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ZODIAC~十二宮学園~  作者: 団長
3/3

極東決戦編その3

今回のライブは宗協連の主催なのでこちらの注文が通るかわからない。しかも、金さんはまだエレメンタルクラスのひよこアイドルである。様々な問題があるが時間もないので各々が旅支度を始めることになった。俺は家に帰って衣服、携帯食料と薬品を鞄にしまった。そして制服のブーツ、リボルバー、拳銃と弾丸を磨いた。魔法使いならば手製の陣と魔法の道具だけで十分だ。魔法使いではない俺はかなり昔の装備である。後は明日、学園で銃と爆薬の持ち出し許可書を貰う手間もある。早めに寝ようと布団に入ると、E-ウォッチが突然鳴り響いた。「私服はどちらが可愛いかな?」金さんからか。次々と返信が来る。

ハヤテ「スカート穿くのか?」

くいな「私はミニライブの時の衣装が可愛いと思います。」

あかり「どっちでも同じ。馬子にも衣裳。」

コタン「双子宮の先輩に聞いてはどうか?」

ハンナ「風翔はどっちがいいの?」

ハンナ「風翔起きている?」

ハンナ「風翔?」

ハンナ「風翔、今すぐ返信しなさい。」

怖い。金さんには逆らえない。

かざと「キャミソールドレスとデニムスカートでいいよ。コートとスパッツは忘れないで。」

後の返信は無視することにした。どうせ付き合っていたら一晩中かかってしまうだろう。

四月十七日

昨日の雨が嘘のように綺麗に快晴となった。朝早く両親に見送られ学園に向かった。白羊宮の事務室で外泊、銃と爆薬の持ち出し許可書を書いた。同伴するコタン副宮長のサインが必要なので白羊宮の校舎を探していると射撃場の方でかなり澄んだ銃声が聞こえたので行ってみるとコタン副宮長が煙草を吸いながらスナイパーライフルを使用していた。的の方を見てみるとかなり遠い。数百フィートある的の中心を打ち抜いていた。よく見ると昨日、研究所でもらった銃弾とスコープを使用しているようだ。とても美しく見える。

「三江、そなたも打ってみるか?」

「いいえ。片手であの的は当たりません。もちろん両手が使えたとしても的に当たる自信がありません。」

そういうとコタン副宮長は無言でスナイパーライフルを解体してケースにしまった。書類にサインをしてもらい事務に提出した。待ち合わせの場所に行くと金さん、ハヤテ、水無瀬水鳥と光星明は既に集合していた。やたら金さんと光星明の荷物がでかいのは気になるが、ハヤテと水鳥は本当に標準装備なのかと思うくらい荷物が少ない。魔法使いにとってはこれが普通なのだろうか。そうだとしても金さんの荷物が多いのが気になる。コタン副宮長が最後にやってきて、俺達六人と一匹は列車に乗るために駅に向かった。

「まずはエールシュタットをめざすかの。列車でも六泊かかる遠い場所じゃ。よいか列車内では時差に気を付けて体に慣らすことを忘れるな。」

東へ向かうのでE-ウォッチの時間の進みは遅くなっていく。食事時間と就寝時間に注意しなければ東京まで体がもたない。化粧室とシャワー室が付いた二人用1等寝台個室が三部屋用意してある。俺とハヤテは同室でいいだろうが、金さんと光星明の同室は考えられないので二人は別々の個室にする。コタン副宮長と水無瀬水鳥が交代で部屋の見張りをすることになった。女性陣四人で仲良くやってくれるのが一番いいのだが仕方ない。

