31話:魂の咆哮
「いよっしゃあああぁぁぁ!!!」
テーブルに移された〈スパルカ〉のアイコンが消えると総司は席から立ち上がり、両腕でガッツポーズを取る。
「楓さんすげぇよ!!! やはり天才か……フゥ~!!!」
誰もいない部屋なのを良い事に、完全に変なテンションと化すこの男、1人喜びの舞を踊りだす。
ドガッ!
「ウガォ……オおほおおお^~」
脛をテーブルにぶつけても怯まない。
「な~にが~アミックス・テラじゃい。ゲーム部舐めてかかったこと後悔させたる!」
椅子の背に手を付け、跳ね上がる。空中で体を捻り一回転。ドカッと椅子に座り直し。画面を凝視する。
「これはもうゲーム部大勝利間違いなしだろ~」
総司の浮かれに浮かれまくったその顔は終始ニヤニヤしっぱなしであるが、これにはちゃんとした理由があった。
机に表示される画面には〈スパルカ〉の救援のためだったのか、猛スピードでゲーム部の元に向かう〈セントール〉の姿が表示されていた。
この〈セントール〉だが……単純にこのステージではゲーム部にとって相手にしやすく、相性の良い相手なのである。
大きな体と得物では、この狭いステージで〈セントール〉は力を発揮しきれない。一方でゲーム部は度重なる練習のお陰で、このステージではもう自由自在に動くことが出来るのである。
戦況は俄然こちらが有利だ。更にアミックス・テラNO.2の〈スパルカ〉を撃破した今、〈セントール〉を倒す事はさして難しい事に感じられなかったのである。
そしてもう一つ理由があった。
それは桜木のアバター〈ウォーヘッド〉がいる場所である。〈ウォーヘッド〉は現在ゲーム部と〈セントール〉がいる区画よりもう2つ程離れた場所にいるのだ。どんなに急いで向かったとしてもそのころには〈セントール〉と決着がついている頃だろう。
(〈セントール〉倒しちまえば〈ウォーヘッド〉と完全な3対1……。余裕だね)
ようやく変なテンションも落ち着いてきたころに、再び画面を覗き込む総司。〈セントール〉とゲーム部はあと少しで接触する頃だった。
※
高鳴る鼓動。体を巡る熱い血が、まるで心と言う名前の臓器が現実にある様に錯覚させる。
(きっと貴方の言う最高にワクワクするというのはこういう事なのね……)
〈ヴァルキュリア〉を操る女生徒――立花優理香は今最高に充実した時を過ごしていた。
目の前には神話にある半人半獣――ケンタウロスを想像させる、巨大な馬と人が一体となったアバター〈セントール〉が無言で佇んでいる。
優理香は隣に立つクリーム色の髪の毛と猫の耳を持つ親友が操るアバター――〈猫丸〉を見る。
彼女は自信に満ちた目で頼もしく頷き、〈セントール〉に飛び掛かる。〈ヴァルキュリア〉は同時にスラスターを展開し、その場を離脱した。
〈ヴァルキュリア〉は迷路のような通路を飛ぶ。途中、何度も自身が通れるギリギリの幅の道を通るが、危なげなく飛行を継続する。その飛行は見事で左右のスラスターの出力を巧みに操作する事で、最大限速度を維持したままコーナリングを制していた。
〈ヴァルキュリア〉の素顔はフェイスマスクに隠れ見えなかったが、そのアバターはそれを操作する優理香の感情を反映しずっと笑っていた。
