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第十八話 最初で最後のチャンス

いつも応援ありがとうございます。

「死ねええええええ!!!!」


 待ってと僕が静止させる前に、怒りで己を失いながらもリーリスは、宿敵に向かって矢を放ちます。しかし、先程と同じく、その矢は、ガリアンのしもべと化した彼女の父親の手によって空中で撃ち落とされます。


「そんな……」


 父親が目の前で操り人形にされたことを知りリーリスは嘆きます。その様子を見て、ガリアンは嬉しそうに声を発します。


「アッハハハハ、どうだ、俺様の新しいコレクションは? あのヴァンパイアに俺様の手駒を討たれた後、そこのエルフの父親の死骸を回収して正解だったぜ!!」

 

 今の状況に心底満足してか、ガリアンは自慢げに語ります。ですが、彼がさらに言葉を続ける前に、僕は行動に移しました。


「リーリス、一旦退くよ!!」


「え?!待って!!」


 親の仇どころか、親を奪われ後には退けなくなっていたリーリスが反対の声を上げるのは、読めていました。なので、僕は、心の中で念じリーリスの自我を奪い、強制的に命令に従わせ、ガリアンから背を向けて逃げ出しました。


 僕が逃げ出した直後に、背後からガリアンの声が聞こえてきます。


「ほう、もしやと思ったが、あのヴァンパイアは近くにいないようだな。おい、てめえ、あいつ等を追え、両方とも手足を奪って、生かしたままここに連れてこい。小僧はあのヴァンパイアを牽制するために使い、娘の方は再契約して親子共々飼ってやる!!」


 こうして商業区を舞台に、エルフの狩人との鬼ごっこが始まりました。








「ハァハァハァハァ、何とか捲いたかな」


 無表情のまま、僕達を追ってくるリーリスの父親を何とか捲いたと安心した僕は、安全地帯である先ほどとは別の路地裏でリーリスの意識を解放させ自我を戻しました。


「なんで! 逃げるんですか!!!」


 どうやら、自我を奪われている間の記憶があったようで、リーリスは僕に詰め寄ってきましたが、彼女もあの場ではあれが最善の判断であったと感じ、口惜しそうにある程度文句を言うと、それ以上口を開くことはありませんでした。


「さて、これからどうしようか?」


 最も最善な策は、闘技場にいるはずのルーチェと合流する事です。ルーチェと合流できれば、その瞬間こちらの勝ちと言っても過言ではないでしょうが、一つ問題があります。


「でも、ここは、闘技場からちょうど反対側ですよね」


 リーリスが言うように、ともかく生き残ることだけを考えて逃亡した結果、現在、闘技場から最も遠い場所にいます。ですが、それは仕方がないことでしょう。


「元Aランク冒険者であったリーリスのお父さんから逃げ切った僕を褒めてくれ」


「その娘を、盾にしたのことを少し恨んでいるよ」


 リーリスは少し冷めた目で、僕の方を見ると自分の背中に刺さっていた二本の矢を抜きました。かなり罪悪感を感じますが、自我を失った状態のリーリスを、僕を守る盾の代わりにしなければ、多分僕は逃げきれなかったでしょう。


「やっぱり痛い?」


「ううん、この体だとそんなに痛く感じない。でも、矢を受けて分かったけど、多分パパ、結構手加減して撃っている。ずっと、ジン様の足を狙って撃っていたし、スキルも使っていなかった」


 やっぱりか、


 詳しくは分かりませんが、自我を失った状態でもリーリスのお父さんは、周囲にあまり被害を出さないようにか、確実に僕だけを狙える時しか、矢を撃ってきませんでした。


 そのおかげで、人通りが多い商店街のど真ん中を走って逃げましたが、幸いにも一般市民への被害はほとんど出なかったと思います。ですが、あんなに人目に付く場所で、あそこまで目立つことをした以上、ガリアンだけではなく、この街の治安を守る教会の騎士や王国軍が動き出しているかもしれません。