「さて、用心のために個室の前に魔法陣を描いておくかの。」

「コタン副宮長、風、火や水は列車内では危険じゃないですか?」

「ウチが描くね。記憶操作なら問題ないっしょ。」

「金さん、あまり強力のはやめてね。」

そう言って金さんは不可視インクで三つの個室の前に魔法陣を描いた。

「よし、これで大丈夫かな。少しの間だけ喪失感を抱える魔法だから。」

「あれ?魔法陣は円を閉じないの?」

「んあ~、誰かが間違えて踏んで発動したら困るでしょ。魔法使える人は右足出して。」

金さんはコタン副宮長、ハヤテ、水無瀬水鳥と自分自身の右足裏にヨウ素を付けた。ヨウ素デンプン反応を用いた魔法使いの間ではよく使われる手である。

「切れている陣を閉じるように右足で踏んで呪文スペルを唱えると魔法が発動するから。」

荷物を個室におき昼食をとることにした。聖都から来た列車の出発は昼過ぎなのだが食堂車には人だかりができている。学園都市では食料と荷物のつぎ込み、給水、乗務員の交代や乗客の身分証の確認がおこなわれ長く停車している。荷物を個室に置いて六人と一匹で食堂車の列に並ぼうとしたがコタン副宮長がサロンカーに移動しようと言った。

「キャロ・スピカ宮長から昼飯の弁当を貰ったのじゃ。」

「キャロ宮長って乙女宮の宮長。」

「そうじゃ。料理の鬼といわれる神の舌を持つ女じゃ。」

キャロ・C・スピカ乙女宮の宮長は家政学部のエースである。エキスパートクラスになってからは家政学部、技術学部と福祉学部の学生をまとめる乙女宮の宮長になった。エレメンタルクラスのときは病気がちで入退院を繰り返して留年しかけた。しかし、努力と料理の猛練習で成績を上げて魔法使いではない初めての宮長になったという伝説を創った学園では有名人である。

「本当は夕食の時間に食べて欲しいと言っておったが、昼飯にしてもいいじゃろう。」

そう言って綺麗なお重の弁当を卓上に広げた。物凄い量の弁当だが、スピカ宮長が作っただけあって見た目が美しく食欲をそそる匂いがサロンカーに広がった。

「ククルは充電器に繋げるね。」

金さんはククルを卓上に置いて尻尾から出ているコードをコンセントに繋いだ。電圧とかは関係なしに充電できるようだ。俺達六人もフォークで重箱の弁当を食べ始めた。

「風翔、はい。『あ~ん』して。」

「金さん、そういう冗談いらないから。」

「ウチ、一度はやってみたかったのだけどな。ハヤテと水鳥はいつもやっているのでしょ?」

「ななな、何をいっているのですか・・・私達はそういうことしません。」

「そうだよ(便乗)。べ、別にくいなにしてもらわなくても・・・」

「二人とも初々しいよ。ウチからしたらくいなは幼馴染、美人、頭がいい、金牛宮の副宮長で大きめの乳なのだからポイント高すぎでしょ。」

思わず俺も同意してしまった。金さんの方が乳はでかくないかと女性陣の胸を見てしまった。

「三江!貴様、わしを残念な目で見たな!戦闘においてそこは重要ではない。むしろ邪魔だ。」

「はい。いや、自分はコタン副宮長の」

自爆してしまった。ハッキリ言うと 金さん≥水無瀬=明≥・・・≥コタン といった感じである。

「風翔のエッチ。」

何も言い返せないでいる。同じ男のハヤテはどうしているのだろうと見ると

「ハヤテは胸が大きい方が、すす、好きですか?」

「なな、何言っているのだ・・・」

ハヤテと水無瀬水鳥のやり取りもなかなかだ。水無瀬水鳥が積極的に胸のことを聞くとはかなり混乱しているようだ。

「ククル、男性の何割が巨乳好きなの?ていうかロリコンの方が多いの?」

ククルに何てことを聞いているのだ。そういう使い方は想定してないのではないだろうか。

「オスノ5ワリハ、ロリコン。」

おい、この機械本当に大丈夫なのか。双葉テンが創ったものなのだからそれなりの統計学的あるいは生物学的根拠があるのだろうが、こんな質問にも答えるのか。破廉恥な機械。

「そっか。だから源姉妹は人気なのか。」

「いや、源姉妹は実力だろ。演技力と歌唱力もあるし金さんと比べ物にならないだろう。」

「んあ~、それ言っちゃダメ。ん?ククルの背中に受信ありって書いてあるけど。なにこれ?」

「ああ、まだ学園都市の電波を受信できる範囲にいるのだな。サティア殿がメッセージをくれたのかもしれん。」

「ククル、メッセージ一覧を表示して。」

すると、空中ディスプレイに多くの学園関係者からメッセージが送られてきていた。

「ワシのもあるが、ほとんど水鳥宛のメッセージじゃ。ハンナにも来ているぞ。」

水無瀬水鳥は金牛宮の副宮長で学園でも知名度が高いので先生や友人からのメッセージがおおいのがわかるが、金さんに対しては誰が送ったのだろうか。金さんと水無瀬水鳥はメッセージを確認していたが、俺宛のメッセージはないので飯を黙々と食い続けるしかなかった。列車はようやく東に向けて走り出した。弁当を食べ終えた六人はサロンカーでククルを使って楽しんでいた。

