11話:天国の塔
ブルーローズから出る4人。この町の出口の城門に向かう為、絵里先輩は意気揚々と歩き出すが、目の前の彼女はハッと顔を上げ、足を止めて振り返った。
「そう言えば世界樹ってどこにあるの?」
「太平洋のド真ん中にありますよ」
総司はそう答えた。
これから向かうダンジョン”世界樹”はこの地球の地形を参考にしたグローバルサーバーにおいて、赤道直下の太平洋上に生えているのだ。
絵里先輩はたじろぎ、口を手で押さえ驚愕の表情を浮かべる。
「太平洋の真ん中!? 私そんなに泳げないよ!?」
「……泳いで行くわけでは無いんで安心してください」
総司は脱力しながら返すと隣に立つ楓が尋ねてくる。
「何か乗り物があるの?」
「いや、ニホンサバからちょっと離れた所に、世界樹まで繋がるワープゾーンがあるから、そこまで行けば世界樹に行けるよ」
「ワープゾーンか、なるほど~」
絵里先輩は納得し腕を組み、今度は思慮深そうな表情を浮かべ、うんうんと頷いている。彼女の二転三転する表情に総司は僅かに口角が上がる。この人は本当にコロコロと仕草が変わるな。
町をグルリと囲む城壁の出口に向かい、再び歩き出す4人。後もう少しで、城門までたどり着くという所で、総司は後ろを歩く優理香が顎に手を宛て、何かを考えている様子がチラリと視界に入った。
「どうかしたの?」
総司が尋ねると優理香は顎から手を離した。
「いえ、大したことでは無いのだけれど、グローバルサーバーは現実の地球を参考にしているのよね? なんで太平洋の真ん中にダンジョンがあるのか気になって」
その質問に総司も僅かに首を傾ける。
「公式では一応地球の地形を参考にしてるって言ってるんだけど、色々変な所はあるんだよね」
「現実の地球の地形とは違うの?」
「まあ、基本的には同じなんだけど、あったり、なかったりする部分がある」
「あったり、なかったり?」
前を歩く絵里先輩が振り返り首をかしげながら尋ねる。きっと彼女も気になるのだろう。
「現実には存在しない島や地形が有ったりするんすよ、世界樹もその一つで他にも正体不明なドーム状の建物とか、馬鹿でかい壁みたいなのもあります。そして無い所も無い所で結構あって、島が無くなってたり、大陸の一部が欠けてたりするんです。日本も関東の一部がどっかいってます」
「何か変だね……」
楓が不安気に言う。総司も少し腑に落ちないといった表情を浮かべ、返した。
「ま、公式曰くバグらしいんだけどね」
「ふ~ん……」
「……」
絵里先輩も優理香も何処か納得しきれない表情を浮かべていたが、これ以上総司も知っている事は無かったので、話の進めようが無い。
という訳で早々にこの話題を打ち切り、別の話題で盛り上がっていると、いつの間にかニホンサバの出口である城門まで着く。
総司はサッと3人の前に出た。
「ここから先は安全地帯の外になりますから注意してくださいね」
総司の言葉に応えるように3人は頷く。その後、絵里先輩が杖を掲げた。
「よ~し! じゃあ、ワープゾーンまでしゅぱつだぁ~!」
彼女のかけ声に答えるように城門が開かれ、4人はニホンサバの外に出た。
※
ニホンサバの外には見渡す限りの荒野が広がり、所々にはかつての【ドグマニカ】との戦闘により破壊された城壁の破片らしき物が突き刺さっていた。
その荒野を歩く4人組は遠ざかるニホンサバを背に世界樹へのワープゾーンに向かう。
「ニホンサバ! 楽しかったね!」
前を歩く絵里先輩が後ろの城壁に囲まれた町を見る。
「……たまたま今回はトラブルが無かっただけですよ。普段はもっと殺伐としてます」
「そんなこと無いよ! 皆優しくて新鮮なことばっかだったもん!」
「まあ、新鮮……刺激的な場所であることは否定しませんけど……」
総司はややバツが悪そうに顔を逸らす。折角楽しんでくれているのだから水を差すのも躊躇われた。絵里先輩はそんな総司の顔を覗き込み、ニコニコしながら言った。
