今の仮説について各々、考察しそれぞれ異なった意見を出すが、ある一点に関しては同意見であった。その一点についてゴードン元帥が皆を代弁して発言する。
「なるほど、よく分かりました。今のご推論については後程、詳しく分析するとします。ですが。もはや、調査などと言う段階は過ぎ去っているのは認めなければならないでしょう」
ゴードン元帥の言葉に将校達は同意見だと頷く。そして、ゴードン元帥は、部下達に次々と指示を下す。
「現時点をもって、国家非常事態宣言を発令する。各省庁に、情報を全てこちらに上げるように指示を出せ。並びに、王国軍全軍に即時戦闘態勢に入るように命令を下し、中央エルム地方を封鎖しながら、該当地域に住む国民を危険地域から退避させろ! 王宮への報告はこの後、私自ら行く」
ゴードン元帥の指示に従い、慌ただしく次々と部屋を出て行く将校達、それもそのはず、ついに国家非常事態宣言が発令されたのだ。
国家非常事態宣言は、国家の安全を脅かす重大な脅威が確認された場合、軍総司令官の権限の元、発動される。
国家非常事態宣言が発動した時点をもって、王国の全ての政府機関は軍の指揮下に入ると共に、全ての貴族と国民は軍の命令に従わなければならない。これに逆らった場合は、後日、国家反逆罪に問われる。
これにより、アズライト王国の全てが、文字通りゴードン元帥の手足となるが、例外が一つだけ存在する。
それは、世界規模で絶大な影響力を持つルクシオン教会だ。
総本山が王国内にあるとは言え、独自に戦力を持ち、各国で活動している教会からしてみれば、何故一国家の言いなりにならなければならないのかと反論するのは当然だ。
以前の非常事態宣言時にも、そうした声は強く。王国軍の思うように避難誘導などができなかった。
だが、今回は違う。
ルクシオン教会の中でも、最高幹部の一人であるマルコ・クローム枢機卿が、軍に協力するとこの場で約束してくれたからだ。
「こちらからも、現地に執行官数名を直ちに派遣し、各地の教会を守護する神殿騎士団には、軍と共に行動するように連絡しておこう。また冒険者ギルドにも全面的に協力するように通達を出す」
冷静に言っているように見えてこの時、マルコは「これで他の枢機卿に余計な借りを作ってしまったな」と、頭を抱えそうになっていた。
しかしながら、金と権力ばかりに固執する他の枢機卿に頭を下げなければならないほどに、事態は一刻を争う。
もし、マルコの予想が当たっていれば、ゾンビ化された一万人の兵士達が、数日中、いや下手をしたら、もうすでに周囲の街を襲っている可能性があったからだ。
死霊術士のスキル、ゾンビ増殖によって生み出されたゾンビによって殺された生者は、同様のスキルを持ったゾンビとして蘇る。
すでに一万人がゾンビ化していると仮定すれば、数日以内に、今の数倍近いゾンビが誕生するのは、ほぼ確実だろう。
ゴードン元帥も同意見で、静かに頷き、部下に現在すぐに動かせる部隊について尋ねる。そして、部下からの報告を聞き、ゴードン元帥は更なる指示を下す。
「中央方面基地から八個大隊。ハープ基地、ミルマ要塞、アルマス基地からそれぞれ四個大隊ずつ出せ! それから、西部と南部方面司令部からも、同規模以上の兵を出させろ!」
アズライト王国軍の一個大隊は、約千人で構成され、各隊に最低一人は上位天職者が配置されている。なので、練度の高い兵士が合計で二万人、上位天職者が最低でも二十人以上はいる計算だ。
さらに追加で、南部と西部からも、同規模の部隊が派遣され、展開される総兵力は数の上では合計で六万人となる。これは小国の軍事力に匹敵し、初期の段階でこれほどの戦力を動かせることができる国家は、アズライト王国以外には存在しない。
ゴードン元帥は、軍の展開が完了するまでに、ゾンビの数は最悪でも三万人前後にまで膨れ上がっていると仮定して、その二倍の兵を用意した。王国軍の一般兵士一人で、ゾンビ三人分くらいの強さがあると言われているので、これで万全の構えができた確信を持つ。
そして、事態への解決に道筋をつけることができたと安堵し、被害を防ぐために協力してくれたマルコに頭を下げ感謝の言葉を贈る。
「クローム枢機卿、感謝します」
「いえいえ、困った時はお互い様でしょう。それに、これは教会の危機でもあります」
だが、これだけの戦力があっても、マルコの不安は完全には払拭されなかった。何故なら、敵はゾンビだけではないからだ。
(不味い事に、今現在アクアロードには、執行官が一人も配置されていないはずだ。さらに、ここの最近の奴らの不審な行動を考えるに、最悪の場合シドを始めとするネクロポリスのメンバーのほとんどがアクアロードに集結している可能性もある。そうなった場合、あの程度の戦力では、みすみす敵の手駒に変わるだけだろう。やはり、こちらからもさらに追加で戦力を出すしかない。それにしても……)
そして、脳内にて、最近音沙汰がない親友の顔を思い浮べ、心の中で激しく罵倒した。
(どこで、何をやってやがる、オリバーの馬鹿野郎!!)




