絶念
「多分、できる。神さまだったらね。
思いは全部持って行っちゃったし、今はここの守護は僕がなったし、もう縛るものはない。
次に作り直してもらえるとしたら、君の眷属になる事もできると思う。
神さまは、やってくれないだろうけど」
「なんとか、頼めない?」
「ロキ!」
「主様、それは」
エンとレヴィの言葉を無視して詰め寄ると、少年は考えながら言葉を選ぶ。
「どうかな、対価がいるよ。
神さまが、その望みをかなえてもいいって思えるくらいの対価」
「対価? 俺が持っている物だったら、例えば?」
「例えば、覇天。
君が、覇天を神さまに渡して、神さまのする事を邪魔しませんって誓えば、もしかしたら」
そうすれば、清羅が戻ってくる。しかも、自分の眷属になってくれるかもしれない。
清羅を消した神は、一体どんな存在なのだろう。
もしかしたら、曾祖父が? だったら、自分の願いを聞き入れてくれる可能性はゼロではない。それに、覇天は人類を守るために使うと約束してくれるはずだ。
けれど、覇天を人類に仇なす神に渡し、従属すると誓えば、人類を守る事はできなくなるだろう。
それでも。
人類は、自然を穢し、清羅の力を奪い、森や川に棲む生き物を追い出した。今度は、人類が地球を追い出されればいい。
それが神の望みだというのなら、もう、妖魔と戦ったりしない。そう誓おうとして口を開きかけた時、エンに強く肩を引かれた。
「だめだ!」
「なんでだよ!」
「僕も、やめた方がいいと思う。
神さまに仕える僕がこんな事いうのは、本当はよくないんだろうけど」
淡々と告げる少年に、再び向き直る。
「神の望みを叶えた方が、好都合なんだろ? だったら」
「いい加減にしろよ、お前、マジで清羅サン殺すつもりか」
「主様、どうか、お考え直しを」
エンの強い声と、レヴィの縋るような必死な言葉に愕然と振り返る。少年が、哀しげな顔でロキを見上げる。
「あのね、僕は彼なんだよ。
思いは引き継いでいないし、同じかって言えば、違う。
けれど、彼が見てきたもの、触れてきたもの、行動や言葉、その、ほとんどの記憶が残っている。
神さまは、君が清羅って呼ぶ風魔を蘇らせる事で、覇天を人から取り上げる事ができるなら、その方がいいはず。
けど、彼は、清羅の思いは、きっとそんな事は望んでいない。
やめた方がいいと思う」
ロキは、少年の口元と顎の線は、確かに、清羅に似ていると思った。
考えがぐるぐるする。なんで? 他に、方法はないんだろうか。再び、清羅の姿を見て、声を聞く方法。見送ってくれた時、振り返りさえしなかった。冷たい態度をとった事、ちゃんと、謝ってもいないのに。
清羅。本当に、これでいいの?
エンの持つ箱の中に収められた狐面に視線を落とし、心の中で問いかけると、清羅の言葉が蘇ってきた。
(私は、人を愛しております)
ロキはただ、彼の遺した証を握りしめて涙を流し、立ち尽くすしかなかった。
呆然としたまま、エンに引きずられるように下山した。
途中振り返ると、少年は自分たちを見送ってくれていて、ロキの視線に気付いて手を振った。
もし、あの時振り返っていたら、きっと、清羅も。堪らなくなって、エンの手を振り払って駈け戻った。黒い羽の少年が目を見開く。
「ごめん。俺、意地張って、勝手で。お礼も、ちゃんと言えてなくて」
少年の眼がうるっと揺れて、微笑みの形をとる。
「大丈夫。うれしかったから。
君が僕の、じゃなかった、清羅のために怒ってくれた事、泣いてくれた事、申し訳ない気持ちの奥で、うれしかったから。
ありがとう。僕は、彼の守ってきた山を守るよ。
彼よりずっと、厳しいやり方になるけど」
「あ、あのさ、俺、人間だけど、また来ていい?
神の敵だったら、来たら迷惑かな」
少年はぱっと笑顔になって首を横に振る。
「遊びに来て。今度は、山のお土産、用意しておくから。元気でね」
(どうか、幾久しく健やかで)
少年の笑顔と、清羅の言葉が重なる。必死で笑顔を作ろうとして、うまくいかなくて、それでも何とか涙を振り払って山を後にした。