第十話 決断の時
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黒いローブを着た黒髪で長髪の獣人。僕は人目見ただけで、どういう訳かこの獣人の男性の天職が自分と同じ『死霊術士』だと確信が持てました。
同時に、今まで出会ってきたものの中で、最も危険な存在だと肌で感じました。
いや、危険と言うよりは、怖いと言った方がいいでしょう。以前に一度だけ目をした、Bランクの冒険者達を蹂躙していたAランク認定の魔物であるオーガとは比較にならないほどの何かを感じます。
おそらく強いから危険だと思っているではなく、男が放つ底知れない悪意が怖いから危険だと無意識の内に判断したのだと思います。
「見ない顔だな。てめえ名前は?」
突如現れた黒ずくめの獣人、恐らく僕と同じ『死霊術士』に名前を尋ねられて僕は、恐る恐るジン・ブレイザーと本名を名乗りました。
僕の名前に心当たりがないのか、男はさらに質問をしてきます。
「やっぱり、聞いたことない名だな。一応確認しておくが、てめえも、俺様と同じ『死霊術士』でいいんだよな? それと、そっちの銀髪の美少女はてめえが隷属させているグールか?」
当初は、同じ『死霊術士』と遭遇した際には、迫害されている者同士、ある程度対等な会話ができると考えていました。しかし、実際に会ってみると、相手に恐怖を覚え、謎の男に完全に会話の主導権を握られてしまいました。
「そうです。僕はつい一週間前に、『死霊術士』にクラスアップして、教会に捕まったので、この少女を護衛用のグールとして復活させて逃げ出しました」
「なるほど、なるほど、それは災難。いや、『死霊術士』ならば、誰でも一度は通る道だな」
僕の答えに男は納得した様子で頷きました。
どうやら、僕が『死霊術士』と言うのは分かっても、ルーチェがグールではなくヴァンパイアだとは気がついていないようです。
「そうか、では可愛いに後輩に色々とレクチャーしてやろう!! だが、その前に場所を変えようぜ! 実は森の中は、薄気味悪くて嫌いなんだ」
男は、僕に森から一度出ようと提案してきました。これ以上、一方的に男の言いなりになるのは、危険な気がしますが、街道に戻るという選択肢以外を僕は提案できませんでした。
僕の案内で、僕達は元いた街道へと歩いて戻ります。その間、僕ではなく、無言を貫いているルーチェの方をずっと下卑た目つきで見ている男の様子を見て、僕は何だかとても不愉快な気分を味わい、同時に一抹の不安を感じました。
それからすぐに、僕達は街道に戻りました。幸か不幸か、近くに人の気配を感じません。
「よし、じゃあ、自己紹介してやろう。俺様の名前はガリアン。ネクロポリスに所属する『死霊術士』だ」
男は気前よく、自分の名前を名乗りましたが、僕には悪魔が相手を信頼させるために自分の名を告げているようにしか見えません。
それにしても、こんなにも早くネクロポリスのメンバーに出会うとは思ってもいませんでした。
教会からくすねた資料の中に、ネクロポリスと呼ばれる『死霊術士』達による犯罪者組織があることを知った僕は、今後どうするのかを決める前に、一度その組織と接触する必要があると判断して、王国一の交易都市を目指していました。
ですが、目的地に着く前に、メンバーの一人に実際に会ってみると、会わなかった方が良かったと後悔してきました。
「ネクロポリス、噂では聞いていましたが、本当にあったんですね」
「ああ、そうだぜ! まあ、基本お尋ね者だから普段は身を隠しているがな」
確かに男、ガリアンさんの言うように、表舞台で『死霊術士』が生きていくのは不可能です。ですが、『死霊術士』がどれだけ、邪悪な力を持っていても数の前には無力です。そのため少数で団結していると思っていましたが、どうやら、ガリアンさんを見ていると逃亡しているというよりは暗躍しているように思えます。
「他の仲間と一緒に行動しないんですか?」
教会側も、ネクロポリスの情報は余り多く持っていないようで、資料には、死体集めをするため、各地で活動をしていることしか記されておらず、リーダー不明、目的不明、拠点不明と書かれていました。
なので、逆に組織に取り入って、身の安全と引き換えに教会に情報を流すという選択肢もあると考えていました。
ですから、ここはあえて下手に出て情報を聞き出すのが賢明でしょう。
「ああ、そうゆうことはしねえんだよ。俺達には、冒険者達のパーティみたいな仲間意識はないんだな~これが。ネクロポリスのルールは三つ! 仲間内で争わない。他所に組織の情報は喋らない。リーダーの計画に賛同して協力する。まあ、リーダーが誰かは、実際に組織を率いているシドって言う組織のナンバー2しか知らないんだけどな」
シドと言う名前は初めて聞きます。組織のナンバー2ともあれば、教会は高くその情報を買い取ってくれるかもしれません。
それにしても、リーダーの計画とはなんでしょうか? 追われる身である『死霊術士』が何を目論んでいいるのでしょうか?
