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水の神器使いの諸々

初投稿でドキドキしております。頭の中で浮かんでくる物語を書き出したのでダイジェストみたいになりましたが、楽しんでいただければと思います。

目指せ、テンポの良い物語!

放て、妄想大爆発!!


始まり、はじまり~☆

頭がガンガンする。そのせいか、目の前が霞んでよく見えない。

耳鳴りがうるさい。そのせいか、何を言ってるのかよくわからない。

「-----?---!!!--!!!」

何度か瞬きをして、なんとなく焦点が合った。ジャガイモみたいな輪郭の茶髪のクソジジィと隣で騒ぎ立てる黒いローブを着た団子っ鼻の小太りなおっさんが見えた。

・・・全く嬉しくない。むしろ嫌。

鼻で笑ったら水ぶっかけられた。おかげでちょっとはっきりした。

そうだ、捕まったんだっけ。



半年前。王都に向かう馬車の中、窓枠に片肘をついてナセルは外の景色を何の気なしに見ていた。王都までの整備された道はたいした揺れもなく、外の景色は野原と山とたいした変化もなく、この先大したこともなく終ってくれるといいなぁなんて、呑気にさせてくれる。現実はそうでもなく、各国の神器使い達と会わなきゃならない、メンドクサイ状況なのだ。

「いっそ、王都までの道でやんごとなき事情とか、なんないかなぁ。」

「やんごとなき事情にならないために斥候がいるんですよ。一大事になったら国の沽券に関わりますねぇ。」

ナセルの対面に座る男性が、にこやかに頬笑む。ナセルが自国から連れてきた従者のセバスチャンだ。この従者、見た目は優しげな好青年だがちょっと毒吐く腹黒にーちゃんだったりする。

「毎年だけど、神器持ってる国の所持者とその後継者が強制参加って、互いの牽制かも知れないけどメンドクサイ。」

王都に入ってからナセルはポツリポツリと呟いた。セバスチャンは静かにそれを聞き、ただ相槌をうっている。まだ10代のナセルには、頭では解っていても納得したくないのだ。やらなきゃならないことが他にもある。王都での会談は彼女には無駄な時間なのだ。

「ダル・シーに会う予定でしょう?それまでの我慢です。」

「・・・長い道のりだわ。」

いつの間にか馬車は、城の中へと入っていた。

体が殆んど傾くことなく静かに扉の前で止まる。外から御者が扉を開け、先ずはセバスチャンが。次に彼の手を借り、ナセルが降りる。

ナセルのマントが僅かにはためく。白いマントに水色の刺繍が刺してある。所々に銀糸が混ざり、日の光にキラキラ輝く。大きく胸元の開いたベアトップと股下15センチのスカートはは水色の布地に白の刺繍。ベアトップとスカートの間の腹部は臍が見えている。この極端な布地面積を気にしないのは、露出している肌の多くを覆うアミュレットや増幅器のアクセサリーだ。首には幾つもの魔導石を連ねたチョーカーやネックレスが連なる。腰周りには大振りな石が小さな石を囲むような意匠を凝らした鎖が巻かれている。両方の二の腕には片方が守護神の水龍が巻き付いているようなデザインで、もう片方はその鱗を模したものだ。どちらも大きな石が嵌め込まれている。手首には華奢なブレスレットが幾つもある。この一つ一つにも同じように小さな石が連なっている。両耳に5つづつの石。長い髪を一纏めにしている飾りにも石。かなりの重さとなるはずなのに、ナセルはその様子はない。匠の技を駆使して動くのに支障ないレベルにもっていったのだ。

因みに、足にはアンクレットが一対あるだけだ。動きの邪魔になるかららしい。あと、脚長効果だとかは、秘密である。

セバスチャンが静かに先を促す。セバスチャンは白のマントに水色の長衣、黒のブーツという出で立ちだ。腰に何冊か魔導書を持っているのが見える。

「決戦と行きますか。」

ヒールを鳴らして回廊を進んだ。



大広間には既にほとんどのメンバーが集まっていた。剣、槍、斧、弓。剣士や騎士、戦士がいる。

・・・むさ苦しい。

その反対に火、風、土の魔導師がいる。

その中に黒髪、黒目、浅黒い肌の長身の男がいた。切れ長の目がナセルを見つける。

と同時に会場中の目が一斉にこっちを向く。様々な意味を含む視線を受けながらナセルは男の方へ歩いた。

「ダル・シー、お久しぶり。」

ダル・シーは静かに微笑むと、ナセルの手を取り騎士の礼をした。

「魔法騎士、おめでとう。」

心からの祝福の言葉を伝えると、自然と笑みがこぼれた。

ダル・シーは僅かに目を細めると、立ち上がる。

「ホントになるとはな。すごいやつだよ。お前は。」

ダル・シーの肩に手をかけ神妙な顔をするのは、新緑の髪に琥珀の瞳、象牙の肌の男だ。皮肉屋な笑みが何かチャラい。見た目もチャラい。

「お久しぶり、アレクセイ。あなたも元気そうね。」

笑みが意地悪に変わる。知ってる。この笑みになると・・・

「ナセルは変わらずちんちくりんのまんまだなぁ。ご飯はちゃんと食べてるか?沢山寝てるか?夜更かしはいけないぞ。」

ナセルの髪を乱暴に撫で付ける。前髪がグシャグシャになる。

「10代の成長、なめないでよ?見てなさい、来年の今頃10センチ高くなってるんだから!」

「外部補正は無しだよ?」

更にグリグリされて、なんとなく足下が床に沈みそうだ。縮む。

外部補正、ヒールの力を借りてもアレクセイの顎の辺り迄しかない。

「やめろ、アレクセイ。女子に失礼だ。」

「クラヴィス。」

仲裁に入ったのは燃えるような紅の髪に 夕日のような赤い瞳の美丈夫。背中まであるうねる髪を見るたび、ナセルはこの男が獣のようだと思う。実際、戦場での噂も獣のようにかけ、たちまち辺りを燃やし尽くしていくそうだ。

ぼんやり見ていたらしい。アレクセイに更にグリグリされて、はっとした。

「やめっ‼縮む‼」

「クラヴィス、女ってのは、出るとこ出て、へっこむとこへっこんでるやつを言うんだ。カレンデュラ嬢を見てみろ。正気に戻れ。」

くそう。ツルッペタなめんなよ。10代のゴニョゴニョ。

カレンデュラとは、槍使いの女性騎士のことだ。神器使いで更にドラゴンまで乗りこなす。深いワインレッドの髪に金色の瞳。豊満な胸に鍛えられて細いウエスト。目鼻立ちはくっきり、性格ははっきり、さっぱり。フェロモン大爆発なグラマラス美女だ。

