第十六話 夜明け
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交易都市アクアロードは大きく分けて、商業区、居住区、倉庫区の三つの区画に分けられている。
その中でも、闘技場や商店街が立ち並ぶ商業区と、街の行政を司る市庁舎とこの街に暮らす十万人の市民が住む家屋が並ぶ居住区には、朝から晩まで常に人が溢れている。
しかし、物資を保管するのが目的である無数の倉庫が立ち並ぶ倉庫区は、他の二つの区画に比べると圧倒的に人通りが少なく、その中でも、特に鉱石や武器など、長持ちするような物を保管されている倉庫に至っては、管理者の怠慢によっては、数年間単位で放っておかれている場合がある。
そういう杜撰な管理がされているため、ほとんど人が来ない倉庫の一つに、黒いローブを着た禍々しいオーラを放つ二十人余りの集団が集結していた。
日が昇る少し前に、彼らはこの場所に集合する手はずであったが、まだ全員揃っていない。だが、これ以上待って居られないとその中一人が、声を上げる。
「アハハハハ!! みんな見なさいよ、この子!!」
暗い倉庫の中心の開けた場所で、黒いローブを着た四十代くらいの女性が、全裸のまま四つん這いになった少女の背に乗って笑っていた。
「お! こいつは、かのハクロン伯爵領のご令嬢様じゃないか」
「百年に一人の美貌を持つと噂されている奴か!!よく物にできたな!!」
生前は天真爛漫に笑っていた少女も、今は、自我を奪われ、人形のように無表情のまま、自分よりも身分が低いものを背に乗せる椅子になっていた。
この哀れにも物言わぬ椅子にされた少女は、王国有数の貴族であるハクロン伯爵の娘の一人で、その美貌や歌声は隣国にまで轟くと言われ、王族から婚約話まで出ているほどの才色兼備の少女であった。
そのため、当然、何か問題が起きないように、常に護衛がついていたのだが、最悪の天職と呼ばれる死霊術士の前では無力であった。
「凄いでしょう? 私よりも美しく明るい未来が待っていた女が、私の意のままに傅くのよ! もう最高!!」
強固な護衛を突破し、高値の花を入手したこの女性死霊術士は、自分よりも遥かに、身分も将来も約束されていた少女の背に乗り、これ見よがしに周囲に自慢する。それに触発されてか、別の死霊術士が、自分のコフィン・ボックスを開封した。
「見ろ! こいつは、オーガ殺しの異名を持つAランク冒険者だ!!」
上位天職を持つ屈強な男が姿を現す。その男を見定めるように、周囲から声が聞こえてくる。
「見た目はいまいちだな」
「でも、かなりに強さを感じるわ」
基本的に死霊術士にとって、容姿が良くて強いのが理想のコレクションとされる。しかし、他の死霊術士に自慢する時は、強さよりも、血や知名度、容姿の方が重要視される傾向にある。そのため、この男に対しては、先程のハクロン伯爵の令嬢よりは、羨むような声は出てこなかった。
ちなみに、彼らの弁で言うこれら新品は、まだ心の底から主に仕えていないので、騒がれても厄介なため、こうした場では、自我を奪って見せるのが、死霊術士のマナーと考えられていた。
このように、死霊術士達の集団であるネクロポリスのメンバーは、稀に顔を合わせ集会をするのだが、話し合いが始まる前に、必ず自分が最近、物にしたコレクションを自慢して品定めする。
こういった悪趣味な催しをしていることが、死霊術士達が世間から疎まれる原因の一つと言えよう。
その後しばらくの間、自慢できる一品を手に入れていた死霊術士達が、喜々として、己の新しいコレクションを披露していたが、息を切らして倉庫の中に入ってきた最後の同胞の顔を見て、皆一様に疑問符を浮かべる。
「アンタ、どうしたの?」
別に対して心配してはいないが、何でこいつこんなに息を切らしているんだと、死霊術士の一人が問いかけた。その問いに息を詰まらせながら、同胞は口を開ける。
「ハァハァハァ、や、奴がいた。向こうは俺に気が付いていなかったようだが、正直、奴を見て心臓が止まった」
奴?
