とりあえず財布の中確認しないと
ここで一つ俺は卓球の素晴らしさについて語ろうと思う。
卓球とは主に相手のコート内にひたすらボールを入れて打ち返す遊ぶ競技であり、応用するとカットやドライブと呼ばれる上級者向けの打ち方も存在する。
これはかなり稚拙な説明になってはいるが、おおよそはあっているので良しとしよう。うん。
しかし……
そんな事はどうでも良いのだ。
本当にどうでも良い。
俺は志保と美代の試合をひたすらに眺めていた。ちなみに妹は卓球台の真ん中でポイントを数える仕事を任されている。
ポイントボードを持たされている妹はかなり不機嫌そうな顔をしていたがそこは気にしないでおく。
卓球可能な広さなので二人ともかなり激しい動きを繰り返した。
スレスレで地面に落ちそうな球を宙返りで打ち返したりとまぁやや人間離れしている所はあるが。
激しい打球が相手のコートに入るとそれをラケットで鋭く打ち返す。
もっと細かく言うなら相手の強い打球に対してその力を相殺しさらにラバーで圧力をかけ相手のコート目掛け鋭く素早く撃ち返す。
二人の眼光は常に相手とボールにあり行動を先読みしあっていた。
なんと言う熱い戦いなんだ……。
思わず固唾を飲み、拳に力が入る。
俺は二人が下から上に振り上げる際に別のボールが二つ揺れてそちらにも目が奪われるが試合も気になる。
くそっ!どっちを見ればいいんだ!
俺は1人椅子に座りながら白熱している卓球を見ているわけだが……。
妹も俺のことをジト目でこちらをチラチラ見ていたがやはり試合も気になるようで何度も二人の乱打に見入っていた。
俺は立ち上がり二人の邪魔にならないよう大きく回りながら妹の方へと歩く。
それにしても……。
2人とも浴衣が淫らになり、ポタポタと落ちる汗はなんとも言えない空気を作っていた。
健全な人ならスポーツに汗を流すスポーツ女子に見えるだろう。
変態紳士には何か別の物を想像させるようないや!創造させるようなものに見える。
これは一見上半身に注目がいきがちだがそんな視線ではまだ世界を平面でしか見れていないただの素人。
俺は全てが立体に見えている。君たちもここまで上がってきなよ。
「お兄ちゃん目がキモい」
……妹の事はさておき。
注目して欲しいのは下半身の方だ。
二人ともそのスタイルも相まって足が日本人離れしてるくらい細長い。
相手の打球を返す際両足を八の字にして膝を深く落としそして腰と腕を曲げ前へと飛ばす。
この時!二人の浴衣の隙間から見える太もも!
しっかりと筋肉の筋がついた足なのだが女の子特有の肌艶に肉付きが相まってもう最高。
白く潤いのある太ももが浴衣から露わになった時見てはいけない物を見てしまったようなこの背徳感とでも言えばいいのだろうか……。
「お兄ちゃん本当キモい」
……俺の語彙力が皆無なのが悔しい。
この素晴らしさをもっと多くの人に知ってもらうために今度図書館にでも行って語彙の勉強をしよう。
「そろそろ降参したらどうかしら?美代の返球だんだんとパワーが落ちて来ているわよ?」
「それは美代の台詞だよ、志保こそ息が荒いけど大丈夫?」
「なっ!……あまり調子に乗らないこと……ね!」
志保の素早い返球に若干のよろめきを見せるが美代もすぐに態勢を整えて相変わらずのテクニックプレイを続ける。
ちなみに2人とも打ちながら会話を交えている。妹はこの光景に驚愕しているようだが……案外俺は冷静を保っていた。きっともう2人の次元に慣れてしまっているのだろう。
「お、お兄ちゃん……」
「ふふっ……妹よ開いた口が塞がらないようだな、この次元についてこれないようではまだまだお子様というわけだ……いてっ」
何故か叩かれた……。
ここで2人の卓球技術を説明しておこう。
志保は主にパワープレイ、つまりドライブや打球の速いストロークをバンバン打つタイプだ。
単純に真正面へ打ち返す打球は動きが読み取りやすいとも取れるがその分こちらの体力を削り動体視力が多少なりと鍛えなければまず取れない。
ちなみに浴衣の袖からあと少しで脇が何度も見えそうになっている。
黒くなびく髪の毛はまさに神速の志保!卓球界のジャンヌダルク……つまり女騎士!
