くっ……無視しろ俺!無視!
その後俺たちは待ち合わせ場所の駅前へと向かった。
土曜日のせいか駅付近まで来ると途端に人混みがすごくなり一度離れたらしばらくは合流できない状況になってしまうだろう。
やっぱ埼玉県の皆様は大宮に集まるんですかね。
右も左も最近の若い人向けリア充ファッションで溢れかえっていた。
独特な髪型も増えたよなぁ〜特にああいったメッシュいれるタイプ。
インキャの俺には関わることのない世界の住人たちだ。
歳が一つ違うだけで考え方も全く変わるのってやっぱ育つ環境にめちゃくちゃ影響受けるってことだもんなぁ〜。
俺は妹を見るとそれをより一層実感する。
まぁ雫は性格があれなだけで見た目はそんな奇抜ではないからいいんだけど……。
そんな俺の考えを読み通すかのように不機嫌そうな顔をする妹。
「お兄ちゃん……今失礼なこと考えてたよね?」
「いや別に……考えてないですけど」
「それは目を合わせてから言って」
それは無理だ。
目を逸らすとまた人混みを再認識させられる。
しかも若い世代ばかりだ。
やっぱ車の維持費とかガソリン代とか上がってるみたいだし電車を利用する若者が増えてるのかな?
そうなると必然的に車の所有者も減ってくわけだし。
やっぱガソリンの補助金をなんとかするべきだと思う。
うんうん。
「お兄ちゃんそんな一人で勝手に頷いてると私まで変な人に間違われるからやめて欲しい」
最近の子はやっぱ思ってる事を口にするタイプが多いいんだろうか。
そんな会話の途中で妹が提案してきた一言に俺は少し戸惑ってしまった。
「手……繫ごっか?お兄ちゃん?」
え?……急になに言ってるの?お兄ちゃん今ちょっとドキッとしちゃったよ?てかさりげなく繋いでくるところが妹ポイント高い!
雫には妹ポイント10点あげよう!なんだよ妹ポイントって。
妹はそっと手を繋いできたが繋ぎ方に少し問題がある気がする……。
本来なら手をつなぐ際、ハンドシェイカーだろうが(何言ってるのか分からない)妹の場合は俺の指と指の間に入れるやつの方なのだ。
つまりは恋人繋ぎってやつだ。
これ以外の繋ぎ方を知らないのかそれともわざとやっているのかは分からないが正直どっちでもいい。
ただ俺多汗症だから手汗やばくなりそう。
「そうだな……はぐれたら面倒だしはぐれメタルだし」
「ん?デラクエ?経験値いっぱい貰えていいよね、すぐ逃げちゃうけど」
俺も幸せいっぱいで嬉しいよ。
すぐ逃げちゃうけど。
「……お兄ちゃんもはぐれメタルと一緒ではぐれたら心配だからねきっとヤンキーに絡まれてお金取られて全滅させられるところまで見えるよ」
「まさかのヤンキーメタル斬り覚えてるのかよそれとも毒針か?まさか魔神の金槌じゃないだろうな?」
ただ魔神の金槌が当たった時の気持ちよさはやばい。
レベルが一気に上がってそのあとスキルポイントやら新しい必殺技やらでしばらく興奮してるし。
俺も妹と手を繋げて興奮してるし。
待ち合わせ場所の大宮駅まで着いた。
ここの駅はまぁまぁ大きく東京ほどではないが埼玉にしては立派すぎるほどの駅だ。
ちなみに待ち合わせ場所としてよく使われているのが豆の木と呼ばれる場所でなんか螺旋を描いてるデオキシリボ核酸みたいなやつ。
ちなみに俺は外側にある丸っこい銀のやつが豆の木と勘違いして全然合流出来なかった事がある。
まぁそんなどうでもいい事は置いといて。
豆の木前まで来ると荷物を下ろしポケットのスマホを取り出す。
メールの内容的に二人とももう大宮駅までは来ているみたいだ。
そして何故か握って離さない妹の手。
ただ妹も嫌がる素振りを見せないので俺も離さない。
ちなみに俺から離す気など一ミリもない!
