第十九話 オリバー・エラクレア
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オリバーエラクレア、それがあのおじさんの名前なのでしょうか?
それにしても、強気な態度に見せるガリアンですが、声は震えていますし、少しだけ足を後方に下がらせています。にわかには信じられませんが、あのガリアンが、一文無しで野宿を決め込んでいたあのおじさんにひどく怯えているように見えます。
「ガリアン・ノワール。ネクロポリスの死霊術士か。まあ見つけてしまった以上、この場で消えてもらおうかね」
おじさんは、ガリアンを一瞥すると、僕達の存在に気が付きました。
「おお?! あの時の少年ではないか? そっちのエルフのお嬢さんは……」
軽く再開の挨拶をしてくれましたが、僕の隣にいたリーリスの存在に気が付くと急に口を閉じます。そして、僅かな時間考え込むと、あることを尋ねてきました。
「ひょっとして、少年の名前、ジン・ブレイザーじゃないよな?」
「え?! そうです。僕の名前はジン・ブレイザーですが」
おじさんに僕の名前を教えた記憶はありませんが、何故知っているのでしょうか?
「ああ、これは本当に残念だ」
そして、僕の名前を聞いただけで、おじさんは、凄く残念そうな顔をし、さらに言葉を続けようとしますが、その前に、先ほどから静観していたガリアンが叫びます。
「死にやがれ!!!!」
ガリアンの手に持つ、コフィン・ボックスから何かが出てきたと同時に、僕は見えない何かに吹き飛ばされました。
「一体何が……」
目を開けると、リーリスが僕の体に抱き着いていました。どうやら、僕をあの衝撃から守ってくれたようです。
「リーリス!?」
「私は大丈夫です。ですが、少し休ませてください」
リーリスはそのまま、力を失ったように倒れこみます。僕は抱きかかえるように彼女の体を支えます。
傷の具合を確認しますが、どうやら、僕を庇ったダメージで一時的に動けなくなっているだけのようです。僕は、ひとまず良かったと思いながら、先ほどから、至る所から聞こえてくる悲鳴の方に意識を集中します。
僕達がいた家どころから、その周囲、数軒が瓦礫の山となり、飛んできた瓦礫の破片によって、商業区の一角は、阿鼻叫喚に包まれていました。
「キャーーー!!?」
「早く、早く助けて!!」
「ママが、瓦礫の下敷きになっている!」
「うちの子が息をしていないの!!」
平和の街に、突如破壊の嵐が降り注ぎ、市民はパニック状態に陥りますが、指を刺しながら何かを見つけた一人の男性の声で、ほんの一瞬だけ、静まり返りました。
「おい、なんだあれ?!」
「魔物? 闘技場から逃げ出したのか?」
「いや、闘技場で飼育されている魔物にしては大きすぎる!!」
煙が晴れ徐々に姿を見せたのは、三階建ての建物に匹敵するほどの巨大な怪物でした。その大きすぎる怪物は、傷ついた市民を再びパニックの底に突き落としました。
ガリアンが出したのは、無数の骨の集合体。数多の骨で構成され四本の足と翼を持ち、最強の生物と恐れられるドラゴンの形をした骨の怪物でした。
「に、逃げろおおおおおおおおお!!!!!」
つい先ほどまで、被害に嘆いていたのが嘘のように市民達が、我先へと逃げ出す中、いつの間にか、僕の隣にいたおじさんが、面白そうに呟きます。
「ほう珍しい、スカルドラゴンだな」
「スカルドラゴン?」
「ドラゴンのスケルトン版みたいな奴だ。まあベースになっているのが、最強の生物であるドラゴンだからな。同じ骨だけで構成されている人間ベースのスケルトンとは比較にならないほどの強さを持っているけどな」
ご丁寧に解説をしてくれたおじさんですが、その解説に答えるかのように、巨大な骨のドラゴンの背に乗っていたガリアンが大声を発します。
「その通りだ!!」
スカルドラゴンの上で、悠然と構えるガリアンは、その巨躯の上から僕達を見下ろしています。
「中々、面白いものを持っているな、ガリアン・ノワール!!」
おじさんは、何だか嬉しそうに、ガリアンを見上げ笑みを浮かべます。この人が何者なのかは知りませんが、あの化け物を前に、いくらなんでもその発言は無謀過ぎます。
