天災
それから三日後、太平洋に浮かぶ、日本近海の島と、それに近い本州の火山が、ほぼ何の予兆もなく立て続けに噴火した。ロキは証を通してヴォルケーノに声を掛けた、が。
「だめだ、応えない」
「何があったんだろう」
薗田の呟きに、苦い表情のまま視線を逸らす。様々な報告などの声が飛び交う中、吉井が大槻、ロキ、薗田、高岡のジェーナホルダー四人を呼んだ。
「現地で、職員と合流してくれ。詳しい情報は、追って」
「緊急の通報です!」
吉井の言葉を、通信担当職員が遮る。
「近畿地方を中心に、次々と送電システムがダウンしている模様」
「なんだって?」
「原因は、今のところ不明。
主要施設は一時的に非常電源に切り替えて対応していますが、中国地方方面へ停電範囲が広がっています」
「吉井さん」
大槻はロキの感情を抑えた呼びかけに振り返り、その表情を見てぎくりとした。
血の気の失せた白い頬、細い指で、自らの胸に下げた灰色の石をきゅっと掴む。
「俺の家に行きたいんだけど。生まれて育った方の家」
大槻が吉井を窺うと、視線を合わせて小さく頷いた。
「大槻君に送ってもらってくれ。
薗田君と高岡君は、現状がわかるまで本部に待機。
大槻君、気を付けて行ってくれ」
「はい」
「吉井さん……!」
頷いてロキを伴い、踵を返してドアを目指す大槻の背後から、職員がさらに緊迫した声で、とある国名を告げた。
「突如、海水の大渦が発生して内陸にまで到達、山脈に囲まれた平地、約三千平方メートルが完全に水没したとの外電です。
地域住民、約120万人の安否は不明、海龍の渦と、思われる、と」
「海龍?」
愕然と立ち尽くす大槻のそばを、ロキが駆け抜けていく。さらに混乱を増すモニター室から足早にロキの後を追った。
街道は、いつもとほぼ変わらない風景だった。
直接被害にあっていなければ対岸の火事といったところなのだろう。人々も、こういったトラブルに慣れ始めて麻痺してしまっているのか、諦めているのか。
助手席のロキをちらりと盗み見ると、思いつめたように窓の外を眺めている。生家も、周辺の土地もすでに人手に渡っている。彼の故郷に何があるのだろう。
「ロキ」
声を掛け、ちらりと横目で見ると、ゆっくりと大槻の方を向く。
「夢、とか、ある?」
「えー? 夢え?」
大槻の問いに、助手席で少し前かがみになって笑う。
「将来なりたいもの、とか。大学に行きたいって言っていたそうじゃないか」
「ああ」
背もたれに身を預け、再び車窓に視線を移してしばらく考え込んでから話し始めた。
「俺、ガッコの先生になりたかったんだよね」
「先生?」
「今、バカにしたでしょ? 無理なのはわかっているよ。夢だろ、夢」
「いや、バカになんてしてない。意外だとは思ったけど。
小学校の、とか? どんな先生に?」
ロキは、本当? と、疑わしげに言って、言葉を途切り、静かに話し続けた。
「俺、親父に殴られていたって、言ったでしょ?
メシももらえなくて、風呂も入れなくて。
けどさ、うちって、昔っから、なんていうんだろ、偉い人の家だったらしくて。権力者? 名士? とかってヤツ。
今どき、そんなのないだろうと思うんだけど、年寄りとかは結構頑固でさ。
谷城さんちに、変なことしたら一大事! みたいな所があって。俺がそんな目にあっていても、近所の大人は誰も見て見ぬフリで助けてくれなかった。
それを、小二の時、ヨソから転勤してきた先生が担任になって、高城先生って、若い男の先生だったんだけどさ、児童相談所とかに通報して、俺を施設に入れてくれたんだ。
それまでも、たまにメシ食わせてくれたり。
先生がいなかったら、俺、死んでいたと思う。
学校にいた、なんていうのかな、家に問題があるガキって、俺だけじゃなくてさ。
逆に、親が揃っている方が面倒なんだよね。実の親の意見優先で、周りの大人が手を出せなくて。
俺も、そういうガキに気付いてやりたいって言うか。
まあ、宇宙とか行くようになったらさ、教員資格とか、教育実習とか、言っている場合じゃないだろうし。
だいたい、俺、バカだし」
「ロキは、バカではないだろう。そうか、学校の先生か。
うん、きっと、子供に人気のある先生になっただろうなあ」
意外だと思ったのは、逆に、ロキだったらもっと、世界中を駆け回るような、世界中の権力を手中に収めてしまうような、そんな職業だって目指せたはずだ、という思いがあったからだ。
教職を馬鹿にしているわけでは決してないが、ロキが届かぬ夢として憧れているということに対する意外さがあった。
地球を、平穏に続く生活を手放すという事は、子供や若者は、今持っている夢を、一度はあきらめるという事と、ほぼ同意義だった。
目前に迫っているはずなのに、実感がない近い未来。明日の事さえ、今は定かではない。