浴衣の隙間から見えるうなじや、太もものラインなんかもそりゃもう……。
実にエロい!……じゃなくて良いプレイスタイルだ。
対する美代はカットやネット手前に落としたり相手のコートギリギリの角を狙ったりとかなりテクニシャンタイプのプレイスタイルになっている。
手首をあんなにも器用に動かすことが出来るのは多分世界で美代だけだろう。多分。
その無駄なく全ての打球を受け止める様は卓球界の女神!パルテノン神殿にいる慈愛の女神アテネ!
ちなみにこちらも浴衣の隙間から胸が見えそうになったり、首筋が……妹が睨んでいるのでこれ以上の解説はやめておこう。
「この勝負に勝ったら雪くんと結婚……雪くんと結婚……」
おいおい、いつからそんなルールになったんだ!
美代に続き志保も同じように何か言っている。
「この勝負に勝ったら雪くんと一緒にご飯食べたり、今度屋上でお弁当食べたり……」
……どうやらいつのまにか変なルールが追加されていたらしい。
俺の意見など初めから存在しないのだ。
一見すると志保がガンガン攻めてそれを美代がなんとか打ち返しているようにしか見えない。
と言うか実際そうなのだから。
ただ美代は志保に比べてスタミナの管理をしっかりしている。
志保の消費量に比べて美代は手首や指先の力を球に加えスピードを相殺させつつそこに相手にとって返しずらいコースに加えて回転をかける。
もちろんスピンのかかったボールは不規則な動きをする。
それを瞬時に肉眼で判断し角度を予想して腕を振りかざす。
ラケットの僅かな調整も加えてさらにパンチの効いた返球をしなくてはいけない。
対する美代はスピードこそあれど読みやすいコースにボールの動きに合わせてカットをかけある程度のコースを狙うのみ。
もちろんこれが簡単な事だとは思わないが志保ほど集中力を使う事はないだろう。
「これなら……どう!?」
そう言って志保からは今までないくらい大ぶりな一撃が放たれた。
これは勝負を仕掛けに行ったのだろう。
持久戦に持ち込まれれば志保は不利だ。
美代の余裕そうな表情を見て気がついたのだろう。
流石の美代もこれには返すのでやっとと言った感じだった。
「……ッ!……チッ!」
美代さん素が出てますよ。
いつもに比べてやや高めの返球。
そして相手コートにワンバンするといつもより甘い回転なのが伝わる。
志保がニヤリと笑う。
その表情はこのチャンス逃す手はないと言った感じに見えた。
志保は相手コートに叩きつけるかのような急な角度にラケットを振りかざす。
美代は諦めたようにその場で立ち尽くす。
これは勝負あったか……。
次の瞬間、志保の返球が
「あっ!しまっ……」
志保のミスで鋭い打球が妹の顔めがけて飛んでいってしまった……。
やば!
あんなの食らったら……。
隣にいた俺も思わず目を逸らしてしまう。
「よっ……」
俺はぎゅっと握った目をゆっくりと開ける。
妹は軽くピンポン球を掴み取っていた。
志保は目の前の光景に少し焦っていた。
なんせあんな鋭い打球が顔に飛んでいったのだ、普通の人だったらかなり怖い思いをする事になるだろう。
しかし妹は何事もなかったかのように志保にピンポン球を手渡した。
「どうぞ……あ、ちょっとヒビ入ってますね〜」
「大丈夫!?……ごめんなさい、私ったらつい熱くなってしまったみたいで……本当にごめんなさい、怪我とかしてないかしら?」
志保は妹に近づきすぐに謝罪した、しかし妹もあっけらかんとしていて特に気にしていることもなさそうだった。
よく考えればうちの妹は……そう考えれば特に心配もいらないな。
だがすぐに今のはノーカンだと志保は訴え美代は「勝った勝った〜」と飛び跳ねて喜んでいた。
ノーカン!ノーカン!はい!ノーカウント!
どこかの班長もそう言ってます。
「くっ!……私の負けよ、雪くん!逃げるわよ!美代が既成事実を作る前に!二人で山奥でのんびり暮らして幸せな家庭を築くの!」
何を言ってるのかさっぱりわからないがぁ!危な!
