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VRMMOが日常となった世界で青春物語  作者: 金 銀太
VRMMOが日常となった世界で大切な仲間が出来るまで
4/50

3話:鋼鉄の姫

 

 (思っていたよりも手こずったけど、後は時間の問題……)


 〈ヴァルキュリア〉を操作する女生徒――立花 優理香は〈ルーラー〉を横目で追いながら木々の中を飛びつつ、思案していた。


 速度を落とさないように最適な進行方向の選択。スラスター使用分の消費と時間回復分のスキルゲージの計算。必要以上にスラスター出力を上げないため維持旋回飛行。相手と自分の相対速度から最適なアタックポイントの選定……。


 一見すると突撃するだけの大雑把な戦法に見える〈ヴァルキュリア〉。しかしその実、自身の巨大な質量に起因するピーキーで繊細な操縦と複雑な計算が求められるアバターだった。


 だがこのアバターを操作する立花にとってはこの程度の事は負担にもならなかった。彼女はそれをこなすだけの能力が有り、かつ経験があったからだ。


 立花はチラリと〈ルーラー〉の進行方向を一瞥する。


 (彼の動きを見ると次仕掛けるとしたらあそこね……)


 彼女の視線を追うとその先には先程、総司が盾にした巨木より僅かばかり大きい大樹が見えた。総司の操る〈ルーラー〉は真っ直ぐそこに向かっている。


 立花はその姿を見ると僅かに嘆息した。

 つい先ほど盾にした木ごと貫通されたというのに、再度同じことを繰り返そうとしているのだ。対戦相手とは言え流石に気分が落ち込む。


 深呼吸する立花。萎えかけた気持ちを入れ替え、〈ルーラー〉の向かうであろう大樹の方向に舵を取る。

 予想通り彼は大樹の陰に隠れるつもりのようだった。


 (あの程度なら〈ヴァルキュリア〉の突撃を防ぐのには至らないのに……学習しないわね)


 スラスター出力を上げ加速する。視界左上のスキルゲージが明滅し、減少するがこれで勝敗は決するのだ、気にはならない。


「【ドリル・ランス】!」


 高速回転する槍。今しがた大樹に隠れた〈ルーラー〉がいるであろう場所に一直線に進む。


 (これで……! 終わり!)


 ギュィィィン!けたたましい音を挙げ、大樹に槍を突き立てる。かなりの堅さを持つ大樹をさした抵抗も無く穿つ。

  これでは陰に隠れる総司の〈ルーラー〉もひとたまりでは無い筈――だった。


 (……え!?)


 狼狽える立花。大樹の陰にいる筈だった〈ルーラー〉の姿がどこにもいないのだ。直ぐに頭を切り替え、視線を左右に動かし周囲を索敵する。だが見つからない。

 より周囲を確認するため速度を落とす。その判断は間違いだった。


「やっほ!」


 軽い口調と共に自身の腰部に何かがしがみつく。危うく体制を崩しかけ、左側のスカートがいくらか地面をこすりかけるも、なんとかバランスを取り戻しそのまま飛行する。


「何……!?」


 突然の出来事に思考が鈍りかけるが視線を後ろに向けるとそれは直ぐに分かった。

 ”彼”だった。清宮 総司のアバター……〈ルーラー〉だ。


 (何で!? どうやって!?)


 予想外の事態に思考が纏まりきれない中、必死に原因を探す。


 (瞬間移動のスキル……!? 彼のレベルでそんなスキルがある筈が――あっ……)


 視界の端に自身が弾き飛ばした大樹の幹が落ちる。この時彼女は察する。彼は飛び乗ったのだ、あの短時間で木の幹を登り、真下を通過する自分に。


 奥歯を噛み締める。追いつめていた、追う側だった筈の自分がまんまと誘われ、罠に掛けられた……。その衝撃にプライドが傷つきかけ、苦虫を噛み潰したような感覚と屈辱が立花の心に広がっていくが――


「この程度で、勝った気にならないで!」


 それを振り払うように、叫ぶ。背に乗ったアバターを振り払う為、左側のスラスターを逆噴射、左右で異なるベクトルで噴射されるスラスターによって〈ヴァルキュリア〉はその場で急旋回しだす。仮想空間とは思えない急激なGで意識が遠のきかけ、巻き上がった土煙で視界がゼロになる。


「逃がすつもりはないよ」


 しかし〈ルーラー〉はそれにひるまず、剣を抜き逆手に持ちかえ、スラスターに突き刺した。軽い爆発音と共に<ヴァルキュリア>の姿勢が傾き、そのままバランスを崩し、地面に追突する。


