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隙間風がとても心地よい


 香ばしい香りが漂ってくる。


 夜風は少しだけそのじめっとした暑さを多少和らげてはくれているが、それをモノともしない物凄い人混みだ。


 コンプレッサーの回る音や雑踏で溢れかえったその光景は何処かワクワクさせてくれた。


 この非日常感がそうさせてくれてるのかな?


 空は確かに暗くなっているのに淡いオレンジ色の灯りが街を照らす。提灯だろうか。


 時間は確かに19時を回っているのに子供から大人までこの夜を楽しんでいる。


 なんなら日中より活発でどの出店も活気に溢れている。


 「みてみて!風車あるよ!あー!あれヨーヨー釣り!昔あれで僕が強く引っ張り過ぎて紐切れちゃってさ!お姉ちゃんのヨーヨー貰ったよね!」


 「そんな事もあったわね、高橋くんも気をつけて、佳奈は結構イタズラしてくるから」


 「へ〜そうなんだな」


 「ちょっと!僕はそんな見境なくやらないよ!ちゃんと相手は選んでるんだから……つまり二人とも僕のイタズラ対象者だから気をつけた方がいいよ」


 「「おい」」


 何故俺まで入ってる。


 まぁイタズラされるのなんてもう慣れ切ってるけど。


 「あ、私もあそこの焼きそばちょっと気になってたのよね……二人とも食べる?」


 「はいはい!は〜い!僕食べたい!雪くんももちろん食べるよね?」


 いや、そんなに食いつくほど焼きそばが好きって訳じゃない。


 けどまぁ食べるとしますか。


 「そうだな……二人が食べるなら俺も食べよっかな……じゃあ俺が買ってくるから二人ともこの辺で待っててくれ」


 「ん?私が食べたいって言ったのだから私が買いに行くべきでしょ?ついでに二人のを買ってくるってだけの話よ?」


 いやいや、女の子に買いに行かせるとか確実に怒られるだろ?


