13話:悪魔も泣き出す(2)
「あ、あの!」
絵里先輩が声を上げると〈アグロ〉は、ゲーム部の彼女達の方を向く。
「ああ、すまない。君たちの自己紹介はまだだったな」
〈アグロ〉がそう言うと絵里先輩は楓と優理香と顔を合わせる。
「私達は総司の友達で――」
「友達!?」
「え!? あ、はい」
「はえ~弟子に友達ね~……」
〈アグロ〉は感心したようにまじまじと絵里先輩達と総司を見比べる。
「……なんだよ?」
不機嫌そうに総司が言うと銀色の髪を持つアバターはニヤッと表情を明るくさせる。
「い~や、少し前まで『俺はソロだ誰とも組まない』って言ってた奴が成長したもんだと思ってな」
「……色々あったんだよ」
総司がフイッと顔を逸らした。
横目でゲーム部の各々が自己紹介を始め、それが終わるのを見ていると視界の端で手が上がるのが見えた。
「あ、私も場を借りてよろしいですか?」
それは先程助けた女性型のアバターだった。彼女はその場にいた全員に「どうぞ、どうぞ」と促され一歩前に出る。
「私は<ソフィー>と言います。先程は助けて頂きありがとうございます」
<ソフィー>と名乗る女性型のアバターそう言うと、慣れていないのか少し堅いおじぎをした。
総司はおじぎを終え、顔を上げた彼女のことを改めて見る。
<ソフィー>は金色の装飾がほどこされた藍色のローブと、とんがり帽子を身に纏った妙齢の女性のアバターだった。
現実の楓と優理香のちょうど中間地点ほどの高めの身長に、茶色がかった濃いブロンドの髪、顔つきは細めの眉に、やや青みがかった灰色の丸い瞳をしており、常に微笑を浮かべた口元とあわせ、おしとやかな雰囲気を醸し出している。
第一印象としてはたとえるなら品の良い魔女といったところだろうか、『あらあら、うふふ』が口癖そうな柔和な雰囲気があった。しかし総司は彼女のレベルを見ると眉がわずかに動く。
(レベル”110”……見た感じ魔法使いタイプなのに結構高いな……)
総司の視線の先には<ソフィー>というアバターの隣に浮かぶ110の数字があった。
レベル110――このレベルを持つと言うことは、彼女は天国の塔を10階まで登った事になるが、それは魔法使い型のアバターにしてはかなり珍しい物だった。
天国の塔は1人でしか登ることが出来無い。その為、塔をのぼるなら隙が少なく基礎スペックが高い、戦士型のアバターが比較的有利だ(それでも10階まで上がる人間というのはそうは居ないが……)
しかし、彼女は得てして味方との連携が前提となる、魔法使い型のアバターで10段も登っている……。つまり、彼女はなかなかの”手練れ”という事だった。
挨拶を終えた<ソフィー>は、にこやかな微笑を浮かべたまま言葉を続ける。
「普段はロシアの安全地帯で”旅行士”をしていますので、もし機会があれば是非声を掛けてください」
<ソフィー>はそう言って再び頭を下げた。
「総司、”旅行士”って何してる人なの?」
総司の裾をひっぱり、絵里先輩がこっそり尋ねてくると総司は答える。
「”旅行士”はグローバルサーバーで、観光をする人のお手伝いをする仕事をしているんです」
「観光? 今私達が総司にされてるみたいな?」
「”旅行士”はそれの本格バージョンみたいなものです。このグローバルサーバーは現実の地球が再現されていますから、<ソフィ->さんみたいな案内役の人を雇って、擬似的な世界旅行を楽しむ人達がいるんですよ」
「おお~……そんな職業もあるんだ!」
いつの間にか興奮し、声量が大きくなった絵里先輩に、<ソフィー>が会話の内容を察したのか付け加えるように言った。
「まだまだ、マイナーな職業ですけどね。私の母国の安全地帯――ロシアサバでも、まだそこまで多くないんですよ」
「<ソフィー>さんはロシア出身の方なんですか?」
楓がそう尋ねると<ソフィー>は笑顔で答えた。
「ええ、そうですよ。 本名はソフィア・プレヴィツカヤと言います」
「……本名で名乗って大丈夫なんですか?」
総司は少し眉を潜めて言った。基本的にグローバルサーバーで、親しい人間以外に本名を明かすことはタブー……という程でも無いが、あまり好ましい事では無かったからだ。
総司の疑問に<ソフィー>は総司の方を向き答えた。