「ククル、世界地図を出して。」

「あたしが居た世界とはだいぶ違うのね。大陸が一つしかないの?」

「明ちゃんは西暦の時代から来たと思われています。大陸移動説はご存知ですか?」

「大陸はプレートの上に乗っていて少しずつ動いているっていうやつ?」

「そうです。地球が誕生して最初は一つの超大陸だったのがいくつかの大陸に分かれて、再びこうして一つの大陸『パンドラ』になったといわれています。しかし、パンドラの外側は未開の海です。島というものがあるかもしれません。」

「私は日本っていうところから来たのだけれど、まだ日本列島はあるのかな?」

「恐らくこの一つの大陸に吸収されてしまった。または、海に沈んでしまったと考えるのが自然でしょう。私達が行く東京というのは西暦の時代にあった島国の都市の名前です。」

「あたし、東京には行ったことないけど日本の首都だよ。」

「ククル、大陸移動のシュミュレーションをだして。」

「日本はなんだか間延びしてユーラシア大陸にくっついた感じ。あたしの故郷も今は跡形もないのだろうな。そういえば何で『新聖暦』なんか作ったの?」

「何回かの長期の氷河期で暦がわからなくなったのです。」

「俺や三江は無宗派だから関係ないけどアブラハム系の宗教信者は困るだろ。」

「確かに十三日の金曜日とかが分からないと困るかも・・・。」

「宗教指導者の方たちが話し合って『新聖暦』を作ったのです。氷河期で滅亡する予定だった人類に神様が魔法をくださったものとして魔法を人類が授かった日を新聖暦0年としたのです。」

「あれ?でも魔法が最初に報告されたのって新聖暦800年頃だよね。何かずれていない?」

「神様が魔法を人類に与えたのが新聖暦0年です。魔法が報告されて、800年ぐらい前には既に人類最初の魔法使いがいたのではと考えたのです。」

「宗教も大変だね。魔法のおかげで氷河期を乗り越えられたのだよね。神様とか関係なくない。」

「光星、そんなことをぬかすな。水無瀬副宮長は水の巫女だぞ。」

「え、知らなかった。くいなそうなの?ごめんね。」

「一応、そうですけど私は気にしていません。」

「宗協連っていうのは何なの?」

「宗教協力連合の略称です。戦後は様々な宗教対立が和解しひとつの大きな組織となったのです。お互いの信仰を認め、不可侵を誓った宗教が所属しています。」

そうこう話している間に列車は学園都市を離れてのどかな田園地帯に入っていた。コタン副宮長と水無瀬水鳥は仕事が残っているというので個室に戻った。副宮長になると学生の面倒だけではなく、他の校務分掌などがあるのだろう。残った四人と一匹はククルの機能からゲームが出来ることを知った。フォー・フロンツ(四人将棋の類似ゲーム)で遊ぶことにした。ククルの頭上に空中ディスプレイの盤が現れた。

