極東決戦編その2
金さんがミニライブを終えると会場は静まり返ったが、司会の源姉妹が少し間をおいて進行をおこなった。一人に与えられている時間は限られている。司会の仕事を理解している。金さんはステージを降りてすぐに俺に言い放った。
「どうよ。風翔はどう思った?」
「驚いたよ。今まで金さんは本気出していなかったの?エレメンタルクラスとは思えない歌唱力と踊りだったよ。」
「んあ~、風翔が言うとキモく聞こえるわ。」
「すまん。源姉妹ファンとして感想を言っただけだから。」
「ふ~ん。風翔はプロデューサーとしてこれから忙しくなると思うよ。」
衣装を着替えて金さんと会場を後にしようとしたとき多くの視線が感じられた。しかし、何か不穏な視線も感じた。白羊宮でいつも戦闘訓練しているときに感じる殺気に似たもので後ろを振り返った瞬間にコタン副宮長が目の前にあれわれた。
「三江、お前は軍人にはならないのか?ハンナのプロデューサーがしっくり来ておるぞ。」
「副宮長!あの・・・自分は・・・」
ダメだ。金さんがいる前で事件のことは言えないし、何故、金さんのプロデューサーをやっているのかうまく説明ができない。何とかごまかさないといけないのか。
「二人ともこの後時間空いておるか?場所を変えて話がしたい。」
「はい!金さんも大丈夫だよな?」
「白羊宮の副宮長さんがウチにも話があるのでしょうか?」
「いいから黙ってついてこい。この場を離れるぞ。」
コタン副宮長は乙女宮のカフェテリアに着くといつも吸っている煙草を携帯灰皿に捨てた。
「アリーナに妙なやつらがいたのが分かったか三江?」
「・・・いいえ。自分は見惚れていました。」
「異端審問局の奴らが来ていたな。」
「それは、学園の自治に対する侵害行為です。」
「あの場で騒ぎは起こしたくなかったからな。そんで、何か心当たりはないのか?さっきから黙っておるが気軽に話してくれハンナ・ノルン・金城。」
「ウチ?心当たりないな。」
「金さん、副宮長に対して失礼だぞ。敬語を使え。」
「そうね。でも、あのウチ敬語とか堅苦しいのは苦手で・・・すみません。でも、異端審問局の人に知り合いはいません。」
「わかった。もう良い。今日は真っ直ぐ帰れ。そうそう一つ言い忘れていたが貴様らエレメンタルクラスには十二宮学園の学生としての誇りと使命感が足らんな。」
そう言ってコタン副宮長はカフェテリアを出て行った。さすがの金さんもコタン副宮長の前ではいつものテンションは維持できなかったようだ。
「んあ~、風翔はいつもあんな怖い人と訓練しているの?あのでかい大刀は何?」
「コタン副宮長はいつも持っているのだよ。抜いたところは見たことないけどあれは魔剣らしい。一振りで一個師団を殲滅できるって噂されているのだよ。」
「軍人さんは何考えているかわからなくて怖いわ。」
金さんがそれを言うのはどうかと思うぞ。事件のことを記憶操作でもみ消している理由は何なのだよ・・・。
「金さんのミニライブに宗教問題に関係する箇所があったのか?」
「ウチは歌詞と踊りには気を付けたけど・・・」
四月十四日
教室に入るなり金さんの周りには人だかりができていた。昨日の今日だから仕方ないと思うがそんなに騒ぐことか。源姉妹など著名なアイドルは双子宮にはたくさんいる。
「お前ら席に就け。ホームルーム始めるぞ。双子宮と乙女宮の者、昨日はよく頑張ったな。幾つかの事務所やデザイン家から連絡が来ている。各々の宮に任してあるから担当の上級生の言うことをきちんと聞いとけ。」
「シモン先生、今教えてくれないのですか?」
「午前中は一般教養の講義に集中しろ。お前たちはまだエレメンタルクラスだ。浮かれるのは分かるが一般教養科目も同じくらい大切だ。このまま一限の魔法学の講義を始めるぞ。」
