え?これだけ?
俺は途中まで妹に引っ張られながら学校へと向かった。
俺はそれに抗うように三角座りをして妹とは反対の方向へ体重をかけた。
「お兄ちゃんここから先は一人で行けるよね?」
「やだ」
俺は妹の手を掴んで離さなかった。
妹は深いため息と共に額に手を当てやれやれと言ったポーズを取った。
「いや……でも私も学校行かないとだし……ね?大丈夫……お兄ちゃんの骨は拾っとくよ」
やっぱ死ぬの確定じゃん!
本当に嫌なんだぁ!!行きたくない!!待って!!待ってくれ!!
俺は一人道路の真ん中に取り残された。
ポツンと。
まるで自分だけがその場に何時間もいて周りの人間はもう全て居なくなってしまったのではないのかと錯覚するほどに静かに時間は流れた。
いっそこのまま授業サボろうかな……。
「おはよう雪くん5分ほどその場で退屈な体育座りを決め込んでいるのだけどどうしたのかしら?昨日は随分と就寝が早かったようだけど?ぐっすり眠れたのかしら?」
あ……終わった。
俺はゆっくりと後ろを向くと満面の笑みでこちらを見てくる志保がいた。
で、でやがった……もうお前、飲食店でバイトしろよ!フロアで働けよ!
その満面の笑みで接客すれば客は大喜びだよ!
「そ、そ、そ、そんなことないよ、それより今日はいいバイト日和だね?」
「バイト日和?」
なにを言っているんだ俺は〜!めっちゃ睨んできてるじゃん!どうするのよ俺!
「い、いやぁー今日はいい天気だな〜って」
「そうね……でもこれから雪くんの血の雨が降りそうじゃない?」
禍々しいオーラと共に発せられる殺気がピリピリとこちらまで伝わってきた。
おまわりさーん!ここでーす!
心の中で必死に呼びかけたが誰も応じてくれなかった……。
くそっ!なんとかここを脱出しなくては!
俺は生き延びる!!
「な、なにを言ってるんだよ〜今日も相変わらず可愛いな〜志保は冗談きついんだから〜そう言うとこもお茶目で素敵だなぁ〜……なんて……ね?」
笑いながら俺は髪の毛を掻くが……。
苦しい!あまりにも苦しすぎて吐きそう……。
今のうちに遺言でも書いておこう。
拝啓お父様、お母さま、妹よ、俺はあまり親孝行が出来ずにわがままばかりを言ってきました。
でもそれももうお終いです。
ありがとう……そしてさようなら。
「そ、そうかしら?それじゃあ行きましょうか雪くん」
何事もなかったかのように髪を靡かせ学校方面へと歩き出す志保。
あれ?助かった?
さっきまで手に持ってた包丁は?
幻覚だったのか?
その後はなぜか志保は俺と少し離れつつ学校へ向かった。
学校までの道のりは3キロ程度もあり電車を使うには近いような……歩きだと遠い様な曖昧な距離だったのでとりあえず徒歩にしたが……。
自転車の方が良いかもしれないと思わされる。
万が一のことがあれば逃げれるし。
しかし先程から営業スマイル志保がチラチラと何度もこちらを見て物凄く鬱陶しい。
こんな背景に桜の木が似合う人間はいないと思えるが……行動と言動がおかしいので何とも言えない。
散る桜が志保の頭に乗ると髪をたくし上げふわっと散っていく。
なんて言う和風美人なんだ……結婚式は間違いなく着物一択。
「なぁ志保?」
「え!?ど、どうしたの雪くん?まだ結婚は早いと思うの!それとも子供が欲しいのかしら!?私はまだそう言った経験はないのだけれど貴方が望むなら出来る限りネットで知識を得て回数を積んで満足させられるよう努力はするつもりなのだけれど」
なにを言ってるんだよこいつ。
本当に時期尚早だよ。
「いや〜どうしてそんなに離れて歩いてるのかな〜って」
すると志保は足をモジモジさせながら髪の毛を耳にかけ直し唇を中にぎゅっとしまい込んだ。
「そ、そんなの恥ずかしいからに決まってるじゃない……」
蚊の鳴くような声で言う。
そんな照れた顔でもじもじされても何言ってるかさっぱり。
けどこの様子なら志保に殺される事はなさそうだ。
一体なんで志保のご機嫌が治ったのかは分からないがやっぱ妹の言ってた通り女子は誉め殺しが効くみたいだ。
俺は安心してスマホのメールを確認すると美代から新たに連絡が入ってきていた。
【教室で待ってます】
俺は心の中にある何かに大きなヒビが入るような音が聞こえた。
あ、実際スマホ落として割れた音だった。良かった電源はつくみたいだけど。
「あら、雪くんってばスマホにヒビが入ってるじゃない、まぁ私もよく割ってしまうからあまり人の事をどうこういえないのだけれど」
俺は震える手で蜘蛛の巣みたいな模様が入ったスマホを素早くタップする。
【早くきてね♡】
え?これだけ?
俺は恐怖を感じたせいかこれから夏に入るはずの木々が枯れていくように思えた。
辺りには落ち葉が風に乗って遠くまで飛んで行くのが見える。
あれ?俺の周りには新緑が見当たらないんだけど?ねぇ?何で一難去ってまた一難なの?
もういやだ!無理無理ー!学校行きたくない!
「あら?どうしてそんなに震えているのかしら?」
足はガクガクで今にも膝をついて崩れ落ちそうだった。
「そ、そ、そ、そうかな?ははっ……はははっ!」
ある意味笑いが止まらなかった。