第十一話 ネクロマンサーVSネクロマンサー前編
「では、主様、ご命令通りあの男をブチ殺しますが、その前に一つ」
いや、あの男に勝てるかどうか尋ねただけで、ブチ殺せとまでは言っていないんだけど……
ですが、下手に手を出すと、ネクロポリスのメンバーが仇討ちに来るかもしれないと恐れていましたが、僕のことをネクロポリス側はまだ知らない以上、ここであの男を殺して、適当に森の中に埋めればいいかと考えて言葉を飲み込みました。
それよりも、本当に、勝てるのかどうかの方が心配です。
等と、考えている内に、ルーチェの右手首から赤い液体が噴出し、その液体は球を半分切ったような形になり、僕の胸に張り付きました。
「何これ?」
触ってみると、液体ではなく、スライムのようなプヨプヨした感触がします。赤い盾を体の前に張り付けたような感じです。
「これで、安心して戦えます」
そう言い残し、彼女は両手に持つ二本の剣を構えて突進していきました。
ガリアンの心の中は歓喜に震えていた。
先ほど入手した金髪のエルフの少女もそうだが、あの銀髪の少女の容姿も、また彼を満足させるものであったからだ。
(この短時間のうちに、コレクションするに相応しい素体を二体も入手できるとは、今日の俺様はついているな)
色々あったが、小癪にも、あの新人死霊術士がこのタイミングで歯向かってきたおかげで、組織内での争いはご法度というネクロポリスのルールにも抵触しない。
彼は、神ルクシオンなどこれっぽちも信じてはいないが、今日ばかりは、神に感謝していた。
(さてと、どうやって堕してやるか)
ガリアンにとって隷属化させたグールを心の底から屈服させるのは、彼の人生で最大の楽しみであった。
ガリアンは、自分を守るように盾を構えるレアと言う名前の女性騎士の背後で、最初は反抗的な態度を取っていたこの女騎士の誇りや矜持をじわじわと凌辱して、心の底から我が物にした時のことを思い出す。
(思えば、殺してグールとして隷属させた頃は、あんなに嫌がっていたレアも、最近では、もう俺様がいないと生きていけないとまで言ってやがるな。ふん、あいつらも、すぐにこいつと同じ目に合わせてやろう)
親の仇を晴らすために自分に殺意をぶつけている金髪のエルフの少女。すでに、現在の主に心酔している銀髪の少女。どちらも、簡単には、自分に靡かないだろうが、それだけに、やりがいがある。
そうルーチェとリーリスは、ガリアンにとって非常に堕としがいのある存在だったのだ。
まだ戦いも始まってもいないのに、ガリアンの頭の中には、苦悶や悲痛な顔を浮かべながら、やがて自分に屈服して心酔している二人の姿しかなかった。
それもそのはず、自分が隷属させている百戦錬磨の女騎士であるレアが、負けるとは微塵も考えてもいなかったからだ。
(上位天職・守護騎士を持つこいつは、ドラゴンのブレスにすら一度くらいは耐えきれる防御系の専用スキルや、教導官をしていたほどの卓越した剣技も持っている。あの銀髪娘や小僧がどれくらいの力を持っているかは分からないが、一週間前に死霊術士になったド素人供が勝てるわけがねえんだよ!)
故に、目の前からルーチェを奪い、生意気な小僧を殺すのは当然のことだと、確信していた。
だが、
(ん? 何だあれは?)
