30話:覚醒する強さ
〈猫丸〉はその後も仕掛けるフリを継続する。〈スパルカ〉の表情から笑いは消え、反撃も先程より激しい物になっていたが、〈猫丸〉は絶妙に距離を維持しつつそれをいなす。
(これくらいなら大丈夫! 上手く行く……上手く行ってるよ! 総司君!)
地面が再び揺れ始める。〈猫丸〉は〈ヴァルキュリア〉の2撃目に備え、攻撃の素振りの頻度を落とす。これも〈スパルカ〉の意識を可能な限り〈猫丸〉から逸らす為だった。
〈ヴァルキュリア〉が町の一角から飛び出してくる。〈スパルカ〉はそれを確認すると体と盾を前例のように〈ヴァルキュリア〉へと向ける。
〈猫丸〉はそれを確認し、〈ヴァルキュリア〉の突撃のタイミングに合わせる為、姿勢を低くし〈スパルカ〉への攻撃態勢へと移行した。
(さっきは足首だったから今度は脇腹……これで決めるよ!)
勿論先の例があるから〈スパルカ〉も警戒しているだろう。楓はそれを織り込んだうえで刺突位置を足首から脇に変更し、備える。
〈ヴァルキュリア〉と〈スパルカ〉の距離が縮む。後数秒で両者がぶつかり合う……その瞬間に〈猫丸〉は動き出す。
脇腹にある僅かな鎧の隙間に向け、線を辿る様に向かう短剣。
(やった!)
成功を確信した楓だったが――その目論見は甘かった。
短剣が突き刺さる寸前。突如〈スパルカ〉は雷に打たれたかのように反転。盾でその短剣を弾き飛ばす。凄まじい力で放たれた盾打撃に体が浮き上がる〈猫丸〉。
(……え?)
あまりの速さに何が起きたか理解していない彼女に、無情にも〈スパルカ〉は流れるような動作で剣を振り上げる。
「【絶命剣】」
僅かに呟かれたスキル名が耳に届く前に、〈猫丸〉は振り下ろされたその一撃を身に受ける。
〈スパルカ〉は同時に体を前に投げ出し、〈ヴァルキュリア〉を回避。鎧と槍の先端が接触し火花が散ったが、ダメージらしいダメージは無かった。
〈スパルカ〉の一連の動作はまさに雷光と形容してもいいほどに凄まじいものだった。
僅か数秒の合間に形勢は逆転。まともに攻撃を浴びた〈猫丸〉はその猛烈な剣圧により吹き飛ばされ、壁に鈍いを音を立て叩きつけられる。
ガラガラと壁が崩れ、石の破片が散乱するのを横目で確認する〈ヴァルキュリア〉。
しかし、彼女は速度を落とすことなくその場を離脱していった。
どう見ても〈猫丸〉は今の一撃で戦闘不能であることは明白であった。だが……
瓦礫の中から何かが這い出る。それは〈猫丸〉だった。強烈な一撃にも関わらずライフゲージは1割り程しか削られていなかった。
「おかしいな、今のは即死技だったんだけど」
そんな彼女をみて〈スパルカ〉は感情の籠らない声で言う。
「……」
楓は答えない。ただ息を荒げるのみだった。
〈スパルカ〉は視線を宙に上げ、何かを考えると直ぐに答えをだす。
「なるほど、【ウインド・ベール】か……何処かに〈マリボール〉が隠れていて補助魔法を打っていた訳だな。2対1だと思っていたが……3対1だった訳か」
「……」
楓は答えない。だが、〈スパルカ〉の――赤井の言っている事は正にその通りだった。
今この場に居るのは〈猫丸〉と〈ヴァルキュリア〉だけではない〈マリボール〉も存在するのだ。彼女は今近くの民家に姿を隠し、こちらに補助魔法をうつ役割に徹していた。
今回〈猫丸〉が助かったのも〈マリボール〉が放った、どんな攻撃でも1回だけなら無効にする補助魔法【ウインド・ベール】のお陰だった。
〈スパルカ〉は持っていた剣を突きつけると〈猫丸〉に宣言する。
「次邪魔したら殺す。【ウインド・ベール】はそう何度も使える魔法じゃないだろ」
「……」
楓は終始黙していたが、その心には驚愕と恐怖が満たされていた。
見えなかった……全く、すべての動きが見えなかった。〈スパルカ〉の動き自体は何度もバトルビデオで皆と一緒に見て研究した、癖も使用するスキルも戦い方も……だけど――見えなかった。
〈スパルカ〉を見ていた目は泳ぎ、動機が激しくなってくる。
違い過ぎる。彼と自分ではアバターのレベル差では無い、プレイングスキルその物が自分とは別次元だった。確信を持って放った渾身の一撃は即座に対応させられ、利用され、誘われて――打ち砕かれたのだ。
勝てる訳が無い……。
たった一撃――時間にして刹那の合間に楓の心理は逆転していた。
それでも気力を振り絞り、地面に落ちていた短剣を拾うと、手が震えて滑り落としてしまった。カランと乾いた音を短剣が地に落ちる。
〈スパルカ〉は〈猫丸〉のその姿を見ると鼻で笑い、体を〈ヴァルキュリア〉が来るであろう空間に向け盾を構える。
もう彼にとって自分など警戒すべき存在でもないのだろう……そう思うと悔しくて涙が出そうになる。
