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あいつ……誰なんだ

 

 夏祭りももう近くなってきた。


 神崎妹の佳奈から借りた本を読んでみたがこれがなかなか面白く次の日には読み終わっていた。


 この作者はどうも掴みや後半にかけての追い込みなど読み手の心を惹きつけるのが上手い。


 こんなに面白いなら他の作品にも興味が湧いてくる。


 まぁ買うお金の余裕はないんですけど。


 ただこの作品最後はハッピーエンドなのかと聞かれればかなり微妙なところだ。


 結局のところ世界線が変わった事によって損して最後は地獄の中で見つけた小さな幸せに喜びを感じるって話だし。


 これに関しては人それぞれだとは思うけどさ。


 ……前の方が良かったなんて事はよくあるんだけど、これって結局は妥協してるとも取れるし。


 けどさ……俺の中では色々変わった気がする。


 感じ方や考え方、これからどうするのが正解なのか。


 よくピンチはチャンスなんて言うけど本当にそうなんだって……今なら分かる気がする。


 スマホを開くと2件メールが届いていた。


 2件とも神崎妹の佳奈からだった。


 多分俺が本を読み終わった旨を伝えたその返信だろう。


 指先で画面をタップし本文を開く。


 [ね?面白かったでしょ?僕のオススメにハズレは無いんだ〜]


 [良かったら夏祭り一緒に行こうよーメガネくんと高橋くんと美結姉の四人でさ〜]


 スワイプしていた俺の手が止まる。


 まさかの四人で夏祭り行こうと誘われるとは……。


 確かにこの本も返さなくちゃいけないし佳奈には色々話を聞いてもらった恩もある。


 それに二人の浴衣姿めっちゃみたい。


 しかし俺にはもう先客がいる。


 妹とエミの二人を連れて行く約束をしたからな。


 「お〜い、二人とも〜夏祭りは予定通り行くって事で良いんだよな?」


 ……返事がないただのしかばねのようだ。


 じゃなくて二人ともまだ部屋で寝てるのか?


 「おーい、エミ?妹?まだ寝てるのか〜?このままだとお兄ちゃんが部屋を覗いて偶然着替えてる最中だったなんてシチュエーションが起きても俺は一切悪くないからな?」


 ……やはり返事はない。


 気のせいだろうか?2階に繋がる階段の奥がやたら暗く感じる。


 一度スマホの画面を閉じてポケットにしまう。


 一瞬スマホの閉じた画面に何かが映った気もする。


 辺りを見渡す。


 時間は朝9時を指針は指していてどの部屋の扉からも明るい朝日が差し込んでいる。


 だが二階に繋がる部屋だけは、じめッとしたような空気と妙に歪んだ空間が俺の侵入を阻む。


 木目の3点がこちらを見てニヤリと笑っている。


 これが所謂シミュラクラ現象と言うやつだろうか。


 なんで自分の家の中でこんなに恐怖を感じなきゃいけないのだろう。


 昨日まではなんて事なく通ってた階段なのに……一度気になり始めるとそのちょっとした違和感ですら妙に気になる。


 何処か後戻り出来なくなってしまうのではないかと不安に駆られる。


 恐る恐る一歩ずつ階段を上がる。


 足元からキッ……っと家鳴りの音がやたら耳に響く。


 その音のせいで視点は完全に自分の足元へと引っ張られた。


 つま先から足首以外は視界に入らない。


 周りに何かいるんじゃないか?特にこの階段の上からは何かを感じる。


 誰かの視線を感じる。


 上だけに限った話しじゃない。


 もう背後からもそっと近づいてきている。


 「お、お〜い!エミ!妹!居るんだろ!?」


 額の汗が頬を伝って顔から下に流れ落ちる。


 だめだ……もう振り返ることは出来ない。


 何故そう思ったのかは分からないが、俺の鍛え上げた危機感知がそう訴えてる。


 ゆっくりとまた一歩、一つ段を登る。


 ……うちの階段こんなに長かったっけ?


 けど俺は戻るという選択肢は取らずに階段をのぼる。


 いや?明らかにおかしい……。


 その違和感を確かめたく首を上げようとする。


 けど俺の本能は絶対にやめとけと訴えかけてくる。


 そしてまた一歩進む。


 歩く自分の足が震えているのが分かる。


 まだ先だが確実に悪い予感がする。


 今以上に悪い状態になって俺の精神は持つのだろうか。


 耳鳴りがする。


 その甲高い音と暗い階段に全神経が持っていかれる。


 五月蝿すぎて耳を塞ぎたくなる。


 なんなら目も塞ぎたい。


 ただ一瞬の瞬き以外は許されない気がする。


 そうじゃないと俺は……。


 「……あ」


 ようやく段差が終わった。


 それと同時に視界もひらけた。


 振り返るとそこはいつも見ている家の階段。


 あ、ははっ……なんだよ。


 見上げるのと見下ろすのとじゃこんなにも光の入り方が違うのか。


 「……お兄ちゃん」


 「うわぁ!!!!」


 俺はその声で飛び跳ね、背中を壁に打ちつけた。


 そこには雫がいた。


 それを理解するのに数秒かかった。


 毎日逢ってる人間を理解するのにそれくらいかかるくらい俺の脳は何かに怯えていた。


 「び、びっくりした〜」


 「それはこっちの台詞だよお兄ちゃん、部屋でこっそり素振りの練習してていきなり部屋開けられた時と同じリアクションしてるじゃん」


 「は、ははっ……」


 妹と会話してようやく落ち着いてきた。


 安堵すると同時に汗でびっしょりになってる事に気がついた。


 ……風呂入りたいけど頭洗うの怖すぎだろ!


 風呂場の鏡に絶対何か映る気がする。


 よし、エミと入ろう。


 「それはそうとエミはどうした?」


 「ん?私の部屋に居るよ?」


 なんだよまだ寝てんのか。


 妹の部屋の前に立ち再び違和感に気がつく。


 こんなに扉……赤かったっけ?


 ドアノブに手をかけようとしたがその手はもう止まってしまった。


 「どうしたの?入らないの?」


 「いや、いいや……どうせ下着まみれで変態扱いされるの目に見えてるしな」


 そう言って俺は妹に背を向け階段を降りる。


 「へ〜、本当に見えてるんだね」


 「ん?何か言ったか?」


 「ううん、何でもない」


 俺は振り返らずに階段を降りた。


 確かに妙な違和感はあった。


 だから考えずにはいられなかった。


 「あいつ……誰なんだ」


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