自身の強さにそれなりの自信を持つこの場にいた死霊術士にとって、よほどの人物でなければ、息を切らして焦ることはない。故にこの場に集っていた死霊術士のほぼ全員の脳裏に奴についてある程度の確証があった。
「執行官か……」
世間から最凶と恐れられるネクロポリスの死霊術士達ですら、恐れる存在が三つ存在する。一つ目は、闇の王。二つ目はヴァンパイア。そして、三つ目が教会が誇る異端者殲滅機関に所属する化け物じみた力を持つ執行官達だ。
前者の二つは、脅威ではあるが、ネクロポリスと敵対しているわけではないので、基本的に敵とは考えていない。それゆえ、すぐに執行官が彼らの脳裏に過った。
「チッ、執行官がこの街に来ないように各地で事件を起こしたというのによ!!」
「でも、一人だけなら何とかなるのでは?」
「ああ、それなりに犠牲は出るが、確かに一人だけなら何とかなるな」
執行官は皆、死霊術士から見ても化け物のような強さを持つが、流石にこの場にいる全員でかかれば、これから起こす予定の計画に支障はないとほとんどの者達が考えていた。
しかし、息を切らしながら、言葉を紡いだ同胞の声で皆、顔を青ざめた。
「俺が見つけた執行官は、オリバーエラクレアだ」
その瞬間、倉庫内を絶望的な空気が漂った。
「ほ、本当に、あのオリバーか?」
「ああ、間違いない。居住区の屋根の上で寝ていた。もちろんあのオリバーエラクレアが、あのような場所で寝るはずがない。きっとあれは俺達を探すための何かしらの行動なのだろう」
オリバーエラクレア。化け物揃いの執行官の中でも最強と恐れられる男。最近では後進に活躍の機会を譲るためか、王都周辺の守りをしてるが、彼の戦歴は壮絶に尽きる。
なんせ彼は、現在、聖地にて教皇を守護している世界最強の天職を持つ勇者の師匠を務め、数多の死霊術士達を葬り、ついにはヴァンパイアの一体を、たった一人で葬った正真正銘の怪物である。
死霊術士から見れば、絶対に遭遇してはいけない最大級の脅威である。
「何故、奴がここにいる!!」
「他の執行官の介入は最悪のシナリオとして予想できたが、奴が出てくるのは、流石に予想外だ!!」
「奴が出てこないように、危険を冒して王都周辺で不穏な動きを見せたのに、全て無駄になったではないか!」
オリバーの戦闘力の評価は各人それぞれではあるが、オリバーがいる以上、これから行う計画がかなりの確率で失敗に終わる可能性が高いのは、この場にいる全員の共通認識であった。
「どうする計画を中止するか?」
「あのオリバーがこの街にいると言うことは、我々の計画が教会側に漏れているに違いない。俺は即時撤退を提案する」
「馬鹿を言え! 今日この日のために、どれだけ準備してきたと思っているんだ!!]
「そうだ! それに今日を逃せば、次の機会は数年後だぞ!!」
計画を続行するべきか、中止するべきか。即時撤退をすべきか、それとも、一か八かオリバーに奇襲をかけるか。様々な意見が出るが、結論は出ない。
このまま言い合っても埒が明かない。そう感じた死霊術士達は口を閉じ、集団の輪から少し離れた位置にいた男の方へと視線を向ける。
一同から視線を向けられた、左目を眼帯で覆った灰色の髪をした男。シドはゆっくりと口を開き己の考えを伝える。
「予定通り、計画を進める」
その一言に、一同脳内で逡巡し、やがてほとんど者達が、シドの方針を受け入れるが、この時を待っていたとばかりに意を唱える者達が三人現れた。
「おいおい、俺達は最近入った新入りで、姿を見せないボスに代わって、てめえがこの組織の頭であることは理解しているが……」
「別に俺達はてめえに忠誠を誓っているわけではじゃないぞ!!」
「そうよ、あなた一人の意見に従うなんてまっぴらだわ!」
彼等は、ここ二年以内にネクロポリスに加入したメンバーで、死霊術士としても経験が少ない若者であった。普段であればこういった若輩者は一歩引いて発言をするが、今回の彼らは妙に強気であった。
「俺はあくまでボスの代行だから、お前達が俺に忠誠を誓う必要はない。だが、ネクロポリスの一員になった以上、迫害されている死霊術士に生きる術を与える代わりに、我々のボスの計画に賛同すると言う契約には従え」
シドは、身の程知らずで生意気な新入りを諭すように、優しく言ったつもりであったが、残念ながら血気盛んな若者には届かなかった。
彼ら三人の中で、リーダー格である大男ベリルが、懐からコフィン・ボックスを取り出す。
「何のつもりだ?」
余計な手間を取らせると思いながら、最後通告のつもりで、シドは若者達に尋ねたが、彼は不敵な笑みを浮かべながら応えた。
「ふふ、いや、別にあんたをリーダーの座から降ろそうとは考えていない、ただ」
「俺達、新入りの力をすこ~しは認めて欲しいなと思ってな」
「そうね。具体的に言うと、組織内であなたの次くらいの地位が欲しいだけよ」
ネクロポリスは、ボスの代行であるシドがリーダーで、それ以外は基本対等である。また、新入りだからと過酷な扱いをすることもない。
だが、組織内で高い地位を確保するために、密かに結託したこの三人にとって、メンバーのほぼ全員が集まっている今が、自分達の力を見せつける絶好のチャンスと考えていた。
