6話:グローバルサーバー
現実に戻り目を覚ます総司。横目でソファを確認すると、絵里先輩と優理香と楓が「りゅうぎょくって何処に有るんだろ~?」「調べても中々出て込ませんね」「学校のワールドモードで手に入れられるかな~」などと何とも朗らかな会話を和気藹々としていた。
「……」
総司は顔を歪めながら斜め横に座る俊に視線を移す。俊は一瞬ハッと笑いながら総司に行った。
「大変なことになったな総司?」
「お前は龍玉がどれだけやばいアイテムか知ってるっぽいな……」
「猛さん、魔法の森を広げるためにずっと『龍玉欲しい~』って言ってたからな、毎日聞かされりゃ嫌でも調べるさ」
「はぁ……どうしたもんかね……」
総司はため息を付きながら言うと俊は鞄を持ち席を立ち上がり言う。
「そこはゲーム部の頑張りどころだな! じゃ! 俺はギルメンと一緒にクエストする約束があるからここらでおいとまさせて貰うぜ!」
「ああ……あんがとな俊」
「良いって事よ! じゃあ、井口さん! 立花! 恵美先輩! 俺はここら辺で帰りやす! 龍玉の件頑張ってください!」
俊は挨拶を済ませる、彼女達はそんな俊に軽く別れの挨拶をすると俊は満足したのか扉に向かおうとするが、立ち止まると総司の方を向いた。
「総司! 期待してるぜ!」
「なんで……俺に期待すんだよ」
ぼやく総司に俊は意味深にフッと笑った後、手をひらひらさせながら部室から出て行った。大きな鉄の扉が閉まると同時に総司はソファの方に向かう。
「……」
総司は無言で絵里先輩の隣に座る。彼女は首をこちらに傾けた。
「あ、総司! りゅうぎょくって何処で手に入るの? もしかして【レッドドラゴン】から手に入ったりするのかな~」
絵里先輩が言うと優理香が優しく微笑む。
「絵里先輩。交渉の条件として提示してくるような品ですから、きっと少なくとも最上級クラスのモンスターからのドロップアイテムだと思いますよ?」
「そっか~そう簡単にいくはず無いよね! ありがとうユリカちゃん!」
「ふふ、どういたしまして。龍玉というアイテムは聞いたことが有りませんが、ドロップしそうなドラゴン系最上級モンスターのクエスト調べておきました」
優理香が木製の机の上にタブレットを置き、最上級モンスターのリストを表示させる。
「私、最上級モンスターと戦うの初めてだから凄いドキドキしちゃう!」
「私もです絵里先輩!」
絵里先輩と楓がそのリストを見ながらキャッキャと話しだした。
「……」
総司はひたすらに無言だった――いや、今この瞬間口を開く。
「待った!!!」
気迫の籠もった声に女性陣3人はビクッとしながら総司を見る。総司はワナワナと体を震わせ言った。
「絵里先輩……今すぐ、条件の変更を打診しましょう……龍玉なんて絶対無理です……」
「え?」
「龍玉はレア度5のアイテムです……おいそれと手に入る代物じゃないです……」
「れあどご? 何それ? モンスター?」
「……」
総司はピンと来ていないらしい絵里先輩では無くこの中で一番レベルが高い優理香の方に視線を移す。しかし、彼女もいまいちピンと来ていないようで黙って総司を見つめていた。総司は顔を手で抑えた。
(そういや、そうだよ……一般のプレイヤーは”グローバルサーバー”のアイテムの事なんか知らないよな~……ましてや”隠しステータス”のレア度なんて尚更か……)
総司のただ事では無い雰囲気を感じ取った楓は総司の顔を覗き込むように見た。
「総司君、もしかして……龍玉ってものすごく凄いアイテム?」
「はい……龍玉は”グローバルサーバー”でしか手に入らない、激レアアイテムです……」
総司の”グローバルサーバー”という言葉が部内に響いた瞬間。その部室にいたの3人の顔はみるみる内に焦燥の色が出る。
「ぐ、ぐろーばるさーばーってあのグローバルサーバー?」
「はい……」
項垂れながら絵里先輩に答える総司。続いて優理香が言う。
「プロゲーマーの人達が行く所よね……?」
「ああ……」
肩をだらりとさせる総司。そして楓が続く。
「……レベル90以上のプレイヤーしかリンク出来ないとこ?」
「そうです……楓さん」