すると志保と美代が何やら口論しながらこちらに近づいて来ているのが見えた。
まぁ口論というか多分あれはいつもの美代の無茶苦茶振りに志保が呆れて論破しようとするけど美代ワールドを展開されてお手上げ状態なのだろう。
しかし遠目からでもあの二人に気がついてしまうのは俺の危機感知センサーが反応したからなのかそれとも街中ではまず会うことのないレベルの美女達だからなのかは分からない。
だがそれも今はどうでもいい。
二人に屈することなくけど怒りを買いすぎないようにしつつ冷静にさせて俺の事を呆れさせるような行動を選択していかなくてはいけない。
じゃないと間違いなくスターランド内でホラーが始まってしまう。
二人ともこちらに気がつくと駆け寄りそうだったがすぐに足は止まり睨みつけるように眼光を寄越すと仏頂面になって雰囲気がガラッと変わった。
そして二人とも会話することなくこちらにゆっくりと近づいてくる。
俺は固唾を飲み二人が一定の距離まで近づいてくるのを待つ。
今日の俺は一味違うところを見せてやる。
「あら?やっときたの?もう来ないのかと思ったわ、大体泊まりがけの温泉旅行に妹を連れてくるなんて雪くんどれだけシスコンなのかしら?しかも見せつけるようにこんな公の場で待ち合わせ場所として利用される事が多い豆の木の下で」
俺たちの方が先についてたんですが。
なんで後から来た方が怒ってるんですかね?
「な、なんか怒ってる?」
志保の表情を見れば怒っている事など一目瞭然なのだが理由を聞かなきゃ原因が分からん。
「別に……私とはまだ手、繋いだことないくせに」
ごにょごにょと何か言うとふてくされてそっぽを向いてしまった……よくわからんやつだな。
「雪くんって雫ちゃんとは手……繋ぐんだね?いいなぁ〜雪くんの手……美代も欲しい〜」
美代は両肩を力が抜けていてダラーンとした姿勢で今にも俺にのしかかって殺しに来そうだった。
そこかよ!てか目がやばいよ!魂抜けてるよ!
この言葉を翻訳すると美代もその手が欲しいから半分こしようね?(物理的に)って意味だよな?
俺はすぐさま手を離すと妹は寂しそうな目でこちらを見てきた。
「あっ……」
やめて!俺が悪いみたいにしないでくれ!あと上目遣いやめろ!
くそう!俺から離すことは一ミリもないはずなのに!妹の暖かい手の温もりをまだ感じていたかったのに!……頭を撫でてやりたい!でも公の場でそんな事をしてしまえば……
「何あいつ(笑)見せつけてんの?キッモ」とか、
「無いわ〜その容姿でそれは無いわ〜」とか思われるのがおちだ!
……いや待てよ。
ナイスだ妹よ!
これで志保と美代からの好感度は落ちたはず。
今日一日これを繰り返していけばそのうち呆れてくれるはず……。
そうすれば俺の平和な日常が帰ってくる!
毎日こいつらから殺されかけて逃げ回る日々ともお別れだ。
俺は心の中で高らかに笑い昨日の夜に立ててた作戦を頭の中で思い返した。
これらの作戦で確実にこいつらから嫌われるはず。
ただ逆鱗に触れれば死が待ってる訳だが。
そこだけは気をつけよう。
既に機嫌の悪そうな志保と美代を見て俺はカバンの小さいポケットに入ってる遺書にそっと指を当てる。
ーーーー
先ほどのやりとりを終え俺は右手がやたら寂しいと感じながら駅のホームへと向かった。
都合よく椅子が空いていたので俺以外の三人が自販機前の青いプラスチック製の椅子に座る。
その三人の前に俺は立ち一時的にカバンを下に降ろす。
ようやく一息つける……人多すぎ。
俺はようやく三人のことをちゃんと認識できた。
志保は比較的薄着で黒と紫の中間くらいの肩にヒラヒラがついた肩だしスタイルの服装を着ている。
ちなみに服への語彙力は皆無なのでデニムだのジーパンだのパンツだのスキニーだのよくわかってない。
美代は志保に比べて肌の露出は少なく上は緑強めの優しい服に下は白の縦線が沢山入ったロングスカートを着ている。
ちなみに雫は今朝見たから知っての通り白のワンピースを着てなんならその服装の中まで知ってる。
そう考えるとやっぱさっきの水玉は水着なら何も思わないが下着ならかなり興奮する。
すると妹が立ち上がる。もしかして心読まれた?怒られる?
「お二人ともおはようございます、お兄ちゃんがいつもお世話になってます」
いつもより姿勢良くビシッとお辞儀をする妹。
礼儀作法は完璧だがお兄ちゃんってのはさすがにまずいんじゃ……せめて兄くらいにしておいた方がいいのでは?
お兄ちゃんだと子供っぽさが出ちゃうし本人は普段大人ぶってるのに。
いや、むしろお兄ちゃんと呼ぶ事によって兄弟仲のいいアピールが出来てるのでは?
