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舞踏会はこれから……

作者: 佐竹涼一郎

 少なくとも私は


「冬って季節は嫌いじゃないな」

 冬物の服はバリエーションに飛んでいてコーディネートすれば幾らでもお洒落できる。舞い散る落ち葉はロマンチックだ。クリスマスに向けての年末商戦のイルミネーションも華やかで綺麗だ。そしてなにより、そんな私に酔いしれるのもまたその季節の醍醐味だからだ。


 そんな風に私が言うと彼は……

「厚手のジャケットは二着も有れば着回しが出来るから便利で良いよな。夏場だとTシャツは汗だくになるからそんな気はおこらない。舞い散る落ち葉ってイメージは、寧ろ秋って雰囲気だよ。それに、路に落ちた葉っぱを掃除する清掃って結構しんどい仕事なんだぜ。それに、クリスマスの飾りは、彼氏彼女の居ない連中に取っちゃ拷問以外の何もんでもない。実際俺自身、おまえと再会するまではそんな感じだったからなあ」

 そう言って笑い、ポケットからペンギンマークの入ったチューイングガムを取り出すと、包装を捲って口の中に押し込んだ。 

 彼がもう一枚パッケージから取り出すと「ふん」と右手に持って私に受け取れと即す。私はそれを受け取って、コートのポケットに押し込んだ。彼はそれを見ながらジーンズのポケットに押し込んだ

 そして

「どちらかっていえば、俺は夏の方がいい。ビールが美味いし、ナイター中継もある。水着のおねえちゃん達を目の保養に……」

 と言いかけて、流石にマズイと思ったのか、視線を明後日の方にずらして話題を変えた。

「だいたい……」

 そう言って一息つくと私に相対して、

「この火星に季節なんかあるもんか」と言った。


 そう、この火星ほしでは……「季節」はない。


 それは不正確な表現だったけれど、それ以上ないほどでも的確だった。

 もちろん、火星にだって「季節」くらいはある。太陽との位置関係によって夏と冬が交互に訪れる。それを二酸化炭素と微量のガスで組成される薄い大気層が少しばかり温度調節をする。でも、それは地球的な意味での「季節」ではないし、仮にこの惑星の季節を感じようとしても、与圧服無しの生身で外気に接することが自殺行為以外の何者でもない以上、『人間の手がまだ触れない』ままだ。

 人が与圧服無しで住める場所は、この一群の軌道都市と赤い大地に張り付くドーム状の都市群だけど、もちろん、そのどれにも地球的な意味での「季節」なんか本当は何処にも無い。

 この惑星ほしの周りで、「季節」と呼べるのは、人にはあまりにも過酷な現実と、過保護なまでに守られた環境を護る頼りない外殻の中で人工的に拵えられたもののどちらかでしかない。つまりはここで私たちにとっての「季節」とは共同幻想でしかない。


「それってあまりにも夢がなさすぎだよ」

 興醒めした私は、彼に向かってそう溜め息混じりに無駄な抗議を試みても

「現実を真摯に受け止める姿勢こそ必要かと思うがな」

 そう言って受け流された。



 軌道都市連合の中心都市、ハインライン市最大の繁華街「リトルヨコハマ」には、すでに派手な電飾やその他の定番の飾り付が余すところ無く施され、一足飛びにクリスマスがやってきたような風情で、行き交う人もその飾り付けの一部のようだった。そして、その飾り付けに負けないぐらい派手な音量で、賑やかなクリスマスソングを流している。

 行き交う人の群は、作り物の冬を精一杯満喫するようにそれぞれてんでに語らっていた。

「仕事納めは何時だっけ?」

 サンタの赤い服をお洒落に着こなすマネキンのいるショーウィンドーの横に、何となく居心地の悪そうに片隅に張られたポスターを見ながら言った。

「クリスマスに何か期待してるんだったら期待はずれだよ。サービス業は書き入れ時なんだから……っていうか、何見てるんだ?」

 ポスターに釘付けの私の肩越しに覗き込むように頭を乗せると、同じポスターを読み始めた。


「『ハインライン聖夜祭』か……。そういや、公園課と観光課の友達が騒いでたな。今年は『札幌から雪が来るんだ』って意気込んでたよ」

 

 ハインライン市では太陽系標準時のクリスマスイヴ、ハインライン市中央公園で行われる恒例のイベントだ。普段は、有名アーチストがやって来たり、市民参加で何かが行われたりと大がかりなのだけど、それだけではなく、色々と趣向思考を凝らした目玉が有って……