「他の国の安全地帯もニホンサバと同じ感じなの?」
「んなこと無いですよ。他”アメリカサバ”とか”チュウゴクサバ”とかヨーロッパの連中が作った”ヨーロッパサバ”なんかは、またこことは違う意味で個性的ですから」
「おお~! いつか行ってみたいな~」
彼女は宙を仰いだ。彼女の瞳にはまだ見ぬ夢の町が広がっているのだろう。
総司は再び彼女から視線を逸らす。
(まあ……ヤバいって意味で個性的なんだけど……)
夢想にふける彼女の希望を壊さない為、口をバッテンにし、我慢していると、隣にいる楓のアバターの〈猫丸〉の猫耳がピクッと反応する。
「何か、鐘みたいな音が聞こえる……」
「鐘? そんな音聞こえるかしら?」
優理香がそれに答えると楓はうんうんと頷く。優理香はいまいちピンときていないようだったが、絵里先輩は理解出来たのか、楓の方を振り返る。
「あ、本当だ! 何か聞こえるね!」
「絵里先輩も聞こえますか?」
「うん! ゴーン! ゴーン! ……って感じで体に響くような音!」
2人に同調しようと優理香も目を瞑り、金色のドリルヘアーを掻き分け、耳を澄ます。
「確かにほんの少しだけど何かが響くような感覚はあるけれども……」
3人は互いに顔を見合わせ、足を止め、音の出所を探しだす。総司も足を止め、言った。
「多分それは”アップデートの鐘”の音だな」
「アップデートの鐘?」
楓が首を傾げる。総司はある一点を指さした。
その先にはうっすらとだが厚い雲を突き抜け、天高くそびえ立つ白い塔が見える。差し詰め象牙の塔のように見えるそれは、如何にも神秘的と言った雰囲気を保っていた。
「何あれ?」
絵里先輩がそう聞くと総司は答えた。
「あれは”天国の塔”って呼ばれる建造物で、大体安全地帯のすぐ近くに建ってるんですけど。アレサのアップデートがあるたび、あの塔の天辺から鐘の音が聞こえるらしいんですよ。聞こえる音量自体は人によるらしいんですけど」
「じゃあ今このゲームってアップデートされてるの?」
「らしいですよ、俺は全く鐘の音が聞こえないんで何とも言えないですけど」
総司の答えは「らしい、らしい」となんとも身の無い物だったが、絵里先輩はそれでも納得したのか「へ~」と感心していた。
「そう言えば総司君。天国の塔は安全地帯の直ぐ近くに、建ってるって言ってたけど、あの塔って沢山あるの?」
楓が疑問に総司に言うと総司は首を横に振る。
「あの塔の周りって位置情報がおかしいみたいで、塔自体は1本しかないんですけど、世界中何処からでも見えるんですよ」
「じゃあ、世界中の何処からでも行けるって事?」
「行けるんですけど、行けないんですよ」
「……?」
総司の答えに楓は謎かけをされている子供のように、視線が宙に泳ぎ始める。総司も自分の答えが意味不明な事を理解していたので、説明を続けた。
「あそこの周りはどうやら不思議空間みたいで、レベル100のプレイヤーじゃないとどんなに近づいても何時まで経っても着かないですよ。レベル100以上のプレイヤーも”行こう”って意思が無いと、何時までも経っても着かないんですけどね」
「なんか変な塔だね」
「特殊なオブジェクトらしいですから」
総司は特に気にすることも無くサクッと答え、踵を返えしかけたが、何かを思い出したかのようにパチン! と指を鳴らし、優理香のへ振り向く。
「そう言えばレベルキャップの話をするって約束してたな」
「……? あの塔が関係あるの?」
優理香は伺うように総司を見る。
「うん、あの塔50階建てなんだけど、あの塔をアイテムなしのソロで10階ずつ上がる度に、レベルキャップが10ずつ上がっていくんだ。俺は33階まで登ってるからレベルキャップが130までになってる」
あまりにもあっさり答える総司に、優理香は少し目を細めた。
「……それだけ?」