「ウチは絶対にあんたを倒すから。」

「いいよ。白黒つけようじゃない。」

金さんと光星明は火花を散らしている。ゲーム前、金さんに前から聞いておきたいことがあったので聞いてみる。

「金さんは記憶操作の魔法が使えるってことは対戦相手の心も読めるし、対戦相手の思考をわざと負けるように誘導できるの?例えば、王を前に突き出させるとか。」

「んあ~、フォー・フロンツではそんなこと使っても勝てないよ。やってみればわかるけど。」

どういうことだろうか。確かにフォー・フロンツはどんな魔法使いと魔法使いではない人が対戦しても公平に戦えるゲームとして大々的に売り出されたものである。去年からボッチだった俺は四人で遊ぶこのフォー・フロンツを勿論やったことがない。駒の動かし方がわかるぐらいで戦略を持っていない。ゲームを始めてみると序盤で一番苦戦しているのは金さんだった。ククルが制御しているため二歩、二手指し、千日手、王手放置や自玉を突き出す主な反則はすることはできないのだ。しかも、一手に時間制限があるため魔法で三人相手の思考を読もうとする時間がないのだ。さらに、三人相手では相手が負けるように操作するのがさらに難しくなる。中盤に狭い盤上では駒のやり取りが激しくおこなわれ始めると金さんの持ち駒が増え始めた。魔法を使ってわざと自分が相手の駒を取れるようにしているようだ。俺も知らぬ間に歩と飛車が取られていた。しかし、駒をいっぱい持っている金さんの王は裸に近い。相手の駒を取るために攻めすぎていて防御が疎かになっている。さらに、驚くべきことは光星明の飛車や銀など主要な駒を取られていない。執拗に金さんは光星明の王を攻めようとするが、俺とハヤテが金さんの王に攻めているためなかなかうまくいかない。

「んあ~、ちょっと時間止めていい。」

時間を止めるには四人全員の同意が必要だ。

「あたしはヤダな。」

「そうじゃないの、あんた何者?ウチの魔法が効かないのだけど。」

「明には記憶操作の魔法が効かないのか?」

「金さんは光星に勝ちたいだけのように思えるけど。」

「そうよ。ウチはあんたを詰ますの。」

「口だけは達者ね。盤上を見てみ。」

「サティアさんが言っていた通り、明は常に魔法を使っているせいじゃないのか?」

研究所でのサティアさんが言っていたことを思い出した。光星明は無意識のうちに俺達とコミュニケーションをとるために魔法を使っているのだ。どうやら金さんの魔法は干渉できないようだ。

「ほらほら、早く指さないと時間が切れるわよ。」

光星明は攻められているのに余裕だ。金さんは金と銀だけでなく飛車までも防御に使い始めた。

「歩切れだね。バカみたいに安い駒で相手の飛車とかを取るから。」

最初に投了したのは金さんだった。詰ませたのはハヤテだった。記憶操作をすればまず詰まされることがない相手だが、一手の隙を突いて投了となった。投了しても笑顔でいる金さんは不気味だ。金さんの持ちコマはハヤテのものになり、盤上の駒は障害物として残る。

「風翔、絶対に負けちゃダメだからね。」

笑顔で言われると怖い。光星明に勝たないといけないということだろうが現状は厳しい。

「そう言われても、金さんの持ち駒を引き継いだハヤテが優勢だろ。」

結局、ハヤテ、俺、光星明、金さんの順位になった。結果に納得いかない金さんと光星明はあいかわらず仲が悪い。そうこうしているうちに日が沈んでいく。いつもより日没が早く感じられる。昼食と違い、夕食は予約制のディナータイムとなる。俺と光星明は周りを見様見真似でナイフとフォークを使おうとした。

「すいません。彼の料理は片手で食べられるようにカットして出してください。」

金さんは双子宮でテーブルマナーを習っているようだ。

「金さん、ありがとう。正直、左手だけでいつも食べているから困っていた。」

「んあ~、右手は机の上に出して。皿に添えるくらいでいいよ。」

コース料理が終わりコーヒーと紅茶が運ばれるとすぐにコタン副宮長が席を立った。

「ワシは煙草が吸いたいからデッキに行く。お前らは早めに就寝しろ。朝日が昇るのが早いからな。」

いつでも虎杖丸を装備している怖い人だが、夕食から機嫌が悪いようだ。何かあったのだろうか。

「ハヤテ、コタン副宮長どうかしたの?」

「宗協連からハンナのコンサートの警備について無理なお願いされたらしい。」

「金さんの警備って結局どうするの?」

「それが決まっていないからああやって怒っているのだろ。」

「くいなは金牛宮から警備について何か言われていないのか?」

「金牛宮はそもそも東京に行く事に反対していました。学園の学生を紛争地域に送るにはリスクがありますから。私はコタン副宮長に従いますよ。」

「金牛宮の副宮長が白羊宮の副宮長の言うこと聞いていいのか?宮のメンツとかあるだろ。」

「私はまだミドルクラスですから。」

ここまで謙虚な副宮長はいないだろう。天才の水無瀬水鳥は白羊宮との対立を気にしていらっしゃるようだ。五人と一匹はそれぞれの個室に戻りコタン副宮長の言うとおりに早めに就寝した。一日が少しだけ長く感じる夜だった。