ドラゴン。それは最強の生物であり、幼体でもAランク、生体であれば、Sランクの力をもっているとされる怪物です。そして、あの大きさからして、目の前にいるのは、生前は生体だったドラゴンで間違いないでしょう。
ドラゴンによって、街ごと破壊されたという例は山ほどあり、ドラゴンを倒した者は、例外なく英雄として語られます。死霊術士やヴァンパイアも強さの上では同格以上の扱いを受けていますが、ドラゴンほど頻繁に人前に姿を現さないため、冒険者や一般の国民にとって最も脅威である存在は間違いなくドラゴンです。
そのドラゴンの死体をガリアンは保持していました。
肉が落ち骨だけとなったスケルトンは最弱のアンデットですがベースになっているのがドラゴンである以上、おじさんの言ったように、もはやあれは一つの災害です。
故に、尻尾を巻いて逃げるべきなのに、どうしておじさんは余裕そうな雰囲気を醸し出しているのでしょうか。
「ふん、光栄だな。貴様のような奴に褒められるとは、苦労してスキル死獣隷属を取得して、ドラゴンの死体を探して隷属させた甲斐があったものだ」
死獣契約。確か資料に書いてあった死霊術士専用スキルの中でも取得難易度が高いスキルで、魔物の死体を隷属させることができるスキルと記載されていました。
それを使えると言うことは、やはり、ガリアンは、僕以上の腕を持つ死霊術士なのでしょう。先の勝負は、単にルーチェという駒が強過ぎたから勝てただけだったということです。
僕は、目の前に立つスカルドラゴンとガリアンを見ながら、自分自身はまだまだひよっこに過ぎないことをかみしめます。
「さてと、では、先にそっちから片付けるか」
そう言うと、武器も持たずにおじさんは、スカルドラゴンの前に立ちます。
「おじさん、何やっているんですか?!」
僕は、慌てて止めますが、おじさんは大丈夫と片手をあげます。
「死ねえええ!!」
ガリアンの命令を受けたスカルドラゴンは、自らの右前足を動かし、おじさんを押しつぶそうとします。
おじさんが巨大な骨の脚によって潰されるのは明らかです。僕は、逃げてと叫びます。
ですが、次の瞬間信じられないことが、目の前で起きました。
「はあああああ!!!!!」
迫りくるスカルドラゴンの前足に対し、おじさんはなんと己の拳をぶつけました。そして、そのまま、おじさんの拳が、スカルドラゴンの右前足を完膚なきまでに粉砕し、巨大なスカルドラゴンが大きく後ろに仰け反りました。
「馬鹿な!!」
激しく揺れるスカルドラゴンの背の上で、落ちないように踏ん張りながら、僕と同じくガリアンもまた驚愕しています。
「ふん、一撃では無理だったか、ではアクティブスキルを使うとするか」
拳一つでスカルドラゴンの攻撃を退けたおじさんは、その場から一瞬にして姿をくらまし、スカルドラゴンの懐に入りこみます。
「スキル、聖拳突き!!!」
スキルの発動と共に、おじさんの右手が光輝き、その輝きを放った一撃がスカルドラゴンの胸部の命中します。
そして、風船が破裂するような音と共に、巨大なスカルドラゴンを構成する全ての骨が跡形もなく消えました。
たった一撃。
そう、たった一撃であれほどの巨躯を持つ怪物が、文字通り塵一つ残さずに消え去ったのです。
「「………」」
僕も、そしてスカルドラゴンの背から辛うじて飛び降りることに成功したガリアンもまた、驚きの余り、その光景にただの一言も発することができませんでした。
今、おじさんはそれほどまでに信じられないことを見せたのです。
「そう化け物を見るような目で見るなよ、少年」
沈黙を破ったのは、あっさりとスカルドラゴンを打倒したおじさんでした。
「今のは、おじさんの天職・聖拳士が持つアクティブスキルの一つ、聖拳突き。聖拳士の基本スキルだ。今ので驚いているようでは、まだまだだぞ」
おじさんは大したことがないように軽く言っていますが、それは絶対に違うと思います。
聖拳士については、資料で読んで知ってはいます。光属性を自分の剣や鎧などの防具に付与させて戦う上位天職・聖騎士がありますが、聖拳士は、武具ではなく自分の拳や肉体に光属性を付与させて戦うと書いてありました。また聖拳士は、上位天職の中でも、割と就く人が多い天職のようで、聖騎士、聖法士と並んで教会の三大上位天職の一つとまで記されていました。
ですが果たして、全ての聖拳士が今のように一撃でスカルドラゴンを倒せるのでしょうか?