「助けていただいた方のお名前を知っているのに、私だけ隠すのも礼を失していますから、清宮総司さん」
「……あ~、なるほど」
納得する様に頭をかく総司。そう言えば、ここに居る殆どが自分のことをアバター名で無く、本名で呼んでいた。
「〈ソフィー〉さんは日本で暮らしているんですか?」
絵里先輩が気になったのだろう、〈ソフィー〉に尋ねると彼女は首を横に振る。
「いえ、生まれも育ちもモスクワですよ」
それを聞いた彼女は栗色の瞳をきらきらと輝かせる。
「日本語、凄いうまいですね! 私よりもうまいかも!」
総司が(おいおい……)と思いながら<ソフィー>を見ると、彼女も少し口を押さえ、笑ったあと答えた。
「ふふ……〈マリボール〉さんもロシア語がお上手ですね」
「……?」
<ソフィー>の返答を理解出来なかったのか彼女は、頭に?マークを浮かべる。総司はそんな彼女に耳打ちした。
「グローバルサーバーでは全ての言語が一度機械語に翻訳されて、その後聞く人の母国語に再翻訳されるんで、何処の国の人とでも言葉が通じるんです」
「何それ凄い!」
「これは割と知られてる事なんですけどね……」
目を輝かせる彼女に、総司は少しあきれつつ頭をかいた。<ソフィー>はそんな彼女を笑うこと事も無く、「そうなんですよ~」とやわらかく肯定する。
「そう言えばなんで1人だったんです? いくらレベル110とはいえ、魔法使い型ならここら辺はPKされやすいですよ? ”ガード”とかは雇わなかったんですか?」
総司は<ソフィー>に尋ねる。すると<ソフィー>は困ったように頬に手を宛て、答えた。
「実は最初に”ガード”の方を二人雇っていたのですが、<アグロ>さんを遠目に見たらにげちゃいまして……」
「そうだったのか! 悪いな! 一人身だと思ってた」
<アグロ>がさっくりと謝ると、<ソフィー>は申し訳なさそうに手を振る。
「いえいえ、良いんですよ。結果としてですけど、皆さんが助けてくれたお陰で何とかなりましたから。でも――」
彼女の柔和で穏やかだった表情は、一瞬氷の様に固まり、灰色の目が冷たく光る。
「私を置いていった方達には、いずれこの償いをして貰いますけどね……」
そう言って彼女は再びニコッと笑った。しかし、柔らかな表情に反し、その目は全くと言って良いほど、笑っていなかった……。
「「「「……」」」」
温厚そうな彼女のあまりの雰囲気の一変に、総司を含めたゲーム部全員が凍り付く。
総司も心臓を捕まれたようにと(ひええ……)内心ビクビクしていると、その極寒のシベリアのような空気の中、まるで南国にいるかのような陽気な声が響いた。
「ソフィアちゃん! 帰り道は安心してよ! 俺様が守っていくからさ!」
「本当ですか? 良かったです!」
<アグロ>の提案に<ソフィー>は笑顔で答えた。
「……」
(こういう時のこの人の空気の読めなささは頼りになるな……)
総司がそう思っていると<アグロ>は『そういえば』と手の平をうつと総司達の方を振り返り、楓のアバター〈猫丸〉を見つめ始める。
「所でずっと気になってたけど君凄いね、超”エクスセンス”の才能あるよ」
「え、えくすせんす?」
始めて聞いた言葉に楓はイマイチピンと来ていないようだった。
「弟子から聞いてない?」
「え……始めて聞きます」
「そっか」
<アグロ>は総司を見る。総司は腕を組みながら返した。
「イマイチ能力がハッキリしないから黙ってたんだ。適当な事言って違ってたらアレだから」
総司はそう返した。以前から楓のアバター〈猫丸〉には他を寄せ付けない圧倒的な回避力があり、総司はそれを楓が5感以外の何かを感じ、避けているのだと考えてはいたが、未だに何を感じているのかは具体的にはよく分からないなんともボヤッとした物だった。
<アグロ>はそれを聞くと何回か適当に頷き〈猫丸〉を見る。
「君、よく褒められる所とか無い?」
「避けるのは上手いってよく言われます」
「ふ~ん……弟子! どんな感じだ?」
「弟子じゃねぇよ……。完全な死角からの攻撃も対応出来るっぽい。【ヘルハウンド】の攻撃もワンテンポ速く回避してた」
「なるほど……」