四月十八日

列車はひたすら東を目指して走り続ける。各個室では学園から指定された課題におわれていた。エレメンタルクラスとミドルクラスは基本的に遠征でも移動時間は勉強にあてられる。本当は同じエレメンタルクラスの金さんと勉強したいのだ。なぜなら、一人で考えていてもわからない問題が多い。留年している自分が一番悪いのだが、ミドルクラスのハヤテに聞くのは何だかカッコが悪い。だからといって金さん達の女性部屋に押し掛けるのはどうかと思う。間違いなくキモイと思われる。

「ハヤテ、この積分の問題教えてくれないか?」

「この積分は留数定理つかわないと。複素解析は講義でやっただろ。」

聞いたことがない定理が出てきた。問題を見る限りだと実関数の積分なのだが複素関数にまで拡張しなくてはいけないようだ。色々、教えてもらっている自分が恥ずかしく感じる。入学したときは同じエレメンタルクラスだったのにいつここまでの差が出たのだろうか。

課題の問題のわけがわからないまま午後の宮別の課題になった。とは言っても列車内でできることは限られている。俺、ハヤテと水無瀬水鳥はコタン副宮長の指導で装備の点検をおこなっていた。これは毎日欠かさないでおこなわないといけない重要なことだ。いざとなれば皆を守らなければならない。ハヤテと水無瀬水鳥は魔法陣の手帳を確認していた。

「それって、何のために使うの?」

「急いでいるときは魔法陣を描いている時間がないだろ。書き溜めておけば短い呪文を唱えるだけで強力な魔法が発動する。」

「普通に呪文を唱える魔法とは違うの?」

「普通の魔法だって呪文が長いだろ。魔法陣を使えば詠唱が短くて済む。でもくいなやコタン副宮長レベルで魔力が強いと詠唱縮減しても強力な魔法が使えるけどな。」

「私は水の魔法しか強くないよ。」

どこまでも謙虚な副宮長である。ミドルクラスで副宮長になれるぐらいなのだから魔法も一様に成績が良いのだろう。少しでもいいから才能を分けてもらいたい気分だ。

 その夜、俺は時差で眠れないでいる。夜が来るのが早い。外の空気でもすいに行こうと思いデッキへと向かった。そこには水無瀬水鳥がいた。学園都市と違い夜空には一面の星空が広がっている。車窓を見渡しても民家がない場所を走っている。

「三江くんも眠れないのですか?」

「えっ・・・ああ、うん。」

「大昔は宇宙に人工衛生というものがあって、ヒコウキというものが世界中の都市を結んでいたと聞いています。それを使えばすぐに東京に到着できそうですよね。」

「人工衛星?今は宇宙のゴミになっているのだっけ?」

「魔法が誕生してからは制空権を制するのは魔法使いのもですからね。維持費もかかりますし、戦略的に必要が無くなったと考えられます。」

「水無瀬は昔から頭が良かったのか?」

「私は小さい頃からチューターの言うことばかり聞いていました。人の顔色を伺って自分が叱られないようにするにはどうしたらいいかずっと考えていました。魔法を習得するためになりふり構わなかったこともありました。」

「その、聞いといてアレなのだが、話は長くなりそうか。」

「ハヤテとテンくんと仲良くなるまで長かったですね。」

エレメンタルクラスの時からハヤテと水無瀬水鳥の周りの目は冷ややかだったかもしれない。勉強ができるのでよく質問をしている人は見かけたが、二人は遊びや告白には一切応じなかった。実際、ミドルクラスから一緒になった光星明はハヤテと水無瀬水鳥以外の同じクラスの人と話をしたことがあまりないと言っていた。こうして二人きりで話すのは初めてではないだろうか。こんなに近くで憧れていた女性と二人きりだというのに言葉が出てこない。水無瀬水鳥のそばにいる理由はあるのだろうか。ハヤテというとても頼もしい存在がいる。感じたことがない胸の苦しみが襲った。見つめた水無瀬水鳥はとても美しくほんのり甘い香りがした。何も飾っていない姿に自分は彼女のことが「好き」だという答えを見つけていた。いつだか言っていた金さんの‘好き’とは明らかに違うと思う。それでも未だにこうして立ち尽くすことが精一杯でヘタレである。ハヤテという存在は水無瀬水鳥にとって特別な存在でこの想いは届かないことが分かっている。傷つけたくないし傷つけられたくない。