頭の上で笑っているアレクセイの足でも踏んでやろうと構えたとき、妙な違和感がした。

弾かれたようにそっちを向き、直ぐに魔導の氷を投げつける。続けざまに炎と風、岩の塊が降り注ぐ。

人のうめき声。そして雄叫び。土埃の向こうから岩みたいにゴツい男たちがなだれ込んできた。

一撃目では被害が少ない者、無傷の者。各々手に武器を持っている。倒れている人を乗り越えて、大広間に侵入してくる。

戦いが始まった。



「なかなかの余興だよな。趣味悪いけどさ。」

「蛮族の侵入を許すなど弛んでいる。これはゆゆしき事態だ。」

「・・・ナセル、庭の方に行ったな。」

「「わっ、ダル・シーの声、久々」」

「・・・」

蛮族の大群にバチコンバチコン魔導を放ちながら攻撃を避けつつ話をする。

質より量作戦なのか、払っても払ってもキリがない。

「ナセル、はぐれたなぁ。」

「はぐれたと言うより追いやられた?」

「嬉々として突っ走って行った?」

「アレクセイ、前から思っていたが、ナセルへの扱い酷くないか。仮にも女性だぞ。」

「アイツにはこのやり取りが丁度いい。女性とは凸凹が無くてはならないのでは?」

「だから、そのやり取りを直せと言っているんだ。女性の体の作りだけが重要なのか?」

「からかいがいのある所は認めているんだ。それ以外ないだろう?凸凹は男のロマンだ。譲れん。クラヴィス、お前は女の何処を見ているんだ?」

ナセルの話と女性の魅力とはが同列で展開されている。そのなかで蛮族への応酬。混戦を極めるなか余裕である。

スピードが圧倒的に違うのだ。詠唱速度殆んどゼロ。下位魔導でも使い手の技量で普通の魔導士の上位魔導位の威力はある。次々と風の刃で切り刻まれたり、火だるまになったり、岩石の下敷きになったりしている。

少し視線を向けると剣士の周りには屍が山のようになっている。一撃で仕留めたのだろう。蛮族の何人かが遠巻きに見ている。その中に突っ込みまとめて何人か倒す。

大木一刀両断。舞うような動作だ。

斧使いは・・・マゴマゴしてる。神器出すか出さないか悩んでいるらしい。ドウデモイイ。

槍使いは、鮮やかだ。相手は斧使いが多く、槍では不利な展開なのに、微塵も感じられない。ワインレッドが美しい軌跡を描けばこちらも山ができる。

弓使いは、打つ早さを武器に近距離だろうと遠距離だろうと打ち抜いている。まとめて2人とか串刺しになっている。

聖杖使いは後方支援に徹している。槍使いの近くにいるのはいい判断だ。次々突破していくのは付いていくのに不安だ。マゴマゴは論外。槍使いは見捨てないだろう。

各々が活躍しているが、大局を見るとどうも引っ掛かる。

偏っているんだ。やたら斧使いと、中庭に。

ダル・シーは急いで中庭に向かった。背中に嫌な汗が流れた。



戦いが始まって直ぐ、ナセルは中庭に追いたてられた。倒しても倒してもキリがない蛮族の群れに、大打撃を与えるスキを伺っていたとき、不意に伸びてきた手にマントを掴まれ、バランスを崩したところぶん投げられ、四方を囲まれた。何とか打開しつつ移動していると、気がつけば中庭に。

倒して、倒して、中庭が倒れた蛮族で一杯になる頃、魔導書に<ヒビ>が入った。

「嘘⁉限度越えた⁉」

持ち込み可能な魔導書は一人2冊。もう1冊は神器だ。

剣や槍等の武器が消耗するように、魔導書も消耗する。<ヒビ>が入り使えなくなる。持っている魔導書から、媒体としての機能が無くなっていくのがわかる。

・・・あと2回ってとこかな?

攻撃を避けつつ、一番効果的な場所を探す。

・・・絶体怒られるなぁ。

向こうも突破してくる。絶体に。

避けつつ、逃げつつためまくった魔力を魔導書に集約する。回廊に向かって放つ。直ぐにその後ろを駆けていく。

左の茂垣から蛮族。不意討ち過ぎて避けられない。目が合って、斧の流れが見えて、斬られる‼

蛮族の斧が左の腕を掠める。男の体が傾いでいく。右へ、静かに。その背中に剣が刺さっている。

「ダル・シー!ありがとう‼」

「・・・怪我、したのか?」

・・・ん?

左腕からドクドク血が流れてる。アクセサリーが赤くなってる。指先から地面に滴となって落ちていく。

「・・・」

ダル・シーの右手が傷口に触れる。

なんとなく、なんとなく地面が唸って動いてるような。

蛮族が迫り来る。

ダル・シーを引っ張る。

「あ?」

大量の土が舞う。うねる土蛇が二人をぐるっと囲み、その巨体が壁となり周囲を覆う。高さ2メートル位。蛇の頭から尻尾まで50メートルはありそう。鎌首あげてあっという間に数人飲み込む。あとはよく見えないが、叫び声やらなにやらかにやら。

「・・・淘汰してくれる。」

蛇が囲いをはずし、動き出す。視界が開ける頃には周囲に蛮族は殆んどいなくなっていた。

お腹のなかに入ったらしい。

ダル・シーが静かに歩き出す。右手から土の神器の魔力が上がる。

ミドガルズオルムが発動しようとしてる。

ナセルはダル・シーの後を追った。駆け出そうとしたとき、何かが背中に当たった。それが静かに体のなかに侵食し、胸の真ん中目指して突き進んでくる。

ぞわりとする。

コレハ、ハイジョシナケレバ。

自分の意思など関係なく、リヴァイアが発動する。

爪の先から髪の先まで侵食されそうになったとき、神器が発動した。



異変に気付いて咄嗟に地面に埋まる。

刹那、大きな力が通り抜けた。

リヴァイアだ。

僅かな片鱗。背中が粟立つ。

這い出して辺りを見る。

倒れている蛮族達。土蛇の影響より、リヴァイアの方か?