「リーダーの計画って何ですか?」
教会も今だに知らないネクロポリスの計画。凄まじいほどの価値があるのは明白なので、簡単には教えてくれないと思っていましたが、
「本当は最重要機密なんだが、まあ、同じ行き場のない死霊術士。どうせ組織に入るんだから、特別に教えてやろう」
あっさりと教えてくれるところから見るに、どうやら、ガリアンさんは『死霊術士』はネクロポリス以外では生きていけないと決めこんでいるようで、死霊術士は全員仲間と思っているみたいです。事実そうですが、
「俺達、ネクロポリスの究極の目的。それは『死霊術士』以外のこの世界の全ての人間を死者へと変え、死者を操れる俺達がこの世界の頂点に君臨することだあああ!!!」
司教様を彷彿させるように、両手を仰々しく広げ、高らかに宣言するガリアンさん。しかし、そんな事どうでも良かったです。
全ての人間を死者に変える? 何だそれは……
迫害されている『死霊術士』が生きるために集まってできた組織かと心のどこかで思っていましたが、彼らが企む壮大な計画を聞いて、その考えは前提から覆りました。
しかし、その計画についてもっと詳しく聞こうと思った矢先、ガリアンさんの後方から、行商人と思われる人達がこちらに近づいているのが、僕の目に飛び込んできました。
当然、僕が気付いた以上、ガリアンさんも気がついています。彼はやっときたかと、呟き、懐から小さな黒い棺のような箱を取り出しました。あれが資料に書いてあったコフィン・ボックスでしょうか? どうやら、行商人を追い払うために、自分の隷属させているグールを使うのようです。
ガリアンさんが箱を開けると、箱の中から一人の女の子が飛び出てきました。
その少女は、僕よりも少し年齢の低いと思われる金髪のエルフの少女でした。この少女が、ガリアンさんが死者隷属で従わせているグールかと思いましたが、箱から出るとすぐに、少女は手にしていた弓矢をガリアンさんの方へと向けました。
「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す!!!」
少女は目から涙をこぼしながら、親の仇のような顔をしてガリアンさんに激しい殺意をぶつけていましたが、その矢が放たれることはありませんでした。恐らくガリアンさんが、エルフの少女の肉体を支配して、自分に攻撃できないようにしているのでしょう。
『死霊術士』はグール化させても、心はへし折らないと支配できませんが、肉体の方はグール化させてすぐに支配できます。
そう考えると、ガリアンさんがあの少女を自分の支配下にしてからあまり日が経っていないと推測できます。
「その子、ガリアンさんに凄く殺意を持っているようですが大丈夫ですか?」
僕もルーチェに一度試してみましたが、『死霊術士』は自分が使役しているグールの自我を消すことができます。なので、この場は自我を消しておとなしくさせるだろうと思いましたが、僕の考えの遥か上の命令をガリアンさんはエルフの少女に下しました。
「あの行商人共を一人残さず殺して食って来い!!」
ガリアンさんの命令に逆らえないためか、エルフの少女は泣き叫びながら、行商人の方に弓を構え、弓を放ちます。少女の腕が良いためか、少女の矢は、あっという間に行商人たちの命を奪いました。
しかし、命令はまだ完遂されていません。少女は弓矢を捨て、激しい抵抗をしているようですが、一歩、一歩、行商人の方へと歩んでいきます。
「ヤダ!ヤダ!ヤダ! もう嫌だよ!! 誰か助けて!!!」
迫害される身である死霊術士にとってグールは己の武器であり道具でもあります。そして、人工のグールは人肉を食べなければ理性を失い肉体が腐敗します。
だから、死霊術士の命令で、グールが人の肉を食らって理性と肉体を保つことは、両者にとって当たり前の出来事なのでしょう。
ですが、それが分かっていてもなお、その少女の悲痛な叫びを聞き、僕の心の中の何かが目覚めました気がしました。
「ガリアンさん。もうやめてください。あの子がかわいそうです」
しかし、僕の訴えを、ガリアンさんは、以前ロイスさん達がド新人だった頃の僕を叱るような目つきで一蹴しました。
「馬鹿を言え、てめえのような新人に何で俺様が指図されなければならねえんだ?」
「ですが……」
「ふん、まぁてめえはまだ何も知らない新人だからな。よく覚えておけ! あのガキはついさっき殺して得た俺様の新しいコレクションだ。だが、あいつの体は俺様のもんだが、心まではまだ支配できていねぇ。だからこれは調教の一環なんだよぉ!」
「調教……」
「そうさ、あいつはすでに自分の母親を食っているし住処もなくしている。もう帰る場所がない。後は、生きるために他人を食い続ければ、自分が人を食べる化け物だと理解して、俺様に素直に従う。これが俺様のグールの調教方法だ」
そして、とても愉快な顔をしてガリアンさんはルーチェの方を見てから僕の顔を見てから、ここ一番に下卑た顔をしながらある提案をしてきました。
「初めてにしては、てめえのグールは従順だ。見た目もいい。どうだ、そのグール俺様にくれないか?」
「え? どうやってですか?」
「てめえは、まだ習得できていないかもしれないが、『死霊術士』には死者再契約と言うスキルがある。グールの心臓に直接手を触れることで、支配権を奪えるというスキルだ」
!?