<アグロ>は今まで以上にジッと〈猫丸〉を見つめ始める。傍目から見ても分かるくらい楓は緊張した様子で息を呑んでいた。しばらく経つと〈アグロ〉は彼女から目を離す。
「君の場合、自身を中心とした近くにいる相手の思考を読み取る能力だな。敵さんの攻撃するという意思を汲み取ってるから、死角からの攻撃にも1歩早く反応できるみたいだ」
「はあ……」
楓は説明を受けたものの、なにがなにやらと言った感じだった。<アグロ>はそれを察し、人差し指を額に宛て暫く黙考した後、口を開く。
「説明する順番を間違えたな、”エクスセンス”っていうのは簡単に言うとプレイヤー由来の特殊能力だ」
「と、特殊能力……?」
楓はそれでもピンとこないようで、同じく頭に?マークを出している絵里先輩と顔を合わせる。<アグロ>はどう説明しようかと頭をかいていると<ソフィー>が補足するように言った。
「アレサには本来ならプレイヤーが知覚できないゲーム内の情報領域があるですが、ESGの脳波拡大率によってはそれに干渉出来る人がいるんです。そしてその干渉の幅と仕方によって、本来ならアバターが持ち得ない能力が出力されるんです。それを私達は”エクスセンス”と呼んでいます」
「俺に代わって説明ありがとう! ソフィアちゃん!」
「いえ、良いんですよ」
<ソフィー>がにこやかに答えると楓は言った。
「私はその情報……領域? に干渉して、エクスセンスっていう能力が身についていると言うことですか?」
「そゆこと。しかも君はかなり干渉の幅が大きいから、自信持って良いよ。俗に言う”天才”ってやつだ」
端的に<アグロ>は言い切る。あまりにもあっさり飛び出る”天才”という言葉に実感が沸いていないのか、楓はやや虚を掴む様な表情を浮かべていたが、その様子に反して横から絵里先輩がぴょんぴょんと跳ねながら言った。
「凄いよ楓ちゃん! 天才だって! 良かったね!」
「は、はい」
困惑する楓の手を握りブンブンと振る絵里先輩に、<アグロ>はあっさりと付け加える。
「あ、そう言えばだけど、君も結構エクスセンスの才能があるよ」
「え!? 嘘!」
彼女は口を押さえ驚きに目を丸くする。
「何か他のアバターと変わった所とかない?」
「……?」
絵里先輩は心当たりが無いのか頭に?マークを浮かべ首を傾げる。総司は(この光景今日だけで何度目だよ!)と内心ツッコミながら横目で見ていると、<アグロ>は頭をかきながら言った。
「その様子だとまだ分かんねーみたいだけど、エクスセンスがどう言った形で出力されるかは人に寄るし、強弱もあるけど、取り合えずコツだけ言っておくなら、ゲームを受け入れる事だな」
「受け入れる?」
「ソフィアちゃんも言ってたけど、エクスセンスは本来なら知ることが出来ないゲーム情報への介入だから、慣れてないと気づかないで頭からすっぽ抜けていっちゃうんだわ。だから抜けていくそいつを掴むイメージをしろってことよ」
「お、おお……なるほど……!」
絵里先輩は目を閉じ、うんうんと唸り出す。多分彼女なりに何かを掴もうとしているようだった。
「そう言えばなんで<アグロ>さんは、私がエクスセンスを持っていることが分かったんですか?」
楓が尋ねると<アグロ>はニヤリと笑って自身の目を指す。
「俺はゲーム内の情報の圧を見ることが出来るエクスセンス持ってんだ。んで、大抵強いエクスセンスを持っている奴は、その情報の圧が強いからそれで大体分かる。だから、君がエクスセンスが強いことが分かったてわけよ。能力の性質については情報圧からの推測だけどね、まあそれも当ってるだろうから安心していいよ。俺が言う事は間違いないから」
「そ、そうなんですね」
少しの隙を見せず断言する〈アグロ〉に、楓は困惑しつつも納得したように頷き、その後まじまじと自分の体を見つめ出した。
楓と絵里先輩が自分なりにエクスセンスを掴むトレーニングをしている中、<ソフィー>が微笑みながら言った。
「エクスセンスが強い人というのは凄く良い事なんですよ。人によっては障害物が透けて見えたりとか、アバターが変化したりするほどの強力な能力ですから」
その言葉を聞くと楓と絵里先輩は互いに顔を見合わせ、ますます熱心にトレーニングに励みだした。総司は”誰も持っていない特別な力”を持つ2人をすこし複雑な気持ちで見ていると、視界の端で手が上がるのが見え、そちらに視線を移す。
