第五話
エマから目を離したレオは、共に出てきた小柄で華奢な老人--おそらく村長だろう-に避難するよう指示してから、腰に下げていた剣を引き抜く。
リカルドの方は土のドームの中に居るシャーロットとリュカの安全をその魔力反応から一瞬で確認し、保険としてエマの魔法の上からさっと自らの障壁を重ね掛けしている。
本来ならエマがシャーロットの側へ行って壁となるべきなのだが、おそらくあの魔核にはリュカの攻撃的な雷魔法より彼女の土魔法の方が効果的だろう。
ならば、自分はシャーロットの側でなく、前に居るべきだ。シャーロットはリュカに守ってもらえば良い。
エマは努めて冷静にそう分析して、念には念をと土のドームへと多めに自身の魔力を流す。
続けて、リカルドは魔核を周りの空間ごと障壁で囲った。チリチリと軋む障壁を見るに、そう長くは持たないだろう。
それを見たレオが、ふと怪訝そうな顔をしてエマに尋ねる。
「そう言えば、オスカーは何処に居るんだよ?」
エマの眉尻が下がる。それは、彼女には分からぬ事だったからだ。
エマは魔核を見上げつつ考えを巡らすと、少し迷ってから正直に口を開いた。
「…オスカーは、何処に居るのか分かりません。」
「はぐれたのか?」
「…その、私とシャーロット様とリュカ様は後で到着しました。オスカーさんは先に此処へ着いたはずですが、…私達が来たときには見当たりませんでした。」
「気配を追ったか?俺達はオスカーの気配に気付かなかった。」
「…はい。土に問いましたが、気配を捕らえることは出来ませんでした。…少なくともこの村では。」
エマは絞り出すようなか細い声で状況を伝える。レオはやはりそんな彼女に苛立っていたが、流石にここで食い付く事はせずに、エマに向けていた視線をぐるり周囲へと走らせる。
「確かに、居ねぇな。じゃーやっぱ、あれの仕業か。」
チッと舌を打ったレオは、リカルドに声を掛けた。
「どうやって弱体化させる?つってもまあ、待つしかないわな。」
魔核を無力化するには、ある程度弱体化させなければならない。経験上、魔核が力を取り戻し暴走する時には、生前魔物として活動していた頃の魔法が魔核によって発現するか、或いは生前の魔物としての体の一部が魔核から発現するかの二択である。
今回の場合は前者な訳だが、これが少し厄介であった。体の一部が発現するのであれば、生前と同じくそれへ攻撃をすれば良い。そうすればある程度魔核を弱体化出来る。
しかし、魔法の具現化のみの場合には、魔力の枯渇を待つしかないのだ。一時的に魔核の力を押さえ付けたり、停止させる術もあるが、それでは結局魔核の持つ魔力が健在である。つまり、シャーロットの無力化の術に対抗しうると言う事だ。
だからこそ、魔法具現化タイプの魔核に対して弱体化を狙うなら、魔核の内包する魔力の枯渇を待つ事を一番の対策としていたのだが---今回に関して言えば、それはエマ達に分が悪いと言える。
魔力の枯渇を待つと言うことは、長期決戦を行うと言う事だ。あれだけの魔力反応を有する魔核に対して、村のど真ん中で対峙し、かつ魔力の枯渇を狙っての長期戦--エマは目線を下げる。前衛のオスカーも居ない。魔剣士であるレオ以外は、基本的にここにいるメンバーは生粋の魔法使い。取る手も限られてくる。
レオが鮮やかな黄色の目を細めて、厳しい顔で唸る。何時もなら真っ先に飛び込んでいくレオも、流石にそれは悪手だと理解している様だった。
リカルドは何時も通り冷たい面持ちを崩さぬまま魔核を観察している。もう障壁が崩れかけていた。彼はさらに二枚ほど障壁を重ね掛けして経過を観察する。
「そもそもよ、ありゃあなんの魔法だよ?魔法阻害?それとも魔力阻害か?そんなものを生きてる時に使ってたなら、討伐隊へ報告が来てる筈だぞ。」
レオが苛立たしげに吐き捨てた。彼の本業は国立の魔物討伐隊だ。今は引き抜かれて特殊対魔チームへ所属しているが、そんな彼が報告がないと言うならば、やはり。
それに加えて、魔核には魔法阻害あるいは魔力阻害の魔法を使う可能性。魔法使いにはとても嫌な効果だ。それは、もしかするとここに生粋の前衛であるオスカーが居ない事と関係があるのかもしれない。
エマはリカルドをちらと見上げた。冷たい瞳がエマを捕らえる。
「そんな魔物は存在していなかったと言うことだろうな。」
ぶるり。エマが背を震わせる。推測が明らかな可能性を孕んだ。
「なんにしろここでは不味いだろ。外へ転移か?」
「手間がかかる。結局はシャーロットの術が必要になるが、魔核ごと全員一気に転移させるのは不可能だ。二回に分ける事になる。」
「…あの、私も魔核を外へ出すのはあんまり良くないかと、思います。外はなにか、嫌な気配が、…します。」
その確証のないエマの小さな声に、しかしレオは素直に頷いた。この中で魔力を一番内包しているのはエマである。だからこそ、彼女のそういう勘について、彼は一概にいなす事はない。逆に言えばそれだけの素質を持つエマが自身の力を有用に使わない事に、レオは苛立ちを覚えるのだが。
ともかく、魔核を外へ出すのは得策ではないとすれば。ならばもう、一つしか策はない。
すなわち---村に危害を及ぼさない様に、魔核の魔力を引き出し続ける事。
なんて条件だ。もしも逃げる事が許されるならば、自分は真っ先に逃げていたに違いない、とエマは思った。
土よ、とエマは今一度呼び掛ける。今度は静かに、けれど力強く。エマの眼前ではもう魔核がはち切れんばかりに魔力を垂れ流している。
---ピキリ、と嫌な音と共に白い光が漏れる。
リカルドが平然と宣う。
「これは骨が折れそうだな。」
全く思っていなさそうなその声のトーンに、少しエマは落ち着いたような気がした。そうだった。エマは思い出す。特殊対魔チームは、選りすぐりのエリートが引き抜かれているのだ。
大丈夫だと自分に言い聞かせて、震える体を叱咤した。
「めんどくせぇけど、ジリジリやるっきゃねぇな。」
レオの白銀の刃に炎が宿る。エマのおさげが風で揺れた。もうリカルドの魔法が組上がっているのだ。
エマは、一つ息を着く。それから大きく息を吸って、優しく己の魔力を土に添わせた。
土よ、力を貸して。
土が呼応してさざめく。エマの意志が、思考が土に寄り添う。
今にも障壁は崩れそうだ。あれが崩れた瞬間、二人は魔核と応戦するのだろう。
---ならば自分は、いつもの通り守るだけ。シャーロットを、リュカを、そして村を。
そして、とうとう、光が弾ける。