多分皆既日食くらい
学校が始まって、授業が始まって、地獄が始まって……。
いや、明らかに最後のおかしいだろ。
俺は今、学校の授業を終えてこの茜色に染め上げられた広大な空に包まれながら放課後の身支度を整えていた。
教室にはすでに俺と志保、そして美代だけがいて俺は1人涼しい空気が制服の中を通り抜けて行くのを心地よく感じていた。
窓の外からは部活動に励む者たちの掛け声が何度もこだまして聞こえた。
いいなぁ〜青春してて。
虫たちも活発に行動している中。
俺はただ普通の平凡な高校生活を送るはずだったのに……。
てかこの時点で過去形って明らかにおかしいだろ。
皮肉な思いで顔をしかめる。
はぁ〜、志保も美代も校内で一位、二位を争うレベルで可愛いと評判だが……。
お前ら!容姿に惑わされるな!こいつらは頭のおかしい精神異常者だからな!
俺は帰りの支度をし美代は窓枠に腰をかけ志保は椅子に座って読書をしていた。
二人ともなんだかんだでよく話してるみたいだしよく分からんのよな。
まぁあれかな?喧嘩するほど仲がいいみたいな。
今も美代が構って欲しそうに志保に話しかけまくってる。
「それでさ〜そこの美容院で髪切って貰ったんだけど結構いい感じだと美代は思うんだよね〜伸ばすと手入れとか大変でしょ〜?そんなのに時間かけるの勿体無いと思うんだよね〜」
「あ、そう……ところであなた私は今本を読んでいるのが分からないのかしら?」
「そんなの見れば分かるに決まってるじゃん何言ってんの?それよりこの間マニキュアしてたらさ〜」
二人の会話を聞いてるとどう見ても普通の女の子してるんだけどなぁ〜。
すると志保は本に栞を挟み閉じる。
「どうしたの雪くん?さっきからため息ばかりはいているようだけれど?何かあったなら相談にのるわよ?溜め込み過ぎると良くないって言うし……もしかしてオカズに困ってるの!?流石の私も一緒に探してあげるのはどうかと思うのだけれど……」
あの……全然違うので口元押さえながら照れるのやめてもらっていいですかね?
俺は何も言ってないのになんでここまで話を飛躍させられるんだろう。
志保に続き美代も机に身を乗り出して恐ろしい事を言う。
「美代も心配だよ?何か困ってることがあるなら相談してね?そこのおっぱいが小さいこと以外取り柄のない女とは違って美代は雪くんを四六時中見守ってるからね?ご飯を食べる時まずお茶を飲んで口を潤すとことかお風呂に入って身体を洗う時まず首から洗う癖があるとか美代は全部知ってるんだよ?」
「はぁ!?何言ってんのあんた!?あんま調子に乗らないことね!そんな事!私だって知ってるわよ!大体雪くんは胸より太もも派なのご存知かしら?あんたみたいな大根足より私のような程よく肉のついたサラッとした足の方が良いに決まってるじゃない!このデブ!」
すみませ〜ん!ここにストーカーがいまーす!
睨み合う眼光の中俺は渋い顔でため息を再び吐く。
このため息はお前らが原因だから!……なんて事は言えるはずもなく。
俺は肩をほぐす仕草を加えながら2人に説明した。
「実は最近疲れちゃってさ〜温泉でも行きたいな〜って思って」
「「えっ!?」」
「ふえっ!?」
えっ!?なに?どうしたの?2人とも口元抑えて足ももじもじさせて……って別にそう言う事じゃないよ!?
「ふ、2人ともどうしたの?」
すると志保と美代が顔を見合わせると美代から口を開けた。
「だって……雪くんが美代と混浴したいだなんて……まだ、早すぎない?そう言う系とか見てるの?だとしたら貸切じゃないと厳しいかもね?」
だからその首をかしげるのやめろ!可愛すぎて抱きしめたくなる!
それに俺は混浴だなんて一言も言っていない!もちろん混浴なら、なおよしだが!