「……<アグロ>さん1つお願いしても良いでしょうか」
それは今まで沈黙を保っていた優理香だった。
「どうぞお姫様」
優理香は〈アグロ〉の軽口に特に反応を見せず彼の前に立つ。その表情は少し硬かった。
「私がエクスセンスを持っているかどうか分かりますか?」
「ふむふむ……ちょっと待っててね」
<アグロ>は優理香のアバター〈ヴァルキュリア〉を覗き込むようにジッと見つめる。優理香は最初体をビクッとさせたが、その後は黙って立っていた。一頻り<アグロ>が彼女を見て、姿勢を正す。
「中の下……いや、下の上くらいかな。無いわけじゃ無いけど、特別有るわけでも無い感じ」
「そうですか……」
優理香はわずかに顔を伏せ吐息が漏れるように静かに言った。<アグロ>はそんな彼女の様子を見ると何処か励ますように言う。
「まあ、気にすんな。8割方の奴はそれくらいのもんだし、意識して掴んでいこうと思えば実戦で役に立つ分くらいは身につくぜ」
「……ありがとうございます」
優理香は引き下がる。同時に端の方でうんうんと唸っていた。絵里先輩が何かに気づいたように顔を上げた。
「あ! 私気づいちゃった! 総司がめちゃくちゃ強いのもその”えくすせんす”のお陰なんだね!」
彼女は満面の笑みで総司を見る。総司の顔がわずかに逸れる。
「……フフッハハッ!」
総司の返事の代わりに突如として<アグロ>が笑い出す。その場に居た全員は何事かと<アグロ>のことを見るが、彼は顔をニヤつかせながら絵里先輩を見た。
「いや、弟子はそう言うの全く無いんだ! これっぽちも! 欠片ほども持ってない!」
「え!?」
驚愕に目を丸くする絵里先輩に<アグロ>は笑う。
「ここに来る途中”天国の塔”見ただろ?」
「あ、はい」
「その時ここに居るお嬢ちゃん達は鐘の音が聞こえたと思うけど、弟子は聞こえてた感じ有ったか?」
「え……確か全く聞こえないって言ってました」
「実はあの鐘の音な、エクスセンスの強弱によって聞こえる音量が違うんだ。で、弟子なんだけど、どんなに塔に近づいても音が聞こえないんだとよ。どんな人間でも集中したらちょっと位は聞こえるもんなんだけどな」
<アグロ>は人が”気にしていること”をペラペラと無神経にしゃべる。それを聞いた絵里先輩は驚きと少しの困惑を混ぜた様な目で総司を見る。
「総司ってそう言うの凄く強いタイプだと思ってた……」
<アグロ>も続いて総司を見ると一息つき、更に総司が”気にしていること”をサラッと付け加える。
「ま、弟子はエクスセンスに限らず他のもマジで才能無かったからな」
「……」
無言でアグロを睨みつける総司。いよいよ堪忍袋の緒が緩みだす。
「は? テメェをぶっ倒すくらいには才能あるぞ?」
エクスセンスが無いだの、才能が無いだのそんなことは長年プレイし続けてきた自分自身よく分かっている事だった。だが、だからこそ総司は工夫と努力で戦闘能力を磨き続け、ここまで登り詰めたという自身への高いプライドがあった。今までのアグロの言葉は、そんな総司にとっての虎の尾を踏む行為に等しい。
そんな総司の心中など微塵も気にしない<アグロ>はニヤつきながら言った。
「言うねぇ、ならやってみな――」
「オラァ!!!」
<アグロ>が言い切る前に、総司は腰に付いた銃剣をすかさず抜き、発砲。
正確無比な銃弾が5発アグロの頭部と胴体の2カ所に連続して打ち込まれる。
しかし――
「ハズレだ」
<アグロ>はまるで銃弾があらかじめ来る位置が分かっていたかのように、顔と胴体を傾け回避する。総司のアバター〈ベイオネット〉は舌打ちしながら。持っている銃剣をもう1本抜き、構える。すると2つの銃剣――【ヘリオス】と【セレーネ】のグリップが瞬時にスライド、グリップが刀身に対し直線となりさしずめ剣の柄の様な状態になる。
射撃形態から近接形態へと変形した銃剣を持ち〈ベイオネット〉は<アグロ>に突撃、斬りかかる。
<アグロ>は一瞬呆れたようなヤレヤレと肩を揺らすと、体を翻し、背にある銀色の大剣【魔王剣シルバーフォース】を抜き、それを受け止めた。