おそらく城門付近までの蛮族は皆、こんな状況だろう。

大広間の方を見ると、アレクセイ、クラヴィス、他の面々が中庭に出てきた。皆所々衣服が乱れているが、目立った怪我はないようだ。

そう、問題は、ナセル。

風にマントがはためき、大きく波打ってる。俯き加減の様子では、状態がわからない。

正気か、否か。

さっきから嫌な汗が止まらない。

もしものときは。

ナセルに近付く真っ黒な魔導士がいる。

手を伸ばし顎に手をかけ自分の方を向かせる。

下卑た薄笑い。口許しか見えないが、明らかに見下している。

「神器使いも我が術の前ではただの女に成り下がる。男に媚びへつらい、端から言うことを聞いていればいいのだ。化け物め。穢らわしい血め。」

マントの留め金が外れて飛んでいく。

まだ少女と女性の間の儚さの残る華奢な肩が露になる。髪が風に揺れ、細い首が頼りなく見える。

魔導士の細く骨ばった手が伸びて、


ブツッ


チョーカーとネックレスが引きちぎられた。

地面に散らばり、魔導士が踏みつける。

割れる。砕ける。

魔導士の目に胸の真ん中にある歪な石が見える。触れた瞬間。

「あーあ、やっちゃった。」

「困ったことになったねえ。」


音が、止んだ。

耳鳴りがする。


魔導士の首に爪が食い込む。気管だけを正確に締める。ギリギリ、息ができるぐらい。でも、放せないぐらい。

苦しくて手を振り払うため爪を立てるが、立てられない。叩き落とそうとするが、叩けない。まるでその間に何かあるみたいに触れられない。

「アタシの中、見てみたかったのかしら?体験したかった?ああ、もしかして、リヴァイア、使いたかったの?」

魔導士の口があんぐりとあく。

「期待に添えなくてゴメンね☆アタシ達は、効かないんだわ。」

上げた目が金色て、瞳孔が爬虫類のそれだ。

喰われる。

ナセルの反対の手が魔導士の手に触れる。ゆっくり、ゆっくり。

触れたところが干からびていく。そして、崩れる。

痛みなんてない。ただ、崩れていく。

「誰の差し金かしら?蛮族は捨てゴマね。ああ、そのローブ。闇の魔導かしら。使った魔導もそうよね?この間からイザークとの国境とか、シュバルツの樹海とかイザコザ起こしてたの、あんた達ね。暗黒神を甦らせるとか、教団の世界支配とかかしら?」

魔導士が苦しさにバタバタともがこうとする。何かに拘束されているようで、遠くからは地団駄踏んでいるようにしか見えない。

「ああ、この間ボコしたルヴィク王関係?」

辿る手が二の腕まできたとき、その手首を掴まれた。

ぼーっと目で辿ると、真っ黒な双眸についた。

静かに見下ろす目。深い黒に、感情を読み取ろうとした。

反対の手も掴まれる。力が抜けて、拘束が離れる。

ああ、掴んでたんだっけ。

燃える炎の色が視界を掠める。夕陽みたいな目と合う。

「あ・・・」

目を優しい力で覆われる。頭の後ろに衣服の感触がした。

「もういいんだ。皆無事だ。蛮族も、味方も。あとは任せろ」

触れられている所が火傷しそうなほど熱い。

目を閉じ、静かに呼吸する。

胸が熱い。

ダイジョウブ。マダ、コノセカイニイル。

目と片方の手が放される。

頭からマントを被せられ、そのまま巻き付けられる。優しく引かれ、抱き止められる。

刹那、ぎゅっと抱き締められたが、希望が幻をうんだのかもしれない。

コノナカハアンシンスル。

大切なもののように抱えられ、体が宙に浮く。

目を閉じ、耳を閉ざす。



「やぁっ・・・やめっ・・・・・・おね、がい!・・・あ、ああっ‼」

泣きながら懇願するが、彼の動きは止まらない。熱い舌が、唇が、肌を這う。繊細な指は、ナセルの肌を滑るように動いていく。

濡れた瞳に幾つものクリスタルが冷たい光を静かに放つ。とても熱いのに、とても寒い。

左の肘を優しく捉えられ、舌と唇が傷口をなぞる。

刺すよな痛みと頭がぼーっとするような甘い疼きに腰が引ける。実際引くことはできない。全身の力がうまく入らず、何とか右手を地面について支えているのだ。

「ん、んんっ・・・」

ここは地下に作られた祭壇。土の神器使いのダル・シーが一緒じゃなければ入れない特別な所。祭壇の前の魔導陣の真ん中に、ナセルとダル・シーはいる。彼のマントを敷き、その上に座っている。

ナセルの体からアミュレットの類いは全て、ダル・シーの手で取られ、今は水を張った器のなかに入れられている。

ここは土の力が支配するので、ナセルのリヴァイアは体の奥の方で静かに眠っている。

「い、たい・・・」

左手の指先から丹念に舐められる。血の塊を歯であまく食む。丁寧に剥がしつつ、一筋も逃さないように。二の腕の大きな傷までいったり来たり繰り返す。

その度に痛みと疼きで、ナセルは喘ぎ声をあげる。

ふとダル・シーが顔をあげる。怪しく揺れる闇色の双眸。

「美しいな。濡れる瞳も、艷めく声も。全てが俺を試し、煽る。」

「あっ・・・!」

引き寄せられ、唇が顎に触れる。そのまま涙の跡を辿り、こめかみに音をたてて口付ける。

耳朶を食む。体を震わすナセルの様子を見て笑む。

唇が首、鎖骨、デコルテと下がっていく。うっすらと赤い筋が浮かぶ。

ナセルの中のリヴァイアを押さえる封印符。アミュレットや増幅器は全て、封印符の強化の為だ。

「やっだっ・・・痛ったい!」

触れるところが全て、チリチリと熱を持つ。

まるで、ダル・シーという毒に侵されていくような。

ナセルはもう、自分を支えられず、ダル・シーに委ねていた。

「俺に爪たてていいよ。声、抑えないで」

ダル・シーの唇が胸の石に触れる。

ナセルの口から声にならない声が漏れる。爪がダル・シーの背中に痕を残した。



水の滴る音がする。

ダル・シーの体温が心地いい。耳に彼の心臓の音が響いて安心する。髪を鋤く手がうっとりさせる。

「ダル・シー?」

一度間を置く。

「ありがとう。」

グッと抱き締められ、息が止まる。

耳の後ろで極小さな声で何か言われた。

「?なに?」

「俺がお前を守る。これぐらい気にするな。」

「何言ってるの。それは大切な女性に言うものよ?」

腕を剥がして起き上がる。髪が肩から滑り落ちる。

ダル・シーは肘をついてこめかみに手を当てると、ちょっと驚いた顔をした。直ぐに余裕の笑み。反対の手でナセルの髪を鋤き、そのまま体のラインをなぞる。

ナセルは唇を尖らせると、体を揺すって抗議した。

「ちょっと、聞いてる⁉」

「俺が口下手なの、知ってるだろ?こんなこと、そう簡単に言わない。」

ナセルは大きく目を見開く。

天然たらし?

