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第二話

西への旅は乗り合い馬車を使う。北で魔物退治をしている時は歩き旅だったが、北から西へ歩いて移動するには時間がかかるし、西にある大森林での魔物目撃数が圧倒的に多いので、西のなかでもそこを先に潰そうと言うことになった。


早い時間の乗り合い馬車は人が少なく、六人でもなんとか乗れる。しかし、エマは人と接するのが苦手であるから、とても近くにシャーロットが座っていることに心の中で溜め息を吐く。


どうしてわざわざ隣に、と俯くエマ。シャーロットは朗らかで誰にでも優しいので、チーム内の誰とも楽しくお喋りが出来るはずで、特に年の近いレオやリュカとは仲良くしている。ならばそちらへ行けば良いのに、とチラと彼らを見つめると、なにやら魔法について語り合っているようで、こちらには気付きもしない。


それならばと残りの男二人を見てみる---一人は剣士のオスカーで、もう一人は魔法使いのリカルドだ。まずオスカーは乗り合い馬車の入り口近くに座り、目を閉じていた。それが休んでいるのではなく索敵しているのだとこの二ヶ月の間に知ったエマは、邪魔をしたら駄目だと視線をはずす。


最後の砦とばかりに隣に座るリカルドをチラと見上げたが、全くの無視。実を言えばリカルドはエマの師でもあるのだが、戦えないエマに心底呆れているのは知っていた。エマはじっとリカルドを見つめてみたが、やはり反応は無い。戦えない無能な弟子などに構うわけ無いとエマはまた俯いて考える。


しかし、すぐ側、エマの服とシャーロットの服が触れ合うほどに彼女は居るのだ。エマはとっても気まずい心持ちであるのだが、どうにも彼女の方はそうではないらしく。上手く喋れない戦えない面白味の無い自分の隣になぜシャーロットがわざわざやって来たのかわからずに、エマは小さく眉を寄せる。


いつもなら、そう、いつもなら、彼女はレオやリュカと楽しそうに過ごしていて、此方へ近付いてくるのはあまり無いのに。というか、いつものエマは話しかけられないように、彼らから離れていた。しかしこの狭い空間では、いつものようにふらりと彼らから離れることも、夜番の代わりに戦闘の無い昼は寝ると言い出すことも出来ない。


じっとエマが息を殺していると、突然シャーロットがとんと肩を叩いてくる。少しだけそれに身じろぎして息を整えてから、エマはシャーロットへ顔を向けた。


「どうかされましたか、シャーロット様。やはり、乗り合い馬車は退屈ですか?」


なんとか絞り出した声は、震えてこそいないものの何の変鉄もない言葉を紡いだ。シャーロットが明るく分け隔てないので時々忘れそうになるが、彼女には尊い血が流れていると聞いている---つまりは貴族なのだろう。


彼女の家には専属の馬車があっただろうし、それはもっと高級で過ごしやすいものだろう。そんな彼女には乗り合い馬車の旅は退屈なのかもしれない。


しかし、エマの予想とは違ってシャーロットは花が綻ぶように微笑んだ。


「違う違う。エマとお話ししたいなって思っただけ。」


「私と?しかし、私には面白い話など何もありません。」


眉を下げてエマが言った。シャーロットの飾らないまるで平民のような言葉遣いは、エマにとっては身近なものだ。そして同性。レオやリュカと接するときよりは、すらりと言葉が出てくる。


「面白くないかは私が決めるから良いの。エマの、昔の話を聞いてみたいなぁ。だって、村や町に住んでいたんじゃなくて、森の近くの丘の家に住んでいたんでしょ?」


その言葉にエマは驚く。どうして知っているのか、と視線を下げてしまう。その姿に今度はシャーロットが慌てて、違うの!と声を上げた。


「レオに少し聞いたの!別に調べた訳じゃないよっ。ごめんね。」


「…なるほど、そうでしたか。」


レオはエマが住んでいた森の近くの丘に一番近い村の農民の子だった。エマが村へ行くことは少なかったので、村の子供と遊ぶことも少なかった。しかし、幼少の頃からちょくちょく彼はエマに取っ掛かることがあったので、彼から話を聞いたと言うなら頷ける。


