第二十話 ネクロポリス
アクアロードの中心部に位置する大聖堂の屋上に、数人の黒ずくめの集団がいた。
集団の一人が、リーダーであるシドに報告をする。
「ガリアンの奴が、オリバーを引き付けてくれたようです。おかげで、奴に邪魔されずに儀式を行えるのは確実でしょう」
「そうか、それはよかった」
シドは報告を聞き安堵し、今まさに天高く昇ろうとしている太陽を眺めながら、その時が来るのは待った。
「遅い! ルーチェ!」
「はい、真に申し訳ありません」
「私、ルーチェさんのこと見損ないましたよ」
「……何も言い返せません」
ルーチェに文句しかなかった僕達はそれぞれ不満の声をぶつけました。ですが、目の前の脅威に対抗できるのは彼女しかいないので、軽く不満をぶつけて止めました。
「闘技場にいましたが、商業区でエルフが暴れていると言う話を聞き、こちらに来ました。それで状況は?」
おじさんの方は興味津々の様子でこちらを見ているだけなので、僕は、ルーチェに手短に今までのいきさつを伝えました。
「執行官に殲滅機関ですか……。私の時代にはいなかった組織ですね」
ルーチェは両腰から二本の剣を取り出すと、ご丁寧に今まで、待っていてくれていたおじさんの方へと歩き出しました。
「挨拶は不要ですね」
「ああ、まさか、少年にこれほどのアンデットがいたとは思わなかった」
先に動いたのは、ルーチェの方でした。
スカルドラゴンを倒した時のおじさんよりも、更に早い動きで、おじさんの懐に飛び込むと同時に二本の剣を振るいます。
「よし、決まった!」
流石はルーチェと思わず叫んでしまいましたが、それは間違いでした。
「ん?」
ルーチェは間違いなく今おじさんを斬り捨てたはずです。ですが、おじさんは無傷のまま、その場に立っていました。
「想像よりも遥かに早い。俊敏性に優れた天職を持つようだな」
おじさんの言葉に無言で返し、ルーチェは右手に持つ剣で、おじさんの首を飛ばすべく再度、剣を振り払います。
しかし、まるですり抜けるかのように、ルーチェの剣はおじさんの体をただ通過していくだけでした。
「一体、どうなっている?」
「まるで、おばけを相手にしているみたいですね」
一緒に戦いを見守っていたリーリスの感想に同意します。おじさんの体は、まるで実体を持たない霊のようでした。
ルーチェがいくら剣で切り裂いても一切手ごたえがありません。
これまでに見てきた防御手段は、ただひたすら固い、再生能力が高い、回避するの三つです。しかし、今おじさんが行っているのは、そのどれとも違います。
まるで、実体を持たない幻影を相手にしているような感覚を覚えます。
ルーチェも、これでは埒が明かないと判断したのか、一度、距離を開けて体勢を立て直そうとします。ですが、下がった途端に右側から見えない攻撃を受けて、吹き飛ばされました。
「ルーチェ!!」
「ルーチェさん!!」
辛うじて、剣を盾にして体を庇えたようですが、僕はルーチェがまともに攻撃を受けたのを初めて目撃しました。
「大丈夫です。それよりも、この方はかなり厄介な方のようです」
ルーチェは、忌々しそうに、おじさんの方を向きます。
「確認しておくべきですね」
そう言うと、両手首から血が飛び出して、ルーチェの持つ二本の剣を覆い、鮮やかな赤色の刀身を持つ剣となりました。その光景を見て、おじさんは驚きの顔を見せます。
「これは驚いたな。ヴァンパイアか」
今のルーチェの行動を見ただけで、おじさんはルーチェの正体を正確に看破しました。
「既存の七体の内のどれかか? それとも、新しく誕生した個体か?」
おじさんの問いに、ルーチェは平常心を保ったまま答えます。
「ルーチェ・ローズマリア。この名前に聞き覚えはございますか?」
「ああ、あるな。第三のヴァンパイア。確かローズの教会にて浄化されたと記録が残っていたな。なるほど、これで大体把握できたな」
まずい。
以前、ローズの街の司教様が言っていたように、おじさん、いや教会の上層部は、僕達の情報をある程度掴んでいたようです。そして、彼らの集めていた情報が正しかったと証明させてしまいました。