「魔法は空気中にある原子や電子を自由に操れる者たちを言う。仮説ではあるが空気中の未知の粒子を自分の意志で操作していると思われる。もちろん波動性も持っている。これを宝瓶宮では『マナ素粒子』と命名し研究も進行中である。最初に魔法が報告されたのは新聖暦800年頃。地球環境の急激な変化により進化した人類は魔法を使いあらゆる生物を押しのけて頂点にたった。それだけではなく科学力の進歩により気候変動と長期間の氷河期を生き抜いた。では何故、魔法を使えない人間も生き残ったのか周りの人と話し合ってくれ。」
去年も同じ講義を受講したはずなのに頭に入ってこない。魔法使いではない俺に魔法学が何の役に立つのかよくわからない。取り敢えず金さんに聞いてみよう。
「金さんは答えを覚えている?」
「んあ~、確か人道的問題とかじゃない?ウチはどんなことがあっても風翔のこと魔法を使って守ってみせるよ。」
金さんが言うと怖い。現在進行形で事件のことを隠蔽してくれている。俺には守っているのではなく利用している気がしてならない。
「金さんは俺以外の魔法が使えない人も守ってくれるのか?」
「ウチのファンなら誰でも。でもウチの魔法じゃあ氷河期は生き残れないけどね。魔法の歴史の勉強とか数学とか将来、何の役に立つのかな?」
金さんに足りないものはきっと正しい教養、知識だろう。
四月十五日
早朝に風璃の容態が急変した。魔力が弱くなってきているようで自力で呼吸するのが難しくなった。獅子宮医学部附属病院の手術室の前で両親と一緒に待っているがなかなか手術が終わらずにいた。不安とついにこの日が来てしまったかと消沈している。インフォームドコンセントが伝えられた。両親は多額の医療費をどうするか悩んでいた。自分が留年してしまったためとても後ろめたい。学園の昼休みに金さんが突然表れた。
「風翔・・・風璃ちゃんは?」
「金さん・・・」
俺の表情を見た金さんはすぐに察しがついたようだ。いきなり顔を近づけてきた。
「風翔に大事な話があるの。風璃ちゃんの手術費用も何とかなるかもしれない!」
いつもの表情とは違う真剣な眼差しが俺を突き刺していた。こんな真剣な顔をする金さんは見たことがない。
「昨日、双子宮のタマ宮長から伝えられたのだけど、ウチにライブのオファーが来たの。」
「ライブ・・・それと風璃の手術と何の関係があるのだ?」
「ライブが成功したらウチらはミドルクラスの上のマスタークラスに飛び級できる可能性があるって。マスタークラスならば学園からウチらだけでなく家族にも支援が受けられる。風璃ちゃんの手術だって申請すればきっと」
「そうなのか。俺も飛び級できるのか?」
「もちろんだよ。風翔はウチのマネージャーなのだから。」
金さんがしっかりと俺の両手を固くつかんで瞳を凝らす。今俺にできることはこんなところで神様に祈っていることではない。勉強してクラスと宮位を上げることだ。
「金さん、ライブの話を詳しく聞かせてくれ!俺にできることなら何でもするから!」
「んあ~、今、何でもするっていったよね。」
急に金さんの顔がいつもの笑顔に戻った。何故だか今日の金さんの笑顔は頼もしく感じた。
「明日の朝一に、コタン副宮長のラボに来てね。」
「コタン副宮長!何で白羊宮の副宮長・・・双子宮ではないの?」
「いいから。ウチも一人で行くのは怖いからさ。」
「金さん、俺は・・・」
言いかけると金さんは俺の手を強く握り微笑んだ。
「風翔は必ずウチが守ってみせる。だからいつか本当のことを知ったときは迷わないで、風翔が正しいと思ったことを貫き通して。」
四月十六日
