なんだっけ
『なんだっけ』 私はバスを待ちながら考えていた。なにかを忘れている気がする。Suicaだろうか。バッグを探ってみる。パスケースはサイドポケットに入っていた。『なんだっけ』
『なんだっけ』 駅の改札に向かいながら、しきりに考えていた。なにかを忘れている気がする。財布だろうか。もう一度バッグの中を覗いてみる。財布はちゃんとそこにあった。『なんだっけ』
『なんだっけ』 電車に揺られながら、ずっと考えていた。やはり、なにかを忘れている気がする。家のかぎを閉め忘れたのだろうか。いや、たしかに閉めたはずだ。かちりと鳴った音を覚えている。指さし確認までしたはずだ。『なんだっけ』
『なんだっけ』 コンビニでレジに並びながら、必死に考えていた。絶対なにかを忘れている気がする。営業部のイケメン君から誘われた、土曜のデートの返事だろうか。スマホを取り出し、送信履歴を確認してみる。確かに返事は送信済みだ。『なんだっけ、なんだっけ、なんだっけ』
『なんだっけ』 頭の中でぐるぐるさせながら私は歩いていた。そして、会社に着いて分かった。ドアには張り紙がしてあった。
お客様 各位
平成X年X月X日
拝啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
この度、弊社はX月X日をもちまして廃業させていただきました。
そうだった。会社は昨日つぶれたんだった。私はすっきりした。『そうだった』