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黄昏のエッダ  作者: 羽月
終末
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降臨

 バシャア、と、派手な音と共に水球が落下して割れ、エンが海水を吐き出し、盛大に咳き込む。


「あー、クソ。体中いてえ」


「エン、大丈夫か? レヴィは?」


「かすり傷だ」


「いや、いくらなんでもそれは無理あり過ぎだろ!」


 切り裂かれた肩からも、左の大腿からもだくだくと体液が溢れているレヴィに、ロキが思わず目を見開いて強い口調で言う。


 と。

 空間の空気が変わった。重く、絡みつくような、熱気とも、冷気ともいえぬ何かを含んだ大気。


「まったく、どこまでも」


 空間全体に響く声。エンとレヴィが、捻じ伏せられるように地に跪く。


「誰に、抗おうというのだ」


「やっぱり、隠れてみてやがったのか」


 ロキの言葉に、クック、と含み笑いで応える。


「出てこいよ、ソウシ!」


 黒い霧がたつように、空間に人の姿が現れる。


「曾祖父に対して、その言い方はないであろう。

 これだから人の血が入ると。なんと品のない」


「黙れよ、ゲスが」


 ロキに睨みつけられて、やわらかに光を放つ青年は、優雅な仕草で笑う。

 浄土でロキを介抱した時の姿のままの、ソウシ。谷城霜司を名乗っていた神。

 滑るようにロキに近付き、額ずくレヴィの肩を踏みつける。


「てめえ、何してんだよ!」


 ロキが突き飛ばそうとしたが、その手は神の体をすり抜け、触れる事すらできなかった。地に倒れたレヴィを、さらに、ギリ、と体重をかけて踏みにじる。

 レヴィの口から、苦悶の呻きが漏れた。


「ここへ、何をしに来た?」


「なんで、人を襲う?」


「自然を穢す根源を取り除いたまで」


「嘘だ」


 じろり、と、神の目付きが変わる。


「自然を守るため、なんて理由は欺瞞だ」


「だったら、どうだというんだ。儂は、この世界の神だ。

 儂の好きにして何が悪い」


「悪いに決まってんだろ! てめえが作った世界じゃねえだろ。

 キモいんだよ!」


「儂の血を僅かばかり引くというだけで、そこまで思い上がるか?

 卑俗な下等生物が。

 黙って儂のいう事を聞いておけばいいんだよ、キサネエエエエ!」


 びくり、と、全身が強張り、足が竦む。

 その叫びに、名の呼び方に、覚えがあった。脳で覚えている記憶ではない。繰り返し罵倒され、殴られ、体に刻まれた恐怖。じわりと滲みそうになる涙を必死で抑え、かすかに震える声で言う。


「親父を、操っていたのも、てめえだな?」


 目前の涼やかな青年が、目を細め、嘲笑を浮かべてロキを見る。


「本当は、体が動くのに、寝たきりの、ボケたじじいのフリして母さんをこき使ったのも、わざとだな? 清羅を消したのも」


「ただ数刻の暇つぶしに、ずい分な言われようだな」


 ロキは飛びのいて距離をとり、左手を胸元にあてた。

 怒りに涙のにじんだ目で神を睨みつけるロキの、震える左手の中に、黒い鞘に納められた、一振りの刀が現れた。


「覇天」


 うっとりとした声で、神が呟く。


「それを、渡せ。貴様には過ぎた代物だ。人が手にしていい刀ではない」


「これを渡すための、対価は?」


 神は一瞬表情をこわばらせ、ふっと笑い声を漏らした。


「神に対価を求めるなどと、なんと不遜な。まあ、よい。

 貴様と、ここにいる眷属の命、とらずに現世に戻してやろう。

 それが対価だ。さあ、それを、こちらへ」


(命のみ長らえて何になりましょう)


 清羅の言葉が蘇る。


「命はさ、確かに大事だよ。けど、一番じゃない」


(血気盛んな、野望持つ若者に命運を預け、神に消されたとてそれもまた一興)


 清羅は、この神に覇天を渡す事を拒み、自分に与えてくれたのだ。


「てめえにコイツを渡すくらいなら、死んだ方がマシだ」


 右手で柄を握り、引き抜こうと力を込める。が、ぴくりとも動かない。神が声を上げて笑う。


「思い上がるなというのだ。人に抜けるものではない」


「くっそ、なんでだよ!」


 ギリギリと力を込めるが、鞘は刀身と一体になっているかのように離れる気配すら見せない。

 覇天、いう事きけよ、あいつをぶった切ってやる。殺してやる。怒りと悔しさで目の前が昏くなる。

 その時、視界の隅を過るものがあった。

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