嬉しかったのだ。仲間であり、親友である井口楓の自信に満ちた目を見ることが出来て、とにかく嬉しかったからだ。
〈猫丸〉と〈セントール〉がいる区画まで通じる最後の角を曲がると、2人が戦っているのが視界に入る。だが、優理香は何処かその戦いにさっきとは異なる雰囲気を感じた。
〈猫丸〉は〈セントール〉に対し先程の〈スパルカ〉戦のように足止めを試みていたのは同じだった。しかし明確に異なるものがあったのだ。
押しているのだ。〈猫丸〉が〈セントール〉を完全に翻弄している。彼女は今、〈スパルカ〉を相手にする時に行っていた、攻撃する”素振り”では無く積極的に〈セントール〉に攻撃を仕掛け続けていた。
さらに変わっていたのは攻撃の積極性だけでは無かった。その戦闘スタイルも今までとは別のものに変わっていた。
短剣による刺突や横薙ぎ……手足を使った格闘が〈猫丸〉のメインとなる戦闘スタイルだったが、今はその戦闘スタイルに多くのフェイントや異なる動作を融合させた2段、3段構えの攻撃に進化していたのだ。
殴ると見せかけて蹴る。距離を取ると見せかけて短剣による近接戦闘……。その戦い方は千変万化で、次の一手が全く予想出来ない――正に相手の隙を”作る”戦い方になっていた。
(強くなったわね楓……)
目の前で自身より格上の相手に善戦を続ける彼女に、感傷的な気持ちになりながらも〈ヴァルキュリア〉はスラスターの出力を上げる。
轟音をあげ急加速する〈ヴァルキュリア〉。
直線状にいる〈セントール〉は自身に突撃してくる〈ヴァルキュリア〉を一瞥すると、攻撃続ける〈猫丸〉をハルバートで追い払おうとする。しかし〈猫丸〉はそれに怯むどころか足元に潜り込み、馬の胴と脚部の付け根を切りつけ、その場から飛びのく。
〈セントール〉はたまらず体勢を崩す。後ろから迫る〈ヴァルキュリア〉を見るその表情には焦燥の色が浮かび、少しでも〈ヴァルキュリア〉の射線から逃れようと、崩れる体を壁に押し付けるも、その巨体故か彼女の攻撃範囲から完全に逃れる事は出来なかった。
ズワァァァ!と肉を引き裂く音が木霊する。〈ヴァルキュリア〉の槍が馬の胴体側面部分に突き刺さり、抉るように突き進む。痛々しいダメージエフェクトが舞い上がり〈セントール〉のライフゲージは大きく減少、一気に6割ほど削られ、イエローに点滅しだす。
その一撃に優理香は確かな手ごたえを感じ〈ヴァルキュリア〉はその場を離脱、再度の攻撃に備える。
もう一撃決まれば確実に〈セントール〉は倒せる……!
勝利への期待に浮つく優理香。しかし彼女は直ぐにそれを抑える。
ゲーム部の勝利は〈セントール〉を倒す事だけでは達成されない……その後の〈ウォーヘッド〉を倒して始めて達成されるのだ。〈ウォーヘッド〉を迎え撃つために僅かでも有利な状況を今のうちに作っておかなければならない。
彼女はコンソールを展開し、時間を確認する。まだ〈セントール〉との戦闘が始まって2分も経っていなかった。次の攻撃で〈セントール〉を倒せば余裕を持って〈ウォーヘッド〉を迎え打つ事が出来るだろう。
(確実に決める……! それが私の役割……!)