最後に総司は全身を脱力させた。
グローバルサーバー――それはアレサの開発元であるワールド・クリエイト社が直営するサーバーである。
世界各国に置かれた3桁を超える巨大なサーバー群を用いて構成される、最大、最高の電子の世界……。世界中のプロゲーマーが集まりそこでしか得られないアイテムや、利用出来ないシステムによって、日夜凄まじい額の金融的資産が流動する、正にもう1つの世界とも言えるほどに発展している場所だ。
しかし、その分加熱し続けた競争主義とプロゲーマー独自の価値観は、一般のプレイヤーのそれとはかけ離れたレベルに達しており、そこにリンクするのは厳しい条件が設けられている、レベル制限もその内の一つだ。
つまり汚く言うと廃人隔離サーバーである。
暫く沈黙するゲーム部。一瞬を何倍にも引き延ばしたような静寂を破ったのは絵里先輩だった。
「どどどどど、どうしよう!? 総司!?」
絵里先輩は力なく脱力する総司に助けを求めるように問いかける。
総司はぷるぷると体を震わせて、次の瞬間立ち上がった。
「うううおおお!!! 俺が聞きたいっすよ!!!」
「どうにかならないの!?」
優理香がいつになく取り乱しながら尋ねると総司は首を横にぶんぶんと振る。
「どうにもならん! 無理無理無理のカタツムリ!」
「でも総司すっごく強いし……」
絵里先輩の言葉に総司は頭をかきむしった。
「俺でも無理な物は無理なんです! あ~……どうしよう~あ~……」
再び頭を抱えて席に座る総司に優理香は言う。
「たしかグローバルサーバーのアイテムって、ネットで通販されてるのもあるのよね? それで何とか……」
「……」
総司は無言でスマホを取り出し操作する。いくつものネットを経由し、知る人ぞ知る様なアングラのサイトまでたどり着き、龍玉を検索、画面に表示させテーブルの上に置く。
それを覗き込む女性陣3人。
「……あっ! でも1万円だから何とかなりそう」
最初に反応したのは絵里先輩だった。しかし総司は首を横に振る。
「絵里先輩……単位ドルです……」
「ドル? ……あわわわわわ!?」
事の重大さに気づいたのだろう、彼女は口を手で抑え、震えだす。
「ひゃ、ひゃくまんえん……」
楓は声を震わす、長い前髪から見える目はよほど驚いたのかまん丸になっていた。総司は顔を挙げる。
「分かったでしょう? これくらいやばい物なんです、プロゲーマーがチーム組んで、事前に周到な準備をして、なんとか倒せるモンスターを倒してようやく得られる秘宝中の秘宝なんです!」
「「「……」」」
黙り込むゲーム部女性陣3人。総司はため息を付き言った。
「もう一度言うことになりますが、今からでも盟友団に連絡を取って条件を変えて貰うべきです……」
吐き出すように呟く総司に、絵里先輩は顔をしょぼくれさせながら言った。
「で、でも私『任せて』って言っちゃたよ……」
「……」
総司は無言で頭を抱える。一度そういう条件で受けた以上、後から条件を変えるように言っても受け入れてくれるか分からない。
「……もし私達の提案を飲んでくれたとしても、その後の私たちの立場は厳しいものになるでしょうね」
優理香が総司の考えを代弁したかのように言う。その通りだ、一度受け入れた条件を後からやっぱりダメですと言ってしまうのは、今後の関係に大きなヒビを入れることになるだろう。
総司と絵里先輩、優理香の3人が固まる中、楓がぽつりと言った。
「でも……それだけのアイテムなら、もし私たちが龍玉を用意することが出来たら、この同盟って凄く私達に有利にならないかな?」
「……!」
総司はその言葉を聞き、少しハッとする気持ちになる。
確かに龍玉を渡すというのは限りなく困難に近い条件である。だが、同時にこれはチャンスでもあると考えられた。仮に龍玉を用意する事が出来たのなら、ゲーム部と盟友団の関係はゲーム部に相当有利な物になる。
本来ならこの同盟は、どんなに良くてもこちら側の立場は、相手側より下に終わる筈の物だ。だが、こちらに傾く可能性があるというのなら、それは規模の小さいゲーム部にとって大変好ましい物だった。
(【ニーズヘッグ】……龍玉……行けるか?)
