第二章:プロローグ
厚く、黒い雨雲が空を包み、しとしとと雨が降る6月のある日。気分が落ち込んでしまいそうな陰鬱な天候だったが、それを吹き飛ばすような熱気が世田谷区にある学校――私立新台学園の一室から溢れていた。
「「「やったー!!!」」」
つい先程まで眠るようにソファに倒れ込んでいた、その学園の女生徒3人は何かが終わったのか突然、ソファから跳ね上がり互いに手を合わせ、喜びを爆発させていた。
それを横目に見ながら、同じ空間にいるとある男子生徒は視線を前に戻す。
「ちぇ~、行けると思ったんだけどな~」
パイプ椅子に腰掛け、折りたたみ式の机にもたれかかっていた4人の男女の生徒、その内の1人がそう呟くと立ち上がり、続いて他の3人も「惜しかった」だとか「後、ちょっとだった」だとか、各々の思う感想を述べながら、立ち上がるとその一室――ゲーム部の部室の出口である大きな鉄の扉に向かう。
その場にいた全員は軽く別れの挨拶を済ますと、その4人組は扉を開け、出て行った。それを見た後「ふう~」と息を漏らしとある男子生徒――清宮総司はもう一度視線をソファに戻す。
そこには先ほどまで、飛び跳ね喜んでいた3人の女生徒の内の1人が「むふ~」と鼻を鳴らし、胸を張って総司を見ていた。
「やったね! 総司! ゲーム部大勝利!」
彼女は栗色のボブカットをふわりと浮かせ、くりくりとした目で総司を見ながら、指を二本立てぶい! っとサインを送る。
小柄な体格に不自然なほど良い姿勢、丁度合うサイズが無かったのか多分に袖あまりしたブレザーとそのブレザーを弾き飛ばしてしまいそうなほどに大きな胸を持つ、その女生徒は清宮総司の1年上の先輩――恵美絵里だった。
「結構ギリギリでしたけどね……危うくギルドランク下がるところでしたよ」
やや、脱力しつつ絵里先輩にそう答える総司に、喜んでいた3人の内の1人がフォローするように言う。
「でも、総司君が頑張ってくれたから何とかなったよ!」
その女生徒は長い前髪から、黒い瞳を総司に向ける。目元にはちょこんと泣きぼくろがあり華奢な体つきと併せて何とも儚げな雰囲気を纏った容姿の持ち主でだった。清宮総司の同級生――井口楓だ。
「逃げ回ってただけだけどね……。あいつら一番レベルの低い俺を集中して狙いやがって……」
ぷるぷると震えながらそう言う総司に3人の内の最後の1人から声が掛けられる。
「あら? 貴方が最初から本気で戦えばすぐ終わったんじゃ無いの?」
総司はそちらに視線を移す。
「十分本気だったわ!」
ややキレ気味に答えるとその女生徒は口元を抑えてクスクスと笑った。
総司は口をへの字に曲げながら彼女を見た。
彼女はスラリとした体躯の持ち主で、綺麗に着こなされた制服には皺の一つも無い。顔立ちは深すぎない程度にハッキリとした目鼻立ちをしており、少し垂れ気味の青い目と金色の髪を合わせ、まるで人形のような何処か可愛らしく、美しい容姿をしていた女性だった。しかし――
(これでドリルじゃなきゃな……)
視線を彼女の顔から横にスライドさせる。そこには美しい金色の髪がにクルックルッにロールされておりその形はまさしく……ドリルだった……。
そのドリル系女子は清宮総司の同級生――立花優理香だった。
「しかし、こうも毎日のようにギルド戦を仕掛けられるとね……」
総司はぼやくように言うと優理香は一息つくと返した。
「仕方ないわよ、どこから漏れたのか知らないけどゲーム部に勝てば部活動として認められるなんて噂が広がってるのだから」
「皆、敏感だね~」
総司は頭をかきながら言うと、会話を聞いていた絵里先輩が憂うように顔を伏せ、そして言った。
「私たちは戦い、勝ち続ける事でしか、その存在を証明出来ないのね……」
「なにかっこいい事言ってんすか」
唐突にシリアスモードになる絵里先輩に軽くツッコミながら総司はやや呆れ顔になる。
アミックス・テラとの戦いが終わってから1ヶ月が経ち、無事校内のギルドランクが6位になったゲーム部。しかし、一体どこから伝聞したのか、学校がギルドランク6位までを部活として認めると言う話(実際は確証は無いただの噂レベルなのだが……)はいつの間にか校内に広まっていた。
この学園において”アレサ”というゲームのギルドは多く存在していたが、その内学校に活動を認められた”部活動”としての形式で認定されている物は少なく、校内のギルドの格付けである、ギルドランクの7位以下は同好会という形式が取られていた。そして同好会は部活動に比べ、活動の制限が存在しており。その為、同好会は皆、部活動として認定されたがっているのである。
お陰で”ギルドランクを6位にすれば部活動として認めて貰える”という噂が流布すると、学内の同好会は自身のギルドランクを6位以上に上げるため、ゲーム部に積極的にギルド戦を仕掛けるようになった。そのギルド戦はここ1月、連日のように行われており、今日もギルドランク7位の”セブン・ローグ”とのギルド戦をこなしたばかりだった。
総司はパイプ椅子と折りたたみ式の机がある一角から部室の中央にある対になったソファに移動し、そこに座り一息つく。3人の女生徒も勝利の美酒を十分に味わったのか総司に続いて座った。
「そういえば最近ワールドモードに行ってないよね」
総司の右隣前のソファに腰掛けた楓がそう言うと総司はそれに返す。
「モンスターの姿が恋しいよ……今から行く?」
「もう18時だから、今からクエストに行っても最終下校時間までに終わらないわ」
