訣別
大槻の運転する帰りの車中で、エンが、清羅は、なぜ思いを引き継がなかったのか、考えてみた、と言った。
「前に、ロキが行方不明になった時、俺も、消える寸前だった。
俺たち、卵に封じられる、ヒトに仕えるために作られている魔族は、主がいなくなれば、実際に体験した記憶以外の思いや感情のようなものはリセットされる。
けれど、レヴィや清羅みたいに、元々自然界にいた魔族は、その気があれば新しい自分に思いを引き継げるんだ」
「なんで、エンは俺がずっといないと、リセットになっちゃうわけ?」
「そう創られているんだよ。
俺たち魔族に比べたら、ヒトの寿命は短い。俺みたいに人に仕えるために存在している魔族は、主がいなくなった後、やがて別な主に仕える事になる。
今、俺の中にはロキの血が流れ、ロキに育てられてきた歴史ができてしまっている。今現在の延長で、お前への忠誠心やいろんな思い入れを持ったまま、他のヤツを主として仕えるのは、正直、無理がある。多分、それに対する配慮なんじゃねえかな。
お前が行方不明になって、死んだわけじゃなく、帰還する可能性が高く、またロキに蘇らせてもらえるってわかっていても、思いは完全な形では引き継げない。
お前が死んだんだったら、諦めもつく。が、主が存命だっていうのに捨てられるとか、気が触れぬほど離れなければならないっていうのは、かなりきついもんがあるんだ。
ぶっちゃけ、かなり悩んだ。
思いを切り離して証に封じておけば、純粋なまま保存できる。
けど、何かができるわけじゃない。飾り程度の意味しかない。
今の自分の思いを卵に残して引き継げば、新しい自分にその思いは融けて混ざる。多少なりとも影響を与える。
強く願い続ければ、やり残した事を、果たす事ができるかもしれない。
人に仕える魔族なら、誰でも葛藤するはずだ。
清羅サンは、神に背いて消されたって言うけど、あの地に、本当に深い思い入れがあった。
その気になれば残せたはずの感情を、そこまで完全に引き継がないでいられるものなのかな、ってな」
口をつぐんでふと遠い目をするエンに引き継ぐように、レヴィが話し始めた。
「清羅殿は、きっと、消されるであろうことも、新しい風魔に、神が何を命じるかも、よくご存じだったのでしょう。
自らの思いを引き継ごうとしなかったのは、新しい自らが、新しい神の命に従う事を、望んでおられなかったからだったはず。
新しき風魔は、清羅殿は覇天に宿っていると言っていた。
かの刀が、清羅殿にとって、どれほど大事な物であったか。
それを神へ献上し、人を守る事を放棄した主様に仕えよと申されても、清羅殿は喜ばれたでしょうか」
「清羅サンはさ、お前に託したんだよ。
たとえ神に消し飛ばされようと、人を、流域の命を守ろうとした事を、さ。
お前がその意志や思いを放り出したら、縋るものが無くなっちまう。
本当の意味で、消える。
記憶や記録は、新しい風魔に。思いは、ロキ、お前の中に。
だからさ、いい加減、もう泣くな」
エンにそう言われても、涙は止まらなかった。大槻の運転する車の助手席で、タオルを被り、顔を隠して嗚咽を堪え続けていた。