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第七話

おそらくそれは、数分間のことだっただろう。エマは奥歯を噛み締めながら魔核を土で覆い続けた。魔核が己の魔法のなかで荒れ狂っているのを感じる。まるで生命のように熱く、エマの魔法に抗っているのだ。


レオは油断なく剣を構えたまま、土で覆われた魔核を睨みあげている。

エマは必死で崩壊と構成を繰り返す魔法をどうにか維持させようとしたが、そろそろ限界を迎えていた。眉尻を下げて唇を噛み締める。


ちらと彼女がレオを見ると、彼は静かに剣に炎を灯していた。先程よりも魔力が込められた炎の剣を両手に、しっかりと腰を落とした彼は、振り返らぬままにエマに告げる。


「おい。どうせもう限界なんだろ。切り上げてサポートへ回れ。--あとは俺が捩じ伏せる。」


その言葉に、エマは肩の力を抜いた。崩壊する魔法はそのままに、魔力を地面の土に沿わせる。


「…もう崩壊は始まっています。一応、届きやすいように足場を作ります。」


そんなものは要らないと言われそうだったが、一応エマは空中へ足場を作る。魔核を見上げての攻撃よりも相対した至近距離の攻撃の方が威力は上がる。


珍しくレオは特に文句も言わず、エマの作った足場を使って魔核の近くへと立つ。それを見て、エマは他人のことながらぶるりと震えた。彼は怖くはないのだろうか。


エマの土魔法の崩壊の後、どのようにして魔核が現れるかは分からないのだ。攻撃はしてくるだろうが、その威力も範囲も不明。それなのに、躊躇なく魔核の側へ寄るレオ。自分にはとても出来ないとエマは思う。


戦うことは、傷付くことは、とても恐ろしい。


エマは、一人そっと目を伏せた。


彼女の魔法はもう崩壊しきろうとしている。ぼろぼろと土が地面に落ちる。土がざわめく。強い力に怯えている。あるいは、悲しいのかもしれない。

強い光が漏れ出てきて、エマははっとして顔をあげる。自然と目が細まった。

レオはグッと強く剣の柄を握ると、再び剣へと魔力を流して密度を高める。今や、剣身は炎によって倍近くになっている。


光が弾ける。


「う、おおおおおお---!」


レオの炎はエマの土とは違って荒々しい魔法だ。しかしだからこそ、攻撃に適している。ぶん、と振るわれる一撃必殺。光に視界が染まる前に彼は勝負をつけるつもりの様だ。


いつの間にか隣にいたリカルドがエマに目配せをした。勿論、彼女にだって次に何をするべきなのか分かっている。


レオが魔核の魔力を魔法の剣でこそぎ取れば---あとはシャーロットの仕事だ。


レオの炎と魔核の光が正面衝突しているのを尻目に、エマは後方の土のドームへ走る。


まだ彼女達を守るドームは崩さないが、一瞬で崩すことが出来る様にドームから魔力を抜き始める。そしてエマはドームを力一杯三度叩いた。これは一種の暗号で、つまりはシャーロットへの合図だ。戦いの場では声が通らないこともある。しかし、至近距離からの振動ならば中の人には伝わる。戦闘中はドームに守られていることの多いシャーロットの為に、合図が決まっているのだ。


三度の合図はシャーロットの力の行使---ドームの崩れた瞬間に彼女は魔核を無力化するだろう。リュカは変わらず護衛だ。もちろんエマもそうである。


「っらああああああ!!」


怒声と共に炎が光を押し切った。白の光は魔力を失い弱まっていく。ゆらゆら揺れる光を尻目にエマは素早く土壁を崩した。


瞳を閉じたシャーロットがすっと魔核の方へと手を伸ばす。リュカが警戒したようにバチバチと電撃を走らせている。エマもしっかりと魔核を見上げて拳を握る。彼女の周りで土が蠢く。エマの緊張が伝播しているのだ。


シャーロットの息遣いが聞こえる。ごくり、と彼女が唾を飲み込んで小さく何事かを呟く。伸ばされた掌が、ぎゅうと握りこぶしを作った。


エマはじっと魔核を見ていた。


ふわ、と。


弱々しく光を放っていたその魔核が、力を失い地面へ落ちる。光沢を失ったそれは、落ちた衝撃で砕けてしまう。シャーロットによって無力化された魔核には、文字通り力が宿っていない。魔核としての機能を失ったそれは、もはや石ころと同じである。


しかし、エマはそれを拾い集めて革袋へ直した。意味は特にない。強いていうなら、土がさざめくからだ。なんの機能もない(魔核じゃない)ただの石ころが土に影響があるのかは分からない。もちろん、シャーロットの力を疑っているわけではない。それに、王都の優秀な魔術師が無力化された魔核を無害と結論付けているのだ。


ただエマは、生粋の魔法使いにしては珍しく、理論に従わぬ行動をすると言うだけだ。彼女にとって土とはもはや、彼女自身であるとも言える。土がさざめくから、力を失った魔核でも回収する。それだけだ。


ぱん、と纏っていたローブを叩く。土煙が舞った。ふうとエマが息をつく。リュカはシャーロットを支えていた。シャーロットは少し疲れたような顔で笑っている。珍しいことだ。やはり、あの魔核は---


「おい!」


レオが突然エマを見て怒鳴り付けた。いや、正確にはエマの真上を見ている。彼女が上を向いた時にはもう遅かった。


どちゃっ。


「…う、ぐっ。」


「エマ!」


シャーロットが悲鳴を上げる。エマは地面に倒れながらも手を振って無事を証明した。エマの上には、オスカーが倒れていた。


つまり、エマの真上から突然現れたのはオスカーなのだ。見上げたときにはもう遅く、エマはただ土を柔らかくした。オスカーとの衝突は避けられない。

しかし、二人で倒れこんだ土は大分と柔らかくなっており、地面へ倒れた衝撃は流せた。ただ、オスカーとぶつかった痛みは殺せないが。彼も相当に痛かっただろう。


「…オスカーさん?」


エマはぽつり呟く。オスカーは、ぴくりとも動かなかった。その体が、やけに熱い。


エマは焦りながら、ぐいとオスカーを押し退けて彼の下から脱出すると、口元へと手をやる。レオとシャーロットが何か言っているが、あまり頭には入ってこない。


呼吸はしている。だが意識はない。ただの気絶なら良いが--エマは恐ろしくなって息を飲んだ。

近付いてきたリカルドが、冷静にオスカーの状態を分析している。


エマはオスカーを抱き抱えて土を彼に沿わした。体の熱を逃がしているのだ。体内の熱は流石に不可能だが、皮膚の熱を奪うこと位は魔力を帯びた土には他愛ない。体表の熱が奪われれば、何れ体内の熱も落ち着くはずだ。


エマは、一つ息をついて頭を振ると、リカルドを見上げた。



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