表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

後悔

作者: CLIP

お祭り騒ぎのような中、成人式も無事に終り

大学の仲間が、隼人のアパートに集まっていた。

男の子3人、女の子が3人…

誰が誰と付き合っているとか、そんな関係ではなく

ただ気の合う仲間がいつも集まってはワイワイ飲んだりしていた。

今夜もかなりお酒も入って、賑やかに盛り上がっていた。


「でもな~4年間なんてあっという間だよな~」

篤が缶ビールを飲みながら言う。

「確かに…もうすぐ3年だし、遊ぶなら今のうちだよな」

隼人も、純の言葉にそうだなあ~と相槌を打っている。

「ほんと…就職したらやりたい事も出来ないのかな…」

みどりがほんのり上気した顔でつぶやき、隣に座っている祥子も令美も大きく頷いていた。

やりたい事も出来なくなるのかなあ…

みどりの言葉にみんながそれぞれやりたい事を言い出した。

「俺はアフリカに行きたい~!」と隼人

「バイクで日本一周したい!」と純

「俺は…ハワイでサーフィン三昧」篤が手を上げながら言う。

「私は香港で買物して美味しいもの食べたい~!」

ブランド好きのみどりが女の子の中で一番に答える。

「私は玉の輿に乗りたい~」

祥子の相変わらずの言葉に一同から呆れたような笑いが漏れた。

「ねえ、最後は令美の番だよ…何がしたいの?」

みんなの積極的な願いに、しばしボーっとしていた令美に祥子が急かすように声を掛けてきた。

他のみんなも早く!と言うように令美の顔を見ている…

(私は…私がしたい事ってなんだろう…?)


ふと目の前の篤と目が合う。

でも、令美の目は篤の目を見ていたのではなかった。

「私…坊主にしてみたい…」

気が付くとそんな言葉が口から出ていた。

「へ?」

「何だって?」

「嘘でしょ?」

みんなそれぞれが違う言葉だったけれど、信じられないって顔をしている。

それはそうだろう…言った令美本人でさえ信じられないのだから…。

ただ、目の前の篤の坊主頭を見ていたら、何となく口から出てしまったのだ。

みんなが信じられない、と言う顔をしている中で一人、隼人だけが違う顔をしていた。

その隼人が口を開いた。

「いいじゃん!やっちゃえよ~叶えちゃえよ!令美!」

その言葉に、呆然としていたみんなも急に大騒ぎになった。

「そうだよ!他の奴らの願望は今すぐには無理だけどさ~

令美の願いは今すぐにでも出来るじゃん!」

純の言葉に篤もすぐに同意する。

「でも~いくらなんでも女の子なんだからぁ…」

長い髪が自慢のみどりは自分の髪に触れ、それを確認するようにしながら言った。

「だけどさ、成人式も終ったし、就職活動までは2年近くあるしさ…」

やるなら今だよ、と祥子が可愛い顔に似合わず大胆な事を言う。

「そっか~令美ちゃんは俺と同じ頭にしたいのか~」

篤が自分の頭を気持ち良さそうに撫ぜながら笑った…

「めちゃ楽チンだし、気持ちイイよ~」

その後もみんなの騒ぎは留まる事を知らずに続いた。

何気なく言ってしまった令美だけが、戸惑いの中で

どうやってこの場を押さえようかそんな事を考えていた。


「これからやっちゃおうよ!今すぐに!」

隼人はお酒を飲むと、いつも以上にせっかちで強引になる。

そんな隼人をいつも止めている筈の純や篤までが、今日はかなり酔っていた。

そうだそうだ!令美の願いを叶えてやろう!と逆に煽っている。

「ちょっと…やめなさいよ…」

みどりがそう言ってみんなを落ち付かせようとしたが、祥子までも、今しか出来ないよ!

と言い始めている。

「みどりだって、聞いただろ?令美の願いを叶えてやりたいじゃないか」

隼人の勢いはもう止まらない…。

とんでもない事になってしまった、そう思いながらも

令美自身、酔っているせいもあって、本当にそれが望みだったような

そんな気もしてきていた。

「令美…本当にしたいの?本当に坊主になんかしたいの?