しかし!よく考えて見ろ!一緒に風呂なんて入ったら刺される前に鼻血で湯船が真っ赤に染まっちゃうだろ!
仮に鼻血を耐えたとしてもそのあとどっちかに刺されるのは間違いない。
志保もモジモジしながら制服のスカートをぎゅっと握る。
「そ、そうよ……そんな大胆な事、外で出来るわけがないじゃない……でもそのうちいつか……」
目線逸らすのやめて!失神しちゃいそう!あとこのノリが疲れる!
俺は心の乱れを抑えるために深く深呼吸する。
落ち着け俺……こいつらのペースに呑まれるな。
「は?志保はダメに決まってるでしょ?雪くんは今!美代と!混浴したいって!婚約したいって言ったの!聞こえてないの?難聴なの?」
……今婚約って言った?
聞き間違いだよな?
「そんな事一言も言ってないわよ!美代みたいなデブと混浴したら温泉が脂まみれになっちゃうの理解できないのかしら?あ〜やだやだ、美代がお風呂に浸かったら全部お湯が溢れちゃうんじゃないかしら?」
志保がいい感じに身振り手振りを使いジェスチャーをすると美代が眉間に皺を寄せる。
「こいつ殺す!殺す!殺す!」
あ〜それじゃ帰りますか〜。
ーーーー
志保の赤い瞳が潤って太陽の光りに反射し輝いていた。
ここで一つ物事を冷静に考えるのが俺だ……。
腕を胸の前で組み空を見上げる。
う〜ん。
なんで俺はこんな可愛い奴らと仲良く帰宅してるんだ?
学校の校門を抜けてすぐ目の前の桜並木を女子二人と帰宅する。
静かに流れる川の音、散り切った桜の花がまだ地面に少し残っている。
こんなシチュエーションは漫画やアニメの世界でしか味わえないはずなのに。
「すぅ〜〜、はぁ、はぁ……」
俺は心を落ち着かせるために何度も深呼吸を繰り返した。
……ため息混ざってね?
鼓動が周囲に聞こえてるんじゃないかと心配だったが……。
すると美代がひょっこりと俺の顔に覗き込んでくる。
「興奮してるの?」
お前らのせいでな!ありがとよ!
こんな綺麗な背景をバックになんで俺たちはこんな会話をしているのか……。
「で、でも温泉に行くのは賛成だわ、それでどこ行くのかしら?私も一応色々考えたのだけれど日帰りってなると時間にも追われてしまうわけだし温まった身体をまた外に出すってのも気が引けるじゃない?そう考えると日帰りはやはり……」
「え?志保が付いてくるの前提なの?」
しまった!つい思っていた事を口にしてしまった。
すると志保は立ち止まりスカートをふわっと一瞬上げると何処から取り出したのか定かではないが両手にはカッターを手にし刃をカチカチっと出すと俺の喉元に突き刺しくっつく寸前まで持って来てる!!危ない!ちょっと!
志保は俺を睨みつけ深く冷たい声で話す。
「なに?嫌なの?」
怖い!なんか周りに赤いオーラ放ってるよ!あと、首元に刃物押し付けるのやめて!
俺は全力で手を横に振った。
「そ、そんなわけないだろ〜いや〜楽しみだな〜」
いやぁ〜ほっんと楽しみ!……うん!
「……そう、なら初めから余計な事は言わないことね……それで先ほどの続きなのだけれどもやはり距離がそこまで無いにしても水中で体を動かすとなるとかなり体力を消耗する事になると思うのよ、そこから電車で帰るとなると気が滅入るじゃない?それなら一泊くらいして行くのがベストだと思うのだけれど?」
その豹変振りに驚く。
俺はたまにこいつが本気で二重人格なんじゃないかって思うんだけど。
するとすぐに美代も俺に誘って欲しいのかのしかかってきた。
うひょ〜!全身から感謝が溢れ出ている!
帰ったら正拳突きしなきゃ!一万回!