「隠れながら、闘技場へ行き、ルーチェと合流してこの街を速やかに出よう」

 

 考えてみれば、教会も僕の敵です。それどころか、ネクロポリスをも敵に回した以上、味方なんてどこにいません。僕は、昔からの憧れだったアクアロードに来て浮かれていたのを律し、改めて自分の立場を自覚しました。





 それから、僕とリーリスは、居住区の屋根に上を伝って闘技場に移動しました。これが意外とバレないもので、問題なく行けると思いましたが、残念ながら上手く行きませんでした。僕とリーリスは同時に、あるものを見つけてその場で隠れるようにしゃがみます。


 幸いにも、こちらには気が付いていないようですが、僕達のいる場所から離れた場所のある家の屋根の上に、誰かがいます。


 ここから、かなり距離があり、視力を上げるスキルを持たない僕では、屋根の上に誰かがいるぐらいしか分かりませんが、視力向上スキルを持つリーリスがはっきりとあれはパパだと呟きます。


「僕達を探している?」


「どうやら、そのようですね」


 はっきりと目で捉えることができるリーリス曰く、彼は、屋根の上から、周囲を見渡し僕達を探しているようです。


「よし、一旦降りて、君のお父さんの死角を通って、闘技場に行こう」


 向こうの居場所さえが分かれば、こちらが隠れながら進む分には随分と楽になりました。僕は、多少の遠回りをすることになっても、見つからずに闘技場に行くために、屋根から一度降りることをリーリスに伝えました。


 ですが、その僕の方針にリーリスは意を唱えます。


「待ってください! ジン様、一生のお願いです。どうかパパだけは、今すぐに楽にさせて上げてください!」


 リーリスは涙ながらに僕に、死してなお、家族を殺したガリアンのしもべとなっている父親の解放を訴えてきました。


 その心の底からのリーリスのお願いに、僕の心は迷いました。


 僕だって、ガリアンの事は嫌いです。あいつを殺したいとも思います。でも、今無理をしてそれをする必要はないように感じます。


 こちらには、ルーチェという最強の切り札がありますが、ルーチェをこの街で暴れさせれば、間違いなく、この街にさらに多大な被害が出て僕を追う追手の数は増えるでしょう。


 味方が一切いない今、戦うのは得策ではありません。逃げに徹するべきです。


 でも、僕も甘いようです。懇願するリーリスの顔に心を動かされ、せめて彼女の父親だけでも今すぐに解放すべきだと判断しました。


「……分かった。リーリスのお父さんをここで解放させてあげよう。でも、ガリアンはまた今度だ。それでいいね?」」


 僕の提案にリーリスは喜びの表情を見せながら小さく頷きました。


「よし、では作戦を説明するよ」


 実は、リーリスの父親から逃亡している時に、僕はガリアンが側にいない今であれば、十分に隙を作る事さえできれば、彼女の父親だけならば、何とかなるのではと考えていました。


「僕が囮になる。そして、君のお父さんが僕に弓を撃って来たら、すぐにこの場所から君のお父さんを狙撃して欲しい」


「え?! でも、それは……」


 僕の提案に戸惑うリーリスに、僕は彼女が戸惑う理由を聞きました。


「二つ問題があります。一つは、ジン様が囮となること、もう一つは、この場所からパパを狙えるほど私の弓の技術は高くないことです」


 父親を射ることなんて無理と口にしないだけ彼女は偉いと思います。逆に言えば、父親を撃つことにためらいがなければ、この作戦はかなり確率で成功したと言ってもいいでしょう。


「よく聞いてリーリス。君の父親は狙撃の名手だ。これ以上近づけば、矢を撃つ前に気付かれる。でも、逆に考えれば、彼の注意さえ引き付ければ、彼が気付けないここからであれば、君の矢を当てることは十分に可能だと思う」