彼女は思いのほか簡単な条件に肩すかしを食らったのか、なんとも微妙な顔つきになる。総司はそれを察し、直ぐに付け加えた。
「もちろん登るのは大変だよ。多分並のプレイヤーじゃ1段登ることすら出来ないと思う」
「何かモンスターとかいるの?」
天国の塔を見つつ楓が聞く。総司は得意気な顔で答えた。
「いるよ、各階ずつに天災級のモンスターが1体」
「て、天災級!? それって凄い強いモンスターじゃない?」
話を聞いていた楓が驚きの声を上げる。
彼女が驚くのも無理はなかった。天災級のモンスターというのはモンスターの中では絶望級を除き、正真正銘の最高ランクだ。最上級のモンスターでさえレベル80以上のプレイヤーがパーティを組んでようやく倒せる物だが、天災級はレベル90以上のプレイヤーがパーティを組みようやく倒せる、グローバルサーバーを除いたサーバーではラスボスの位置を占めるような、強大なモンスターだか
らだ。到底1人で倒せるような相手ではない。しかし――
「慣れりゃ結構簡単だけどね」
総司はそれをそこら辺のモンスターを倒すくらいのニュアンスで答えた。優理香が青い瞳を見開きながら総司を見つめる。
「天災級を1人で倒すなんて普通考えられないわ、貴方は正真正銘の怪物ね……」
優理香がそう呟くと総司は軽く手を振り否定する。
「言い過ぎだよ。1段上がる度天災級のモンスターも強くなっていくから、俺も33階までが限界だし。俺よりも登ってる人もいるし」
「貴方のハードルは高すぎよ……」
何処か脱力した表情を浮かべる優理香。続いて絵里先輩が総司の顔を覗き込みながら尋ねる。
「そう言えば前にレベル140の人も居るって総司は言ってたけどレベル150の人はいるの?」
総司はその質問に首を横に振った。
「いないっす、どんなに頑張っても最高でレベル140が限界ですよ。レベル150なんてどうひっくり返っても無理です」
「ええ~そうなんだ~」
絵里先輩がややがっかりした感じで肩を落とすと、優理香が横から尋ねる。
「……でもレベル140の人が居るなら、50階までは近づいた人は居るのよね?」
総司は「う~ん」と唸った後、少し間を置いてから答えた。
「40階以降はクリア出来るようになってないんだあそこ。そもそも40階まで行くのに、リアルタイムで丸2日以上リンクする必要が有るくらい時間がかかるし。しかも40階以降の敵は”天災級”ではなく”絶望級”のモンスターになる鬼畜ぶりだから、多分41階より上に行った奴はこの世に居ないだろうな」
「……2日以上もリンクした上で戦う、絶望級が噂通りの強さなら、確かにそれは到底無理な話ね」
納得したように頷く優理香。
「でもなんで、40階からいきなりそんな強いモンスターになるんだろう? 天災級でも充分だと思うけど……」
楓が顎に手を当てながら尋ねてくる。総司はスッと真面目な顔つきになる。
「……これはまことしやかに言われてる話なんですけど、天国の塔の50階には”神様”が居るって話です」
「神様?」
「そうです。アレサのゲームは、このゲームを作ったワールドクリエイティブ社が作成した”AI”がMAPやアイテム、モンスターの自動生成を司ってるらしいんですけど、その本体が天国の塔の50階に居るんじゃ無いか? って言われてるんです」
「そのAI――つまり神様に近づいて欲しくないから絶望級を置いてるって事?」
「はい」
「随分変な話ね……そもそも触れて欲しくないなら、MAP上にオブジェクトとして出す意味が分からないし、レベルキャップを開放するなんて、モチベーションを上げるような事をする必要も無いように感じるけど」
優理香が疑問を呈すと総司も『然り然り』と頷く。
「実はその”神様”を作ったワールドクリエイティブ社も、どうして”神様”がオブジェクト化してるか分からないって噂があるくらいだからな」