その場にへたり込んでしまう〈猫丸〉。立ち上がらなければならないと思いつつどうしても体に力が入らなかった。
ふと頭の中に走馬燈の様に過去が思い出される。
教室で1人で座る自分がいる。隣のクラスメイトは楽しいそうにギルドの話をしていた。
聞くとどうやら昨日ギルドの皆で遊びに行ったらしい……。
その話を聞かないように読書に集中しようとする。だが、無駄な努力だった。無意識の内にその話が頭の中に、心の中に入り込んでくる。
モンスターの話、クエストの話、同じギルドの友達の話――
楽しそうに話すそのクラスメイトと反比例して、ギルドを辞めさせられた自分が惨めで、誰にも必要とされてない存在なのではないか? と思われてくる。
手に持った本を深く持ち、顔を隠した。
(嫌……あんなに辛い毎日はもう嫌……)
自分自身がやるべき事は分かっている。〈ヴァルキュリア〉の攻撃が最大限活かされるよう牽制と足止め……それが自分の役割だ。
だけど、体は動かない……、次失敗したらあの日々に戻ってしまうんじゃないかと思うと、怖くて堪らなかった。
地面が僅かに震えだす。〈ヴァルキュリア〉が来る合図だ。
しかし〈猫丸〉はその場を動かなかった。〈スパルカ〉がただ盾を構え〈ヴァルキュリア〉を待つ。
町の一角から〈ヴァルキュリア〉が轟音と共に飛び出す。彼女は〈猫丸〉がその場に座り込んでいるのを見ると速度を緩めた。
それを見るといよいよ罪悪感で心が埋まる。
(ごめん……ごめんねユリカちゃん……こんなに弱くてごめん……)
ひたすら懺悔する楓。〈ヴァルキュリア〉はこのまま減速し、何処かで反転するだろう、そう思われたが――
ブオン!
激しい燃焼音と共にスラスターの噴射炎が翼のように広がり、〈ヴァルキュリア〉は急加速する。凄まじい加速でみるみる内にこちらに近づく〈ヴァルキュリア〉に楓は思った。
彼女はどうしたのだろう……?
一か八かの特攻を仕掛けているのだろうか?
自暴自棄になってしまったのか?
それとも私の事なんて頼らず1人で倒すつもりなのだろうか……?
「……」
……違う。
楓は気づく。
あれはエールなのだ。
”私、立花優理香は井口楓を信じている”――親友からのエール!!!
楓は声無き声援を受け、立ち上がる。恐怖を克服した訳でもない、自信が着いたわけでもない……だが、その心には熱い火が宿る。
楓は歩き出す。同時に思い出された。
教室で苦しんでいた自分に、声を掛けてくれた彼の事を――
自信が無く、足踏みしていた自分を暖かく励ましてくれた先輩の事を――
そして……いつだって傍に居てくれた親友の事を――
「うわあああぁぁぁ!!!」
〈猫丸〉は駆けた。自分よりも遥かに強いであろう相手に立ち向かっていく。
それに気づく〈スパルカ〉殺気の籠った目で〈猫丸〉を見る。
「浅ぇんだよ!!!」
体を正面に向けたまま〈猫丸〉に鋭く反撃、真一文字に分厚い剣を〈猫丸〉に繰り出す。先程よりも数段早い、殺気の籠った攻撃。〈猫丸〉はそれを見るのではなく”感じた”。
走りながら体をロール、真上を剣が通過し、前髪に刃が触る。崩れた姿勢をロールの勢いそのままに1回転、〈スパルカ〉の眼前に躍り出る。
〈猫丸〉は〈ヴァルキュリア〉の一直線上に並ぶ。目を見開く〈スパルカ〉に〈猫丸〉は短剣を振り上げる。
咄嗟に盾を構える〈スパルカ〉。斬撃に備える。だが、猫丸〉はその短剣を振り下ろすのではなく”落とした”。
〈スパルカ〉の目はそれを追う。そして彼自身は無意識だったかもしれないが、同時に盾も落ちる短剣を追い、下がる。意識と防御の構えが僅かに逸れた。
「……!!!」
〈スパルカ〉が自分のミスに気付いたころにはもう遅かった。彼の眼前には〈猫丸〉の額が迫る――
「くらえぇぇぇ!!!」
〈猫丸〉渾身の頭突きが〈スパルカ〉の頭部にヒットする、頭部に兜を付けた〈スパルカ〉にダメージは殆ど無かったが、僅かによろめく。
〈猫丸〉は反動で後ろに倒れこみながら思った。
(総司君の言ってた”作る”って意味……少し分かったかも)
〈猫丸〉の視線の上を〈ヴァルキュリア〉が通過する。
ズガァァァ!!!
「ぐわあああぁぁぁ!!!」
〈ヴァルキュリア〉の槍が〈スパルカ〉の腹部の装甲を破り貫通し、2つのアバターはその場を高速で離れていく。
「【ドリル・ランス】!」
〈スパルカ〉を突き刺したまま高速で回転する槍。激しいダメージエフェクトが螺旋状に撒き散らされ、〈スパルカ〉のライフゲージが猛烈な勢いで減っていく。
「うぐぉぉぉ……! 大将……すまん……すまん……」
呻く〈スパルカ〉は光の粒子となりその場から消えた。