 自我を奪われた状態のグールは、主の意のままに動く人形のようになる代わりに、グール自体の判断力が大きく低下することは、すでに分かっています。


 僕が、リーリスの父親から逃げることができたのも、ガリアンに自我を奪われて、判断力が低下して臨機応変に動けなかったのも大きいと思っていました。 


 仮に自我を奪われていても、すぐそばから、ガリアンが逐一命令を下していれば、僕の命はすでになかったかもしれませんが、あの謎の儀式に専念するためか、近くにガリアンの気配はありません。


 なので、リーリスの父親のみを倒すのであれば、彼に自我がなく、主であるガリアンが側にいない今が最大の好機なのです。


「……分かった。やってみる」


 僕の考えを理解したリーリスは静かに頷くと、己の矢を強く握りしめました。








「パパ、ごめんね……」


 リーリスは、気づかれないように矢を構え、スキルを使いようやく視認できるほど離れた位置にいる自分の父親に狙いをつける。


 今のリーリスにできることは、自分の主を信じて、ただ待つことのみ。


 本音を言えば、リーリスは蘇った父親と再び話がしたかった。しかし、それはできなかった。


「パパ、本当にごめんなさい。私、ママを食べちゃったの。パパが大好きなママを……」


 過酷な過去を経験した十三歳の少女とは思えないくらいに、リーリス過去を乗り越えて前に進んでいるが、自分の母親を食べてしまったと言う事実だけは、どうしても心の中から消えなかった。


 リーリスは知っていた。パパが、自分と同じくらいママの事が好きだったことを。


 それ故に、もはや娘としてリーリスは父親の前に立つことはできなかった。たださえ、悲惨な目にあっているのに、この上さらに、娘が母親を食べてしまったと言う事実を父親に知られたくなかったのだ。


 いや、もしかしたらすでに手遅れかもしれない。父親はすでに、憎きガリアンのしもべである。


 娘が犯した大罪を、あのガリアンであれば面白半分に自我がある状態の父親に、リーリスが犯した罪を漏らした可能性は十分考えられた。


 だが、例えそうだとしても、娘の口から直接母親を食べたなどと知られるくらいであれば、今この場で、言葉を交わす前に父親をもう一度眠らせてあげるべきだとリーリスは覚悟を決めた。


 リーリスは、己の犯した罪を心の中で、ひたすら父親に謝罪しなが、その時を待つ。


 そして、ついに最初にして最後のチャンスが訪れた。


「ありがとう。ジン様」


 父親のいるすぐ近くの屋根の上に姿を現したジンに、父親は弓を構えて狙いをつける。


 百戦錬磨の弓の名手である彼も、矢を放つこの瞬間だけは無防備にならざるを負えない。


 いや、生前のようにきちんと自我があり、類まれな警戒心を発揮できていれば、例え認識の外から攻撃があったとしても正しく処理しただろう。だが、ジンの言うように、人形のように行動することしかできない今であれば、命中させすれば、倒せるとリーリスも感じていた。


 しかし、リーリスが弱音を吐いたように、自分と対象の距離は離れて過ぎていた。


 自分が、的に当てられる最大距離の三倍以上ある。おまけに、グールである父親を倒すためには、一撃で脳か心臓のどちらかを正確に当てるしかない。


 いつもであれば、スキルを用いても絶対にできなかっただろう。


 それでも、今は違う。


 無理なお願いを聞いてくれた主への感謝と父親を早く眠らせてあげたいと言うリーリスの強い決意が重なったことで、リーリスの精神は極限にまで高まる。


 遠く彼方で父親が主に弓を引いたのとほぼ同時に、リーリスは、絶対に外せない一撃を放つ。


「……さようなら、パパ」


 そして、自分の放った矢が父親の心臓のある位置に正確に命中し、彼女の父親はその場で倒れ、リーリスは、作戦が成功したことを知る。


「ぐす……ごめんなさい、ごめんなさい」


 だが、同時に父親が再び死んだことによって、秘密を隠すために、自分の手で父親を殺めると言う新たな罪を背負うことに気が付き、リーリスは嗚咽とともに、どうしようもない絶望を抱えてしまったことを実感する。