「……制御下に無いって事?」
「それって大丈夫なのかな……?」
優理香と楓が顔を眉を潜めると総司は表情をいよいよ暗くした。
「いや、分からない……このゲームそのAIも含めて色々謎が多いからね……」
「謎?」
優理香が言うと総司は頷く。
「世界中どこからリンクしてもラグゼロという驚異の通信技術に、現実以上の鮮やかなグラフィックを表現しながらも、処理落ちが一切発生しない高度な情報処理能力……。しかも、それだけの技術力があるにも関わらず、ワールドクリエイト社は特許も取らないし、このゲーム以外にそれらの技術を転用する気配すら無いという不自然さ……」
優理香と楓は息を呑む。総司は静かに息を吸い込みそして言った。
「だから一部では、こう言われてるんだ。”アレサは宇宙人が作成、管理してるゲーム”だって……」
「「……」」
衝撃的な情報に表情を重くし沈黙する楓と優理香。
総司も暗い表情を浮かべ暫く沈黙していたが――
「……っていう都市伝説です! ビックリした?」
暗い顔を崩し、ニコっと2人に笑いかけた。
「な~んだ、総司君真面目な顔で言うから本当のことだと思っちゃたよ!」
楓が笑いながら言うと、隣に立つ優理香はフッと軽く笑う。
「まあ、よく聞く安っぽい話ね」
総司も彼女に合わせるように口元を緩める。
「陰謀論とか皆、好きだからね、こういう話が流布してんのさ。本当に宇宙人が作ってたら地球人の為にあちこちに、ぽこじゃがサーバー立てまくってくれて、おまけに管理までしてくれる、随分と気前の良い宇宙人になっちまうからな。AIがオブジェクト化してるなんて噂も、ゲームを盛り上げるためのフレーバーとして流したんだろうし。特許も取らないのも、他の産業に手を出さないのも、そこから技術が漏れるのが嫌なんだろうしね」
総司がへらへらと答えると、楓はほっと安心したような表情を浮かべ、塔を見つめながら言った。
「でも、本当に凄いよねこのゲームって! 宇宙人が作ったて言われても本当に信じちゃいそうになったもん!」
「実際、俺も小学生まではマジで宇宙人が作ってるって思ってたからな。フルダイブ式のVRMMOのゲームもこれしか無いし」
総司と楓の会話を聞いていた優理香は頷きながら言う。
「改めて考えるとこのゲームが人気になるのも納得ね、凄い技術だもの」
総司は優理香の言葉を聞くと、少し考え言った。
「まあ、俺個人としてはこのゲームがここまで人気になったのは、多分技術だけじゃ無いと思うけどね」
「他に何かあるの?」
優理香が訝しげに言う。総司は彼女に大したことでは無いと軽く手を振り、言葉を続けた。
「単純にこのゲームって凄い優しいと思うんだよ。ESGさえ付けられれば、目が見えない人、音が聞こえない人、体が動かない人……色々あるけど、どんな人にも等しく全てを与えるからね。全ての人が平等に、そして楽しくなれる要素があるからここまで人気になれたんだと思う」
「……確かにそうね」
総司の答えに静かに肯定する優理香。総司は声色を明るくする。
「本当、理想のゲーム――いや、理想の世界だよここは」
そう言い切った後、世界樹へのワープポイントへ向かうため踵を返す総司。視線を前方に移すと途中から会話について行けなくなっていたのか、口をポカーンと開き呆然と佇む絵里先輩と目が合った。
「……絵里先輩大丈夫ですか?」
尋ねる総司に彼女は表情をハッとさせ総司に言った。
「え!? あ、大丈夫! 宇宙人があの塔の天辺に居て、人類を征服しようとしてるんだよね!? もちろん分かってるよ! 皆で人類の為に戦おう!」
「……」
(えぇ……)
どうやら彼女の脳内では壮大なスペースファンタジーが始まっていたようだ。
余りにも自信満々にトンデモない事を言う彼女に、総司はツッコムのもめんどくさくなったので、(まあ、後で教えりゃいいや……)と問題を先送りにし、歩を進めた。




