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第一話

魔法。それは不思議な理。一見して無から有を作り出すその奇跡にも、きちんとした理がある。誰でも使える訳ではなく、魔力を持つものにしか適性は現れない。そしてその適正にも向き不向きというものがある訳だが---


自分は決して戦闘に向いている魔法使いではない、とエマは常々思っている。


「エマ!敵を囲え!!」


怒号の用な指示にエマは視線を落としながら答えた。土よ、と心のなかで声掛けるだけで周りの地面がざわめき出す。そして一呼吸の間もなく土がぼこりと隆起して、檻のように形成される。


国に命じられて特殊対魔チームに所属しているエマは、魔法の適正、所謂属性魔法というものが土であった。戦闘職の魔法使いとしては珍しい属性で、エマ自身戦闘には向いていないと思っている。


それは土魔法が戦闘にあまり向かないという常識じじつよりも、彼女自身に問題があるからだ。


「エマ!良い加減戦闘に参加しろ!!」


また同僚から怒号が飛んでくる。しかしエマはその場から動かない。エマが構築した檻のなかでは、二人の青年と二人の男が魔物と戦っている。戦闘は此方が有利で、エマがそこに入らなくとも勝利は目前であった。


しかし、先ほどからエマに怒号を飛ばしながら炎を操り剣を奮う青年は、エマが戦闘に参加しないことがいたく気に入らないらしい。目の前の敵を切り捨てながらも、戦闘の一呼吸で大きく息を吸って檻の外に居るエマへと怒鳴る。


「エマ!!戦えよっ!」


しかし。青年が何度声をかけようとも、エマは動かない。それどころか顔すら上げずに俯いていた。


「…私の仕事は敵を逃がさないことです。」


自身を納得させるように呟いた小さな声は誰にも届かず、エマは小さく小さく震えた。嫌だ。言葉にならない声が漏れる。王命でなければとっくの昔に逃げ出している---


そう思うほどに、彼女は戦闘に対して畏れを抱いていた。



「エマ!また戦わなかったな!」


戦闘後、汗一つかかずにずんずんと寄ってくる青年に、エマは少し眉を寄せた。


無理なものは無理なのだ。小さく心の中で反論して、エマは押し黙る。そんな態度に痺れを切らしたのか、青年が彼女の胸ぐらをぐっと掴もうとした。


「はいはいはい、そこまでにしときなって。レオはほんと熱血だなぁー。」


困ったように眉尻を下げて、しかし口端を引き上げた青年が二人の間に入った。残りの二人の男の方は、此方に構わず戦後の処理をしている。まるで、いつもこうだとでも言うように。


「リュカ!止めるなっ!いつまでも腑抜けた態度取られてたらこっちまでイライラするんだよ!」


「そうは言っても、彼女は役目を果たしてるしさぁ。僕的には、そんなに目をつり上げて怒る必要はないと思うよ。」


ね、と口端をつり上げたままリュカと呼ばれた青年がエマに視線を投げる。一方、彼に庇われた形になるはずのエマは、余計に居心地悪そうに身を縮こませた。キラキラとした金髪に珍しいピンクの瞳の青年--リュカは貴族の息子であった。

エマの身分は平民であり、本来なら肩を並べるのも珍しいことだ。リュカは身分について気にしないようにと言ってくれているし、彼女は必要以上に萎縮しなくとも良いのだが、元々の彼女の後ろ向きな性格もあってなかなか面と向かって話をすることが出来ないでいた。


エマの中で貴族と言うのは権力の象徴であって、そしてそれにあまり良い印象はない。仕事柄、貴族と対面する機会も多くあったし、良い加減慣れてきちんと対応できるようにならなければとエマ自身思っているのだがそうそう生まれ持った性と言うのは変わらない。