昨夜からの雨がやまない。俺の心は落ち着かない。何を言われるかわからないまま白羊宮のコタン副宮長のラボにむかった。乗り気ではなかった。俺が努力したわけでもなく、金さんがミニライブを成功させたからオファーがきたのであって俺は何もしていない。十二宮学園はこんな形で飛び級できるはずがない。必ず何か俺に司令があるのだと思う。
「失礼します。」
ラボの扉を開けるとそこには四人がコタン副宮長の前に整列していた。
「ハヤテ、水無瀬水鳥それにお前は確か光星・・・金さん何で・・・?」
「三江!早く貴様も前に来い。」
いつもの癖ですぐさま列に並んだ。これが白羊宮では当たり前だ。張り詰めた空気の中、コタン副宮長が口を開いた。
「ハンナ・ノルン・金城、おぬしに歌謡を披露してほしいと依頼を承った。」
「はい。ウチは嬉しいです・・・。」
さすがの金さんも笑顔でいるが、空気が重苦しくて言葉が出てこないようだ。ハヤテが沈黙を破るように切り出した。
「コタン副宮長、自分たちはなぜ呼ばれたのでしょうか?」
「問題は開催地なのじゃ。依頼主は極東の東京でおこなってほしいと言っておる。」
場の空気がまた一段と重くなった。しかし、状況がつかめていないのがいた。
「東京・・・日本の?何か問題なのですか?」
光星明は状況が分かっていないようだ。異界から突然現れたという噂は本当のようである。
「明ちゃん、講義でも習ったでしょ。今は極東情勢が緊迫しているのですよ。」
「水無瀬副宮長の言う通り現在の極東は連邦とイデアル更には宗協連との係争中である。」
「イデアル?宗協連?何ですかそれ?」
「先の大戦後に我が連邦に所属することを拒んだ新社会主義の巨大国家がイデアルじゃ。連邦は高度グローバル資本主義自由経済体制になっておる。貧富の差、失業率は最悪を更新し続けている。光星明、貴様もスラム街に行ったのだろ?」
「はい。あたしがこっちの世界に来て、何もわからずに・・・あの時はすみませんでした。」
光星明がこの間の窃盗犯逃走事件に関与していた噂は本当のようだ。金さんの作り笑顔を一発で見抜く女だから感は鋭いのだが天然というか馬鹿なところがあるようだ。
「イデアルでは高度な共産社会あるいは原始的な自給自足生活をおくっていると聞いておる。連邦との接触を拒んでいるため詳しくは内情がわからない。極東では未だに国境が決まっておらんのじゃ。」
「よくわかりませんが、それって結局、未だに戦争しているってことですよね。あたしがいた世界でも戦争は世界中にありましたよ。」
俺でもよく知っていることがある。人間はいつの時代だって戦争をしている。西暦から新聖暦まで百万年ぐらい戦争しているのではないだろうか。
「そんな危険な地域にエレメンタルクラスを差遣するのは無理だかな、依頼主は宗協連なのじゃよ。」
「宗協連!金さんのライブが宗協連の主催で行われるのですか。」
そういえば、ミニライブに異端審問局の人間が来ていたことを思い出した。しかし、なぜ金さんに白羽の矢が立ったのだろうか・・・
「そこでじゃ、ハンナ・ノルン・金城を単独ではなく逮捕権のある水無瀬水鳥金牛宮副宮長を同伴させることにした。それでも心配なので神風疾風白羊宮準宮尉と三江風翔で警護をおこなう。」
「あの、あたしは関係ないのでは?」
「光星、貴様には光の魔法の核石を披露してもらう。」
「披露?それだけですか?」
「我が十二宮学園の最新兵器のお披露目じゃ。イデアルを牽制する。」
「兵器って・・・あたしは魔法使えないですよ。そもそもあたしがこの世界に来た原因もよくわからなくて。勝手に魔法が発動したのだと思います。それに魔法は人を傷付けるものではありません!あたしは母さんから」
「やめろ、明!」
光星明が亢奮して前のめりになったところをハヤテが制止した。コタン副宮長に逆らうのは無理がある。それに極東への差遣はすでに学園の決定事項なのだろう。
