第1話 拠点にて。
だいたい今回は説明文多めです。
私はサトと別れた後、空間移動の魔法を使って拠点のある小さな街に戻った。すぐに使わないのは空間移動にかなり集中しなければならないのだ。あの場所にいて魔法発動直前に襲撃されたらどうする?どこか分からないところに飛ぶか、壁にめり込むか。壁にめり込むとかなり痛いらしい。精神的にも。
キィ…と、扉を開ける音が響く。扉を抜けた先にはもう見飽きた風景が広がる。そして思いっきりため息をついた。むせ返るような酒のにおいと熱気。……こいつら昼間から酒を飲んでる。
「リタじゃねーか!おい、こっち来い。酌をしろ!」
うざい。すでにできあがっている同業者に近づき、テーブルにおいてあった開封済みの酒をぶちまける。
「貴様にやる酒なんざそれで十分だ」
「ぎゃっはっはっは」
「子供になめられてやんのー!」
「うっるせぇな」
それを見てたちまち盛り上がる同業者。正直引く。どん引き。
ここは表向きには居酒屋兼宿泊所。裏の顔は暗殺者の拠点の入り口。地下に通路があり、そこから近くの森にある拠点に繋がっている。私からすればこの拠点は家のようなものだ。実際に小さいが自分の部屋をもらっている。
どうやら今いるのは同業者ばかりらしい。暗殺者ばかりの居酒屋もどうかと思うが、しょうがないことだと思う。
「リタ、それも一応商品だからね」
カウンターにいるのは居酒屋の主、トルカ。もちろんのこと暗殺者。
顔がそこそこの好青年、と思いきや27歳。かなり年上。そろそろ三十路。栗色の髪と黒の瞳。ここら辺りでは普通の色合いだ。というか私が普通じゃない。今は茶色の目をしているが本当は銀色をしている。魔法で色を変えている。
“銀”とは魔力保持者の最高峰を示す色。色が濃くなるにつれて魔力保持量が少なくなっていく。“黒”は魔力をまったく持っていない。そして人口。“銀”<<<<<“黒”になっていて、“銀”の出産率は5年に一度くらい。“黒”は人口の2分の1である。その間が“濃い色”“薄い色”となっている。“白”もいるが、突然異種である。“銀”よりも出産率が低く、未だに解明されていないが、分かっているのは魔力ではない特殊な能力があるということだけ。
「金はこいつらが払っているのだろう?」
「そうだけどね、勿体ないよ」
優男なのは顔通り。
「あ、そうそうリタ」
「何だ」
「サトは?」
「後から帰ってくるんじゃないか?あいつも空間移動が出来るからな」
「羨ましいよ」
「そうか。私は寝る。じゃあな」
「はいはいお疲れ様」
私が“銀”だと知っているのはサトとトルカ、そして私を拾った拠点の主、スモークさん。本名は知らない。
というか誰もみんなの本名を知らない。暗殺者になったとき、別の名を与えられる。家名はない。必要ない。私は自分の本名さえ知らないので、リタが本名だと言っていい。記憶が無いと便利だ。本名と混乱することがないし、本名をぽろりと言ってしまうこともない。
それに、家族を思い出すこともない。非常に便利だ。
◇ ◇ ◇
地下通路から階段を上がると、上がりきったところの上に蝶番が着いており、そこら周辺の天井を押し上げれば、拠点の一階ホールの部分に出る。通路から這い上がると、そこにはスモークさんがいた。周りを見るとスモークさんの他に誰もいない。
「スモークさん、ただいま」
「ああ、お帰り」
拠点は三階建てに小さい屋敷になっている。少し古い建物だが住むには問題ない。実際に定住しているのは私とサトとスモークさん、他に4,5人定住していたはずだ。ついでに言うとトルカはあの居酒屋で寝泊まりをしている。
私は8年前、このスモークさんに拾われた。彼が言うには私はこの拠点の近くに倒れていたらしい。私の記憶はスモークさんに拾われて、この屋敷で目が覚めた辺りからしかない。それから教育係のサトを紹介してもらったり、生活に必要な物をそろえてもらったりと、この人には頭が上がらない。
スモークさんは茶色の髪と黄色の瞳。“濃い色”だが魔力はそこそこある。細く釣り目の目は少し厳しさを感じさせるが、私はこの人が優しいことをよく知ってる。私自身スモークさんを父親のように思っていて、いつか親孝行のようなものでも出来ればと思っている。
スモークさんは背中に荷物を背負い、まさに『旅します』という格好だった。
「スモークさん、これから仕事か?」
仕事というのはもちろん暗殺のこと。
「ああ、少し遠くだ。俺も空間移動が使えれば楽になるのに」
「だが、失敗する危険性がなくて気が楽だ」
「そうなのか?」
「そうだ」
「じゃあ、止めておこう」
「それがいい」
誰にも聞かれぬように小さな声のやりとり。何気ない会話だが、心地よいものがある。
「じゃあ行ってくる」
「ああ、分かった」
というか何気ない会話でさえここではそうそう出来ない。人を殺して正気を保てなくなった者達もいる。そんな中正気を保っているのは精神的にかなりタフだ。
「うあああああぁぁあぁぁぁ!」
そして、居酒屋からの通路ではなく屋敷の正面玄関から叫びながら飛び込んできた男が一人。20くらいの大人が何をしているのか。まったく情けない。確かあいつはこの前奴隷商から売られてきた新人だったかな。今日が初仕事だったのだろう。正気を保てなくなったようだ。
私も最初はあんなのだった。だがあそこまでひどくない。だって――――
「リタ」
「ん?」
「あいつはもう無理だ。殺れ」
―――誰かに牙をむくことはしなかった。
新人は勢いだけは今にも私たちを殺しそうな勢いだが、動きはめちゃくちゃだ。これでは私の足下にも及ばない。距離は約十メートル。正面からナイフを投げても返り血は浴びないだろう。片付けは大変そうだが。
手中にナイフを出現させる。新人を見据えると、一途の希望をかけて強い殺気を当ててみる。これで正気に戻るのならまだ生かしておける。私の優しさだ。たまにこれをすると生き残る奴がいるので、いつもやっているのだが。
こいつは正気に戻らなかった。
残念だと思いながら、新人の胸にナイフを突き刺した。胸から真っ赤な鮮血が飛び出し、新人が倒れる。ゴポゴポと口からも血を吐き出しながら新人は事切れた。つんと鉄臭いにおいが広がる。
「あー。出発が遅れるな、これは」
「スモークさん、仕事に行け。片付けは私とサトでやっておく」
「俺も!?」
床からひょっこりサトが顔を出した。ばれてないとでも思ったか。
「だって暇だろう?」
「だがな、俺だって疲れてんだぞ?」
「それだったら私もだ」
少し胸を反らす。世に言うどやぁだ。
「そんな自慢に何ねえよ」
サトに頭を軽くはたかれる。避けはしない。
スモークさんは少し呆れた顔で言った。
「じゃあ俺はお言葉に甘えて行ってくる」
「行ってこい」
「いってらっしゃい」
新人が開け放った扉の前に立ったスモークさんを、二人で見送る。その背景として死体がなければかなりほのぼのとした光景だろう。
スモークさんの背中が見えなくなった後、二人で死体の処理をした。こんなことを言いながら。
「サト、埋めるから穴を掘っておけ。私は死体を外に運び出すから」
「へいへい。んじゃ、ちゃちゃっと済ましますかね」
誰もいなかったので、魔法を使った。かなり楽だった。
……早く寝たい。




