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黄昏のエッダ  作者: 羽月
終末
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光空

 ロキの生家は、先日訪れた天狗の住む山に近い山の中腹にある。雑木林を抜けた先の、集落を見下ろす高台に、かなり広い敷地を有していた。

 今は住む者もなく荒れていると聞くが、歴史ある古い名家だ。

 ロキの指示に従い、敷地近くの路肩に車を寄せて止めると、ロキは戸惑いなく生い茂る篠の藪に分け入っていく。後を追うと、道路側からはただ雑草が密生しているようにしか見えなかったその先に、人が通れる程度の幅の小路が続いていた。

 昼なお暗い藪の道を二十mほど進んだだろうか。敷地の裏手、母屋の北側に、古い木製の小屋が立っていた。景色に溶け込み、今にも崩れそうな、作業道具などがしまってあるであろう、板を組み合わせただけの掘建て小屋。

 ロキはその前に立ち、じっと引き戸を見つめていた。思い切ったように手を伸ばし、建てつけの悪いその引き戸を、力を込めて何度かに分け、ガタ、ガタと開く。

 大槻は息を飲んだ。

 そこには、淡い光があった。

 たかだか2m四方の小屋の中であるはずなのに、古く白茶けた木戸の先には無限の空間があり、見える限り全て、柔らかく、煙が立ち込めるかのような、真っ白な光に満たされていた。


「ロキ、これは」


「大槻さん、ここから、俺だけで行くんで。大槻さんは、本部戻ってください」


「何を言っているんだ、そんな事」


 驚いて振り向くと、彼の横顔からは強い意志と決意が見て取れた。


「ここから先は、俺の戦いなんだと思う。だから」


「それでも」


 大槻は、自分の声を遠く聞いた。


「君を残して帰れるわけないだろう。君一人で行かせるわけには。

 何もできなくても、いないよりは」


 ロキがゆっくり大槻に視線を向ける。一瞬、言い返しそうな厳しい表情を見せ、唇を結び、ふと、泣きそうな笑顔に変わった。


「あのさ、俺、神を殺そうとしているんだよ?」


「ならば、なおさらだ」


「けど、きっと、大きな罪を背負う」


「誰を敵にして戦っているのかは、理解していたつもりだ。

 それとも、私は能力が低いから足手まとい、か? これでも、君の上司だぞ」


 ロキは俯いて、は、と乾いた笑いを漏らし、顔をあげて潤んだ目で大槻を見た。


「多分、本当はダメなんだ。どんな手を使っても、他の人を巻き込んじゃ。

 けど、やっぱ、俺ね、一人で行くのは」


「まーだそんなコト言ってんのかよ」


 す、と姿を現したエンが、腕を組んで呆れたように言う。

 そのすぐ隣に、レヴィが立つ。


「主様は、何度申しても、我々を頭数に入れてはくれぬ。常に一人だと」


 眷属たちを見据える、ロキの表情が歪む。


「ロキ、どうやら君は、どうあっても一人ではないらしいな。

 この空間の向こう、なんだな? ここは、一体?」


「じいちゃんが死んだ後、親父がここに入っていったのを見たんだ。

 後で、中に何があるのか見ようと思ったけれど、ガキだったせいか、引き戸が開かなくて。

 その後、ここにいたのがばれて、絶対近付くなって、すっげえ殴られて。

 最近まで忘れていたけど、ビンゴだったね」


「曾祖父でなく、父親が?」


 大槻の問いに、光の空間を見たまま頷く。


「でも、この先に何があるかまでは、わかんないよ」


 眷属たちを見ると、彼らもわずかに首を横に振る。


「なら、行ってみるしかないな。だろう?」


 大槻の言葉に、ロキはへらりと笑い返し、その笑顔のまま、レヴィ、と声を掛けた。

 大槻の意識は、そのまま、途切れた。


 意識を取り戻すと、先程の場所に倒れていた。

 鼻孔の奥に、つん、と、潮の香りがし、周りにロキ達はいない。

 小屋の中を覗き込むと、板や古い農作業の道具、スコップや鋤などが並べられ、地面には樽が置かれている。集落のどこにでもありそうな、農作業道具が収められているだけの古い小屋。

 光の空間は消えていた。

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