「それがどうした。貴様はもう既に十二宮学園の学生じゃ。抑止力にはミサイル発射する必要はない。見せるだけでよいのだ。」
「コタン副宮長、俺達五人だけで極東に行くのは危険だと思います。」
「心配するな。ワシもついていく。貴様ら小童どものお守りを任されている。」
全員が驚いた。白羊宮と金牛宮の副宮長が同行すること自体珍しい。そもそも軍と警察では仲が芳しくない。何か裏事情があるのだろうか。
「よいか、光星が光の格石を披露することは他言無用じゃ。出発は明日の午後に行けるところまで安全な鉄路で移動する。神風、水無瀬副宮長と三江は通常装備をしろ。以上じゃ!」
「了解しました!」
俺とハヤテ、水無瀬水鳥はいつもの癖で敬礼をした。金さんと光星明も遅れてお辞儀をした。金さんの初ライブは国際情勢が絡んだややこしいことになってきた。これで連邦とイデアルの紛争が終息するのだろうか。さらに厄介な事態が目の前にあった。
「あんたも一緒に行くなんて、奇遇ですね。ウチらの足を引っ張らないでね(ニコ)。」
「よくそんな作り笑顔でオファーが来たね。男を誘惑するのには長けているの?あたしは非常食にはならないから。」
「あんたを食べたら腹痛になりそう。」
「このクソビッチが!」
光星明が金さんに殴りかかりそうになったところでハヤテと水無瀬水鳥が間に入った。
「明ちゃんやめて、喧嘩しないで!」
「明、口車に乗るなって。」
俺も金さんの肩をたたいて黙るように合図した。そのとき、突然ラボのドアが開いた。
「何をしておるのだ。馬鹿者!」
金さんと光星明にコタン副宮長の拳骨が直撃した。普段の訓練で思い知らされているが、こいつはかなり痛いのだ。さすがの金さんも苦痛の表情を浮かべると思った。しかし、ごめん、「てへぺろ」という感じに笑顔で謝った。アイドルってずっと笑顔なのかと驚いてしまう。常に笑顔が金さんの売りであるのだろう。
「これから双葉テンの研究所に行くぞ。全員ついて来い!」
双葉テン。宝甁宮理学部に所属している天才ということは聞いているが登校をしたところを一度も見たことがない引きこもりだと聞いている。人間不信どころではなく病気だとの噂も聞いている。どうして双葉テンの研究室に行くのだろうか?
「テンくんのところに行くのですか?」
水無瀬水鳥が「テンくん」と下の名前で呼んだことで、思い出した。ハヤテと水無瀬水鳥は双葉テンの幼馴染だ。神風家と水無瀬家は太いパイプで繋がっていることは知っている。何故か両家とも双葉テンを引きっとている。正確には双葉テン個人だけを支援している。研究所に向かう雨の道中で気になったので話しやすい方に聞いてみた。
「ハヤテ、双葉テンと幼馴染なのは家の都合とかなのか?」
「前の学校でいじめにあっていた・・・。」
詮索してはいけないことを聞いてしまったようだ。これ以上この話をするのは辞めよう。
「金さん、何で俺の裾をつかむの?」
「ハヤテとくいなはいいけど、あいつと一緒に行くのが嫌なのよ。」
よく見ると反対側のハヤテの裾は光星明がピッタリとついていた。こんなんでライブはうまくいくのだろうか。水無瀬水鳥とコタン副宮長は何か話をしているようだが副宮長同士の会話に入る度胸がない。この状態のまま双葉テンの研究所に着いた。男一人の、しかも引きこもりの部屋は色々散らかっていると思っていたが綺麗に整理整頓され掃除も行き届いている。その理由は簡単だ。サティアというメイドさんがいる。サティアさんに案内されて研究所のリビングに案内された。六人という大人数にもかかわらずサティアさんはテキパキと紅茶と菓子を用意して卓上に並べた。
「サティア殿、感謝する。して、双葉テンはおるか?」
