氾濫
ロキ達は光る煙のような、雲のような場所を抜け、とある空間に出た。視界は無限に広く、ただ、白く明るい。自らの立つ足元には、地面らしき感覚はあるが、一歩前は同じ地続きなのか、空なのか、少なくとも、人の目では判断できない。
その場にいるロキ達以外、上下左右の感覚がおかしくなるほどの、完全な光のみの世界だった。
「エン」
レヴィの声に、呼ばれたエンだけでなく、ロキも振り向く。
レヴィの足元に、彼が呼んだのであろう海水が湧き、さあ、と、膝くらいの高さの壁を作り、重力に従うように地面に広がり、消えた。エンが炎を呼ぶ。彼に絡みつくヘビのように、左手から発した炎は、彼の体を一周し、右手にたどり着く前に力なく消えた。
「何?」
ロキが眷属たちを交互に見ながら怪訝そうに問う。レヴィがわずかに肩を落として息を吐き、ロキに向き合う。
「能力値に規制が掛かっています」
「ここは、セキュリティ・フィールドだ。
んー、神の安全地帯、ってとこかな。
つまり、俺たちはここにいる限り、どうあっても神に危害を加えるだけの力は出せない」
「ここから、出る事は?」
すでに方向感覚を失っているロキが問う。
「主様の自室に置いてある証を辿ろうとしたのだが」
「あー、全くみえねえや」
「帰れないって事だ?」
眷属たちの言葉に、ロキが笑いを含んだ声で言う。
「なんか、ごめん、俺が入ってきちゃったから」
「来ちまったもんはしょうがねえだろ。さて、どうするかな」
そういって頭を廻らせたエンの動きが止まる。彼の視線の先を辿ると、人影が見えた。燃えるように輝くオレンジの髪、チョコレート色の肌の、ローティーンの少女。
「ヴォルケーノ! どうしたんだよ、俺、心配して」
駆け寄ろうとするロキを、エンが前に出て止め、レヴィもすっとロキとヴォルケーノの間に立った。
ヴォルケーノが右手をあげ、三人の方へ振り下ろすと、煮えたぎるマグマが鞭のようにしなりながら振り下ろされた。エンが左手で受け、レヴィは海水の壁を作って飛び散ったマグマを遮る。ジュワ、という音を立て、マグマは冷えて礫となり、水の中を滑り落ちた。
ロキが驚いたようにヴォルケーノを見ると、以前見た時の、ちょっと生意気で、元気いっぱいの勝ち気な少女という雰囲気はなく、無表情で、動きはどこか不自然な人形のよう。
再度右手を振り、溶岩を使って襲ってきた。
さらに量と勢いを増した溶岩を、エンが自らの体を使って引き受け、止めきれなかった溶岩がレヴィの海水の壁に飛び込む。が、レヴィが作れる海水の壁は薄く、激しく蒸気を上げ、まだまばらに赤い溶岩がロキ達の足元にバタバタと落ちた。
「あっつ!」
「ロキ!」
「大丈夫、だよ、エンこそ」
「ヤツが出せる最高温度は、いいとこ六千。
こっちに触れるまでに五千度くらいにまで落ちる。
俺は溶岩を蒸発させるほどの熱にも耐える。心配ねえよ。
受けるだけしかできねえけど」
「ヴォルケーノ?」
ロキのどこか呆然とした声に、全員が少女を見る。右腕に輝く溶岩をまとわりつかせながら、無表情な頬を、涙が伝って落ちる。
「操られています」
ロキを背後に庇うレヴィが、緊迫した声で言う。
「そんな」
ロキの声を遮るように、ごう、と、熱風が吹き付ける。ヴォルケーノの目前にマグマが湧き、波打ち、うねるヘビのように襲いかかってきた。
「避けろ!」
エンの声に、ロキが走る。
エンを包み、乗り越えたマグマは方向を変え、ロキを追った。
伸び上がり、降り掛かろうとする赤黒い波を、レヴィが呼んだ海水が包んだが、その量と勢いの差は圧倒的過ぎた。
「主様!」
守りきれぬと悟ったレヴィが、鋭く叫んだ。