「大丈夫です。主様、この場でこの男を始末すれば、情報の流出はある程度防げるはずです」
僕の焦りを読み取ったのか、ルーチェは、問題ないと微笑みます。そして、剣を構え、おじさんの方を見据えます。
「こちらの情報を知られたお返しをしましょうか?」
ふむ、おじさんは両手を構えたまま、どうぞと顎で促します。
「主様が仰るには、あなたの天職は聖拳士だそうですね? 懐かしいです。私の生前の同僚にもその天職を持つ者はいましたから」
ルーチェも、かつては教会側として戦っていました。同僚に聖拳士がいてもおかしくはありませんし、その能力も熟知しているはずです。
ですが、現状遅れを取っているところを見るに、あのおじさんには、ルーチェが上位天職に匹敵する力を持つヴァンパイアであるのと同じように天職以外の何かがあるのでしょう。
「あなたも知っているように、私はヴァンパイア。光属性に弱い種族です」
そう言えばそうだ! ヴァンパイアは驚異的な再生能力を持ちますが、唯一光属性の攻撃だけは、瞬時に再生することができません。
ルーチェにとって、物理攻撃の全てに光属性が付与されているおじさんの攻撃は、例えパンチ一発でも、まともに入れば、大ダメージです。ましてや、スカルドラゴンを倒した時のあのスキルを食らえば一撃で負けるかもしれません。
「ですが、優れた身体能力を持つヴァンパイアである私は、単純な速さの面では、あなたよりも遥かに優位にいます」
今は、言葉には出しませんでしたが、ルーチェの天職・戦乙女は、防御よりも速度を重視した天職です。種族と天職の両方でルーチェはおじさんよりも確実に俊敏性は高いはずです。
「上位天職とは言え聖拳士では、私のスピードには追いつけない。だとしたら、あなたには、聖拳士以外の何かがある。違いますか?」
「その通りだ。確かにおじさんは、聖拳士以外の力を持っている。だが、それを当てられるかな?」
おじさんの挑発に対し、ルーチェはその場で剣を振るいます。
あれは恐らく、剣士系のスキルである裂空斬でしょう。以前、ガリアンの使役していたグールが使っていましたが、ヴァンパイアであり戦乙女でもあるルーチェが放つ斬撃は、ガリアンのグールとは比べものにならないほどの威力です。
ただ、分からないのはその斬撃が、おじさんのいる位置よりも少し離れた場所に向けられて放たれたことです。なので、おじさんが回避する理由も、防御する理由もないはずです。
にも関わらず、おじさんは、「おおっと」と声を上げて、当たらないはずの攻撃を回避しました。
「勘で放ちましたが、最初の一発で狙えてよかったです」
「ああ凄いな。流石は英雄様と言うことか……」
おじさんはルーチェに称賛の言葉を送ります。ルーチェはおじさんの言葉を素直に受け取ると、何やら難しそうな顔で僕の方を見ます。
「種は分かりました。ですが、これは極めて厄介です」
僕は、ルーチェにおじさんの秘密を尋ねます。
「主様も、あの男が魔法、具体的には幻術の類を使っていると考えていたのではないですか?」
確かに、それは一度は考えました。でも、あり得ないと思ってすぐに捨てました。
もし、今見えているおじさんの体が幻術で生み出されたとすると、あれだけ長く精密に維持できる幻術は、上級クラスの闇魔法しか考えられません。
しかし、光魔法に高い適正を持つ反面、闇魔法の適正が低いと言われる聖拳士では、上級クラスの闇魔法は行使できないはずです。
「あの男が使っているのは、間違いなく幻術や幻覚の類です。しかしながら、あれは魔法ではありません」
魔法ではないというのは当たっていました。ですが、スキルとも思えません。
魔法と同様に、光属性系の天職が幻術系のスキルを使えるというのが初耳だったからです。それとも、装備や魔法道具の力でしょうか?
「あそこにいる男はスキルによって生み出された存在です」
「え、どういうこと?!!」
スキル?! 幻術系のスキルを覚えないはずの聖拳士が、幻術系のスキルを覚えたと言うのでしょうか? そんなことありえるのか?