「テン様は研究中です。ああなるとしばらく出てきませんね。申し付け頂いた品物はほとんど用意できています。まず皆さんに通信機器をお渡ししますね。」
そういって渡されたのは腕時計の形をしたボタン一つのものだった。
「腕におつけ下さい。ボタンを押せば起動いたします。認証などの初期設定は完了しております。」
言われるがまま腕につけてボタンを押すと空中にディスプレイが表れた。
「携帯用に空中結像ディスプレイシステムを採用しました。圏外に行かれるとお聞きしましたので普段使っている通信機器は使えません。このE-ウォッチをお使いください。六人全員の方々と相互通信が可能です。六人のハードディスク内のデータも共有できます。ですから如何わしいものを保存してはダメです。いいですか男子の御二方。」
「な、な、何のことか・・・」×2
「ハヤテったら・・・。」
「風翔のエッチ。」
「ゴホン!それとオプションで日付と装着者の体温、血圧など健康状態と魔力の値が表示されます。」
確かに俺のマジックポイントは零になっている。金さんの魔力はどのくらいあるのか気になってのぞき込もうとしたが俺の右手と金さんの左手がぶつかって見られなかった。
「んあ~、ウチのプライベート見ないで。」
「すごい!ハヤテとくいなは魔力が五千以上あるよ。あたしも魔法使えたらいいのになぁ。」
光星明は魔法使いではないのか。光の核石を持っているだけで光の魔法は使えないという噂は本当のようだ。
「光星、・・・あのさ、その俺も魔法使えないし・・・それに右手先も動かない・・・だけどさ・・・」
「あたしのことは明って呼んでいいから。」
「お、おう・・・。三江風翔です。」
「ハヤテと同じ制服ってことは兵隊さん目指しているの?」
「んあ~、風翔はウチが守るからマネージャーをしていればいいのに。」
金さんが会話に割り込んできた。光星明は明らかに金さんを嫌いだという顔に変わった。
「三江くんとあたしの会話に入ってこないでビッチが。」
「そういうあんたは何者なの?突然、十二宮学園に現れたって聞いたけど、光の魔法を使って西暦時代から何しに来たのよ?何が目的なの?本当はイデアルのスパイ?こっわ。」
「あたしは魔法なんて使えないし、故意に使ったことないから。この世界に来たくて来た覚えもないから。」
「それを信用しろ、ていうの?」
「おぬしらいい加減にせんか!今は共に協力するときなのが分からんのか馬鹿者。」
「サティアさん、地図の機能はありますか?」
さすが水無瀬水鳥副宮長。サラリと話を元に戻したぞ。
「残念ながら衛星機器が壊れたままなので地図はありません。六人の位置情報が出ます。」
「無線は繋がりますか?」
「付いているダイヤルを回して軍や警察の無線を送受信することはできますが、逆にこちらの位置情報や会話などをハッキングされる恐れがありますから非常時以外は繋がないでいただくと助かります。」
次にサティアさんは小さな鳥のようなロボットを持ってきた。見た目はアヒルとペンギンを足して二で割ったようなもので見た目の好みがわかれると思う。
「人工知能搭載の飛行型自立情報検索ロボットのケツアルコアトルです。」
「へ?ケツアナ?」
「風翔、違うよ。ケツアルコアトル。大昔の神話に出てくる神様でしょ。」
「金さん、珍しくさえているな。」
「んあ~、このくらい楽勝だって。でもちょっと呼びにくいかな。」
「では、ククルにしましょう。マヤの人々はククルカンと呼んでいました。」
「くいなはあたしより未来の人なのに歴史をよく知っているね。」
「人類の長い歴史の中で戦争のたびに書籍や文化は破壊されてきました。現在においては紙や電子データよりも巨石文化のほうが多く残っていてわかりやすいのですよ。」