「あの・・・水無瀬、・・・」

「私、三江くんに聞いておきたいことがあります。」

水無瀬水鳥が俺に?心臓が爆発しそうなくらい高鳴っている。

「『世界システム開発局』をご存知ですか?」

「え?何それ?知らないけど・・・」

「妹から頼まれて調べてみました。社会を魔法によってより良いものに変えようという目標のもと様々な活動をしているようです。中には連邦議会の政治家の名前も入っています。学園関係者の名前もあるのですがよくわかりませんでした。」

「よくわからないというのは・・・?」

「学生名簿には名前がありませんでした。過去に所属していた人かもしれませんが多すぎてまだ調べきれていませんが私は偽名を疑っています。」

「違う名前で学園に紛れ込んでいるってこと?それとも元からいない人?」

「金城さん。ハンナ・ノルン・金城という学生は昨年からエレメンタルクラスに私たちと一緒に所属しているはずですよね。」

「そうだろ。俺と同じで留年しているけど・・・。」

「少なくとも昨年の入学者の中に存在していません。」

「まさか金さんは十二宮学園の学生ではないのか?」

「わかりません。三江くんはどうして金城さんのプロデューサーをしているのですか?」

「新学期から絡まれたのだよ。引き受けて欲しいと強引に。」

「金城さんの記憶操作の魔法が気になります。私たちの記憶を変えることができてもデータまでは改竄できませんから。」

「まさか・・・でも目的は?」

「分かりません。『世界システム開発局』の思想に反対する論文を見つけました。」

そう言うと水無瀬水鳥はE‐ウォッチから論文を見せてくれた。著者は黒塗りで隠されているが内容は『世界システム開発局』は宗教法人を隠れみのに違法な献金と実験をしているという。俺は文献の引用を見るとシスカ先生の名前が真っ先に目に入った。それと同時に背筋が凍るような感覚を覚えた。水無瀬水鳥はシスカ先生の事件に感づいているのではないのだろうか。俺を疑っているのではないか疑心暗鬼になる。金牛宮の副宮長である水無瀬水鳥の洞察力と推理力は学園では一番研ぎ澄まされていると言われている。下手に嘘をつくとすぐに見破られるだろう。

「水無瀬はどう考えているのだ?」

「確証はありませんが、金城さんは私たちに隠し事をしていると思います。」

「金さんのことだから言えない事情があると思うよ。」

「三江くん、金城さんには気をつけてください。私は三江くんを傷つける人を許せません。必ず拘束術式を使います。」

「それって緊急逮捕ってこと?」

「そうなります。私は金牛宮の副宮長としての任務を果たさなければなりません。」

「・・・俺は個室に戻るよ。もちろん今の会話は誰にも言わないから。」

デッキから個室に戻りベッドに入った。色々、考えてしまい眠れない夜を過ごした。金さんは一体何者なのだろうか。シスカ先生の事件のことは隠蔽しているし、十二宮学園の学生でもないかもしれないという事実は衝撃的だった。謎は深まるばかりだ。



四月十九日

だるい。体の関節が痛く熱があるようだ。E-ウォッチで熱を調べると尋常じゃない体温だ。

「三江、大丈夫か?」

「ああ、ちょっとコタン副宮長に病状を報告してくるわ。」

ベッドからよろける様に立ち上がり個室を出てすぐ隣のコタン副宮長がいるはずの個室の扉を開けた。頭が呆けていてノックすることを忘れてしまった。扉を開けた瞬間、金さんと水無瀬水鳥が朝シャン後でバスローブを羽織ろうとしていた。

「風翔のエッチ!」

俺の顔面に剛速球でドライヤーがストライクした。悪気はなかったのだが、二人の開放的な姿を目撃してしまった。しかし、通路で倒れ込んでしまった。気が付くと医務室のベッドの中だった。ハヤテがコタン副宮長の命令で医務室に連れて行かれた。