どんどん深まる僕の疑問にルーチェが回答を示しました。
「恐らくあれは、専用スキル仮装対象によって生み出された幻影。より正確には、自分の姿を隠し、自分のすぐそばに自分とそっくりな幻影を投影するスキルです。そして、そのスキルを扱える天職は今の私の記憶の中には、一つしか心当たりがございません。その天職の名は、奇術師……」
そして、ルーチェは一呼吸して自ら導き出した答えをおじさんに告げます。
「私の生きていた時代に、一人だけあなたと同じ存在がいたので、この答えを出せました。光属性の打撃技を得意とする聖拳士、そして、幻術を持って相手を騙す奇術師。あなたは、二つの上位天職を持つ、二重天職者なのではないのですか?」
ルーチェの答えを聞いて、おじさんはとても嬉しそうな笑顔を見せました。
「素晴らしい!! よくぞ気が付いたな」
その反面、ルーチェの方は苦しそうな顔を見せます。
「想定していた中でも最悪な結果ですね。ただでさえ、高レベル聖拳士と言うだけで、私にとって脅威だと言うのに、その上、もう一つ天職を持ち、あまつさえそれが、幻術に秀でた奇術師とは……」
僕もルーチェと同じ意見です。
一般的に、聖拳士の元である下位天職・闘士は、己の肉体を強化して力で敵をねじ伏せる天職です。クラスアップして、聖拳士なり、光属性の打撃に特化しても、根っこの部分は変わりません。
体を強化して光属性の帯びた一撃で相手を沈める。それだけならば、俊敏性に秀でたルーチェであれば、十分に対処できたでしょう。しかし、あのおじさんは、もう一つの天職、奇術師のスキルによって、スピードの不利を幻術で補いました。
「では、ぼちぼち、本気を出すとしようかな。スキル、立体分身」
おじさんは、新たに別のスキルを発動させます。すると、おじさんのすぐ近くに、おじさんと全く同じ容姿の幻影が四体も姿を現し、元から見えていた奴もを含め五人同時に口を開きます。
「「「「「どれか一人が本物で、残りは実体のない幻影。しかし、おじさんくらいにレベルの高い聖拳士相手に、実体のない幻影に攻撃を与える隙を作るというのが、どういうことに繋がるのか、英雄様のお嬢さんであれば、理解できるだろう?」」」」」
誰もいない所を切り裂いた瞬間に、攻撃によって無防備になったルーチェにおじさんの一撃が叩きこまれるでしょう。
スカルドラゴンを一撃で粉砕できるおじさんの光属性の拳をまともに受けたら、いかにルーチェと言えども……
間違いなく圧倒的に不利な状況になりました。
にも関わらず、幻術とは言え、一気に五人に増えたおじさんを前に、ルーチェは空を見上げます。
その様子を見て、僕はまだ勝機がある事に気が付きました。
そうです!! ガリアンの時と同じように、スキル空中歩行で空へ飛び、地上に無差別で斬撃を放てばいいのです。幻術だろうとなんだろうと、地上の全てを吹き飛ばせば、空を飛べないはずのおじさんにはどうすることもできないでしょう。
街に多大な被害が出るかも知れませんが、幸いにも、ガリアンのスカルドラゴンのおかげで、周囲に人の気配はありません。
ルーチェも僕と同じ考えのようで、右手から大量の血を出し、僕とリーリスを守るために血の盾を作ります。
これで、勝ったと確信しました。
ですが、事態は思わぬ方向へと進んでいきます。
「「「「「ん? 何だ?」」」」」
最初に、それに気が付いたのは、おじさんでした。おじさんも空を見上げます。
「ん?!」
「あれは?!」
「お日様が……」
おじさんに、こちらの狙いを気付かれたと一瞬恐怖しましたが、違いました。
時刻はもうすぐ正午。雲一つない澄んだ青空だと言うのに、空が急に暗くなっていくのです。よく観察すると、光輝いているはずの太陽が、端の方からどんどん黒く染め上がっていきます。
昼なのに、夜になっていきます。どう見ても、これは異常事態です。
「「「「「そうか、そう言えば、研究所の連中が近いうちに皆既日食が起きると言っていたな」」」」」
リーリスやルーチェですら、何が起きているのか分からない顔をしている中、おじさんだけが、この現象の正体に気が付いていました。
