離陸
耳を劈く轟音の三重奏。
ハンガーから引っ張り出された二機の戦闘機。
エンジンが朝日を浴びて唸る。
アイコンタクトで整備長とコミュニケート。振られる手に釣られるように舵翼が揺れる。チェック。
隣の浪潟機も同じように揺れる。如何しても双発機であるF-15Jの方が準備が遅れる。異機種間編隊であるこの編隊。様々なノウハウを獲得するのが主目的だ。
プリフライト・チェックは終わった。整備長が合図をする。この瞬間からこの編隊の指揮権は私に移った。司令権は元々司令部だ。ややこしい。
機体を揺らしながらタキシィ・オン。
誘導路を進んでいく。
アイドリングでも機体が進むF-100エンジンだ。ほんの少しスロットルを押し出すだけで、タキシィ速度に達する。
滑走路に進入。誘導路の大分後ろをF-15編隊が追随する。今回の仮想的編隊だ。
「こちらオウル・ワン。バーナーを炊いて編隊離陸」
『ツー』
離陸準備。管制官との無線もこれに含まれる。
スロットルに手をかける。
「オウル・ワン、バーナー・オン!」
「ツー」
ほぼ同時に二機はスロットルをアフター・バーナーに入れる。私は最小バーナー。二番機は最大だ。これはF-2とF-15の推力差に起因する。
歯を食いしばる。猛烈なGが躰に圧し掛かる。
V1…………、
極僅かな時間。
VR!
ベラシティ・ローテート。機首上げを意味するその速度に達した瞬間、
二機の戦闘機は地を蹴る。
空を駆ける。
脚を上げる。
二つの流線形は飛ぶための━━━━本来の姿に還る。
40度レートで上昇。40度と言うとあまり角度がないようにも思える。垂直上昇に比べたら緩く見えるだろう。
だがその実掛かるGは相当なものだ。体験したものなら解る。
空気を掻き分け、
上昇。
重力に逆らい、
加速。
空しか、見えない。
首を曲げることすら許さないG。
バックミラーに蒼い機影が浮かんでいる。僚機だ。波潟三尉。
二機の機影は蒼空を駆けあがる。
数分で指定の高度へと上昇する。二番機は揺れずに追随。
両機の性能差をよく把握している波潟だからできる手だ。
反転。
背面。
上を見上げると雲。海。
指定の高度から若干飛び出てしまいそうだ。僅かにアップ。
二番機は何も言わずについてくる。
機首の迎角が20度付近になったところで再び反転。
正面に入れる。
高度はプラス12メートルだった。もともとぴったり合わせることは不可能だ。
及第点だったし、十数メートルなら飛行に影響は出ないが、一応高度を合わせる。
訓練空域までは特にはする事が無い。暇か、という意見もあるが暇ではない。いくら訓練中とはいえ、異常がないか、という確認を延々と行っているのだ。
感覚も研ぎ澄まさなければいけない。
万一酸素マスクの不具合があった場合、下手をすると気が付いた時には酸欠、なんて事態になりかねない。乾いた空気がいつもと同じ味か、ということも要確認だ。
航空自衛隊では個々にパイロットに機体を割り振っている訳ではないから、アタリとハズレがある。が、この二機はセッティングなども弄る為に他のパイロットは乗らない。
このF-15は若干だが舵を軽くセッティングしてある。逆に、二番機の舵は若干重くしてある。
その他にも、二機が息を合わせるために様々な努力をしている。
だから下手に慣れていないパイロットを乗せると最悪空中衝突の原因になりかねない。このイーグルに今のところ乗っているのは楓だけである。
訓練空域に近付く。時間って待てば長いけど使うと短いものだ、と思った。
舵翼……機体を操縦するための空力舵
双発機……エンジンを二機積んだ飛行機
プリフライト・チェック……飛行直前点検
指揮権……行動を決定する権利
司令権……行動を指揮権よりも強い効力で決定する権利
タキシィ……離陸準備地上滑走
タキシィ・オン……離陸準備地上滑走開始
F-110エンジン……F100-IHI-220E ターボファン(ジェット)エンジン
バーナー……下記アフター・バーナー参照
アフター・バーナー……再燃焼装置。推力を爆発的に増大させるため、排気口前で燃料を再び燃焼させる装置
V1……離陸決心速度。この速度になったら離陸するしかない。
VR……ベラシティ・ローテート。引き起こし開始速度
レート……上昇率
G……荷重。1Gは重力の一倍。
バックミラー……車と同じ。オリジナルのF-16にはついていなかったバックミラーだが、日本の技術者の再設計でF-2にもついている。
背面……機体上部を地面に向けてひっくり返りながら飛んでいる状態
アップ……操縦桿を引いて、機首を上げること
二番機……隊長機から数えて二番目の僚機
高度……ここでは気圧高度(空気圧で高さを図る高度計)。電波高度計(電波の反射波で測る高度計)もある。F-15には非搭載。F-2にはある。
訓練空域……訓練するための専用空域
酸素マスク……コクピットは与圧されているが、与圧が抜けた時のために酸素マスクを装着している。