まさか、そこにある泥団子を俺に食べろと!なんて無茶を言う女だ!
日が落ちかけ辺りは一面オレンジ色に輝きいつもより世界が広く見えていた。
「雪くん!早くしてよ!」
ん?ここは一体……。
そこは昔よく遊んだ公園、そこには幼い志保や美代が俺の事を呼んでいた。
「あ、ああ、ごめん」
俺は志保と美代の三人がいる砂場の方に近寄ると、どうやらおままごとをしているみたいだ。
なんとも微笑ましい光景、普段なら2人で並ぶ事も滅多にないくせして。
志保は俺からカバンを預かる動作をする。
よくドラマとかアニメで見る新妻の真似だ。
「お帰りなさいあなた、ご飯でする?お風呂でする?そ・れ・と・も……」
うん?何かおかしいんだが?俺の気のせいなのか?……まぁきっと気のせいだろう。
「ちょっと!明らかに今のはおかしいでしょ?美代が知ってる台詞と全然違うんだけど!?」
やっぱおかしいんだ。
すかさず突っ込む美代、それに対し志保はなんの違和感も感じていない様子だが。
「何?私変なことでも言ったかしら?」
「言ったじゃない!明らかに志保ちゃん本音混ざってたし!てゆうか、なんで奥さん役が志保ちゃんなのよ!私が奥さん役やるって言ったじゃん!」
「雪くん、それでどっちにするの?お風呂?ご飯?もちろん私はどっちでもいいけどお風呂でした後そのままリビングでするなんて言うハードプレイは私でもちょっと体力的にもたないかも」
「無視しないで!美代には何言ってるか分かんないよ!」
美代は頬を膨らませジッと志保を見つめた。
そっか昔って志保の方が自由人だったんだな。
本来なら子供のままごとで和むはずなのだが……どことなく2人とも目がマジだった。
「ちっ……そうね、確かにあなたには雪くんの奥さん役を演じても構わないと言ったわ」
そう志保が言うと美代は目を輝かせ……。
「それじゃあ、私がやってもいいのよね?」
「ええ、美代ちゃんは奥さん役を演じればいいじゃない、私はもちろん雪くんの奥さんを担当するから」
なるほど、そう来たかこれは志保の方が一枚上手だな。
すると志保は俺に近づき靴下を少しだけ脱ぐと俺の方にさらにぐいぐい近づいて来た。
「え、ちょっと」
何この展開、子供がこんな遊びを覚えて良いのか?
「ほら雪くん?あなたはこう言うの好きなのよね?ほら、もっと足を広げて」
「いや、無理だから!てか誰だそんな嘘ついたやつ!」
「うるさいわね!早くしなさい、さもないと無理やりにでも脱がすわよ、それに私の作っておいたそこの泥団子、早く食べてちょうだい!私が愛情込めてその辺の土から作ったんだから!」
まさか、そこにある泥団子を俺に食べろと!なんて無茶を言う女だ!
俺は少しずつ後ろに下がって行くとそれに比例し志保もこちらにゆっくりと近づいて来た。
「おい!なんとかしてくれ美代!**!」
……うん?気のせいかな?
俺は2人になんとか助けを求めてようとしたが志保はすでに目と鼻の先にいて吐息が俺の顔にかかっていた。
「雪くん?**ちゃんに助けを求めるなんてよくないじゃない、あなたは男の子でしょ?」
**は微笑みながらこちらを見ていた、きっと彼女はこの状況を楽しんでいるのだろう。
普段と変わらない光景のはずなのに……特に違和感がある訳でも無いのに……。
当たり前の光景に何故か俺は疑問を感じてしまった。
楽しげな空間にノイズのようなものを感じる。
三人の笑い声がまるで水中の中で聞いてるような。
それに**の顔にモザイクのようなものがかかっている。
怖い。
忘れちゃいけないのに。
頭の中に残っている記憶の欠片が崩れていく。
ピースが一つ欠けるとそこから流れるように崩れ落ちていく。
分からない。
あれ?誰だっけ?この子……昔仲が良かったはずなんだが……。
**は美代に気を使っている様子だったがとにかく笑顔で楽しそうだった。
俺だけがおかしいんだ。
だってみんな普通だもん。
気づかないふりをしてればいい。
そしたらいつも通りだ。
あんなに透き通るような世界が見えていたのに今は目を擦ってもピントが合わない。
なんだよこれ。
戻したい。
このままじゃ嫌だ。
「あ、あのさ」
俺は立ち上がり改まって聞くことにした。
「誰だっけ?その子?物凄く仲が良かったのは覚えているんだけど……」
すると辺りは突然暗くなり三人とも表情が強張った。
ジッと三人が俺の事を見つめてくる。
その場にあった泥団子はぐちゃぐちゃになり、ブランコの鎖は外れ、木々の葉っぱは枯れ落ちていった。
「やっぱり雪くんにとってはその程度の友達関係だったんですね」
「い、いやそうじゃなくて……」
冷たい視線に冷たい声。
身体の震えが止まらない。
駄目だ!思い出せない!
「雪くん……それはいくらなんでも酷すぎるんじゃないかしら?私たちはいつも四人で遊んでたじゃない……」
「み、美代も良くないと思うよ?雪くんの事ちょっと嫌いになったかも……」
俺は必死で脳内を駆け巡らせた、頭を抱えて必死に、必死に考えた。
違う、これは忘れたんじゃない……
消されたんだ。
思い出せ……思い出してくれ!
昔よく遊んだはずだろ!
うつむきながら俺の視線の先には額から鼻にかけてゆっくりと汗が落ちていくのを肌で感じる。
その子はゆっくりと口を開けこう言った。
「……人でなし」
まっ……!違う!
目の前の光景が崩れ落ちていく。
俺自身が下へ下へと落ちていっているのだ。
見上げると俺の事を三人が見下ろしていた。
彼女は今までずっと我慢していたかのように、溜め込んで来た色んな感情が混ざり合って必死に出した言葉がこれだった。
唇を噛み締めきっともう彼女は、俺とは二度と話てくれないのでは無いのかと……。
そんな風に思えた。




