ひとりぼっちの魔王
どうしてわたしの周りを、他の誰かが歩いているんだろう。
どうしてわたしの“影”は、くっついて離れないのだろう。
「くそッ!」
たくさんの餌と光があたる水面世界――。
水面からジャンプした魔王の体は、青空には届かず――まるで目に見えない鎖に引きずられるかのように、ふたたび水面へと叩きつけられます。
「なぜだ……なぜ一次選考にすら落ちるッ!?」
無限に増やせるアカウント――。
身元がバレないように、ありとあらゆる偽装を行い、知名度を高めてきました。
「俺はなろうの王だぞ? 帝王なんだぞッ!」
弱肉強食の方程式から、最善の宣伝方法を導き出し――。
溢れんばかりのエネルギーを独占する選ばれし者……。
あとはもっと上のステージへと駆け上るだけなのに……。
「畜生、イラつくッ!」
魔王は八つ当たりで――今日も水底に住む魚たちをいじめます。
ポイントの高い自分は王であり、低評価の底辺どもを感想や外部掲示板で中傷するのは、当然の権利であると思うようになっていたのです。
「マンボ~」
「シュヴァルツシルト~」
魔王はターゲットである二匹のお魚さんを発見し、
「へっ……ちょうどいい雑魚どもがいるな」
彼らの作品の感想欄に、辻斬りよろしく荒らし用の別垢で凸します。
『あまりにもテンプレ過ぎ。非常につまらないです』
「マ、マンボオオォォォーッ!?」
皆の心を癒せるような、すばらしい恋愛小説を書きたい――。
そんな恋愛ちょんまげを泣く泣く切り落とし、異世界チートハーレムマンボウに転生したあなたがメッチャ凹みます。
『あなたの作品の存在意義って……はたしてこの宇宙にあるのでしょうか?』
「シ、シュヴァルツシルトオオォォーッ!?」
UFOに拉致され、超巨大ブラックホールに投げ込まれた挙句、結局元のシーラカンスへと転生した私が逆立ちでハァハァします。
「あー、せいせいした。悔しければ2ポイントとってみろカス魚ども」
魔王は赤エイに刺されたようにビグンビグンとけいれんしているお魚さんたちを見下しながら、
「あれは……」
岩陰にいる一匹の小さなお魚さんを見つけます。
「あいつか……」
それは、あのときの稚魚でした。
体は少しだけ、大きくなったでしょうか。
稚魚のウロコは――傷だらけ。
相変わらず馬鹿の一つ覚えみたいに……ずっと岩陰で執筆を続けています。
「よし……できた」
稚魚は嬉しそうに背びれと尾びれを一生懸命動かし、書き上げた作品を海底ポストに投函します。
「……読んでもらえるといいなぁ」
そしてポストから泡に包まれ昇っていく作品を見送った稚魚は、また岩陰に戻り作品を書きはじめます。
「無駄なことを……」
ひとりごちた魔王は稚魚には手を出さず……とっととポイント風呂に入ります。
――そう、俺は強い。
「こんなに沢山のポイントを持っているのだ。水増し以外のポイントだって、ちゃんと獲得している。――誰にも文句を言われる筋合いなど、もうどこにもない」
ブックマークとポイントで出来た風呂の中で、ジャブジャブと泳ぎながら、魔王は自分を納得させようとします。
「それなのに……」
いつまでたっても――魔王は“魚”のまま。
手足が生えて陸に上がることも――。
鳥のように翼が生えて、大空を翔ることもできません。
数値はどんどん増えるにも関らず――。
心はどんどんと冷たくなり、ポイントと一緒に膨らんでいくのは、他者より優れていたいという上位承認欲求だけ。
「どうして……筆が動かなくなったんだろう」
自分は停滞している……魔王はそのことに気付いていました。
口を開けば、いつも他人の文句ばかり。
見ているのは動画サイトや外部掲示板ばかり。
魔王の作品のレベルは……昔より酷くなっていました。
「――退化してしまった? いや、そんな事は絶対にありえない」
そう。初めて玉座に座った後……あれほどたくさん作品を書いたではないか。
あんなにも……嬉しかったではないか。
そう、今だって……。
「……寒い……」
温かいポイント風呂に浸かりながら――。
魔王は、あの深海よりもっと凍える冷たさを感じていました。
まるで自分の才能を――。
これから伸びるはずであった潜在能力すべてを――。
虚無のかなたへと吸い取られ、奪われていくかのような感覚……。
「おい、ポイントが全然足りないぞ!! はやくブックマークを入れろ!」
魔王はひとり叫びます。
ですが魔王の声は……もう誰にも届きません。
「おい、誰か……」
おのれの作品以外を認めなくなった時から……。
自分が目指すべき人も、そして導いてくれる人も――。
誰も、誰もいなくなったのです。
『……』
ひとりぼっちとなった魔王のかたわらにいたのは――。
悲しそうに揺らめく……自分の“影”だけでした。