アレクセイやクラヴィスだけではなかったか⁉

男ってやつは、男ってやつは‼

ちらりと見たダル・シーの余裕の顔がムカつく。

10代。恋愛なんてあの人カッコいい、きゃあ☆位が関の山。

・・・ん?今までそれどころではなかったから、それすらない?


あれ?アタシの恋愛は、どこ?


まてまて、好きな人くらい、いただろ?

赤くなったり青くなったり、百面相しているナセルを、たまらないと言わんばかりの顔で見るダル・シー。

まともな人が見たら、ダル・シーは上半身裸。下はズボンを履いているだけ。ナセルはアクセサリーは全て外し、ブラとパンツだけという出で立ち。どう考えてもコトノアトってやつでしょう。

ナセルにとってこの格好はいつものことで、ダル・シー相手になんの気も起きない。いつも封印符の強化ののきはこの格好だからだ。

頭がぐるぐるしてきた。

ナセルは再び横になる。封印符の強化の後はものすごく疲れる。

きっとダル・シーも疲れてるんだ。だからあんなこと言うんだ。

とても大事なことに気付きそうだったけど、敢えて目をそらす。

どんなときも逃げるなんてしないで挑んできたのに、何で逃げたいんだろう。何で気付きたくないんだろう。

隣に横たわるダル・シーの鎖骨の窪みを見る。会うたびに傷跡が増えてる。体格も逞しく、男らしい。顔つきも目は鋭くなり、顎のラインはシャープになり、女の子達はキャーキャー言うだろうなと思う。

神器使いは顔が整っているものが多い。

アタシはフツーでちんちくりんでダメダメですけど。

なぜ平等ではないのだ。

「アレクセイからアタシはマニア受けするっていわれたしなぁ」

ナセルの髪を持って遊んでいたダル・シーの手が止まる。

怪しく光る黒。

髪を一房掴み、口許に持ってくる。

音をたてて口付けされる。

「俺が居るからそれでいいだろう?」

頭を引き寄せられ、腕枕される。さっきより近い。

なんか、心臓がおかしい。

背中に腕を回され、頭に口付けされる。

ぎょえぇ。わーわーわー!

キャパシティオーバーと、疲労で、ナセルの意識はブラックアウトした。

最後に笑い声を聞いた気がしたけど、気のせいにしておく。



二人が城に戻ると、太陽が出始めていた。

あてがわれた部屋に向かいダル・シーに送ってくれた礼をする。

大きな体を屈め、ダル・シーが近付く。

あっと思ったときには首すじにチリリとした痛み。

くすっと笑うとさっさと行ってしまう。


やられた。


急いで部屋に入り、バスルームへ。鮮やかな赤を見つける。

あの一瞬で⁉天然たらし故に⁉

手早く身を清めると、着るものを探す。

詰め襟、ノースリーブのシャツに、膝上10センチのスカート、膝下のブーツを合わせる。髪は上の方で一つに纏める。

鏡で痕が見えないか確認。

ん、大丈夫。

ドアをノックする音がした。セバスチャンだ。

昨日の急襲で、多くの犠牲者が出た。セバスチャンも怪我を負ったが、シスターの回復魔導で今はなんともない。疲労の様子が見えるのは、事後処理で駆けずり回っていたせいだろう。

「おはようございます、ナセル様。リヴァイアの後遺症は無いようですね。こちら、魔導書です。修復してあります。会の前にお預かりしていた魔導書ですが、昨日の一件で無断でお借りしました。お陰さまでサリクもユージンも軽傷です。こちらも修復いたしました。何か不都合がないかご確認を。」

「あなたの腕は信頼してるから大丈夫。預けておいた魔導書が役に立ってよかった。」

ナセルは胸を撫で下ろした。

サリクとユージンは魔導士の従者だ。会議のあと、ナセル達はイザークに治水管理のために向かうことになっている。他にシスターのユリアと見習い魔導士のオイフェがいる。

話を聞く限りでは、皆無事なようだ。

「オイフェのトラウマにならないことを祈るわ。」

「この程度で?あの者はタフな男ですよ。見た目は軟弱ですが、泣きながら戦っていましたよ?命中や、ダメージに関しては及第点ですが、将来性は見込みがありますね。」

にこやかに笑う。

なんだろう、誉めてるのに笑顔にほの暗さを感じる。

準備ができたら広間で落ち合うことにして、セバスチャンは出ていった。

荷物は纏めてある。後はアミュレットの類いだけど。

チョーカーは引きちぎられ、踏まれたのでヒビが入って使えなくなっただろう。他のものでは増幅器としての役割は小さいが無いよりましか。

まぁ、治水目的だし、野党の類いにリヴァイア使うことはないから、生命の危機にならない限り大丈夫だと思う。

セバスチャンが特に言ってなかったこともあり、気を付ければなんとかなるだろう。

封印符、かけ直したし。

そっと胸元に触れる。

もう赤い筋は消えた。ただ、触れたあとが心に残ってる。

「・・・頭わいてる?」

腰のバッグに魔導書を入れ、鞄を肩に掛ける。マントを身につければ完成だ。



広間に着くと、神器使いの魔導士達がお茶を飲んでいた。

従者達はまだいないようだ。

「おはよう。」

挨拶すると各々返ってくる。

「ちんちくりんは朝から元気でいいなぁ。その調子で早寝早起きすれば、大きくなるぞ。」

アレクセイは眠そうに欠伸をする。

キスマークが首すじにボコボコ付いてる。隠そうとしないのは自慢か?