「「「「「そう怯えることはない。太陽が月の影に隠れているだけのことだ。教会の研究機関は、これを皆既日食と呼んでいる。心配するな、流れ星と同じただの自然現象だ。まあ、極めて珍しい現象ではあるがな」」」」」
おじさんは何も心配するようなことはないと言います。ですが、僕はそうは思えませんでした。
太陽が得体の知れない黒い何かに食われるようなこの現象を楽観して見ることはできません。
リーリスもルーチェも同様のようで怯えたような目で空を見ます。
僕達とは違い、心に余裕があるおじさんは、観光客が珍しいものを見るような顔付きで空を眺めています。
そう、戦闘中であるはずなのに、この時、僕達四人は戦うのを止めて、同じ空を眺めていました。
闇魔法は夜に使うと、昼よりも効果が上がると言われている。反対に、光魔法は、夜よりも昼に使った方が効果が上がる。だが、これらによって、上がる効果のほどは、実際には誤差と断じていいほどに低い。
しかし、一つだけ例外があった。
太陽の全てが黒く染まる皆既日食の時だけは、闇魔法の効果が信じられないくらいに上昇するのだ。
そして、皆既日食が起こる頻度が少なく、その場に居合わせることも困難であり、日食になっている時間もまた短いため、この事に気が付いたのは、この世界でシド・アズライトただ一人であった。
辺り一面が、闇に包まれる中、大聖堂の屋上にいたシド達は、各々準備を開始する。
「では、行くぞ!!」
シドの掛け声と共に、この場にいる数人の死霊術士達が、屋上に刻まれた魔法陣に魔力を通す。そして、大聖堂にある魔法陣と連動して、アクアロードの街のあちこちに刻まれた魔法陣の上で、その場を担当している死霊術士達が、自分の魔力を魔法陣に注ぎ込む。
これから、彼らは、長年研究開発をしてきたとある複合術を発動させる。
この複合術の発動に必要なものは、数多の死霊術士の魔力。闇魔法の効果が極限までに上昇する瞬間である皆既日食と呼ばれる状態の黒い太陽。発動範囲を決定するための魔法陣。そして、最も重要なシドの持つ魔眼の四つである。
この四つ全てが揃う環境を用意するのは、かなりの困難を極める。
だが、これだけの準備をする価値がこの複合術にはあった。
シドは魔法陣の中心に立ち、眼帯を外し空を見上げた。そこには、滅多に見ることができない漆黒の太陽がある。シドは詠唱する。
そして、組織の名を冠した複合術、死者の都は発動する。
複合術の発動が終了した瞬間、漆黒の太陽がほんの一瞬だけ、黒い輝きを放つ。
その瞬間、アクアロードにいた全ての人間が死亡した。いや、全てと言うは言い過ぎた。正確には、上位天職に至らない、下位天職を持つ人間が全員即死した。
その数、凡そ十万人。この瞬間にアクアロードにいたほぼ全員に近い数字だ。
だが、それで、終わりではない。
この複合術の効果は、本来、見ただけで下位天職者を即死させるシドの魔眼の力を、目で見なくとも、一定範囲内にいる下位天職者を即死させるまでに拡大させ、同時に死んだ人間に、スキル・ゾンビ増殖を持ったゾンビとして蘇らせる事にある。
この街で死んだ十万人がゾンビとして蘇り、ゆっくりと立ち上がる。生者を殺し、同胞を増やすためだけの本能に従い、彼らはうめき声を上げて立ち上がったのだ。
街中から聞こえてくるゾンビのうめき声を聞き、シドと仲間達は満足そうに微笑んだ。
「実験は成功ですな」
「ああ、だが、これは始まりに過ぎない」
そうシドの発するように、今回の大虐殺は、大いなる計画のための一つの実験に過ぎないのだ。
「次回の日食の時には、この街ではなく、大陸全域にまでこの眼の力を拡大させる必要がある。それに今は生者を殺すことしかできないゾンビ達を、我々の命令に忠実なしもべにする必要もある」
現世に、死者の世界を作ると言う組織の悲願を叶えるために、今後も更なる研究は必要だろう。シドは、僅かな笑みと共に、固い決意を示す。
今日、この日、死霊術士達は、この世界を死者の世界に変え、その支配者となるという理想を実現するための、最初の一歩を踏み出した。