「インフルエンザかコロナウイルスらしいのう。」

コタン副宮長が端的に答えた。医務室のベッドで横になって休むことになった。隔離である。

「して、水無瀬副宮長とハンナはどちらが大きかったのじゃ?」

「いや、その・・・」

「まぁ、良い。ゆっくり休んでおれ。」

「・・・」


寝て数時間たったとき、いきなり聞き覚えのある叫び声が聞こえてきた。

「逃げても無駄だぞ!」

馬の走る勢いで病室まで誰かが走ってきた。まるで逃走犯のようだ。医務室の鍵をこじ開けると俺のもとに来て胸倉を掴まれた。いつもならば白羊宮での訓練通りに相手を投げ倒すのだが体が言うことを聞かない。左手を後ろに回され首元にナイフが突きつけられた。

「全員、さがれ!武器を捨てろ!」

車内に男の声がこだました。そして、コタン副宮長は虎杖丸を男の前に投げ捨てて両手を挙げた。

「そのまま、一歩ずつ後ろに下がれ!」

「わかった。」

俺はどうやら人質に取られたようだ。息をするのも苦しいが、目線をあげると通路まで引き釣り出されたようだ。コタン副宮長は通路を後ろ歩きでさがっていく。その向こうのデッキでは金さん、ハヤテ、水無瀬水鳥と光星明がこちらを心配に見ていた。

「俺は異端教徒を裁きに来た異端審問官である。重罪人のハンナ・ノルン・金城を殺すことが神から授かった御言葉である。」

どうみても異端審問局の人間でも、ましてや宗協連の関係者でもない過激派と思われる。狂気に満ちたその表情は今にも俺を殺しそうな勢いだが、狙いは金さんのようだ。この状況をどうするか考えたが高熱のせいで頭がうまく働かない。胸倉を掴んだということは格闘においては素人であるとわかった。護身術を少しでもかじったことがある人ならばわかるが胸倉を掴むと自分の体勢が限定され重心は安定せずに自由度は低くなる。コタン副宮長はそれを見抜いているのかわからないが俺の安全を考えて犯人の言うとおりにしているようだ。凶器はこのナイフだけか。この状況ではわからないし、分かってもコタン副宮長に伝えることができない。

「ハンナ・ノルン・金城!いることは分かっているから前に出て来い!」

コタン副宮長と入れ替わるように金さんが笑顔で前に来た。

「両手を挙げて、一言も喋るな!呪文を唱えようとしたらこいつを殺すぞ!」

これで魔法を封じているようだ。金さんは無詠唱で魔法は使えるのだろうか。無理だ。水無瀬水鳥やコタン副宮長のレベルでも無詠唱で魔法は使えない。

「そのまま一歩ずつ前に来い。ゆっくりとだ。」

金さんが笑顔で俺の目を見ながら一歩ずつ近づいてくる。暑く汗が視界を遮るなか、打開する方法を考えた。しかし、そんなうまい方法が思いつかない。このままでは金さんが殺されてこいつも自害して終わりだろう。自害する気がないのなら走っている列車から逃げる手段を用意しているはずだが大掛かりな魔法でも使わないと無理だろう。後ろに回された左手は自由が利かないので右手で犯人のベルト周りを見つからないように触れてみるとなにか硬いものが当たった。拳銃だとしたら今、金さんを撃ち殺しているがそうしていないということは飛び道具ではない。そうこうしているうちに金さんがすぐ目の前に来ていた。もうダメだと思い目線を床にやると列車に乗車した最初の時のことを思いだした。金さんは二メートルぐらい手前で笑顔のまま止まった。もしかしたら金さんは・・・重たい視線を金さんに向けると金さんは目で確かに合図をした。

「どうした。止まらずにこっちに来い。早くしろ!コイツが死んでもいいのか?」

金さんが右足をいつもより少し大きくあげて足をついた。

オン!」

金さんが叫んだとたん犯人の力が抜けたのを感じた。その隙に右手でナイフを弾いた。目の前にはハヤテがいた。風の魔法使いだけあって金さんを追い抜いて一瞬で犯人の目の前に来たのだ。俺はその場に倒れ込んだ。