『本物の雪で出来た雪だるまが札幌からやってくる!』


 今年の目玉はこれだった。

「これはびっくりだよね。私、ホントの雪なんか生で見たこと無いよ」

った。

「雪なんか降っても寒いだけだぞ八王子に住んでた時なんか降る度に交通麻痺だ」

 そういえば、彼は地球の大学に行っていたんだ。

「でも、雪化粧された街って言うのもロマンチックじゃないかな」

「まさかぁ」

 そういって大きく頭を振った。

「予定の電車は来なくなるし、降り出す前はやたらと寒いし、大体翌朝にはアイスバーンだ」

「アイスバーンて何?」

 私の質問に、そんなことも知らないのかと言わんばかり。

「路面が凍るの。そんなことも知らないのか」

 と本当にそれを口に出して言う。

「知らなくって悪かったね。それがどうしたって言うのよ」 

 少しばかり拗ねてみせると図に乗った彼は 

「アイスバーンを舐めてかかっちゃいけない。雪国育ちの猛者だって気を付けないとすっ転ぶ」

 そして、私の顔を覗き込むとニヤリと笑う。不審に思って訝しげに

「何よ」と彼に言うと

「おまえさんみたいなアマちゃんが得てしてそうなる運命に有るんだが」

 莫迦にされたみたいに感じた私は

「そんなこと有るわけ無いじゃない!」

 と怒鳴ってしまう。辺りの通行人がそれに驚いて何事かと立ち止まってはクスクス笑いながら立ち止まる。

「まあ、興奮すんなって。ロマンチストじゃ現実は語れないんだからな」

 それには少しだけカチンときて

「キミが現実的すぎるんだよ! 少しは空想を働かせてロマンチックな夢見たって良いじゃない!」

「おまえの場合、夢見がちっていうか、恋に恋する乙女みたいに夢と現実をごっちゃにするから……」

 まだまだ冷静に対処する彼に対して

「意固地!」

 と言ってからしまったと思った。

「なんだと!」

 私もそこでやめて謝れば済んだのかも知れない。だけど……

「ええ、そうよ。何かって言うと、屁理屈と皮肉ばっかり!」

 口を吐いて出た言葉は、火に油を注ぐ言葉だった。

「そういうおまえはどうなんだよ。現実を見ないで夢見たいなことばっかりいって」

 結局、その後二人は本腰になって相手の弱点を突きまくり、挙げ句の果てには……

「キミとは付き合いきれないよ!」

「それはお互い様だ!」

 と言って、モノレールの駅で喧嘩別れしてしまった。


 

 それから一週間、あえて連絡を取り合うこともなくクリスマスイブ当日が来てしまった。


 ハインライン市中央公園に続く大通り、どこもかしこもクリスマスしていた。宗教行事のそれではなく純粋なお祭りとしてのクリスマス。多分、リトルヨコハマが中心になっているためだろう。私たちの先代の母国では、聖夜ですらイベントとして取り込んだ。それをそのまま、この火星域まで運んできた。それが良かったのか悪かったのか、それは私たちの世代に委ねられたままだが、別に結論なんかださなくてもそれはそれでいいと思う。

 

 今の私にとって、そんなことはどうでもよかった。 


 ショッピングモールは冬のファッションに折り合いを付けるようにそれなりの寒さに設定されている。丸天井ではサンタクロースのバーチャルがそりに乗って往来していた。

 ケーキ屋の前の赤服のサンタは、山積みのケーキを商品価値が下がる前に売ろうと必死だし、玩具屋の前のサンタもまた、財布の紐が揺るくなる今日が終わる前に一儲けしようと必死だった。もちろん、ファーストフード店の眼鏡を掛けたお爺さんは当然のように赤服を来ていたし、どういう訳か、キャバクラの客引きのお兄さんやゲームセンターやパチンコの前にいるうさ耳のお姉さんもサンタさんだった。その間を縫うようにアベックがあちらこちらにはんかがいを埋め尽くす。巨大モールの中ではいつも

の「冬の日」以上に大盤振る舞いで粉雪をの幻影を舞わせている。

 彼と二人で歩けたらどれだけ楽しかっただろう全ての光景が、白々しさと共に私を取り残して流れていく流れている。


 流れていく人並みに飲まれるように、抵抗せず流されて行く私は、今日は大抵の人がそこに向かう場所、「中央公園」にいた。

 

 今日の目玉の巨大雪だるまは姉妹都市の札幌から送られた雪で出来ているという。

 梱包された何百トンかの雪を、軌道エレベーターで軌道上まで持ち上げて、航宙自衛隊の航宙護衛艦隊に護衛された高速輸送艦部隊がわざわざここまで運んできたらしい。当然、使用後の雪だるまは、解かされて水資源として有効活用されるらしいけれど……

 今の私にとっては税金の無駄使いにしか見なかった。

 周りに散らばる家族連れと、私と同じ頃、同じように入ってきたカップルとが入れ替わる頃、イルミネーションは夜に見合った発色に替わる。気が付くと私は屋台の店主に勧められるがまま、買ったおでんを手にしていた。