じっと俯き言葉を発することのないエマを、リュカは特に気にしていないようだ。しかし、戦闘中からエマに対して怒号を飛ばしていたもう一人の青年は違うようで。


レオ、とリュカに呼ばれていた彼は、怒りこそ納めたもののその鮮やかな黄色の瞳に不快だと言う感情を強く映してエマを見下ろしていた。

彼とは幼年学校から見知った仲で、こうしてずっと同じ事を言われ続けている。エマと同じく平民の彼からすると、萎縮して戦えない平民の魔法使いの女などがいては、ひとくくりにこれだから平民は、と思われてしまうと考えているのだろう。

少なくともエマは、レオの度重なる自分への衝突をそう受け取っていた。邪魔をするな、と思われていると。

そして、そう思えば思うほどに、エマの態度はどんどん萎縮する。向けられる負の感情を気にせずいられるほど、彼女は前向きではなかった。


「戦えない魔法使いとか何で選ばれたんだよ。意味ねぇじゃねぇか。」


「またすぐそういうことを言う。魔法使いは何も戦うことだけが仕事じゃないんだから。ほらほら、カッカしないでシャーロット様呼んできて。」


ぽんとリュカがレオの肩を叩くと、レオが舌打ちを一つ残して踵を返した。彼がいなくなってほっとする自分へ嫌気がさす。だからと言ってリュカと話せることなどなく、ぺこりと頭を下げすっと側を離れる。お礼を口に出して言うべきなのは百も承知で、しかし言えない自分をまた情けなく思う。


エマはふるりと頭を降ると、しゃがみこんで地面へ触れる。土よ、と声をかけるだけでそれらは応えてくれる。作った土の檻を崩すと、もう一つ、戦った場所より少し遠い場所にある小さなドームを崩した。


戦うべきなのは分かっている。けれども、どうしても戦いたくない。単純に怖いのだ。他の何よりも、どんなことよりも。

だからこそ最低限与えられた命はこなす。エマの仕事は、魔物を取り逃さないようにサポートすることと、このチームの要とも言える人物を守ること。

崩れ落ちるドームの中からレオの助けを借りながら出て来た小柄な少女。高潔なる血を引きながらも屈託なく笑って、誰にでも優しい少女。魔物に対する特殊な力をもつ彼女、シャーロットを守ることこそがエマの最大の任務であり、命に変えてもやり遂げなければならない責務であった。


エマの護衛対象であるシャーロットの役割は、主に戦闘後の魔物の処理である。魔物は普通の動物とは違い、魔核と言う物を心臓とは別に持っている。そこから魔力が供給されることで魔物は肉体が強化されたり魔法を扱えたりする訳だ。

魔物がなぜ生まれるのかは未だに解明されていない問題だが、魔核の方は魔物の死んだ後は只の魔力の塊になると認識されていたので、魔道具などに使われていた。

しかし、ここのところ死後の魔核が突然に力を取り戻す現象が多発している。完全に生前の魔物の姿に戻る例は少ないが、生前の体の一部になったり、生前扱っていた魔法が突如発動されるなどといった原因不明の事件が起こっているのだ。

魔法使いの間ではある種の呪いだと囁かれているそれを、特殊な力を持ってして無効化する人間が少なからずいる。その内の一人がシャーロットと言う訳だ。

そして、その魔核の暴発事件と共に魔物の出現数自体も増えてきている。そこで、魔物の討伐と魔核の無力化、本来なら道の違う二つの問題を一挙に解決しようとした国の苦肉の策がこの特殊対魔チームであった。


苦肉の策故のチームだったが、もう結成して二月ほど経っておりチーム仲は自分を除いてとても自然で、また成果もなかなかの物であった。王都に近い北の方面はあらかた潰したと言っても良いくらいで、次は魔物の出現率の多い西へ向かうことになっている。


エマは一人溜め息を吐く。二月で北を片付けるのはとても早いことだと分かっている。チームの皆がとても優秀であることも。しかし、エマにとっては憂鬱でしかない仕事で、早く終わらせたい案件でしかない。それがあと、西、そして南と東が残っていると考えれば、それだけで気分は沈む。


楽しそうにレオやリュカと話すシャーロットを眺めながら、エマはまた一つ溜め息を吐いた。



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