「して、ククルはどう使うのじゃ?」
「まず通訳機能があります。しかし、これは光星明さんがいらっしゃれば必要ないかもしれません。」
「あたし?」
とても驚いた。光星明は魔法を使えないはずなのに何故だろうか。
「言語というものは場所と時代が変わると異なってきます。光星明さんが突然、この新聖暦の時代に現れた理由は分かりません。しかし、大昔の西暦時代から来たと推測されています。話を聞く限りでは少なくとも魔法はない時代です。」
「それで。あたしがいると通訳がいらない理由は?」
「明ちゃんは異世界から来たのに私達と普通に会話をしているでしょ。」
「自覚があるか、ないかは別として、言語の壁を超える魔法をつかっています。」
「えっ!あたし魔法使っているの?E-ウォッチではあたしのマジックポイントはないのだけど。」
確かに盲点だった。光星明は異世界から来たのに俺達と普通に会話をしている。少なくともコミュニケーションが取れているので頭の中で俺達の世界の言葉を変換して自分のいた世界の言葉に変える力がある。しかし、そんな魔法は聞いたことがない。光の魔法は解明されていないことが多い。おそらく光星明が光の核石を持っているのも、光の魔法使いになれることも意味があるのだと思う。
「んあ~、ウチはククルを使うよ。こいつにいちいち通訳してもらうなんて嫌ね。ククルおいで」
そういうとククルが起動して羽ばたいて金さんの肩に乗った。物凄い軽量化されているようで重くないようだ。金さんはかわいがっている。
「ヨロシクオネガイシマス。」
小鳥のさえずりには聞こえない特徴のある声だ。サティアさんの声に少し似ているような気がした。
「次に情報検索機能が付いています。知りたいことをククルに伝えると調べて最良の答えを回答してくれます。ただし、自己矛盾や非存在の命題には答えられません。」
「自己矛盾?非存在?命題?ウチ、よくわからない」
「金城さん、白いカラスはいると思いますか?」
「水鳥、金城さんは堅苦しいからハンナでいいよ。白いカラスか。アルビノとかいるかも?」
「世界中全部のカラスを調べるわけにもいかないですよね。」
「んあ~、なるほど。さすが水鳥は頭がいいな。」
「何を当たり前のことを今更。金さんより数万倍頭はいいだろ。」
「んあ~、そりゃそうだ。て風翔もウチと同じエレメンタルクラスでしょ。」
「ククル、『√2は無理数である』教えて。」
「ムリスウデス。」
「背理法は使えるのね。あんた頭いいわ。」
金さんはククルに夢中だ。光星明とは話しづらいからククルは今後の旅に便利に使わせてもらおう。
「最後にアシリレラ・コタンさん、ご注文いただいたものはできております。」
そういって持ってきたのは弾丸とスコープだった。
「コタン副宮長はセミオート式スナイパーライフルを使用されるのですか?」
思わず失礼なことを聞いてしまった。白羊宮の副宮長だから武器はなんでも使えるだろう。魔法が加わればほぼ無敵だろう。
「用心のためじゃ。ワシの相棒はこれじゃから。」
そう言っていつも肩に置いている長刀を見せてくれた。
「カムイランケタムのクトネシリカの一つじゃ。名は虎杖丸と呼ぶ。」
「一つってことは他にもあるのですか?」
「全部で三つじゃ。カムイの三剣という言い伝えがワシの家にはあるのじゃが、この一つしかなかった。」
俺とハヤテはまじまじと虎杖丸を見つめた。いつもコタン副宮長は自分のことを話そうとしないのでこうして刀を見せてくれることは珍しい。
「この刀はわがままでな。抜けるものはなかなかいないのじゃ。」
そう言ってハヤテに虎杖丸を渡した。ハヤテは俺と同じ風の民で魔法も使える白羊宮の準宮尉である。