クラヴィスを見ると、鎖骨近くに濃いいのが付いてる。

・・・何しに来たんだろう。イケメン、爆ぜればいいのに。

近くに来たメイドにお茶を頼みながら座る。

「頼まれてたアミュレットの修復。」

アレクセイが目をショボショボさせながら懐から取り出す。それをじゃらじゃら音をたてて机の上に置く。

「ありがとう。」

びっくりして感情がこもってない返事をした。

壊れたからもう無理だと思っていたのに。

「欠けたり、歪なのは削った。ヒビは修復したから大丈夫。切れたとこも繋げてある。穢れは祓ったし、増幅器の力上げておいたから。ブレスレットとか指輪とかピアスとか、貸して?」

ナセルはコクコク頷くと、取り出したハンカチに外してのせていく。

一纏めにすると、欠伸をしながらアレクセイは席をたった。

「直ぐ戻るから待ってて。30分もかかんないと思う。」

「あ、ありがとう。」

「ん。」

ふらふら歩いて行ってしまった。

「セバスチャンから次はイザークに向かうと聞いた。国境付近はイザコザがあるとか。護衛を付けるか?」

クラヴィスが心配そうに聞いてくる。

確かにちょっと危険な所を通る。

斥候の知らせでは道を開けておくが、何時なんどきに備えておくようにとのことだ。

イザークの剣士たちが同伴してくれるが、絶対安全とは言えない。しかし同伴者が神器使いであるところはありがたい。

「ゲラルト殿や向こうの剣士たち、それにセバスチャンたちがいるからなんとかなるとおもう。心配してくれてありがとう。クラヴィスこそ、これから遠征と聞いたよ?大丈夫?」

クラヴィスは少し肩を落とす。はにかみながら答える。

「黒の教団関係なんだ。遠征とか言うがそこまで厄介と思わない。」

・・・1人でも一個師団とか殲滅しそうだもんな。

「やれやれ、うちの参謀殿がいらっしゃったようだ。では行くとしよう。君の安全を祈っているよ。」

朗らかに笑うと行ってしまった。

「クラヴィス!御武運を‼」

ヒラリと手を振る。

残されたのはダル・シーと二人になった。

なんか、気まずい。

居たたまれない。

もぞもぞしてると、笑われた。

口をへの字に曲げて上目遣いに見る。

半笑い、ムカつく。

「そこまで警戒しなくても、こんなところでなにもしない。」

お茶を一口飲む。味がわからない。

「それとも、何かしてほしいとか?」

誰かこの人止めてください。

もう、どこかに封印してください。

「次に会うまで、痕が残っていればいいのに。」

「あーもー‼話すの禁止!!」

慌てて手で口を塞ぐ。

その手を取られ、口付けられる。

「○×△□!!!」

力一杯手を引き剥がす。

きっと顔は真っ赤だ。心臓が破裂しそうだ。

これ、聞こえちゃうんじゃないか?

ダル・シーはくくっと笑うと堪らない様子でナセルを見る。

「俺のこと、意識すればいいよ。頭の中、俺のことでいっぱいになっておかしくなればいい。」

とんだ独占欲をぶちかます。

立ち上がると近付いてきた。

そしてー

「ーーー!!?」

「治水管理、気を付けて。神の加護のあらんことを。」

アイツに殺されるかも知れない。




会議から数ヶ月経った。

イザークでの治水管理は自然とのやり取りの方が多い。

イザークは砂漠と荒れ地が多い。地形が複雑で岩山や崖が切り立っている。案内人がいないと迷うか死ぬ。何度か崖から落ちかけて助けられた。

森や林があるが、気を付けないと野性動物に襲われる。

さっき熊に遇った。その前は狼。

「この山の麓に源泉があります☆。日が暮れる前に着きたいので頑張りましょう♪」

麓までここいらの人でも半日かかるのに、いま午後2時。季節は秋。日の入り、早くね?


このソードマスター、鬼だ。


にっこり笑うとどS満載でおっしゃった。

いや、イザークに来て、顔合わせして直ぐ仕事をせき立ててきた時点であれっ?って思ったけど。始めの1週間位は仕事熱心なんだなって思ったけど。次の1週間で嫌がらせかなって思ったけど。そのあと辺りから、どうもどSらしいとひしひし感じて、直ぐに確信に至った。

確かに仕事早いよ。的確で無駄がないよ。案内だって、護衛だってやっちゃうよ。

ただ。ただ選ぶ道、近道だけどやたら険しくないですか?獣、たくさん出てきませんか?崖の罠、多くないですか?

そりゃもちろん、夜は疲れきってるせいかぐっすりで、朝はすっきり起きれますよ。見張りやってくれているので獣の心配ありませんよ。食べ物は現地調達ですが、困ったことはありませんよ。水だって問題ないです。女子3人いますけど、毎日綺麗にさせてもらってます。

・・・でもね、ここに来て気が付いたんです。


安全パイ、いつ捨ててたの?


来たときの状態では見習いだったオイフェが魔導士になりました。魔導士の二人は中級魔導も使えるようになりました。シスターは中級の回復ができるようになりました。セバスチャンは魔法騎士として剣の技が上がりました。初級の回復ができるようになりました。ナセルは最上級魔導を連発しても疲れなくなりました。下級の回復ができるようになりました。

皆、物凄く素早さが上がりました。魔導の発動が速くなりました。危機管理能力が上がりました。サバイバル精神が養われました。

もう、どこに出しても生き抜けるかと思います。教官。

目的は何ですか?

「治水に決まってるじゃないですかぁ☆もう、ナセル様ってば忘れん坊ですねぇ◇そろそろ昼寝の時間終わりなので、たたき起こしてきてくださいね▼」

「心読まないでください。気のせいです。グウェン殿。」

殆ど駆け足で付いていく。ユリアとオイフェも走る。

体力ついたなぁ。

始めは慣れない山道で歩くだけでも息が上がった。体力がないと思われがちな魔導士だが、以外と体力勝負で、出張ばっかりのナセル達はある方だと思っていた。

でも、実際は普通だった。

何度グウェンに置いていかれたかわからない。何度グウェンに呆れられたかわからない。何度グウェンに嫌味を言われたかわからない。

でも、付いてきた。

負けず嫌いなナセルを隊長とするなら、隊の皆は相当のものだ。泣き言言うなら結果を出せ。歯を食いしばれ、だ。

麓に着いたのは、夕日が沈みかけている時間だ。森林と砂漠。静に眠りにつこうとしている。

ゆっくり眺めたいが、皆一様に顔を引き締める。

「最後の治水は何処ですか?」

グウェンはこの上なく綺麗な笑みを浮かべた。

ガサヤブを片手で掻き分ける。そこに源泉があった。

とても小さいが綺麗な水が流れている。よく見ると大きな丸い空間があった。そこだけ木も草も生えていない。枯れかけているんだ。

急いで湧水に取り掛かる。もう辺りは薄暗い。

一同はサクサク動き始めた。



治水を全て終えて、ついでに管理方法を伝え、緊急時のやり取りを確認して終了となる。

旅立つ前にイザークの王と、グウェンに挨拶に行く。

謁見の間に王とグウェンがいる。グウェンは唯の案内人だから、王と一緒にいるのはおかしい。それとも王が気を聞かせてくれたのかな?