「美代は〜?美代と行くのも楽しみだよね?雪くんと行けないなら、私、そろそろ死のっかな……もちろん雪くんも一緒だよ?そうじゃなきゃやだよ?……と言うかダメだよ……雪くんは美代と一緒に死ななくちゃいけないんだから……今ここで!」
やるんだな!って思わず突っ込みたくなる台詞だけど……。
この子自殺宣言と殺害予告しちゃったよ!?それに俺が犯人みたいになってるよ!?
目は灰色に染まり俺は開いた口が塞がらない。
全体重を乗せるように美代は俺にしがみついて来る。それでも軽いな。
「も、もちろん美代とも楽しみだぞ!」
俺は寄りかかって来る美代の体を上手く調整して一人で立てるようにする。
俺は美代と志保を交互に見てため息が出そうになる。
いっやぁ!ほっんと楽しみ!……だな!
心の中で涙を拭う。
「そっか〜それなら良かった〜」
そう言って美代は後ろに隠し持っていたアイスピックのようなものを投げ捨てた。
……。
妹でも誘うか……男友達いないし。
と言うかこれはチャンスなのではないか?
二人と出掛けて俺は退屈な人間だと理解させ志保と美代に呆れてもらいそして俺に付きまとう事はなくなる!
具体的には二人の嫌がるような事しまくればいいんだ!
それまでに俺の命があるのかもわからないが。
よし……もうこの二人との生活とはおさらばだ。
このサマーランドで絶対嫌われてやるぞ!
ーーーー
先ほどのゴタゴタしたやり取りも終えあと少しで家に着く距離まで来た。
このまま何事も無く帰れればいいのだが。
俺のリソースの大半は明日の作戦で埋め尽くされている。
一番の悩みはこの事を妹に相談して協力してもらおうかどうかと言う点だ。
もちろん一人で出来るに越した事はないが協力者がいるだけでこの作戦の確立はかなり上がる。
腕を組み唸っているとふと二人の会話が耳に入って来た。
「ねぇ志保、明日の体育の授業なんだけどさ〜……」
その一言で自分の世界から抜け出した。
日も沈みかけている。
この季節たまに冷えるが今日はやや肌寒かった。
薄着に変えたせいなのもあるが。
駅近なのに交通量は少ないため三人並んでも問題なし。
やはり埼玉は田舎ってことになるな。
ちなみに埼玉の悪口を言うとコバトンと言う鳥の化け物に無理やりゆかりの乗ったかた焼きそばを食わされるらしい。
なんて恐ろしい埼玉県。
「ねぇ〜お願い志保〜体育の時に〜」
「いやよ、さっき断ったでしょ……諦めることね」
何やら珍しく美代が志保に何かをお願いしていた。
美代が志保の顔に近づくと逆の方を向きそれを追うようにまた美代が志保の顔を覗き込ませるのを何度も繰り返していた。
俺はなんとか温泉で血を流さないように計画を立てていたので話は全く聞いていなかったのだが……。
すると美代は志保にくっつき制服のリボンを外した。
え?何してるの?
「ち、ちょっと!」
「ダメならいいも〜ん、雪くん〜志保ってば……」
そう言って志保の胸あたりをいじると制服をはだけさせようとした。
おぉ!!
今俺の視力は間違いなく1.5を超えた!
美代の長くすらっとした手先が志保の胸元に流れ込むと志保は身体を何度もビクつかせた。
すると志保は必死で美代から離れるように抵抗し顔を真っ赤にして……
「わ、分かったから!貸せばいいんでしょ!美代っていつもそうよね!お願いすればなんでも叶えてくれると思ったら大間違いよ!」
「さっすが〜!志保はなんも取り柄がないけどそこが可愛いよね〜美代の爪垢あけよっか?それ飲めば少しはマシになると思うよ〜」
「そんなのいらないわよ!」
じゃれあう二人は珍しく、どれくらい珍しいかと言われれば多分皆既日食くらい。
数百年に一度くらいだな江戸時代くらいにも同じ事があったかもや知れぬ。
こうして美代のお願いを聞いたらしいが……一体なんのことだったのやら。