目の前で、銀髪の少女の体から血液らしきものが、飛び出し、あの小僧の体を守る鎧のように変化していく様を見て、己の目を凝らしガリアンはもう一度よく観察した。
(いや、いやいや、いやいや、何かの見間違いだろう)
ガリアンは、さらにもう一度、あの小癪な小僧にまとわりついている赤いスライムにも鎧のようなものにも見える謎の物体を凝視した。
あれ、何に見える?と誰かに問われれば、彼は、あの銀髪の少女の血液が、体から飛び出し形を変えていると普段であれば答えただろう。
(いやいやそんなはずはない。それは絶対にない。きっと水魔法か何かだろう)
しかし、この状況において、それはあり得ないと彼は自分で出した答えを投げ捨てた。
その彼の判断は至極当然であろう。あの光景を見て、彼の脳裏に、チラリと浮かんだのは、最強と呼ばれるアンデット達。
世界で唯一、自分の血液を自在に操れる能力を持つそのアンデット達は、この世界には七体、いや教会に討伐させずに生き残っているの四体しかいないはずだ。
アンデットの支配者である死霊術士をして、あいつ等はアンデットでありながら、支配者であるはずの自分達の支配が及ばない遥か高みにいる存在だと、ただただ恐怖されているような怪物達だ。
そんな怪物が、今、自分の目の前に立ち、あまつさえ一週間前に、死霊術士になった小僧にあそこまで黙って従っている。どこからどう考えてもありえない事態だ。
(ふん、何を馬鹿なことを考えているんだ)
と、考えすぎていた自分を戒めようとした矢先、銀髪の少女は、両手に剣を持ってこちらに向けて、走り出してきた。
「ガリアン様来ます」
「迎撃しろ! だが、傷をつけるな。いつものように足を狙え!」
仲間内での喧嘩はご法度と定められてはいるが、欲しい者は殺して奪えがモットーであるネクロポリスのメンバーが律儀に守っている例は少ない。
流石に、相手の死霊術士の命までは奪わないが、組織の実質的なリーダーであるシドの目に隠れ、正当防衛だなんだのと適当に理由を付けて裏で仲間同士でグールの奪いをしているのは日常茶飯事である。
なので、ガリアンにとっても対死霊術士戦は初めてではない。むしろ、ガリアンの得意分野とさえ言える。
経験豊富なガリアンの必勝戦法は、相手のグールを奪うために、まず欲しいグールの四肢を切断させることから始まる。
グールは四肢の欠損さえ再生できるが、そのためには、大量の人肉を捕食する必要である。だが、戦闘中にその機会はないので、先ずは欲しいグールの手足を奪い動きを封じ、敵対する死霊術士を自分のグールで牽制し孤立させ、手足を失った相手のグールの心臓に直接触れて、スキル死者再契約でグールを奪取する。これがガリアンの必勝戦法だ。
「スキル、裂空斬!!」
わざわざ自分達の方へ無策で飛び込んでくる捕獲対象のグールの愚かな行為に笑みを浮かべながらレアは、剣士系の天職が習得できる斬撃を飛ばすことができるスキル裂空斬を発動させる。放たれた斬撃は狙い通りに対象の左足を切断し、切られた左足は宙を舞った。しかし、
「!?」
「なに?!」
レアの放った斬撃は何も策も無しに、正面から迫ってきた銀髪の少女の左足を確かに奪った。だが、銀髪の少女は一切態勢を崩すことなくこちらに進撃してくる。
それができたのは、切ったはずの左足が、切られた瞬間には、もう綺麗に再生されていたからだ。
「ガリアン様!」
「ええい! 気にせず攻撃を続けろ!!」
裂空斬は一日に使用回数が決められているアクティブスキルだ。本来は、ここぞという場面で使うものであるが、ガリアンの命令を受け、レアはためらいもなく連発する。しかし、結果は全て無駄撃ちに終わった。
手足を切っても、胴体を切っても、銀髪の少女の肉体は切られた直後には、元通りになっていた。
「何なんですか!? あの子グールじゃないんですか?!!」
鎧や魔法で防がれたのなら諦めがつく。何かしらのスキルで防がれたのならまだ理解できる。でも、斬っても斬っても即座に再生する銀髪の少女の姿に、天職は違えど種族は自分と同じグールだと考えていたレアは、主であるガリアンに答えを求める。
「……あいつ、まさか本当に」
混乱状態の配下のグールの叫びを無視し、ありえないと思っていたことが、ありえてしまったのではと、今一度先ほど捨てた考えを頭の中に戻すガリアンだったが、
「再生能力の確認はこれくらいでいいでしょうか。 では行きます!」
その言葉と共に突如として、銀髪の少女が彼らの視界から消えた。