同時に新入り達の発言から、彼らの思惑を読み切った他のメンバー達は、冗談ではないと声を荒げる。
しかし、そう言った者たちを時代遅れで頭の固い奴らと頭の中で決めつけていたベリルは、自分達の力を見せつけるために、コフィン・ボックスを開封した。
「お、お前、それは……」
「ま、まさか、お前達がやったのか?」
コフィン・ボックスから出てきた大剣を担ぐ男は、この場にいる歴戦の死霊術士をして大物と呼べる人物であった。
「そう、あなた達が、恐れる殲滅機関の執行官の一人で、この国の王族でもあるユリウス・アズライトだ」
「つい最近、俺達三人で仕留めた」
「これで、あなた方も私達に一目置かないといけないんじゃない?」
間違いない。三十代後半の金髪の剣士。上位天職・大剣使いを持つ執行官の中でも強者と呼べる一人だ。
加入して数年足らずの新入りが執行官の一人を狩ってくると言う大戦果に他のメンバー達は、新入り達の認識を改める。
「どうだ? あんたの計画には賛同するが、これほどの大物を狩れる俺達の意見を無視することはできないよな?」
これは流石に予想外。本当にどうするつもりだ?と他のメンバー達もシドの方を見る。ベリル達もまた、勝ったであろうと言う顔を浮かべ、シドの方を見るが、シドはベリル達を一切意に返さずにユリウスの方を見つめ、この場にいるほとんどが知らなった爆弾発言をした。
「なるほど、確かに腹違いとは言え、かつて可愛がっていた弟を他人の玩具にさせるのは、少々腹が立つな」
シド・アズライト。この男が、かつてこの国の王族の一員でもあった事はこの場にいたメンバーでも極少数しか知らなかった。
「い、今、なんて言った?」
ベリルは、今のシドの発言を問いただそうとしたが、シドは一蹴する。
「……昔の話だ」
その冷たい一言で、この場にいる大半が、シドの生い立ちについて追及しないことを決めた。そして、シドは自らの眼帯を外した。
「へへ、知っているぜ! あんたのその魔眼。ボスの代行が代々受け継いできた、一度見ただけで人を殺せる眼。だがよ、俺達は知っているぜ! その眼は上位天職持ちには効果がないことをよお!」
「それ以前に、すでにグールとなって死んでいるこいつにその眼はきかねえ」
新入り三人は、ネクロポリスでも数人しか知らないはずの、シドの持つ最大の切り札の弱点を得意げにを明かした。その言葉にある者は本当かと驚き、またある者は組織内に裏切り者がいるのではと疑った。
しかし、自分達が更に有利な立場になったと考えはしゃいでいる三人を尻目に、シドは小さく呟く。
「複合術エターナル・デス」
複合術、それは、魔法やスキル、特殊な武器、魔力を帯びた希少な鉱石、高ランクの魔物の素材等、異なる系統のものを掛け合わせて使用するオリジナルの能力や必殺技と呼ばれるもの。そのため使い手が非常に少なく、高レベルの魔法の使い手が多いネクロポリスのメンバーでも、この域に至っているのは、シドを除き、死霊術士もしくは、使役するグール含め四名しかいない。逆に執行官達の大半は、この域に達している。それ故に、執行官は恐ろしく強いのだ。
そして、シドが己の複合術を発動させると、アンデットであるはずのユリウスは糸を切れた人形のように倒れた。
「な、何が、起きた! おい、さっさと立てこの間抜け!」
ベリルはこの役立たずがとユリウスの体を蹴ろうとするが、その前にシドが制止させる。
「そいつは、もう動かん」
「ハァ? 何をふざけたことを、こいつは俺のグールだ!」
「だが、俺の複合術で魔眼を強化させ、そのグールの魂を浄化させた」
「な、神官系の天職ではないくせに、最上級のアンデットであるグールの魂を一瞬で浄化させただと!」
それが事実であれば、この男は死霊術士の切り札である死者隷属化させたグールを一目見ただけで、無力化できると言うことだ。
つまり、シドは全ての死霊術士に対して絶対的な力を持っていると言っても過言ではない。
一瞬にして切り札を失った三人の新入り達は、自分達の状況を自覚し慌てて謝罪しようとする。しかし、シドの方は、もうこれ以上付き合いきれないと、仲間達に命じる。
「時間の無駄だ。もういい、消せ」
その言葉を最後に三人の新入りの意識は永遠の闇の中に消えた。
「それで、シドよ。どうする?」
死霊術士は死者隷属でグールとして操れないため、新入り三人の体を炎魔法で焼き尽くした後、メンバーの一人が、シドに今後の方針を尋ねる。
「先ほども言ったが、予定通り計画を遂行する。各自指定された持ち場に付け、もしオリバーが介入して来たら、その場に踏みとどまり、出来るだけ時間稼ぎをしろ」
複数の了解と言う言葉と共に死霊術士達はこの場から姿を消していく。
そして、一人残ったシドは、腹違いの弟の体を抱えながら、倉庫を出た。
すると偶然にも、ちょうど遥か彼方にある山々の上から眩い光を放ち太陽が昇ってきた。
「ユリウス、俺は死を越えた世界を作る。事を成した新世界でまた会おう」
上昇する太陽を見ながら、シドは弟の遺体をエルム大河に流す、遺体は鎧の重さに引き摺られ、ゆっくりと深い大河の底へと沈んでいった。
後に、ネクロポリスによって引き起こされた史上最悪の事件と呼ばれることになる、アクアロードの悪夢。その始まりの朝はとても穏やかであった。