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プロローグ
「小父さん、お花はどう?」
穏やかな午後、軍服を着た紳士に少女は花束を見せた。
花の甘い香りが鼻をくすぐる。
軍服の波潟健中佐はその少女を見た。多少汚れた服。貧困層の子供だろう。歳は5歳くらいだろうか。
少女の幼い手には白い花。波潟は花の名前には詳しくない。
花束は新聞紙と白い布の二層構造だった。左手で大事そうに抱えている。
「ああ、貰うよ」
波潟はポケットの中から財布を取り出し、その中から小銭を取り出す。
少女は手を伸ばして波潟に花を渡そうとした。それを受取ろうと、波潟は屈みこんだ。
少女の手から花が滑り落ちる。
波潟はその花を目で一瞬追った。
少女を見ると、固まっている。
花を落とした左手は、右手に添えられていた。
右手には物が握られていた。
それが波潟を向く。
それが黒く光る。
それは、銃だった。
銃声が、響き渡った。