「あれ?抜けない・・・。魔力を込めてもダメなのか。三江もやってみるか?」
「いや・・・魔法使いでない俺じゃ余計無理だろ。」
貴重な機会なので俺も虎杖丸を触ってみる。大きく長い長刀でしかも結構重たい。右手が使えないので制服の刀剣ホルダーに帯刀しなければならない。
「ハヤテ、悪いけど手伝ってくれないか。」
「分かった。でかい刀だから広い部屋に行こう。」
「わしも行くぞ。」
研究所の最上階の部屋につくとハヤテに右腰の刀剣ホルダーに虎杖丸を付けてもらった。
全神経を虎杖丸に集中させ、呼吸を整える。空気がピンと張った中、柄を左手で握った。
思いっきり気合を入れて刀を抜こうとしたが、ピクとも動かなかった。
「やはり、コタン副宮長ではないとダメなようです。」
そう言ってハヤテとコタン副宮長の方を振り向こうとしたとき偶然右手先が刀に触れた。
右手先になくなった感覚が戻った気がした。
「あれ?右手の指が動きます。自分の指じゃないような気がしますが感覚があります。ハヤテの刀剣ホルダーを貸してくれないか?」
「右手で抜くのか?手首から先は動かないはずじゃなかったか?」
「面白いじゃない。神風、貸してやれ。」
ハヤテの右利き用の刀剣ホルダーに虎杖丸を付けて、もう一度右手で柄に触れてみると右手で握ることができる。
「三江、お前は右手が使えるのか?」
「自分にもわかりません。神経と腱はないはずなのですが・・・。」
そのとき突然、刀から風璃の「助けて」という声が聞こえた。正確には風璃の感情みたいのが流れ込んできた。
「風璃!」
大声で叫んだとたん虎杖丸が鞘から姿を現した。とても美しい研ぎ澄まされた名刀であることは白羊宮である俺でもわかった。しかし、抜刀したとたんに右手の感覚はなくなった。
「うわあ!」
大きな音を立てて虎杖丸が固い床に落ちた。同時に空気を切り裂く剣圧とともに天井と床に少しひびが入った。
「すみませんでした。コタン副宮長。」
急いで振り返ってコタン副宮長にお辞儀をした。
「よいのじゃ、まさか抜けるとは思わなかった。ワシの目もまだまだ節穴じゃ。」
そう言ってコタン副宮長が虎杖丸を簡単に拾い上げて俺を見下ろした。
「三江、そなたの意志は固かったのだな。片手になってまでも白羊宮にこだわるのは理由があるのか?」
「へ?」
おかしい。いつもなら馬鹿者と罵られるはずなのに優しく感じる。調子がくるってしまう。
そして、急に風璃の容態が気になった。
「すいません。病院に向かいます。」
そう言って左手で鞘を刀剣ホルダーごと外してハヤテに渡した。研究所から急いで病院に向かった。全力疾走で雨の中で学園都市を駆け抜けて獅子宮の病院へ向かった。看護師の制止や注意があったかもしれないが、無我夢中で院内を走って風璃の病室に向かった。
「風璃!」
慌てて病室に入ってきた兄を驚きながら風璃は見つめていた。顔色はよくはないがベッドの上に小さな体で座っている。俺は風璃の右手をつかんだ。
「無事だったのか。よかった。」
「・・・」
「ああ。無理して喋らなくていいぞ。お前の無事が分かればそれでいいのだ。」
息を切らしながら漏れた言葉がこれだった。少しでも風璃を安心させるためには何と言えばいいのかこの状況ではわからなかった。後から金さん達が病院に到着した。
「んあ~、風翔が何も言わずに急に飛び出すからビックリしちゃった。風璃ちゃんの具合は大丈夫なの?」
「金さん、たいしたことないよ。風璃は見ての通り普通だ。」
「三江くん、雨で濡れていますよ。タオルを持ってきます。」
水無瀬水鳥も付いてきたようだ。看護師にタオルをもらってくるようだ。金さんはずっと俺の顔を覗いている。ずっと見られているのも気持ちが悪いので聞いてみた。
「金さん、どうしたの?」
