二機の異機種
そこに、それはあった。
テニス・コートと揶揄される巨大な主翼。
鋭角的なエア・インテーク。
双垂直尾翼。
エンジンは胴体に収まらず、大きな膨らみとして胴体後部に出ている。
捩じり下げられたクリップト・デルタ。その翼端。
青灰色に塗装された機体の中に赤く染め抜かれた日の丸がこちらを睨んでいた。整備中だからか、『合計面積は主翼面積よりも大きい』と言われるハッチを開いている箇所が多い。
ブーツの音が響く。このブーツを楓は余り気に入っていない。そもそも、操縦するのにブーツである必然性がない。蒸れて気持ちが悪い事だってある。
フライト後は大分苦しい。ブーツだけ脱いでベッドに倒れこんだこともあった。今は大丈夫だ。
そんな前のことを思い出して少し微笑ましくなる。
イーグルの隣に並ぶそれは、違う形をしていた。
イーグルよりも幾分細く、繊細な曲線。
海に溶け込んでしまいそうな青よりも蒼い色。
米国の軽戦に類似した形。だが一回り大きく、どこか優雅な佇まいだ。
F-2A。正式な名称は無い。バイパーゼロという愛称はあった。楓はその響きが嫌いではなかったが、この機体に乗る男はそれを好んでいない。
笹原 楓。それが楓のフルネームだ。
外に出て、太陽の眩しさを思い出す。上空はもっと太陽の光が強い。ヘルメットのサンバイザでも不十分な位だ。
見渡す限りに人はいない。
F-15JとF-2Aの異機種編隊は試験的に一部の飛行隊で実践されている。リンク16(西側諸国の標準戦闘ネットワーク)に参加できるF-15Jと組ませることでより効率的に戦闘を運ぶことができる、という発想だ。
その他にも様々な理由はある。そのメリットがコストを上回るかどうか、という話だ。
デメリットもある。低空低速戦闘が得意なF-2Aは高速戦闘が得意なF-15Jと連携を取りにくい。戦闘での立ち回りをどうするかという実験でもある。
その分、楓とその僚機……浪潟 柊羽のソーティ数は多い。だが、望むところだ。
*F-15J……航空自衛隊の制空戦闘機
*クリップト・デルタ……端が切り落とされたデルタ(三角形)
*エア・インテーク……ジェットエンジンの空気口
*双垂直尾翼……左右に二枚ある垂直尾翼(機体の横方向の安定のための補助的な翼)の事。
*F-2A……航空自衛隊の支援戦闘機(実質的な戦闘攻撃機)
*リンク16……西側諸国の標準軍事ネットワーク。F-15には搭載、F-2には未搭載
*ソーティ……機体が離陸して着陸する一単位。フライト