 ロックコンサートは雪だるま前の特設ステージで執り行われ、ステージ上の華やかな衣装を着たはやりのバンドは、私と同世代いや多分、もっと下の世代の少女達の黄色い声援に飲み込まれ持てはやされている。その黄色い声援を送る少女達の横にもやっぱり相方はそれぞれ居るんだけれど……

 少し離れると、会社帰りのサラリーマンらしい人々の群。

 憂さ晴らしに飲んで騒いで祭なんかそっちのけだった。


 そこからも離れて、比較的空いている場所を選んで腰掛けると、さっき買ったおでんの蓋を開けた。

 冷え切っては居ないけれど、やや温めのおでんは湯気も立たずに何故だかとても侘びしい。どうしてこんなところに来てしまったんだろう。私は何となく後悔した。でも、私は此処を離れることが出来ない。だって、此処を離れたら、暗いアパートの電気をつけて、わびしさに拍車を掛けるクリスマス仕様のバラエティー番組のわざとらしさに身を投じなければならないから……


 寒さは雰囲気を煽ると共に件の雪だるまを長持ちさせようとする手段だけれど、でも今の私には、心の中まで覆い尽くす恨めしいサービスに過ぎなかった。

 

 やがてここまで聞こえてくるタイトルもバラードに替わる。人の波は、蜘蛛の子を散らすように少しずつ何処へか、またのあちこちに消えていく。暫く眺めるともなく散っていく人々の列に飲まれることなく傍観している私がそこにいた。そして、かなりの時間が経って閑散と始めた頃……腕時計を覗くと今日もそろそろ終わろうかという時間になっていた。 


 公園のなかは、機材が片付けられて殺風景になっている。一歩外に出て、アーケードに足を向けると、アーケードを彩ったクリスマス商戦の派手な立体イルミネーションも、演出効果のために3D映像で映し出された舞い降りる粉雪も、もうそこにはなく、寂しく取り残されるのはいつも通りの飲み屋やカラオケ店の下世話なネオンサインだけが残るいつもの夜だ。

 恋人達はそれぞれに一夜の夢に酔いしれるためそれぞれの場所に消えていった。

 

 そして、そこに残ったのは私の心だけだ。


 華やかな舞踏会の後、十二時過ぎのシンデレラはと現実に立ち戻らなくちゃいけない。

 あっ、そう言えば私はシンデレラにすら慣れなかったんだっけ。

 感傷に浸りながらコートのポケットを探るとペンギン印のチューイングガムが一枚。少しだけ剥がしにくい銀の包装紙を解いて口に押し込むと、甘さの中のすーっとほろ苦い爽快感が少しだけ涙を誘った。


 ……還ろう。



 そう思ったとき、携帯端末のベルが鳴る。メールの着信音だった。表示されたメッセージをみるとう書かれていた。

『上だウエ!』 


 見上げた頭上のアーケードの丸天井つまり、疑似スクリーンには何も映されない。 


「冷たいっ!」

 頬に突然の冷気を感じた。

 驚いて頬に手をやると冷たい物の正体に手を触れた。受け取ると、手のひらいっぱいに乗る雪だるまがあった。

 受け取る?

「言ったろ、サービス業は忙しいって」

 振り返るとそこには彼が立っていた。 

「どうして……」

 思わず落としそうになった雪だるまを支えながら彼が言った。

「少しばかり季節ってヤツを感じてみようって思ってね」

 そういって、丸天井を見上げる彼に習って、私もそうしてみた。

 すると、そのタイミングを見計らったかのように、『Merry Christmas! 恭賀聖誕』と書かれた文字が浮かび上がった。その文字の上をそりに乗ったサンタクロースやって来て橇から降りると、もう一つの文字を袋から取り出した。

『ゴメン、愛してるっていうからそのバカを許してやってくれ』

「ぶっ!」

 電飾のサンタはこちらに向かってお辞儀をしていた。

「やりすぎだ、あの野郎……」

 私がそんな天井から視線を外して彼を見つめると、

「……て、わけだ。ゴメン」

 私に対して今度は彼の方が頭を下げた。

「え? でも……サービス業って……」

 例の天井と彼を見比べながら言った。

「自分の彼氏の仕事も知らなかったのか?」

 はぁ……と溜息を吐いていった。

「市の広報課。今日はイベントの手伝いだったけどね。やっぱりおまえ、現実を見つめ直す必要が有るぞ」

「あーっ! それがキミの一言多いところだよ」


 今度は笑って、アーケードを季節が通り抜ける。確かに此処には本当の季節はないかもしれないけれど、もしかしたら本当の「季節」は、気が付かないだけで何処に出もあるのかも知れない。それよりも、明日は、久しぶり彼との休日が過ごせそうだということがうれしかった。



~fin~



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