 リーリスの心を曇らせる雲は未だ晴れない。それどころか、より濃くなったかもしれない。だが、今は大好きなパパをあの憎き男の玩具から解放させたことをせめてもの救いとして、リーリスは涙を拭き、主の元を目指した。










 危なかった。


 リーリスの父親の矢は正確に僕の左足を射抜こうと迫ってきましたが、狙われる場所さえ分かっていれば、一度くらいであれば、躱せると思っていましたし、事実躱せました。

 

 ですが、その後もし、リーリスが父親を射抜けなかった場合、恐らく二度目はなかったに違いありません。


 こうして見ると、あっさりと勝てたように見えますが、この勝利はガリアンの油断とリーリスの覚悟と技量がなければ、あり得なかったでしょう。


 ガリアンに感謝するのは、癪なので、僕はリーリスにありがとうと感謝しながら、彼女がここに来るのを待つことにしました。





「ジン様!! パパは?!」


 しばらくすると、リーリスがやってきました。


 自分の父親を手に掛けたというのに、この子は涙一つ見せずに、まず、僕の心配をした後、側に倒れていた自分の父親の元に赴きます。


「パパ……」


 ガリアンの手から解放できたとは言え、自分の手で父親を殺めたリーリスは、いつものように無邪気に喜ぶことはありませんでした。


 ただ、目をつぶって祈りを捧げます。


「悪いけど、もう行こうか」


 リーリスが最愛の父親の側から離れた後、ガリアンに遺体を再び再利用されないように、僕はこの場で、彼女の父親を炎魔法で焼き払います。その後、家に引火しないように、すぐに水魔法を使いました。


 後に残った父親の骨の残骸をせめて拾ってあげようとリーリスが手を伸ばした、その時、最も聞きたくないあの声が聞こえてきました。


「ああん? 何だ、やられちまったのか、使えないパパだな」


「「ガリアン!!」


 いつの間にか、同じ屋根の上にあの黒髪の獣人がいました。


「どうして!? あそこから動けなかったんじゃ……」


 ガリアンがあの路地裏に書かれた魔法陣の上から動かないというのを前提に作戦を立てた以上、この事態は予想外です。


「ああ、儀式は一通り終わったからな。発動する時刻までは暇なんだよ。だから、様子を見にきたと言うのに、散々探し回ってこのざまとは」


 ガリアンを倒す前に、リーリスの父親を倒せていたのが、せめてもの幸運でしょう。ですが、僕とリーリスの二人だけで、ガリアンの相手をするには荷が重すぎます。


「分かっていると思うけど」


「大丈夫です」


 リーリスも今は怒りを堪えて、逃げ出すことを了承します。そんな僕達の考えを見通してか、ガリアンは両手を広げ薄ら笑みを浮かべます。


「ふん、逃がさねえぜ!!」


 今この場で、ガリアンから逃げるのは、とてつもなく困難を極めるでしょう。最悪の事態を想定しつつ、僕は必ずリーリスと共に逃げ出してみせると覚悟を決めます。リーリスからも同様に生き延びるという強い意思を感じます。


「まあ、せいぜい頑張ってみせろ!!」


 ガリアンは懐からコフィン・ボックスを取り出すと開封しようとします。ですが、開封する直前で彼の動きが停止しました。


「ん? 誰かこっちに来る」


 ガリアンが小さく呟いた直後、彼の背後に上から何者かが降り立ちます。


 僕は、最初やっと来てくれたかと、銀髪の少女の姿を想起しますが、残念ながら、新たに姿を現したのは男性でした。


「あ、あの時のおじさん!!」


 驚くべきことに、その人は、昨日闘技場でルーチェと同じく八連敗した運のない元神父を名乗っていたおじさんでした。


「どうして、あなたが!?」


 ですが、僕の声を遮るかのように、あのガリアンが今までに聞いたことがないほどの大声を上げました。


「ここで出てくるか、オリバーエラクレア!!!!」


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