「――ッ!!!」


 声になりきらない苦悶の呻きを挙げ、鋼鉄のアバターは地面を抉りながら停止する。

 持っていた槍は衝撃で弾かれ、ヘルムは脱げた。

 広がった視界。ぼやけた眼でうつる世界は上下がせわしなく反転し、自分が仰向けなのかうつ伏せなのかもわからない。


 激闘のせいか巻き上がった土煙と木の葉で正確な状況は分からなかったが、その中から何かが近づいているのが見えた。

 その何かはだんだんと輪郭がハッキリしていく。――人だ。衝突の衝撃で意識は朦朧としていたがそれを近づけてはいけない事だけは分かった。


「あ……う……」


 手探りで槍を探す。しかし、何処にもそれらしき物は無かった。

 そうしている内にこちらに近づいてくる人影。それはまだ満足に体が動かせない〈ヴァルキュリア〉の前で止まると――


「大丈夫?」


 しゃがみながらこちらに問いかけてくる。

「私の負けね……」

 ようやく思考が纏まり始め、自身の置かれた状況を理解する。

 彼は自分の言葉を聞くとニコっと笑った。


「あっ! いいよ、いいよ俺降参しとっから」

「な、なんで?」


 思いも寄らない言葉に疑問を呈す為、なんとか口を動かす。彼は特に執着する様子もなくあっさりと答えた。


「立花ってクラス戦全勝なんだろ? なんか1敗つけるの申し訳ないしな。それに俺クラス戦とかクラスランキングとか興味ないし」

「で、でもギルドとかは……?」


 クラス戦に興味は無くても、ギルドならそうはいかない筈だ。クラス戦に勝てば良いギルドに入りやすくもなるし、評価も上がる。そう思っての言葉だった。


「ん? あ~……俺ギルド入ってないし。入るつもりもないから気にしないで!」


 あっけらかんと答えるとその人間は立ち上がりコンソールを開く。きっと降参するつもりだろう。


「まちなさい……!」


 今の自分に出来る精一杯の声だった。彼を行かせてはならない……降参なら自分がする。

 そう思いふらつく体に力を込め立ち上がろうとするが彼はそれよりも早かった。


「久々に滾る(たぎ)戦いだった。ありがとう、楽しかったよ」


 そんな自分を全く気に留める事も無く、礼を言って彼は降参ボタンを押し、目の前で光の粒子となって消える。


 画面上に広がる[You win!]の文字。



 あまりの悔しさに体が震えた。



 ※



 意識を取り戻し目を覚ます総司。

 昼休みに入って10分程経っていたため、教室にいる生徒は少なかった。


「どうだった?」


 リンクが終わったのを察したのか話しかけてくる俊。 


「めっちゃ強かったぞ!」


 ESGを外しながら満面の笑みで答える総司。俊は総司の笑顔をみてやや驚いた表情を浮かべる。


「もしかして勝った?」

「いや、降参した」

「おい……もうちょい危機感を持て、危機感を。これで全敗なんだぞ?」

「あ~……」


 真剣に言ってくれる俊に少し申し訳なさを感じ、少しでも空気を変えようと立花に話題を移す為、彼女に視線を向ける。


「でも結構いい勝負だったから。ね? 立花さん?」


 総司的には白熱した対戦内容を指すものだったが――


「―――ッ!」


 目線を向けられた女生徒――立花優里香は答える事無く、総司を鋭い視線で一瞥(いちべつ)する、青い大きな目は少し赤くなっていた。


「あっ……」


 自分の発言が軽率だった事に気付きバツが悪い気持ちになる。

 立花は総司の言葉には応えず黙って立ち上がり。「席、ありがとう中田さん!」と半ギレ気味に俊にお礼を言うとそのまま去って行ってしまった。


「……なんかめっちゃ怒ってね? 少し涙目だったし」

「え!? あ~……思ったより手こずったからとか?」


 流石に本当の事をを言うのも躊躇われ、適当な理由を挙げる。


「そうなのか、アレ?」

「ま、まあいろいろあるんでしょ」


 やや乾いた笑いと共に答える総司だったが――


 (さすがに今のはマズったな……あれじゃ、煽ってる様なもんだ)


 内心反省していた。


 そんな胸中なんて知る由もなく俊は尋ねる。


「で、お前昼飯どうすんだよ?」

「……あ」


 そう言えば、そうだった。


「今から買ってくる」

「早く行った方がいいぜ? 結構時間経ってるからな」

「ああ、そうだな。じゃあ行ってくるわ」

「ん」


 簡潔に答える友人の言葉を背に、決まりが悪い気持ちを振り払う意味も兼ねて、小走りに教室から出て食堂に向かった。

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