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第三話

乗り合い馬車から西の村に降りると、まずレオとリカルドが村へ入る。他の皆は村の入り口で待機だ。


知らない土地でどこに魔物が出るかというのはやはり現地の人に聞くのが一番なので、挨拶と共にレオとリカルドが村に入るのが特殊対魔チームの通例となっている。


レオは村出身で村の生活はよく知っているし、本人も気さくで豪快なので村や町といったところですぐに人と親しくなれる。魔物の情報やその地域でのしきたりなど、旅に必要なことをするりと聞いて帰ってくるレオは、こんなものは簡単な仕事とばかりにいつも率先して村へ入る。

リカルドの方はコミュニケーションが得意と言うよりかは特殊対魔チームでは一番年上になるので、責任者として村に挨拶に行くのだ。


エマはそれをいつも見送る側で、村に入ることはなかなかない。本当に壁役以外は役に立たないと、エマはじっと俯いて地面を見つめる。


彼女は土が好きであった。土は自分を拒まないし痛みを与えてくることもない。土と繋がっている間は安心して息をつくことが出来る。自分でも可笑しいことだと思うが、エマにとっての安息というのは土であるのだ。だからいつも通り自分の魔力を地面へと流し込んでいたエマであったが、そのうちにどこか奇妙なものを感じ始める。


土が、なにか可笑しい。地域による硬度や水分量の差等といったものではなく、なにか、土に得体の知れないものを感じるのだ。


エマは眉を下げて小さく周囲を見回す。別段可笑しなことはない。草も木も生えているし、花だって咲いている。


ならばこの違和はなんなのだろうと更にエマは己の魔力を地面へと流し込み広げて行く。エマは、属性が地味な土魔法だけという代わりなのか魔力だけはとても多い。常人ならば魔力枯渇で失神するほどの魔力を地面へと流し入れてこの辺り一体の地面を掌握する。


掌握すると言っても、土を動かしたりするのは遠ければ遠いほど莫大な魔力が必要なので、今エマが行っているのはただ地面の土と自分の魔力を触れあわせているだけだ。


しかし、やはりいつもと違う。いつもの土とは違うのだ。一番違和を感じるのは、村から北西の方。ここからはまだ遠い。


そこでエマは地面の中の魔力を北西の方へ向かわせる。そうして、違和がなんなのか少し分かった気がした。親和性が悪いのだ。いつもならもっとすんなり土に魔力が寄り添うのに、それが少し難しい。


何故だろうと微かに首を傾げたエマが、ぱっと目を見開く。そう言えば、ここから向かって北西は大森林がある方角じゃないのか。


エマは、これは報告するべきなのだろうかと悩み、暫し考えて顔を上げた。シャーロットとリュカは話中だ。ではオスカーは、と振り返ると彼は乗り合い馬車でやっていたように瞑目して索敵中であった。


エマは暫し迷って、結局視線をそろそろと下げた。地面を見つめて口端をきゅっと結ぶ。親和性が悪いからなんだ。それが何に繋がるのかも分かりやしないのに、報告する意味なんてない。エマはそう自分に言い聞かせた。自分にしか分からない土の感覚など、言ったところで戸惑わせるだけだ。


けれど---エマは眉尻を下げた。この嫌な感覚はなんだろう。どこか、土が、自分の大好きな土が知らないものの様に思えて、エマはふるりと身を竦めた。そうして、チラとオスカーを見やる。


そうすると、オスカーがふぅと息を吐き出してエマを見ていた。いきなり視線がぶつかって、エマは二、三歩後ずさる。それに気を悪くした様子も無く、オスカーはじっとエマを見ている。


「あ、あの…。」


エマが小さく声をあげると、オスカーはこくりと頷く。彼はあまり話さない。と言っても、冷たく淡々とした人間と言うよりも、寡黙で真面目な人であるとエマは分析している。

オスカーは決してエマを急かしたり責めたりはしない。その代わりに、普段彼女に助け船を出したりもしないのだ。

オスカーのその適度な距離はエマにとっては嬉しい距離である。だからこそ、エマはしっかりと何を言うのか頭で考えてから口を開いた。


「…あの、ここいらの土の親和性が悪いです。特に、大森林の方角が。」


一端切り上げ息を吸う。これだけ言うのにとても緊張する。根拠のない意見を言うのはとても怖いことだとエマは考える。歯切れの悪い彼女の言葉を、やはりオスカーは黙って聞いている。


「もしかすると…、何か魔物の大量発生と関係があるかも…しれません。」


地面を見ながら言ったエマに、オスカーが小さく頷いた。それから彼は一度チラリと北西に視線をやる。


「大丈夫か。」


「…え、」


「魔法使いにとって、魔法の親和性が悪いのはある種の毒だと聞く。」


それからたっぷり三秒は使って、エマは結論を出した。この人(オスカー)は自分を心配してくれているのだ、と。なんだか気恥ずかしくなって、エマは下を向いて小さく頷く。


魔力だけは多いですから、と蚊の鳴くような声で言った彼女に、オスカーも小さく頷いて返した。


それからは特に何を話すでもなくじっと地面を見つめていたエマだが、突然悪寒を感じてびくりと体を揺らした。


オスカーを見ると彼も眉を潜めていて、何か良くない事が起こっているのだと悟る。嫌な気配が体をぞわりと駆け巡る。エマは震えそうになる唇を噛み締めて、すっとシャーロットの傍へと控える。


リュカは不思議そうにそんなエマを見ていたが、オスカーの警戒した様子に気付くと瞳を細めて周囲を見回した。


「どうしたの?」


あくまで冷静にリュカが尋ねる。それに答えようとオスカーが口を開くと同時であった。


耳をつんざく爆発音と目も眩む光。それが村の中心で起こったのだ。シャーロットが叫ぶ。


「魔核が!」


そしてそのまま走り出してしまう。直ぐ様後を追うオスカーとリュカ。しかし、エマはそこから動けずにいた。嫌な気配は、まだ続いている。迷うように背後を振り返り、しかし彼女もまたシャーロットの背を追った。


シャーロットは運動能力が高いと言う訳ではない。エマは、それは彼女の力が彼女の体力をも消費しているからだと推測していた。ぜえぜえと荒い呼吸のシャーロットに容易に追い付いたエマは、彼女に付いているのがリュカだけな事に気付く。


「オスカーは先に様子を見に行ったよ。」


走りながらリュカはエマに告げる。少し辛そうだ。魔法使いと言うのは、あまり体を鍛えない。そんな暇があれば魔力コントロールをしている方が有意義だと言うのが常識であるし、貴族ともなるとその風潮が強い。


エマは、只でさえ戦えないのでせめて体力面ではと体は鍛えている方であった。これくらいの距離を走るのは訳ないが、シャーロットを抱えて走る程の力はない。眉を下げてシャーロットを見る。とても辛そうだ。足はふらふらと覚束ないし、呼吸も荒い。しかし決して走ることを止めようとはしない。エマも止めましょうとは言わなかった。こういう時のシャーロットはひどく頑固であるからだ。


せめて走りやすいようにと地面を魔法で綺麗に整える。小石に躓いて転んでは大変だ。


そうしてしばらく走れば、村の中心部、大きな木の家--恐らくは村長の家だったであろう場所に到着した。


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