前に座っていた優理香がそう言うと総司は「それもそうか」と返した。今からリンクしてクエストを受注してモンスター退治などをしていたら、まず間違い無く時間オーバーだ。
後の時間は適当に雑談でもして時間を潰すか、と考えていた総司だったが、隣に座っていた絵里先輩が何かを思いついたのかパッと表情が変わった。
「そうだ! 皆! ゲーム部で”領地”を持たない? もし領地を持ってたらそれでランクが決まるから!」
絵里先輩は妙案を思いついたかのように表情を明るくさせ、大きすぎる胸を張った。
”領地”――それはこの学校、私立新台学園が設けているVRMMOゲーム”アレサ”のサーバーに存在するワールドモードと呼ばれるPVE(プレイヤーVSエネミー)メインのモードで設定されているルール、領地戦設定に存在する要素だ。
領地を所有する事には多くのメリットが有り、ゲーム内通貨のTrが獲得出来るのは勿論、スキルの開発やアイテムの格安購入権、施設の開発からNPCの使役権なども存在している。
領地を持つことが出来るのは部活動として認められたギルドだけになっていて、つまりこの学校ではゲーム部含む上位1~6位までのギルドランクのギルドが、領地を持つ権利を有していた(ゲーム部の場合は領地ゼロなので他と違って権利しか持ってないが……)。そしてギルドランクは持っている領地の数とその発展具合から決まっており、領地を持たないギルドのギルドランクは先程ゲーム部がしていたギルド戦と言われるチーム戦の戦績で順位づけられている。
つまり絵里先輩が言いたい事はゲーム部も領地を持つことで、ギルド戦の戦績では無く、領地の大きさで順位が付けられるようになるので、今後は防衛戦のような事をしなくて済むようになる、ということだった。
「領地か~……今俺達って4人しかいないけど、領地って得られるものなんですか?」
総司は絵里先輩に問いかけると彼女は自信満々に答えた。
「分からないよ! ゲーム部って領地あったことないから!」
「……」
そうだった。この人基本的に思いつきで行動するタイプだった。
半目で絵里先輩を見た後、視線を楓に移すと彼女もピンと来てないらしかったので、視線を正面に座る優理香にスライドさせる。
「領地について教えて優理香先生!」
「何よ優理香先生って……」
優理香の声色は困惑した感じだったが、表情はまんざらでもなさそうなのであった。彼女は全員に聞こえるように説明を開始する。
「細かい事は省いて大雑把に説明すると、領地は月に1回ある”領地戦”と呼ばれる戦いで、該当する領地を占領する事で獲得するか、アレサのアップデートに際して発生するイベントなどで獲得出来るわ」
「基本的に戦って獲得するの?」
「そういう訳でもないの、例えばだけど、ギルドの同盟を結ぶときに条件として一部領地の割譲や、交換などで得られる場合があるわ」
「へ~」
大まかだが、大体は把握ができ、納得する総司。絵里先輩と楓も優理香の説明に納得したようで、「うんうん」と頷いていた。
「正直に聞くけど、ゲーム部で領地って得られる可能性ってある?」
総司が尋ねると優理香はそれにキッパリと返した。
「無いわね。仮に何かしらの方法で領地を獲得しても、私達じゃ人数が少なすぎて維持は困難よ」
「じゃ、ダメか」
まあ、予想できたことだ、仕方ないと思いつつ、隣に座る絵里先輩を見る。彼女は拳を握り宣言した。
「なら、部員を集めよう! 100人くらい集めて皆で殴り込みだぁ~!」
瞳を熱く燃やしながら言う彼女に反して、総司はあくまで冷静だった。
「こんな貧弱ギルドにそんな人集まらないっすよ」
「ひ、貧弱ギルド……」
ガーンと肩を落とす彼女を横目に、楓が何かを思いついたのか手を合わせた。
「だったら、何処か大きなギルドと同盟するって言うのはどう? そうすれば維持が出来そうだから」
楓の提案に優理香は顎を手で押さえ、しばらく考え、口を開く。
「良いアイディアではあるけども、今の私達が同盟を結ぶとしても条件はかなり厳しいものになりそうね。それに1位から3位までの3大ギルドには相手にすらされない可能性が高いわ」
「じゃあ、5位はどうだ? 5位でも領地は維持しているんだろ?」
総司が聞くと優理香は首を横に振る。
「5位……”A・M・U”は1~4位までのギルドと性質が異なるから、同盟は難しいでしょうね。あそこは中小ギルドの寄り合い所帯で、意思決定がバラバラだから」
「なら4位はどうかな?」
話を聞いていた絵里先輩が尋ねると優理香は答える。
「4位のギルド”盟友団”も基本的に閉鎖的なギルドですから、何かよしみが無いと無理そうですね……」
「そっか~」
絵里先輩はそう言うと、黙った。きっと絵里先輩の知り合いには盟友団とよしみ――つまり”ツテ”がある人間はいないのだろう。楓も心当たりが無いようで、目を閉じどうしたものか? と首をかしげていた。
しかし一連の会話を聞いていた総司には何処か引っかかるところがあった。
「盟友団か……」
「……何かあるの?」
「いや、その名前、何処かで聞いたことがあるような……ないような……」
頭を押さえ、顔を伏せる総司。盟友団というギルドの名前を確か記憶の何処かで聞いたことがある。必死に記憶の海に潜りその名前を探し――
「……!!!」
総司は思い出し、顔を上げる。
その様子に他の3人の視線が総司に集中する。
総司は口を開いた。
「盟友団って……俊のいるところじゃん」
その名前は清宮総司と同じクラスの友人――中田俊のものだった。