「そいつの強さは分からないが、金髪と銀髪の美少女を傍で侍らせるってのは一度してみたかったんだ。その代わりに俺様は、無知である新人死霊術士であるお前に色々と教えてやろう。ネクロポリスのメンバーにも口を聞いてやる。どうだ美味い話だろう?」
確かに、一考する価値はあるでしょう。教会から追われる身である『死霊術士』が生きていくノウハウだけでも、充分に価値があります。それに『死霊術士』として僕はまだ何も知らない。元々、情報を集めるのが第一目標だったのだから、願ったり叶ったりです。
ですが、行商人達のすぐそばにまで来たあのエルフの少女の泣き叫ぶ声が、僕に最後の一線を越えないで訴えているように聞こえます。
「ルーチェ、君はどう思う?」
「私は主様の命令に従うだけです」
出会って一週間しか経っていませんが、ルーチェは絶対に僕の生き方や今後の方針について自分から意見したことがありません。
命令には従う。僕に襲い掛かる敵は排除する。血が欲しいとねだる。でも、僕がどうしたいのかについては一切口を挟まみません。その証拠に僕とガリアンさんとの会話にも一度も入ってきませんでした。
口を閉ざしたまま、自分の行く道は、自分で選べと言っているように聞こえます。
「分かったよ」
僕の呟きを聞いてか、ガリアンさんは嬉しそうにしましたが、残念ながら彼の思っているようにはならないでしょう。
「ガリアンさん、今の提案断らせてもらいます。その上で、こちらからあのエルフ少女を止めてくれるようにお願いします。後、あなた達の仲間にはなりません!!」
僕の言葉を聞き、ガリアンさんは、最初は目を丸くしましたが、すぐに呆れ顔になりました。
「はぁ~馬鹿か、てめえは? 死霊術士が世の中から嫌われているの知っているんだろう?もう、俺達にはネクロポリスに参加して、この世を死の世界にするしか道はねえんだよ! それに、先輩に道具を献上しないどころか、命令までするとは一体何様のつもりだ!」
自分が馬鹿だと言う自覚はあります。でも、こいつのような外道にはなりたくありません。
「ふん、まあいい、幸いにもお前はネクロポリスのメンバーでもないし、他の奴らはてめえの事をまだ知らねえ。だから、ここで、てめえは殺す。そして、てめえのグールを俺様のコレクションの一つに加えてやる」
そして、ガリアンは新たにコフィン・ボックスを一つ取り出し開封します。
「ガリアン様、ご命令は?」
新たに出てきたのは、大剣と盾を持つ騎士風の二十代後半くらいの女性でした。自身に跪く騎士を見せびらかしながら、自慢するかのようにガリアンさんは言います。
「小僧、死ぬ前に覚えておけ!『死霊術士』って言うのは、死者隷属で支配できるグールの数で優劣が決まる。現在、俺様が使役できるグールの数は最大四体!! これはネクロポリスのメンバーの中でも上位に位置する。さらに、この女は教会の騎士団でも高い戦闘力を持っていた奴だ。上位天職・守護騎士、てめえなんざ、こいつ一人で充分なんだよ!!」
あいつの言うように、確かに、あの女性騎士のグールからは高い戦闘力があるのを伺えます。Aランク冒険者以上の強さはあると見ていいと思います。
そして、あのエルフの少女を除き、恐らく後二人、ガリアンは、あの女性騎士と同等の強さを持つグールを持っているでしょう。
そう考えると何だか、急に不安になりました。
「こんな状態になってから聞くのは申し訳ない気がするけど、一応聞くよ。ルーチェ、あの女性騎士と同レベルの奴が三人いると仮定して、君勝てる?」
ルーチェが勝てないと言ったらもう全力で逃げることに徹しなければいけないでしょうが、ルーチェは馬鹿にしないでくださいと言わんばかりに自身に満ちた顔で、教会から拝借した二本の剣を腰から取り出します。
「愚問ですね。私は偉大なる主様の剣であり武の象徴。主様の目の前で敗北するなどありえませんよ」
この時に見たルーチェの嬉しそうな顔が、僕が初めて見た彼女の笑顔でした。