疑いつつ進み出る。

「この度は我が国のために尽力していただき感謝申し上げる。この恩は友好として今後の国交に役立てていこう。もし何時かはそなたたちのために尽力すると誓おう。」

「ありがとうございます。その言葉こそ私達の友好の証。お世話になりました。そちらにおいでのグウェン殿にも助けて頂き感謝しています。あなたの力がなければ今回の任務は果たせなかったでしょう。」

「そのような言葉、痛み入ります☆帰りの道中、気を付けて下さい☆」

・・・王様の前でもぶれない男。

「我が国の特務師団団長グウェン・キサラギが役立ったようでよかった。この者は癖がありすぎて扱いにくい。だが、腕は立つ。頭もキレる。道中何かないかと心配していたのだが、無事でよかった。」

・・・特務師団団長?なんか、偉いんだろうなぁとは思っていたけど、そこまですごい人だったのね。

ていうか、団長暇なの?こんなの相手してていいの?って終わったけど。

「暇ではないですよ♪あなたたち見ながら業務こなすぐらい出来ないと務まりませんよ☆特務師団、どんなとこか勉強してから一昨日来てくださいね☆」

「心読まないでくださいってば。」

「またいつの日か会うことになるだろう。では、道中気を付けて参られよ。」

朗らかに王は告げ、ナセル達は礼をすると退室した。

玄関広間に集まり、荷物の確認をする。

「ナセル様☆」

「グウェン殿?何か忘れ物でも?」

王城で会うグウェンは昨日までの装いと違った。特務師団団長の衣服なのか、臙脂の袷に黒の長袖、黒の帯には金の刺繍が入っている。皮のベルトに剣が2本。黒のズボンに焦げ茶のブーツという出で立ちだ。腰まである黒髪は後で緩く束ねている。肌は健康的な小麦色。目は琥珀色。目鼻立ちがくっきりしていて美形兄ちゃんだ。体つきはすらりと大きく、無駄のない筋肉は動きのしなやかさと連動して猫科の肉食獣みたいだ。。

昨日までは深緑の長衣に白の上下。黒のブーツだった。

・・・隙のない動きが団長っぽい。

グウェンはくすりと笑う。

「ナセル様、貴方は読みやすい◇よくも悪くも立場上お気をつけ下さい▼私が身分を明かさなかったことは謝りません☆特に必要ではなかったので☆」

にっこり笑う。

「お気になさらず。沢山の無礼をお許しください。」

グウェンは少し困ったように笑った。

「貴女方と初めてお会いしたときは、何と頼りないと思ったのですよ☆女子供でよくここまで来たなと▼ですが、貴女方は私の予想の斜め上をいきました♪今までいろいろな一団を見てきましたが、ここまで劇的な成長を遂げたのは初めてです♪」

満面の笑み。

「そこで、スカウトしたいのですが、侍従の方、イザークに来ませんか?特にユリア。貴方にいてほしいのです。私はどうやら、貴方を愛してしまったようなのです。」

いつもの軽い口調ではなく真摯な言葉。

・・・ん?ユリア?オイフェがユリアのこと好きじゃなかったっけ?

思わず一同は3人を見る。ここにきて三角関係か⁉

「と、取り敢えず私達城門で待ってるから、話し合いが済んだら来て。」

スカウトより、愛の告白にぶっ飛んで、ナセル達はせかせかと城門へ向かった。

城門について直ぐ、セバスチャンがいないことに気が付いた。

いつはぐれたんだろう。てか、はぐれた?


待つこと暫し。

ユリアが走ってきた。

「すみません、お待たせしました。では、参りましょう。」

「話はついたの?」

「はい。私はまだ修行中の身の上故に、こちらにお世話になることはできませんと伝えました。」

・・・特務師団イケメン団長相手にぶったぎった。

「紆余曲折を経て、皆様と帰ることになりましたわ。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。」

・・・ハショッタ‼

笑顔が聞いてくれるなと言っているし、解決したみたいだからいいか。

「では帰途につきましょう。」

いつの間にかセバスチャンがいた。

「ナセル様。こと先で少々ことが起こりまして、斥候部隊と解決に参ります。貴女方は安全に配慮しながら来てください。」

セバスチャンの笑顔。

不味いことになっているらしい。でも、教えられない内容。

セバスチャンが先に行くなら余程の事なのだろう。

安全に配慮というなら、何が出てきてもおかしくないということか。

イザークの護衛は斥候部隊と行っているはずだ。

近辺の護衛は先に片付けるから大丈夫と断ったんだっけ。

遠くなるセバスチャンの影を見て、皆を見回す。

「まぁ、気を付けて行きますか。」

「セバスチャン様がああ言ったから大丈夫ですよ。」

サリクとユージンがにこりと笑う。

ユリアとオイフェは荷物を背負う。

「ん。蹴散らせばいいだけだし。」

装備を確認して出発した。

町の門を出る。街道を歩いていると、何となく警戒してしまう。

ここはとても見通しが悪い。左に森。右に崖。道はぐねぐねと曲がっている。

向こうから騎馬の一団が近付く音がする。独特の地鳴り。

イザークに用かな?