勢いで言ってしまっただけでしょ?」

みどりが真面目な顔で聞いて来た。

(『坊主になんか』?なんかって何よ!『勢いで言っただけ』なんて…)

いつもお姉さんぶっているみどりの言い方が、今日はヤケに鼻に付く。

もちろん、素面の冷静な時だったら、そんな事は気にもならないのに…

「したいわよ!本当にしてみたらどんなに気持ちいいかって、思ってるもん」

令美は言った後に、すぐその言葉を拾い集めて口の中に戻してしまいたかった。

でも、もう遅い…その言葉に、男達はもちろん、祥子までも拍手して喜んだ。


「よ~し!善は急げだ!今からやっちゃおう~!」

隼人が勢い良く立ち上がる。

「やっちゃおうって…どうやって?」

篤も純も立ちあがったものの、その後が続かない…。

「どうやって、って…どうしよう…そうだ、篤!お前詳しいだろ」

お前も坊主頭だから、と言われた篤は「う~ん…」と文字通り頭を抱えて考え込んでいる。

「俺はさ~いつも床屋でやってるだけだから…」

「それだ!床屋でやってもらうしかないだろ!」

当たり前の事に、気が付いた隼人はそう言って、残っていたビールを飲み干すと、

もう部屋を出る準備を始めた。

早くから集まって飲んでいたせいか、まだ8時を回ったところだった。

「バス通りの床屋なら、まだ開いてるから行くぞ~ほら、令美立てよ~」

令美の肩を掴むように抱えると、立ち上がらせて他の人にも急かすように言った。

「行くぞ~みんなで見届けてやるからな!」

純も篤も、そしてみどりも祥子も…酔った勢いとそして、

何かに操られるように、興奮状態になっていた。

令美は、どうしよう、と思いつつも、みんなの勢いに流されて

隼人に腕を掴まれたまま、玄関へ行き、あっという間に外に出る事になったしまった。


隼人が言ったバス通りのその店まで、6人は歩いて向かった。

令美の他には、みどりだけが浮かない顔をしている。

「ほんとにいいのかなあ~?」

そんなみどりの横にいた祥子が笑いながら答える。

「だって~令美が自分で言ったんじゃない。『したい』ってさ…」

みどりもその言葉は聞いたものの、それでも…と言う気持ちが残っていた。

その令美は、前の方で隼人や純達に囲まれて、道の真ん中を歩いている。

10分足らずでその店に付いた。

赤と青と白のサインポールがくるくると回っている。

店の看板には、午後9時まで営業、と書いてあったが

見たところ、店内には客はいない様子だった。

「じゃ、入るぞ」

隼人は、令美の顔を見て、返事を待たずに店内へのドアを押し開けた。

その後に、ぞろぞろと4人が続いて入った。

整髪料の香りがツンと漂う店内には、やはり客の姿はなく

白衣を来た店主らしい中年の男と、その奥さんらしい女の人がいた。

「いらっしゃいませ…」

と言いつつも、いきなり大人数で入って来た隼人らをびっくりした顔で見まわしていた。


「何か…?」

誰が客なのか、まったくわからない状態なのだから、仕方ない

店主は誰に聞くでもなくたずねた。

「この子、この子の髪を切ってほしいんだ」

隼人が、令美を前に押し出すようにしながら言う。

令美も、オドオドしながらも、されるままに一歩前に出る。

「はあ…じゃあこちらへどうぞ…」

店主が3つ並んだ椅子の真ん中の椅子を指差した。

令美は、足が動かない…でも今更止めるとは言えない…そんな事を考えていた時だった。

「令美…いいよ、今ならまだ間に合うよ…

冗談だったって言えば、みんな許してあげるから…」

みどりが後ろから声を掛けた。

(『許してあげる』?)

またしても令美の心に何かが引っ掛かった。

それはみどりの思いやりの言葉だったのに、尋常ではない令美の耳には

素直に入って来る事はなかった。

逆に、意地を張らせる言葉となった。

「いいの!やってもらうから」さっきまですくんでいた足が、

その言葉と同時に動き出し令美はあっさり椅子に座ってしまった。

それを見たみんなは、待合のソファーに座ったり邪魔にならない

少し離れた所に移動して立っていた。


「どれくらい切りますか?」

店主が白いカットクロスを広げながら聞いて来た。

令美が答えられないままでいると、そのクロスを首に巻きながら更に、

もう一度同じ事を聞いて来た。その様子を見ていた隼人が、つい口を出そうとしたが、

その腕にみどりが手を掛けて止めた。

「本当にしたいなら、自分で言うでしょ?」

その声が令美の耳にもはっきり聞こえた。まるで令美の心を見透かしているように…

鏡に映ったみどりの顔を見て令美はそんな風に感じていた。

(こうなったら、もうどうにでもなれ!)