 まぁ一体誰に怒られるのかは分からないが世間様的にはきっと怒られるだろう。


 「じゃあお姉ちゃんよろしく〜!僕たちはそこのりんご飴買ってくるね!」


 「あ、ちょ!待っ……」


 「はいはい、お金はあるわよね?買って来たらこの辺で合流しましょう二人とも離れないようにね」


 「は〜い」


 背中を押されりんご飴の屋台に追いやられる。


 「そんな大して並ぶ訳じゃないんだから大丈夫だよ〜、それよりりんご飴!ほら!美味しそうじゃない?」


 確かに陳列されたりんご飴は紅く宝石のように輝いている。


 こちらの屋台は焼きそばに比べてそこまで並んでる訳ではない。


 まぁ並んでる飴を手渡すだけだし焼きそばは作るのに時間かかるしな。


 「よし、じゃあ買うか……ここは流石に出させてくれよ?」


 じゃないと怒られちゃうからな。


 「ん〜じゃあお言葉に甘えようかな……この小っちゃいやつ三つください!」


 「あいよー!りんご飴三つで900円だね!……お嬢ちゃん去年も買ってくれたろ?可愛いから覚えてたよ!」


 お〜流石祭り屋さん、コミュ力高すぎるぜ。


 「うん!ありがと!浴衣似合ってるでしょ〜?」


 俺は小銭を手渡す。


 「おうよ!俺が若ければ確実に告白して振られてたな!がはは!……はい!まいど!」


 「え〜おじさん若い時絶対かっこよかったでしょ〜?喋り方で分かるよ〜もちろん今も素敵だけどね〜」


 「いや〜!若い子にそんな事言われると照れるなぁ〜!にいちゃんは幸せもんだなぁ!羨ましいぞ!こんちくしょうめ!」


 「あはは……」


 二人の陽キャオーラで今にも消えそうだった。


 あと、おっちゃんつば飛んでるから。


 「じゃあまた来年もくるね〜おじさんも元気でいてね!」


 「おうよ!」


 佳奈に手を引かれ屋台を後にする。


 あんな陽気に喋るなんて俺には出来ない。


 陰キャはこいつ同類って分かるまでは警戒心を解かないモノなのだ。


 俺があの領域に行くまで一体何年かかるのだろうか。


 「はい!雪くんの分!……小ちゃくて可愛いよね!」


 「あ、確かに……思ったより小さいな」


 陳列されていたのから一本だけで見るとだいぶサイズ感が変わる。


 ……これが300円だとか原価はいくらだとか考え始めたらおしまいだ。


 「あ!真由姉!こっち!こっち!」


 佳奈は俺の手を引っ張ったまま見つけた真由の方へ走り出した。


 下駄の音が雑踏にかき消される。


 「二人とも無事買えたみたいね、何処か適当な場所で食べましょ?」


 「賛成!あとわたあめも途中で買ってこうよ〜僕わたあめには五月蝿いからね〜」


 ふんすと鼻を鳴らす。


 「わたあめってそんなに違いあるかしら?」


 「同じ砂糖だろ?」


 「あ〜!二人とも分かってない!質感とかふんわり具合とか全然違うんだから!」


 その違いが分かるのはよっぽど好きじゃないと無理だろ。


 「はいはい分かったわ、とりあえず歩きましょう」


 「は〜い」


 俺は二人の背中を追うように歩き始める。


 本当に二人は仲が良いんだと思う。


 佳奈がふざけたこと言って真由がそれを呆れながらつっこんで、でも何処か嬉しそうで。


 今もりんご飴を二人で仲良く食べている。


 「あ……」


 俺は人混みに肩をぶつけ、りんご飴を落としてしまった。


 引き返そうとしたが周りがそれを許さない。


 足を止める事は出来ない。


 あっという間にその場からはどんどん離れていく。


 人混みに流されながら落としたりんご飴はもう見えなくなっていった。


 妙な感覚だった。


 急に俺の視点は一人称に引っ張られたような気がする。


 屋台に飾られているお面が全てこちらを覗き込んでいる。


 提灯の灯りが点滅している。


 さっきまで塞がっていたその手に、もうそれはない。


 足を止める事なく俺は考え続けた。


 空いてしまったその手を見つめる。


 本当はどうなって欲しいのか。


 今までは、ハッキリと考えてこなかったし言語化する事もなかったけど。


 俺が本当に一緒に居て楽しかったのはここじゃない。


 やっぱ志保と美代が居なきゃダメなんだ。


 久しぶりに会いたい。


 特に志保だ。


 彼氏が居る?そんなの知ったもんか。


 俺の方が彼氏なんかより志保の事をよく知っている。


 世界が変わった?それがどうした。


 勝手に変えてんじゃねえよ。


 そんなんで志保や美代が変わるもんか。


 あいつらはな……俺なんかよりよっぽど。


 「頭の!ネジが!飛んでんだよぉ!」


 俺は叫んでそのまま流れに逆流しながらりんご飴を落としたところまで走る。


 「え!?雪くん!?ちょっと……」


 ひたすら人混みをかき分けた。


 ほぼ全員が怪訝そうな顔で俺の方を見ている。


 けどそんなの知ったこっちゃない。


 俺はここの世界の住人じゃない。


 「退いてくれ!……どけぇ!」


 無我夢中で足掻いた。


 喉が枯れるくらい叫んだ。


 なんで俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。


 俺が何したってんだよ。


 最近は嫌なことばかりだ。


 考えて考えてもう頭が疲弊しきってまた同じ悩みで悩んで……それの繰り返し。


 もううんざりだ。


 誰かに流されるのも嫌だ。


 自分の思い通りにならないのだって嫌だ。


 自分から手放した?


 そんなのしらねぇよ!


 いちいち気にしてんじゃねえよ!


 やりたい様にやれば良い!誰にだってその権利がある。


 周りが気になる?そんなの気にすんな。


 失敗が怖い?失敗を繰り返せばいつか掴めるだろ?


 諦めるなよ……これは俺の物語だろ!


 「くっそぉ!!ふざけんなよぉ!!」


 恥ずかしさとか後先の事とか全く気にならない。


 今までだってそうだ。


 俺のその声に周りが反応して距離を取り始めた。


 隙間風がとても心地よい。


 そして俺はぐちゃぐちゃになったりんご飴を見つけた。


 それはポツンと捨てられ泥と汚れに塗れている。


 呼吸が落ち着かない。


 叫んで踠いたせいだろうか。


 肩を動かし大きく呼吸を続ける。


 りんご飴を拾いそれを提灯の灯りに照らし合わせる。


 先程までの綺麗な紅色の面影を残し、所々で割れたガラスの様に輝いて見えた。


 はぁ……何やってるんだ俺。


 公衆の前で喚き散らして落ちた汚いりんご飴拾って。


 めっちゃ恥ずかしいじゃん。


 指先は震えている。


 目頭が熱くなっていくのが分かる。


 目線の先にあるりんご飴がやたら朧げだ。


 提灯の灯りと混じり合って神秘的にも見える。


 こんな汚ればかりの中にも確かに輝くモノはあるんだ。


 正直言って限界を感じる時もあった。


 この世界で何もかも諦めるべきだとも思った。


 何度も何度も考えた。


 けどもう考えるのはやめた。


 ちょっとくらい自分を信じようと思う。


 「高橋くん?」


 りんご飴のその先に志保が居た。

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