美代は俺に馬乗りしてその浴衣姿は動いた後のせいなのかやや気崩していて見えちゃいけないものが見えそうになっていた。
「だ〜め♡美代が勝ったの、これで雪くんは美代のもの♡勝者は好きなの事を要求出来るって常識なんだよ?戦争でもそうでしょ?」
それはだいぶ規模が大きい気もするが。
「わ、分かった!とりあえず美代には昼飯好きなの奢るよ、とりあえずそれで手を打とう」
その提案に美代は不満を隠してきれていなかった。
「いいなぁ〜お兄ちゃん私は?」
指を咥える妹にももちろん親指を立てた。
ボード持ち頑張ってたしな。
とりあえず財布の中身確認しないと。
ーーーー
温泉エリアのエントランスの右手には俺たちが先ほど利用した浴槽があって反対の左手にはマッサージや飲食できるスペースがある。
ちなみに卓球をやってた場所は右手側暖簾のさらに奥側に小さいゲームセンターのコーナーと隣接してある。
先ほど美代と志保の熱い試合を見せてもらったし時間ももう一時過ぎてるわけだし妹もお腹減ったってうるさいし。
エントランスを抜けると天井に小さい鎖で繋がれたレストランと書かれた看板が吊るされている。
奥の方を見ると黄色とオレンジの中間くらいの落ち着いたライトが光っている。
「それにしても志保さんも美代さんも卓球上手いんですね」
温泉に入り身体がまだ火照っているのか妹の顔はややピンク色をしている。
志保と美代はあんなに動いていたのに涼しげな顔をしている。
どうなってるんだこいつら。
俺は頭を掻き会話に耳を傾ける。
「あれくらい普通だよ〜それに美代は卓球より夜のプロレスの方が得意だしね〜雫ちゃんも腰使い鍛えといた方がいいかもよ〜」
さすが美代さん、公でも人目を気にしない発言をさらりとしちゃう。
他人のフリしよ。
「夜のプロレス?」
妹が小首を傾げる。
すると志保が妹の背中を支えてそさくさと美代から距離を取るように早足で歩く。
「気にしちゃダメよあれは手遅れなのだから……それよりさっきの事なのだけれど……本当にごめんなさい……怪我をさせていたらと思うとゾッとするわ」
心配そうな顔をして妹の顔を覗き込むと自分の額に手を当てやってしまった感を出していた。
妹は特に気にしていない様子で全然オッケーですって言っている。
俺の事は怪我させまくってくる癖に。
中はどちらかと言うと和風に近い感じの椅子やテーブルになっていて団体用なのか広い畳のスペースもあった。
店員に奥のテーブルまで案内してもらい窓の外からプールの施設が見えた。
おおっ!あんなに長いウォータースライダーあるんだなぁ〜奥にはなんか噴水みたいなもの見えるし。
なんかワクワクしてきた。
うぉ!
窓の外を見ていたら俺の手が急に引っ張られ椅子に着席させられる。
「じゃあ美代と雪くんがここで雫ちゃんと志保がそっちね〜」
「なんで貴方が決めるのよ!」
「え〜卓球で美代勝ったんだし雪くんも美代の隣がいいって〜ほら店員さんも困ってるし〜あんま迷惑かけちゃダメだよ?」
思わず店員さんも苦笑いしていた。
きっと馬鹿ップルとでも勘違いしているのだろう。
常識のある志保は渋々奥の椅子にどすんとわざと音を立てながら座るとそれに続くように妹もちょこんと椅子に座る。
メニューをテーブルに二枚広げその豊富な種類の食品に驚く。
定食から洋食にサイドメニューや魚系の和食に寿司まである。
妹も目が釘付けになっていてメニューをパラパラとお構いなしにめくっている。
志保は特に気にしている様子もなく大人の対応をしている感じだった。
「雪くん雪くん、どれにする?先に選んでいいよ〜美代こう言うとこ初めてだから」
そう言って美代はメニューを見やすい位置にずらしてくれた。
お言葉に甘えて俺はメニュー全体に目を通す。
唐揚げ定食だけでも二種類あってトッピングもかなり豊富だ。
ほぼ全部のメニューにオプションがつけられる感じになっている。
パスタやドリアにハンバーグやステーキなんかもあるのか……写真を見た感じめっちゃ美味しそう。
ただしお値段は高め。これはもう仕方ない。
刺身の盛り合わせなんかもあるがもちろん手が出せない。
なんせチケットより値が張ってるからね。
サイドメニューも飲み屋かよって突っ込みたくなるくらい種類がある。
もちろんアルコールも。俺たちは未成年だから飲めないけどね。
店内にはオシャレなbgmが控えめにかけられているが殆ど会話や食器の当たる金属音がメインとなっている。
そんな中隣の席の人の咀嚼音が気になった。
ズルズルズル……。
その音に唾を飲み込む。
視線をメニューから隣の席へずらすと美味しそうにラーメンを啜る金髪美女の姿が目に映った。