そして志保と美代はそのシスコンっぷりにドン引きして俺と距離を置くと。
なかなか悪くない突拍子に生まれた作戦だ。
すると美代はニコッと笑い妹に手を振る。
「美代は一緒に水着を買いに行ったから昨日ぶりだね〜」
「はい、志保さんもお久しぶりです……凄くお綺麗になりましたね」
そう、実は美代と妹は既に久方ぶりの出会いを終えているのだ。
俺は逃げたけど。
あの日の志保と言えば……とてつもなく恐ろしい姿を……。
「ええ、みんなで楽しく買い物はさぞ楽しかったでしょうね!別に!私も行きたかった訳ではないのだけれど!これっぽっちも寂しくなんてなかったのだけれど!誘いもしないのはどう言う事なのかしら?」
妬みの入ったその発言はその場にいた俺たちの目線を下にやった。
もちろん美代は全く気にせずその長い足を組みスマホをいじっている。
志保は俺と妹を睨みつけるようにこちらを見てくる。
うわぁ〜いきなり場の空気が凍ってるよ。
そんじゃまぁ。
「お、俺飲み物買ってくるから!」
「あ!ちょ!お兄ちゃん!」
ありがとう妹よ!お前の事は忘れない!
俺は自動販売機の前に立ちこの豊富な種類の中から志保と美代のご機嫌が取れそうな物を買わなくてはいけないという使命感が生まれていた。
もちろん嫌われるためにホットのブラックコーヒー缶を二人に投げつけてもいいのだがそんな事したら俺の視界もブラックになってしまう。
志保の機嫌も悪いしあからさまな嫌がらせでは駄目だ。
ふとした拍子にあ〜この人のこう言うとこ嫌だなと思われるのが一番理想的なのだ。
とりあえず志保は多分ミルクティーが好きだったはず、妹には適当にりんごジュースだな子供だし美代は……なんでも喜びそうだから水でいいか……いや!待て!イチゴミルクだ!
硬貨を投入してボタンを押すと飲み物が出てくるようなゴトンと重みのある音が聞こえる。
これ連続で買うと横にずらさなきゃ上手く取れないんだよな。
俺は指先にペットボトルの口を引っ掛け上手くスライドさせて3本とも手に取る。
ついでに自分の分のドクペを買う。
ドクペマジで個人差あるからなぁ……嫌いな人は大体薬とか杏仁豆腐とか訳のわからん事言うからな。
あとチョコミントな。
これも薬だの歯磨き粉だの……俺からしたらそれ本気で言ってんの?って思う。
どう考えても別物(個人的意見)
俺はまず志保に手渡すとミルクティーを両手で受け取った。
「あ、ありがとう……ふん!こんな物でご機嫌取ろうだなんて雪くんって浅はかなのね、でも私の好きな物を持って来てくれるところはポイント高いわね」
少し機嫌が直ったみたいだ。
次は美代にイチゴミルクを渡すと笑顔で受け取った。
「雪くん、雪くん、飲み物ついでに印鑑も渡してくれたら美代、嬉しいな?そしたら雪くんのイチゴミルクも美代の中に入れてもいいんだよ?」
むせる志保にポカンと口を開ける妹。
一応この二人は常識があるみたいだ。
そして自分の発言に何も違和感なく屈託のない笑顔を向けてくる美代。
くっ……無視しろ俺!無視!
最後に妹へりんごジュースを渡した。
子供っぽくていいね。
俺は自然と笑みが溢れてしまう。
「ほら?好きだろ?」
「……お兄ちゃん馬鹿にしてるよね?」
あ、バレた?まぁ水玉にはこれが普通だろ。フハハ!
ジト目で見つめてくる妹を吹き飛ばすように笑ってやった、やはり可愛いといびりたくなるものだ。
ドクペのプルタブを手前に引き炭酸の抜けるいい音がする。
気分も良いしドクペもサイコー。
「志保さん美代さん実はさっきお兄ちゃんに下着を見られました、いえ、覗かれました」
俺は飲んでいたドクペを吹いた。
妹はやってやったぜと言うドヤ顔をしながら俺に人差し指を突き出してきた。
やっぱ妹は怒らせるべきじゃないよね!
「覗いたの?貴方?妹の部屋の中を?信じらない……この変態!シスコン!童貞!短小!」
なんで毎回最後に童貞と短小入るんだよ!短小言うな!
「そっか〜雪くんは手だけじゃなくて目も悪い子なんだね?悪い子にはお仕置きしないとね?」
ひぃぃぃ!
この時初めてドクペの味が分からなかった。