絶対に無理だと断言できます。多少のダメージを負わせても、全ての聖拳士があのスカルドラゴンを一撃で葬るなど想像もつきません。
もし、できるとしたら、教会の戦力にとても太刀打ちできません。あのスカルドラゴンを一撃で静められるような人達が集団で押し寄せてきたら悪夢です。
なので、おじさんの聖拳士としてのレベルがずば抜けていると考えられます。
同じスキルでも、持ち主の力量によって破壊力や効果が変わります。恐らくあのおじさんの聖拳士としての強さが恐ろしいほどに高いのでしょう。
間違いなく、聖拳士の中で最強クラスの人物だと思います。
「へへへっ、流石は最強の聖拳士と呼ばれるだけの事はあるな」
良かった。僕の考えが正しさを証明するかのように乾いた笑みを浮かべがら、ガリアンがおじさんを睨みます。しかし、
「グハッ」
「安心しろ、貴様のような外道はたっぷりと拷問し、情報を吐き出させた後、殺してやろう」
使役できる駒がいなくなった死霊術士の戦闘力は、他の上位天職よりも遥かに劣ります。
おじさんは、守る者がいなくなったガリアンの鳩尾に一撃を入れます。
そして、吐血し白い目を見せながらガリアンはその場で崩れ落ちます。倒れるガリアンを見届けた後、地に伏したガリアンを背におじさんが僕の方を向きます。
「一応、自己紹介しておこうか、おじさん名前は、オリバーエラクレア。ルクシオン教会、異端者殲滅機関に所属する執行官の一人だ」
なっ! おじさんが、あの執行官の一員だったとは!
例の資料に、一騎当千の強さを持つ対アンデットを専門とする殲滅機関に所属する執行官について書かれていました。アンデットや死霊術士にとって天敵とも言える集団ですが、極少数しかいないらしいので、当分出会うことはないと思っていましたが……。
それよりも、おじさんが執行官だと判明した今、おじさんに尋ねなければならないことがあります。
「そうですか、じゃあ、おじさんが探していたのは、僕だったのですね」
「残念なことだが、そう言うことだな。まあ、安心してくれ、少年には恩がある。拷問などせずに今ここで、楽に殺してやろう」
おじさんは本心から残念そうな表情を浮かべ、僕の問いに答えると、僕の方に向かって一歩一歩ゆっくりと近づいてきます。
「ジン様に手を出させません!!」
敵であるおじさんから僕の身を守ろうと、休んでいたリーリスが立ち塞がりますが、悲しいことに、力の差は歴然です。ネズミでドラゴンに挑むくらいの力の差を感じます。
リーリスもおじさんとの圧倒的な差を分かっているのでしょう。強気な姿勢を見せますが、恐怖の余りか体が震えています。
しかしながら、僕自身は不思議なことに、もうだめだ、お終いだ!等とは露ほど感じていませんでした。
それを裏付けるように、天空から一人の少女が銀色の髪を靡かせながら舞い降りてきました。
「遅いよ」
「真に申し訳ありません。主様」
彼女には、言いたいことは山ほどありますが、今は保留にしておきましょう。
ガリアンでさえ手も足も出せずに敗北した最強の執行官に唯一対抗できる僕の最強の切り札が、遅れながらも、ついに登場しました。




