墓参り
水をくみ、それを上からかけていく。花は誰かが持って行ったのか、そこにはなかった。
もしかしたら烏かもしれないな。菓子はそのままだった。
あれから15年。二人ともここに眠っている。
花を差し込み、菓子を供える。
作業を始めてから、気が重くなっていく。
線香に火を点ける。炎が出た。安物なので勝手に消えてくれない。仕方がないので手で振って消す。
息を吹いて炎を消してはいけない。仏様に失礼だろうと言ったここに眠る人間の言葉を思い出す。
毎回同じことを考える。
それに気づいた時にはもう遅い。
苦笑する。前も苦笑したことを思い出す。
まるで機械的だ。
“波潟 健 波潟 薙亜季”
その名は、彼の両親だった。
殺された。
脳裏を、過去の自分がよぎった。
二枚のブルー・シート。
白いチョークは人の形をかたどって。
そこは通りにつながる路地。
黒く変色した血。それを拭き取る作業員。
警官の制帽。
青い布地の足が彼の目の前を往復した。
路地の中央には金色の空薬莢。
内側は吸い込まれそうな闇。
黒く変色している。
彼はブルー・シートの塊が何かわからなかった。
風で捲られた先のそれは何だったのか。
思い出してはいけない。
思い出しては駄目だ!
遮断。
遮断、
遮断!
落ち着け!と自分に怒鳴る。
息を吐く。
そうでもしないと、膝から崩れ落ちそうだった。
二人とも、殺された、
そう、二人とも……。
前に供えた菓子を近くにあった金網のごみ箱に投げ入れた。
桶の水が余ったので排水溝に流す。
軽くなった桶を持って墓から遠ざかった。
手に持った桶を戻し、ポケットからリモコンキーで車のカギを開ける。坂道に止めたクーペに乗り込んで、エンジンをかける。
セルが二回転くらいしてエンジンがかかった。
未だに両親を殺した人間は捕まっていない。誰かもわからない。
今は誰かわからないし、これからもわからないだろう、と言える。
分からない方がいいかもしれない。わかればそいつを殺してしまいそうだから。
空薬莢……銃弾を撃ち出した後のカートリッジ