「うん。それでね、丘の上の暮らしってどんなものなんだろうって思って。」


「別段特別なことはないですよ。家の周りに畑があって、そこで野菜を育てていたんです。土が良かったのか、家族二人には充分な量を採ることが出来ました。」


「そうなんだー、でも、お肉とかお魚は?どうしていたの?」


「それは、森の中に川が流れていて、そこで小魚を獲っていました。」


そういうと、シャーロットがきらきらと目を輝かせた。対してエマは、まだ続くのだろうかと少し引き気味だ。


「川っ。川でお魚をとるの?すっごいねー。」


何が面白いのか、そうなんだ、すごいねーと繰り返すシャーロットにエマは取り敢えずこくりと頷いておく。そうして、シャーロットの質問に答えていると、いつの間にか西に近づいてきたのが分かった。


土の感覚が違うのだ。これは直に西へ着くだろうとエマは少し気が楽になる。シャーロットは何も悪くないのだが、お喋りと言うのはエマには向いていなかった。


そこで、エマは一度息を吸ってシャーロットを見つめてみる。今も口を開こうとしていた彼女は、いきなりエマがしっかり自分を見たことに首をかしげた。


「シャーロット様、もうじき西に着くと思いますが、少し休まれてはいかがですか?到着する西の村からヅァングの都までは、魔物退治を行いながら向かうので、今休息された方が御体に良いかと。」


「そう?たしかにそうかも。疲れて動けなくなると皆に迷惑かけるしね。」


「まさか、迷惑などとは思っておりません。しかし、シャーロット様の力は精神力が多く剥がれると聞きます。どうか御自愛下さい。」


「もぅ。その硬い話し方、辞めてって言っても全然やめてくれないんだもん。わたし、呼び捨てで良いって何回も言ったのに。」


ぷぅと頬を膨らませる姿は、まるで天使のように可愛らしい。しかし、エマは少し眉を下げて困惑する。休んでくれる話になっていたのではないのか、と。


「シャーロット様…。」


眉を下げて困ったエマがそういう様に、しかしシャーロットはぷいと顔を背けた。


「シャーロットって呼んでみてよ。一度だけでも良いから。」


不思議な人だとエマは思う。こんな面白味もない平民に、ファーストネームを呼ばれたいだなんて。しかし、エマは二ヶ月チームとして過ごして、大体皆の人となりは理解していた。

なぜシャーロットがわざわざ自分の隣に座るのかも、本当は分かっている。シャーロットが、エマと仲良くなろうとしているからだ。エマは皆と共にいるよりも一人でいた方が落ち着くが、シャーロットはそれを気にしてくれていた。だからこそ、今はきっとチャンスだと思ってエマの側へ来たのだろう。シャーロットがそういう、どこまでもお人好しな性格だとエマは分かっていた。とても可愛らしく裏表の無いシャーロット。ぷいと顔を背けながらもこちらをちらちらと窺っているシャーロット。


だから、エマは一度息を吸って、吐いて、出来るだけ親しみやすく見えるよう微笑んでみせた。眉尻はさがったままだが、きっと笑えている。そう思ってエマは、口を開く。


「シャーロット、どうか御自愛下さい。」


暖かな声が出た。とエマは自分でも思った。失敗しないで済んだと胸を撫で下ろし視線を下げるエマ。一方で、シャーロットはその声と表情に、目を見開いて驚いていた。手はスカートを握りしめ、頬は少し赤らむ。そして口許は緩んで、その可憐な唇から言葉がこぼれ落ちる。


「ありがとう、エマ。お休みなさい。」


シャーロットはそう朗らかに言うと、そっとエマへともたれ掛かる。エマは一瞬身じろぎして、しかし拒絶はしなかった。


二十分でも三十分でも、シャーロットが休めるようにと、エマは覚悟を決めてぴたり動かず視線を落とす。


「はい。お休みなさいませ、シャーロット様。」



そうして、乗り合い馬車の中には依然として魔法について論議するレオとリュカの声が残った。

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