この熱い中ラーメンと疑問に思うかもしれないけど俺の視線と頭の中はラーメンでいっぱいになっていた。
ズルズルと麺とスープを絡めて食べる咀嚼音にレンゲいっぱいに満ちた黄金色のスープを口元まで運びゆっくりと流し込む。
レンゲがラーメンの器に当たる音すら食欲をそそられる。
そして金髪美女は器を持ち最後の一滴まで飲み干すと満足そうに店を出て行った。
俺の中の答えは既に決まっていた。
「決まったから」
そう言って美代にメニューを渡す。
「は〜い、何にしたの?」
メニューを受け取りパラパラっとめくりながら聞いてくる。
「俺は味噌ラーメンかな〜バターとチーズトッピングにする」
本音を言うなら半チャーハンもつけたいところだが値段が値段なのでそこはグッと堪える。
「へ〜美味しそうだね〜美代もそれにしよっかなぁ〜」
「貴方そうやってすぐに好感度狙いで他人と合わせて猫被って気持ち悪いからやめた方がいいわよ……頬擦りしてるつもりなのでしょうけど雪くんとても迷惑そうにしてるわよ?」
志保と美代の視線が交差する。
おいおい勘弁してくれ。
「し、志保は決まったのか?」
俺は気を逸らすためにわざと大きめな声を出す。
「私は濃厚魚介つけ麺にするわ」
そう言ってパッとメニューを開き指をトントンと指す。
あ〜通りでメニュー見てないと思ったら。
期間限定のポスターが店前に貼られていたのだがそれでか。
俺は入り口付近に貼られたポスターを見る。
確かにつけ麺も捨てがたい……がダメ。
今は圧倒的に絶対的に味噌ラーメン一択。
コクのある濃厚スープではあの甘塩っぱくてサラサラとした汁を堪能することができない。
つけ麺は次回妹と行こう。
「へ〜志保ってさ〜本当自己中心的な考え多いいよね〜」
珍しく美代が本格的に噛み付いてきた!
こいつらと付き合いの長い俺だから分かる。
普段なら志保の口撃に対して攻撃で返すのが美代のスタイルなのだが今回は口撃に対して口撃で返している。
これはつまり口論で勝つ自信があると言うことなのか?
「は?つまり何が言いたいのかしら?」
胸の下で腕を組みいつもの冷たい表情をする志保。
それに対して見下すような視線を送る美代。
「つまり美代が言いたいのはさっき電車内で猿二人組に棚に上げるって言ってたよね?それって今の志保に対して言えるって言いたいの」
……確かに。
人にはラーメン食うなって言っておいて自分は食うんかいみたいなそんな感じで言ってるのだろう。
「はぁ?私はこの店に入る前からつけ麺を食べると決めていたのよ?だからメニューを雫に譲っているの……それが証拠よ」
……それは言えてる。
やや悔しそうに唇を噛む美代。それでも口撃を止めることはしない。
「別に美代は志保がラーメン食べる事に対して文句を言いたいわけじゃないの、美代が雪くんと同じにしようかなって言った時志保がいちゃもんつけてきた事に対して一番ムカついてるの!」
「なら初めからそう言えばいいじゃない、残念だったわね論破出来なくて」
……こいつマジで性格悪。
志保は口元に手を当てニヤリと笑う。
それに対して美代はいつも通り口撃には攻撃で返すしかないと思ったのか既に両手にはお気に入りのアイスピックが握られていた。
っておい!危ないからしまえ!
美代は殺気を放ち既に戦闘体制に入っていた。
それを察したのか志保も多分テーブルの下に手を置き様子を伺っていた。
確かにあれならアイスピックを投げられてもそのままテーブルを前へひっくり返せば防げるって違うだろ!
「ふ、二人とも落ち着けって!ここは店内なんだしまずいだろ!」
まぁ店内じゃなくてもまずいんですが。
「お兄ちゃん」
ここで妹が小さく手を挙げる。
おぉ!解決策でも思いついたのか!?
「どうした!?」
「私はこのハンバーグ定食にする」
今はそれどころじゃないだろ!
妹はメニューのハンバーグ定食に指を指す。
「あとサラダも」
うるさいわ!
志保と美代は既に一触即発状態になっていた。
くそ!一体どうすれば……。
きっと今までの俺なら美代に同じラーメン食べようって誘っていたかもしれない。
だが今日の目的はなんだ!
俺はこの二人に嫌われるために来たんだろ!
それならやることは……。
この喧嘩を抑えつつ好感度を下げるようなグッドアイディーアー。
固唾を飲み口を開く。
「ふ、二人とも女子なのにラーメン食べるのかぁ〜俺の中の女の子ってもっとパスタとかサンドイッチみたいな可愛いくてオシャレそうなの食べてるイメージだったけど……なぁ……」
俺は語尾がだんだんと弱く薄くなっていく。
はぁ……一言だけ言わせてください。
南無三!