ナセル達は道を譲るため森の方に避ける。

先頭が急に減速した。

抜刀する。

もしかして。

ナセルは魔導書を手にする。素早くユリアとオイフェに目配せする。

二人が藪に隠れるのを見て騎馬に目をやると、手槍が飛んできた。

避けながら中級の風魔導を放つ。サリクとユージンの魔導も発動し、同じように飛んでいく。

先頭の何騎か崩れ落ちる。

3人は道を戻りながら魔導を連発する。

騎馬との距離なら直ぐに縮められてしまう。

その間にできるだけ倒さねば。

騎馬の手槍がナセルのマントを掠める。

「ナセル様!」

「いいから進んで!様子がおかしい。イザークに応援を要請しなければ‼」

でもこのままでは捕まる。

ユリアとオイフェは先に逃がしたが、間に合うだろか。

中級の火魔導を放つ。

馬が驚いて馬脚が乱れる。

「サリクとユージンは、イザークに知らせて‼あいつらの狙いはおそらく・・・」

手槍が肩を掠めた。がくりとその場に膝をつく。

振り向いてもう一発炎を浴びせる。

「!!!」

右肩に剣が突き抜ける。

「ナセル様‼」

サリクの悲鳴が聞こえる。

立ち止まろうとするサリクをユージンが右腕を引っ張り無理矢理進ませる。

「ダメだッ、サリク!この事をグウェン殿に知らせなければ‼私達が報せなければ!」

「やだ、やだ!ナセル様‼」

ナセルの周りを騎馬が取り囲む。

姿が見えない。

生きてるのか、怪我してないか。

セバスチャンに任されたのに。

私達が守らなければならないのに。

突如ナセルの悲鳴が上がる。

ビクリとする。

騎馬の一人がナセルを馬上に乗せるのが見えた。

ぐったりして動かない。マントが真っ赤だ。

ぐっと歯を食い縛ると、二人は元来た道を走った。

ナセルが生きていることを祈って。



水が滴る音がする。

肌がひんやりとして寒い。

この体勢、すごく辛い。

目が、とても、重い。

頭が、ぼーっとする。

耳鳴りが、ひどい。

頭が、がんがんする。

何とか気力で目を開けると、松明の炎が見えた。とても薄暗くて、よく目を凝らさないと見えない。

錆びだらけの鉄格子。天井も床も嵌め込まれた石で出来ている。苔が生えたり、崩れかけていたりして古くさい。どうやら牢獄らしい。

身動ぎをしたら、手首がじゃらじゃらした。手枷がしてあり、鎖で斜め上方向に張り付けられてる。膝から下が冷たいと思ったら、膝立ちだった。


魔力の流れがない。


体の中に、魔力が感じられない。

その代わり、リヴァイアの力が熱を持っているようだ。胸が熱い。

何か、変だ。

じいっと目を凝らすとうっすらと見えてくる。

この部屋自体が封印の間だ。

壁、天井、鉄格子、手枷・・・。更に目を凝らすと、

「うげ。」

両手から肩まで文字が書いてある。こっちは封印符の打ち消し。途中で止まってる。

不味い状況らしい。

刺された肩を見ると、血がこびりついているが、傷は塞がっている。

リヴァイアのおかげかな?

手枷は外れそうもないし、魔力は封印が何とかならないと戻りそうもない。リヴァイアの暴走が心配。

部屋の中に変なお香の臭いがする。これのせいか頭がぼんやりして纏まらない。がんがんするし。気持ち悪い。

自分の状態を見てみる。

ん、ブラとパンツは着けてる。でも、増幅器の類いがない。

封印解除の呪いのせいか、少しずつ胸がチリチリしてきた。

何か、心なしか封印符、赤くなってきてない?

息が苦しくなってきた。

大丈夫。大丈夫。何とかなる。何とかする。大丈夫。

複数の人の足音がする。近付いてきて、扉が開かれる。

じゃがいもみたいな輪郭の茶色い髪の壮年の男と黒のローブを纏った小太りな男が入ってきた。他に鎧を着た兵士が3人。

じゃがいも男が近付く。重騎士の鎧ががしゃがしゃうるさい。

鉄格子の前で止まる。

「ふん、こんな化け物の力を借りるとは、忌ま忌ましい。」

「卿、この者の封印符はとても強い。これだけの呪いを施してもまだ足りません。」

「ならば更に施して、さっさとてなづければいい。」

「どんな薬もどんな催眠も効きません。傷をつけても直ぐに回復します。そもそも女性に怪我をさせるのは如何かと。」

「弱らせればいいということか?」

加虐的な表情。

じゃがいもが鍵を開けて入ってくる。

小太りはおどおどしている。

じゃがいもが右手を出す。

後ろの兵士が戸惑っている。

睨まれて渋々差し出したのは剣。

「予想はしていたわよ。」

「なら楽になれ。」

腹部に激痛。

見たらダメだ。気をそらさないと。

浅い息をする。深く吸ったら変な力が入りそう。

「もう一本。」

「!!」

「ほう、これでも意識があるか?急所以外ならどのぐらいまで正気を保っていられるかな?」

その場にいる誰もが顔を背けた。


変化は直ぐに顕れた。

ナセルの肌が瑠璃色の鱗に覆われる。

ビキビキと音をたてて胸から下が変形していく。シュルシュルと伸びて、まるでドラゴンのような。

気温が一気に下がる。はく息が白い。張りつめた雰囲気に居合わせた兵士の歯が鳴る。小太りはガチガチ震えながら入り口に移動している。

今にも暗闇の中から何か獣が現れて噛みつかれそうな気がする。

この場にいたら殺される。

薪がはぜた。

それに感化され、兵士と小太りは逃げ出した。

「ふんっ、化け物が」

槍を手にし、降り下ろそうとした時、鉄格子ごと入り口まで吹き飛ばされた。そのまま動かなくなる。

再び静かな空間が戻った。

聞こえるのはナセルの浅い息だけだ。


ユルサナイ、ユルサナイ。


体の奥から音がする。


ワガイトシゴ。キズツケルモノ、ユルサナイ。


大丈夫。大丈夫だよ。リヴァイア、全然問題ないよ。

だから、大丈夫。

意識が消えそう。

消えたらきっと暴走する。

大丈夫、大丈夫。

静かに意識を集中する。

ふっと笑う。

ここにきて、貴方が出てくるの?

黒髪に黒目、浅黒い肌。いつも無愛想で、無口で、なに考えてるのか解らなくて。だのに優しくて、強引で、独占欲強くて。

いつも助けてくれる。

イザークで辛いときふっと浮かぶ。寂しいときふっと浮かぶ。肝心なときふっと浮かぶ。とにもかくにも頭のなか占めまくった貴方。


最期に貴方に会いたい。



どのぐらいそうしていただろうか。

衣擦れの音がする。

ここに人が来るなんてないと思っていた。

リヴァイアの力はいつ暴走してもおかしくないぐらい膨らみ、外に出てしまった。もう一息で抑えられなくなる。

「に、げ、て。こ、な、い、で・・・」

誰だか知らないが、迷い込んだのだろう。せめてそれまでは我慢しなくては。

気配が近付く。

おかしい。リヴァイアが攻撃しない。

あのあと何人か人が来て、リヴァイアは次々に叩き落とした。それが入口に山になっている。

ナセルの前で立ち止まる。頬に温かいものが触れる。

・・・手?