総司は『龍玉を手に入れる事は無理』という考えから『どうすれば龍玉を手に入れられるか?』に考えをシフトさせる。先程のアングラサイトを開き、【ニーズヘッグ】から得られるドロップアイテムの相場を調べ出す。
そこにはニーズヘッグのドロップアイテム――”冥王の龍爪””冥王の瞳””冥王の鋼鱗”など、強力なアイテムがズラリと並んでいる。そしてそれらのアイテムは龍玉を超える非常に高価な価格で取引されていた。
龍玉はそのレア度の割に使用用途が拠点の魔力の増加と少なく、価値としてはこれらのアイテムに劣る。要はあまり需要が無いアイテムだった。
(【ニーズヘッグ】を狩るなら俺を除いて、少なくともレベル100以上のプレイヤー5人は必要だな……)
総司は考える。グローバルサーバーにおけるプロゲーマーというの基本的に利害の一致で動く物だった。事前に取り分をプレイヤー間で厳密に決め、臨時のチームを結成、そしてモンスターに挑む……そう言った流れだ。
(俺の取り分を龍玉だけに絞って、グローバルサーバーで【ニーズヘッグ】狩りの募集を掛けたら、なんとかなるかもしれないな、試してみる価値はあるか……)
つまり、自分の取り分を価値の低い物のみに限定すればその分、人が集まりやすいと考えられた。
「……」
総司は顎に手を当て考え始める。その様子に気づいた絵里先輩、優理香、楓の3人は視線を総司に集中させた。そして総司は口を開く。
「……俺が、グローバルサーバーにリンクして、どうにかならないかちょっと探ってきます」
その台詞を聞いた絵里先輩はパアっと笑顔になり、横に座る総司に突撃する。
「ありがとう総司~」
「ぐぇ! 絵里先輩、事ある毎に俺に抱きつくの辞めてください!」
彼女を引き剥がしながら総司は言う。その様子を見て少し呆れ顔を浮かべつつも優理香は総司に尋ねる。
「手に入れられそうなの?」
「確実に手に入るとは言えないけどね」
そう答える総司に楓は笑顔で言った。
「やっぱり総司君は頼りになるね!」
「え!? ぬへへ、そうかな」
総司は照れつつ、ようやく絵里先輩を引き剥がし、言った。
「じゃ、俺は大体今から1週間くらい別行動するんで、その間ギルド戦よろしく!」
総司にとって今の言葉は特に深い意味を持たない物だった。【ニーズヘッグ】というモンスターを倒すのにはそれくらいの準備が必要だったからだ。しかし、今の何気ない言葉で部室の雰囲気は一変する。
「……え? 総司1人で行くの?」
絵里先輩が困惑したような表情を浮かべ尋ねる、総司は頷いた。
「そりゃそうでしょ」
「1週間も?」
「まあ、目安ですけどね。もしかしたらもうちょっと長くなるかもですけど」
「む~」
絵里先輩は顔をふて腐れるように歪める。総司は眉をひそめた。
「仕方ないでしょう……適材適所って奴です」
なだめるように言う総司だったが、絵里先輩はますます顔を尖らせた。
「……私も付いていく」
「はぁ!?」
「私も行く!」
「な、何言ってるんですか」
総司は突如としてとんでもないことを言い出す彼女に困惑する。そして彼女の暴挙を止める為、優理香と楓に助けを求めるように見ると――その2人も絵里先輩と負けず劣らずふて腐れた表情を浮かべていた。