大きく息を吸うと、とうとう言ってしまった。

「丸坊主にして下さい!」

その言葉は、離れている皆にもはっきり聞こえるくらいの声だった。

「やった~!言っちゃったぜ」

隼人や純が喜んだような声を出して手を叩いた。

「ま・丸坊主ですか…?この髪を…丸坊主に?」

店主は、令美の肩に付くくらいの髪を触りながら言った。

「いいんですか?ホントにいいんですか?」

確認するように、伺うように令美の顔を覗きこみながら聞いた。

(そんな…聞かないでよ…決心が鈍るじゃない…)

令美は、本当はココから逃げ出してしまいたい、そう思っていた。

でも…こんな事でもなければ、絶対にもう二度とチャンスは来ないかもしれない。

そんな複雑な気持ちもあった。

「いいんです!やって下さい」

半ば自棄になりながらも、令美はそう言っってしまった。

「そうですか~?じゃあ、やっちゃいますよ…」

店主は、なぜか嬉しそうな顔をしながら、バリカンを取り出して来た。

そして、それを令美の目の前にすっと差し出すと

「いいのね?これでばっさり刈っちゃっていいんだよね?」

と、確認と言うより反応を楽しむように言った。初めて真近に見るバリカン…

銀の刃先が目の前に見える…

(これが、私の髪を根元から…)

令美は、これから起こるシーンを想像して、思わず身体を震わせた。

「は…はい…」

さっきより、かなり小さな声になってしまったが、もう一度返事をした。

バリカンを見せられて、怖くなって逃げ出すなんて…そんな事出来ない…


店主はいったんバリカンを置くと、霧吹きで令美の髪を濡らした。

水を含んで、更に輝きを増したように髪が光って見える…

(もう、すぐだ…あのバリカンで…)

令美は、なぜか自分の心が妙に昂揚している事に気が付いていた。

身体が熱くなって、心臓がドクドク脈打ってるのがわかる。

顔が火照っているのは、お酒のせいだけではないだろう。

「じゃあ、ほんとにやっちゃいますよ」

もう確認ではなく、スタートの合図のような言い方だった。

バリカンのスイッチが入って、モーター音が響き出した。

「おお~」

後ろで、誰かがそう言った声が聞こえた…

店主の左手が、令美の前髪に近づき、そっとかきあげるようにした…

その次の瞬間、バリカンが近づいて来たかと思うと、

躊躇うことなく、令美の額に当たった。

『ジジジ…』

バリカンが髪を刈り始めたかと思うと、次の瞬間、

バサバサとすごい勢いで前髪から額の髪が落ちてきた。

「ひっ…」

思わず情けない声が出るが、そんな令美の様子には構う事なく

店主は、そのまま一気に額から頭頂部の髪を刈っていき

バリカンを後ろまで滑らせて行った。

令美は反射的に頭を後ろに引こうと思ったが店主の左手が

後頭部にしっかり添えられていて、逆に前に押し出されるようになってしまった。


つむじの方までバリカンを入れると、また額から入っていく…

また恐ろしいほどの髪がバサバサと落ちて来て、

令美は椅子のひじ掛けをひたすら強く握り締めていた。

鏡を見ると、額から、トップにかけて、髪が刈られた後が青白く見えていた。

(うそ…こんなになっちゃった…)

鏡の中に移っている隼人や純、他の誰もがもう笑ってなどいなかった。

「まじかよ…」

誰かのそんなつぶやくような声が聞こえる…

(やだ…笑ってよ…そんな真面目な顔して見てないでよ…)

笑ってくれたほうが、まだ救われる…令美はそう思っていた。

でも後は誰も何も喋らないし、祥子やみどりは泣きそうな顔をしている。

それより何より…今の自分の状況が鏡の中に写っている…

(ど、どうしよう…もうどうにもならない…)

頭頂部をこんなに刈られてしまったら、もう丸坊主になるしかない

皆に乗せられて、酔った勢いと、つまらない意地でとんでもない事をしてしまった。

身体も心も、急速に現実に戻されて行く

その時もバリカンは令美の頭の上を動き回り、確実に髪を根元から刈っていっていた。

どんどん落ちてくる髪と、地肌が出されて

頭が涼しくなっていく感覚が何よりの証拠だった…


トップの髪を刈り終えた後は、横の髪…

そして店主は後ろに立つと後ろの髪を持ち上げて、襟足から容赦なく刈っていっていた。

あと数分で自分は丸坊主になってしまう…もう…どうにもならない…

さっきまで身体をふんわりと包んでいたような酔いはもうすっかり醒めていた。

ただあるのは目の前の現実…

「みんなのバカ…」

令美は下を向かされ後ろの髪を刈上げられながらつぶやいた。

でも…一番バカなのは、他の誰でもない、自分だった。

「バカ…」

令美はもう一度、自分に言い聞かせるためにそう言った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