〈ヴァルキュリア〉はスラスターの出力を上げ、直角に等しい街角を際どく旋回。〈セントール〉と〈猫丸〉が戦っている区画に再突入する。
激しく戦う〈猫丸〉と〈セントール〉の姿が目に映る。
スラスターの噴射音に気付いたのか〈セントール〉は〈ヴァルキュリア〉を視認すると、その場から離脱するため駆けようとするが、それを〈猫丸〉は執拗に追撃、その場に釘付けにする。
焦る〈セントール〉は追撃する〈猫丸〉を振り払おうと。ハルバートを振り回すが、狭い路地では満足に振る事も出来ず、石壁に何度も打ちつけ、石片が撒き散らされる。それでもなお〈猫丸〉に攻撃を続けていたが、遂に先端の斧の部分が壁に引っ掛かり、石壁に埋まってしまう。
力を込めてもビクともしなくなったハルバート。〈セントール〉は目を見開き、後ろから迫る〈ヴァルキュリア〉を見る。絶体絶命の状況に〈セントール〉が浮かべたのは”絶望”の表情では無く”覚悟”の表情だった。
「ウオオオォォォ!!!!!!」
〈セントール〉は吠えた。大気が震わす音の波動がビリビリと周囲の家屋の窓を揺らし、その内の何枚かはヒビが入る。〈猫丸〉はそれに驚き、猫耳を抑えその場にしゃがみ込む。
衝撃波と形容してもいいその咆哮は黙する男――山中航のまさしく魂の叫びだった。
〈セントール〉は壁に埋まるハルバートの柄を持ち万力を込める、埋まっていた石壁に亀裂が走り少しづつだが、ハルバートの先端が動き出した――
「【魔人切り】!!!」
唸るような声で放たれるスキル名。同時にその斧は黒い光を纏い、壁を崩しながらだんだんと勢いを増し横薙ぎに〈猫丸〉に迫る。
〈猫丸〉は猫耳を抑えてうずくまっていたが、それに気づくと直ぐにその場を離脱し回避した。〈セントール〉の〈猫丸〉への攻撃は失敗……かに、思われたが――
〈セントール〉は攻撃を継続。体を捻りながら後方に迫る〈ヴァルキュリア〉へと斬撃を放つ。
〈セントール〉の剛力から放たれた剛斧である。いくら鉄のドレスを身に纏い防御に秀でる〈ヴァルキュリア〉とはいえ直撃したら即死は免れないだろう……。だが、〈ヴァルキュリア〉はそれを見て、なお進み続ける。
〈ヴァルキュリア〉が取るべき選択肢は他に幾らでもあった。減速しやり過ごす、他の道に逃げる……どれも確実な勝利を得る為には正解と言える選択肢だ。けれども彼女は直進を続けたなぜなら――
(ここで絶対に倒す!!!)
彼女――立花優理香は間違いなくゲーム部のエースなのだから!
スラスターの出力をカット、その場で慣性移動に入る〈ヴァルキュリア〉。すかさず地面に槍を突き刺し、棒高跳びの要領で宙に舞い上がり、〈セントール〉の攻撃を回避。弧を描きながら〈セントール〉の頭上で体を捻り上げ反転。その正面に着地する寸前にスラスターを全開にし、叫ぶ。
「【ドリル・ランス】!!!」
ギュィィィン!とけたたましい音を立て、回転する槍。〈セントール〉によって撒き散らされた石片を弾き飛ばしながら、その槍は攻撃を終え伸びきった〈セントール〉の胴体に直進する。
自身に迫る槍を見る事しかできない〈セントール〉。その命運は尽きたかのように見えたが――
「【応龍嵐爪】!!!」
突如といて響き渡るスキル名。同時に〈ヴァルキュリア〉と〈セントール〉の合間の壁が吹き飛ぶ。
(何!?)
予想外の事態に〈ヴァルキュリア〉はスラスターを逆噴射、攻撃を中断しその場から後方に下がる。何が起こったのか把握しようと目を凝らすが、目の前の光景は吹き飛んだ壁の破片と粉塵でもうもうとしており視野が効かない。
少しでも情報を得ようとフェイスマスクを上げる。舞い上がった薄い黄土色の煙の中にシルエットが浮かぶ。
それは長い手足によるスマートさと同時に鍛え上げられた肉体をイメージさせるマッシブさを併せ持つ人型のシルエットだった。
やがて粉塵が収まり始めるとそれは太陽の光を反射し、”群青色”に輝きだす。
(そんな、まだ来るはずが無いのに……どうして!?)
愕然と立ち尽くす〈ヴァルキュリア〉の前に現れたそれはアミックス・テラのリーダー、桜木進のアバター〈ウォーヘッド〉だった。