「おいおいおい! まさか優理香も楓さんも付いてくるなんて言わないよな!?」
必死に言う総司に優理香がまず宝石のような青い目を向けた。
「……グローバルサーバーは確か、リンクにレベル制限があるけども、その制限を上回るレベルのプレイヤーが居れば、その人に招待して貰う形で条件を満たさないプレイヤーもリンク出来るらしいじゃない?」
「え!? 確かにそうだけど……」
目を踊らせる総司に楓も続けて言う。
「総司君だけに苦労させるわけには行かないよ! 私達にだって何か手伝わせて!」
「いや、それは……。俺、1人でも……」
「手伝わせて!」
「うぐぐぐ……!」
総司は彼女たちを見渡す、どれもこれも真剣な眼差しを総司に向けていた。
総司は立ち上がる。
「待った! 待った! 待った! 皆、何か勘違いしているようだけど、グローバルサーバーは簡単に行くような所じゃない! あそこはゲームで飯食ってるような奴らが集まるような所なんです! 生きるためにゲームして、ゲームするために生きてるような奴がごまんと居る所なんです!」
「……やはり貴方は普段、グローバルサーバーにリンクしているのね」
優理香がそう言うと総司は答える。
「そうだよ! 俺はずっとあそこでプレイしてきた! だからこそ言える! あそこはクソだ! 人の欲望をじっくりと煮詰めた後の底をぶちまけたような所だ! 絶対連れてかないね!」
総司はフイッと彼女達から視線を逸らす。絵里先輩も立ち上がる。
「総司のケチ!」
彼女はそう言って頬を餅のように膨らませる。
総司は彼女の頬を手で挟み、その餅を潰す。
「ケチでも何でも良いですぅ~」
総司はそのままツーンとした態度で顔を逸らす。斜め前に座る楓も総司を見つめた。
「総司君……私達はそんなに頼りない?」
「……そういうわけでは無いです。ただ今回に関しては例外です! 今回は俺1人で行きます!」
総司はキッパリと言い切る。そんな総司に絵里先輩は優しく穏やかに言った。
「ねぇ総司、1人でなんて悲しいこと言わないで一緒に行こう? 私たち同じ部の仲間なんだから」
「……」
(別に1人になりたいから……こう言ってる訳じゃ無いんだけどな……)
ちょっとモヤッとした感情を抱えながら考え込む総司。
チラリと視線を這わせると絵里先輩も優理香も楓もジッとこちらを見つめている。
総司はハァ~と息を吐き出し言った。
「分かりました……」
その言葉を聞いた。彼女たちは顔を合わせ表情を明るくする。しかしそんな彼女たちをピシャリと締めるように総司は言う。
「ただし! ルールがあります! 俺の言うことは絶対従うこと! 良いですね!?」
総司が言い切ると絵里先輩と優理香と楓は顔を合わせ、途端に破顔し喜び出す。
「やった~総司ありがとう~! 私一度グローバルサーバーに行ってみたかったんだ!」
「世界中のプロゲーマーが集まる場所……ワクワクしてくるわね」
「どんなデザインの装備があるんだろう! 気になるな~」
その後も何があるんだろう? とか何をしよう? とか何処行こうか? と盛り上がる彼女たちを総司は無言で見つめる。
「……」
(単純にグローバルサーバー行きたかっただけかよ!!!)
モヤッとした感情は晴れたが、どこか納得いかない総司であった。