目を開ける。

「ゆめ、の、つづき?」

かすれた声しかでない。

何度も思い描いた人がいた。

別れ際にとんでもない独占欲をぶちかました人。

そのせいで何度も助けられた。リヴァイアに支配されなかった。

泣きたいけど涙が出なかった。

絶対に変な顔してる。

まぁ、いっか。夢だし。

「むかえ、のすがた、かみさ、ま、も、いきな、こと。」

「・・・迎えに来たぞ。帰ろう。」

何で泣きそうな顔?笑ってよ。せめて。


ダル・シー。


貴方に振り回されて、お陰さまでこんなになっても息長らえてる。早く手放せばいいのに。また会いたいと思って、願って、描いて。

バカみたいに貴方のことだけ。

セバスチャンとか、サリクとか、ユージンとか、ユリアとか、オイフェとか、故郷の皆とか、スッゴクお世話になって、心配かけてるのに、貴方のことばっかり。

どうしようもないぐらい恋い焦がれていた。

「今解いてやる。帰ろう。」

「あな、たに、あえて、よかった。もう、もたない。に、げて。」

もう、ヨツムンガンドの力でももとの姿に戻れない。


リヴァイアの怒りが体の奥底から噴き上げてくる。

哭いている。


「ダル・シー、あい、してい、ます。あなた、だけ、でも・・・」

大きく見開かれた黒。


力が、爆ぜる。




ダル・シーが体を起こすと、目の前には大きな湖があった。反対側が見えない。辺りは砂地が大分先まで続いていて、その向こうに斜めになった木々が見える。


地図上から、都市が一つ消えた。


遠くに見知った山が見える。

鳥が飛んでいる。

風の音がする。水が静かに凪いでいる。

ダル・シーは静かに目を閉じ愛しい彼女の面影を探す。

必ず見つける。

あれほどまでに神器リヴァイアに愛された者はいない。滅ぼす訳がない。

相反する思いが浮かぶが気合いで無視する。

まだ早すぎる。正に時期尚早。急いては事を仕損じる。

大きく深呼吸する。

彼女を探せるのは俺だけだ。

遠くで自分を呼ぶ声がする。

ここには数名の部下を連れてきた。皆、所々怪我している様だが、軽症のようだ。

再び湖に目を向ける。

必ず見つける。



ナセルの意識は不思議な空間をさ迷っていた。水の底を、流れに身を任せて漂う魚のような、水草のような。境界が曖昧で、全てがすり抜けていく。

ふと、誰かに呼ばれた。

懐かしいような、会いたくなかったような。

だれ?

鮮やかな色彩で頭のなかを占めるあの人。

境界が、明確になる。

手を捕まれ、頭がガクンと後ろになるほど引っ張られる。

ごつごつしたものに顔がぶつかる。辺りが真っ白で、目を細める。

ゆっくり目を開ける。視界を占めるのは真っ黒な軍服。

「ナセル、見つけた。もう、離さない。」

耳に触れる歓喜と困惑と安堵と慈愛のこもった低音。

ぎゅっと抱き締める確かな抱擁。

「ダル・シー?」

不意に唇が熱いもので塞がれる。

背筋を伝って全身に駆け巡る電撃。

形が明確化して、熱を帯びる。

口付けが更に深くなる。

自分では体を支えられず、思わずダル・シーの衣服を掴んだ。

「ナセル、愛してる。ナセル・・・」

囁きながら何度も口付けされる。

「まって」も「お願い」も言う余裕がない。

頭がくらくらしてきたころ、ようやく離れる。

ぎゅっと抱き締められ、目をぱちくりする。

「お前を守る。」

「ダル・シー?」

「俺の傍を離れるな。」

「ーーー」

「突然、居なくならないでくれ。」

ため息をつく。頭を優しく撫でられ、彼の思いがじんわり伝わる。

「ん。ごめ。」

ぎゅっと握ったところから、思いが伝わるといいな。

マントを掛けられ、背中と膝の下に手を入れられる。そのまま抱き上げられる。

この時、二人とも水の中に座り込んでいたことに気が付いた。

更に、ナセルは衣服を着ていない。いわば「真っ裸」に気が付いた。

顔から火が出る。

もぞもぞ動いていると、ダル・シーと目が合う。

「思いは伝えたし、お互いの事は長い付き合いで知っているし、手順はちゃんと踏んだからもういいよな?」

「ん?」

ダル・シーが言うには、探しだしたときナセルはリヴァイアの暴走で細胞レベルでバラバラになっていた。リヴァイアはその事を嘆き、何とかしようとしていたがどうにもできなかったそうだ。そこにダル・シーが駆けつけ、ヨツムンガンドの力と併せて再構成、再構築したそうだ。

「えっ?アタシ、死んだってこと?」

「細胞レベルで分解だな。で、奇跡的に戻った、と。」

何とか形にしたが、不安定なので、リヴァイアとヨツムンガンドの力が常に必要。安定するには魔力の交歓が必要。

「魔力の交歓って、交歓って!?」

「セッ・・・」

「全部言わないで‼」

慌ててダル・シーの口を塞ぐ。

「そうだ。服着よう、服。あとアミュレット。どこ?」

ナセルは腕の中でバタバタする。

ダル・シーはびくともしない。堪らなくいい笑顔をしている。

「嗚呼、堪らないな。今俺は胸が早鐘を打っている。こんなに初々しい反応をするとは驚きだ。」

「自分の事、初々しいとか言う人のどこに信頼をおいていいか解らない。」

「いいぞ、好きなだけ抵抗するがいい。それすら楽しくて仕方がない。」

「もうっ」

真っ赤な顔を見られないようにダル・シーの胸に顔を埋める。

「愛してる。」

「・・・」

「好きだ。」

「・・・・・・」

「ナセル」

「・・・アタシも、だし。」

一陣の風が、湖畔を渡っていった。





書いてて楽しかったのはグウェンさんです。☆だの♪だの飛ばしていいのはこの人と某漫画のキャラクターぐらえですかねぇ?

とばしてる登場人物見つけたら教えて欲しいです。

活字中毒万歳‼

ありがとうございました。

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