「風翔は風璃ちゃんに手術のこと話した?」
「いいや。・・・話してないけど。」
「風璃ちゃん、ウチらは東京にライブに行くの。成功したら十二宮学園から手術代がでるからそれまで待っていて。」
「俺が言おうとしたことを・・・」
「風翔の右手も手術するから。二人ともウチの力を信じてね。」
水無瀬水鳥がタオルを持ってきた。急いで頭を拭こうとすると金さんがタオル越しに頭をぐしゃぐしゃになる勢いで拭いてくれた。
「風翔はシスコンかな?」
「誰だって家族の心配はするだろ。」
「何で急に風璃ちゃんのところに来たの?」
「いや・・・虎杖丸を触ったらなんか嫌な予感がしたのだよ。でも気のせいでよかった。」
頭を拭き終わると風璃に金さんのライブのために紛争地帯の東京に行く話をした。白羊宮と金牛宮の副宮長が一緒に行ってくれることを聞いた風璃は安心したようだ。雨の中を今度は傘を差して三人で研究所へ戻った。研究所に着くと、コタン副宮長とハヤテは光星明の光の核石をどうやって披露するか考えているようだ。表立って光の核石であると発表するのは世界で初めてである。光の魔法はよく分かっていないのにその使い手がいるというのはどうなのだとうか。使えない武器を連邦は持っていると言ってイデアルを牽制できるのだろうか。「武器」というと光星明が怒りそうなので「武器」とは言わないように、コタン副宮長に尋ねてみた。
「光星明が光の魔法を実際に使用するのですか?」
「あたしは魔法使えないよ。」
「光星から核石を預かって、今回は見せるだけにするかの。」
「あの・・・あたしが肌身離さずつけているのは事情があるの。よくわからないけど母さんに、身に着けてって言われていて。そうしないと周りの人がおかしな行動や言動をするの。」
「おかしな行動?なんじゃそりゃ?」
「急に悪口を言ったり、喧嘩をはじめたり、最悪の場合は自殺しようとしたりすることがあたしのいた世界では起きちゃって。そんなことがあたしの周りで起きてから、母さんの形見をつければ大丈夫なことを教えてくれてずっと付けているの。」
「それが光の魔法なのか?サティア殿はどう思われる?」
「申し訳ありませんが、分かりかねます。ただ、それが正しいとすると東京で光星さんから核石を外すのは大変危険だと思います。」
「ハンナと光星の二人を舞台に上げる必要があるわけじゃ。」
「ウチは、同時は嫌。」
「そうじゃと思った。しかし、宗協連がプログラムを考えるから何とも言えんな。」
今回のライブは宗協連の主催なのでこちらの注文が通るかわからない。しかも、金さんはまだエレメンタルクラスのひよこアイドルである。様々な問題があるが時間もないので各々が旅支度を始めることになった。俺は家に帰って衣服、携帯食料と薬品を鞄にしまった。そして制服のブーツ、リボルバー、拳銃と弾丸を磨いた。魔法使いならば手製の陣と魔法の道具だけで十分だ。魔法使いではない俺はかなり昔の装備である。後は明日、学園で銃と爆薬の持ち出し許可書を貰う手間もある。早めに寝ようと布団に入ると、E-ウォッチが突然鳴り響いた。「私服はどちらが可愛いかな?」金さんからか。次々と返信が来る。
ハヤテ「スカート穿くのか?」
くいな「私はミニライブの時の衣装が可愛いと思います。」
あかり「どっちでも同じ。馬子にも衣裳。」
コタン「双子宮の先輩に聞いてはどうか?」
ハンナ「風翔はどっちがいいの?」
ハンナ「風翔起きている?」
ハンナ「風翔?」
ハンナ「風翔、今すぐ返信しなさい。」
怖い。金さんには逆らえない。
かざと「キャミソールドレスとデニムスカートでいいよ。コートとスパッツは忘れないで。」
後の返信は無視することにした。どうせ付き合っていたら一晩中かかってしまうだろう。