数学の公式とか!
「お兄ちゃん、起きた?」
俺の部屋のドアが開くと同時に妹が入り込んできた。
「うん……いま何時?」
何か大切な事を忘れている気がするが……。
さっぱり思い出せない。
「午後7時、遠足の途中に熱出たみたいでそのまま早退したらしいよ」
「そうか、俺は途中で倒れたのか……いや誰かに首を絞められた記憶があるんだが……」
そう言いながら妹はベットの角側に座るとタオルで俺のひたいを拭いてくれた。
ひんやりしていて気持ちいい〜。
「はぁ〜……ハックション!」
……豪快にくしゃみをかけてしまった。
「お兄ちゃん……」
「ごめん……」
妹は無言で自分の顔を拭くとタオルをたたんではぁ〜とため息をはいた。
「怒ってる?」
「別に怒って無いけど……あんま無理しちゃダメだよ?」
そう言いながら俺の頭を撫でてくる妹は若干身長が足りてなく、体を大きくこちらに傾けなんとか届く感じだった。
この光景はなんか愛らしいな……妹ポイント高い。
「無理か……あっ!」
「どしたの、お兄ちゃん?」
その時俺は全てを思い出した……。
なんで……。
どうしてこんな大切な事を忘れていたんだ……。
「妹にお土産買ってくるの忘れてた!」
ぐぅ〜とお腹が鳴ると妹は下からおかゆを取ってくると言って一階に向かった。
あれ?俺にとっては凄く大事な事だったのに。
案外どうでもいい事だったのかな?
怒ってないならそれで良いけど。
さてと……。
俺はベットの上であぐらをかいた。
なんか俺の記憶の大部分が抜けてる気がするし。
逆に俺の知らない記憶を見たような?
別の誰かじゃないんだけど少なくとも俺自身じゃなくて……。
くそっ!上手く説明できない!
だいぶ疲れているし記憶が曖昧でもおかしくはないだろう。
妙に汗もかいてるし。
だが……あまりにも記憶が薄すぎる、まるで遠足の時から記憶が抜け落ちてしまったかのような……。
「お兄ちゃん〜おかゆ持ってきたよ〜」
またノックもせずに……。
「嬉しいんだけど、ノックくらいはしようか……妹よ」
ベットの上に乗るとおかゆの乗ったお盆を太ももに乗せて鍋の蓋を開けた。
「そうだよね……お兄ちゃんあれしてる最中だったら気まずいもんね」
そのネタはもういいから……実際そうなったら気まずいだけだぞ……。
鍋の中から湯気が出てくると妹はおかゆをスプーンですくい上げ、ふっーふっーと冷ますと俺の口元へ近づけてきた。
「はい、あ〜ん」
……凄く、ためらいがあるんだけど……。
「いや、自分で食べるよ」
妹は少し膨れた顔をした。
「お兄ちゃん……こんな時は甘えて良いんだよ?お兄ちゃんは病人なんだから」
ただの風邪だけどな……まぁいいとするか。
「分かったよ」
「よろしい、あ〜んして」
妹はそう言うと手ザラをしながらおかゆの乗ったスプーンをぐいぐいと近づけてきた。
俺たちは兄弟だからな!カップルとかではないから!
「あ〜ん!」
うん、まぁ美味しいのかな?
「正直言っておかゆって美味しく無いな」
「そりゃまぁ病人とかが食べるものだし、あんま文句言ってると世話してあげないよ」
「それだけは勘弁」
俺たちは顔を合わせ笑った。
「そう言えば志保さんと美代さんがうちに何度も連絡して来たよ」
そっか、2人にも随分と心配かけてるのか、それにユンの件もあるし。
「2人とも私が看病するって言い争ってた、美代さんなんて医者を10人呼んでくるなんて言い始めて」
たかが風邪ひいただけで医者を10人も呼ばれてたまるか。
「昔はもうちょい控えめだったのになぁ〜」
……
「お兄ちゃん?」
俺は自分の発言に疑問を覚えた、それは志保と美代の昔についてなのか別のことなのかは分からないが、きっと原因は昔の事なのだろう。
「なぁ?昔は俺と妹と志保、そして美代と4人でよく遊んでたよな?」
妹はちゃっかりおかゆを一口食べると俺の目を見て……
「うん、そこそこ4人で遊んでたね、昔の事だから曖昧だけど……なんか……嫌な感じするね」
「嫌な感じ?」
「眠ったら何か忘れちゃうじゃないかって……凄く大切な記憶とか……例えばさ」
大切な……記憶。
俺は固唾を飲む。
「数学の公式とか!」
は?
「英単語も抜け落ちそうで怖いよね!明日の小テスト心配だよ〜お兄ちゃん〜あ!もう既に何個か抜けてる気がする!一体何が……」
「そっか、そんじゃあ俺はもう一眠りするわ、お粥ありがとな」
きっとこの違和感は気のせいだろう。
寝て起きたら全部いつも通りになってるはず。
今クヨクヨ考えてもしょうがないし。
眠って全部スッキリさせよう。
こうして俺は妹に一日中看病してもらった。