「おりゃあああ!」

ハヤテは犯人の右手を掴んでナイフを落とすと投げ倒した。

「くいな、拘束術式!」

「水よ、我が力となれ。水仙枷鎖すいせんかさ!」

犯人は両手両足と口の自由を封じられた。

「風翔!怪我はしていない?」

金さんがすぐに俺に語りかけてくれたが返事をする気力も残っていなかった。そのあとコタン副宮長が次の駅で犯人を連邦警察に突き出すととこまで聞き取れたが、緊張の糸が途切れて気を失ってしまった。



四月二十二日

どうやら二日ほど寝ていたようだ。E-ウォッチを確認すると日付が二日以上経過していた。ゆっくりと起き上がると列車のなかの医務室だった。俺は途中で下車させられなかったみたいだ。医者がコタン副宮長たちを呼んできてくれた。

「風翔、熱が下がってよかったよ。」

「金さん・・・魔法陣書いてくれありがとう。」

「風翔も医務室の前にウチの魔法陣が書いてあることが分かってくれて助かったよ。」

「金さんのことだから書いてくれてあると思った。」

コタン副宮長が犯人を駅で連邦警察に引き渡して、ワクチンを積み込んでくれたという。コタン副宮長は何も言わなかったが、俺を学園都市に引き帰さなかったのはまだ俺の任務は続いているということだ。しっかりと体調を整えて金さんの護衛をしなければならない。犯人は金牛宮の制服を見て目をそらしたそうだ。水無瀬水鳥が職務質問をしようとしたところ突然ナイフを取り出して医務室まで逃走したという。

「水無瀬、犯人に心当たりはあるのか?」

「指名手配犯ではありませんから心当たりはありませんが、おかしなところがあります。」

「おかしなところ?」

全員が水無瀬水鳥に注目した。

「人質を取るならば一般人ではなく、なぜ三江くんを選んだのでしょうか?普通は一般の子供や女性を狙いますよね。学園の関係者を人質にとるでしょうか?」

「三江が熱で弱っていたからではないのか?医務室に行けば病人がいるから人質にしやすいのではないのか?」

「そうすると医務室に病人がいたことを知っていたことになります。長距離列車といえども病人が医務室にいる確率は低いと思います。それに私だったら医務室まで行かないで近くにいる一般人を人質に取ります。」

「では何か、わざと三江を人質にとったというのか?学園の学生を人質にする必要があったというのか?」

「そうだと思います。それに犯人は三江くんの左手だけを抑えていましたよね。左手だけしか使えないことを知っていたのでしょうか。」

「水無瀬、犯人の所持品はどうだった?俺が捕まった時に右腰あたりに硬いものがあるのがわかったぞ。」

「銃弾が二発入った拳銃と御札でした。」

そういって水無瀬水鳥はE‐ウォッチで撮影した拳銃と御札を見せてくれた。

「拳銃はなぜ使わなかったのじゃ?それに、この札はなんと書いてあるのだ?」

「真実なるものはなく、あるのはただ解釈のみ」

「え?」

突然、光星明が口にした。

「明ちゃん、これが読めるの?」

「え、うん。一応何が書いてあるかはわかるけど最後の数字と式みたいのはわからない。」

「数字と式は何?書いてもらっていい。」

「6.626・・・、あとはかすれていて読めない。そのあとすぐに」

挿絵(By みてみん)

そう言って光星明は紙に数式を書いた。俺の苦手な積分の計算だ。

「水無瀬、この答え分かる?」

「すぐには計算できないです。テンくんなら暗算でできそうですね。」

そう言ってE‐ウォッチでカメラに収めた。光星明に解読できない文章はないのではないだろうかと疑ってしまうぐらい複雑な文字だ。これも光の魔法なのだろうか。しかし、本人にはその自覚が全くないのも不思議である。

車窓はエールシュタットの街並みが見えてきた。対向の貨物列車と何回もすれ違う。単線のため列車交換のたびに停車するが、貨物列車というより鉱山列車で大量の金、銀や鉛などを輸送しているようである。街に近づくとコタン副宮長が真っ先に魔力に異常があることに気づいた。俺も空気が重く、息詰まる感じがした。


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