薄片
「あの、すまないが、いいかな」
大槻がおずおずと言葉を掛ける。
「土砂崩れを起こして、工事現場を破壊したのは、彼、なんだね?
悪いが、我々の仕事は」
「あー、大槻ちゃん、あれだよ、これは、放っておいた方がいい。
人が神域の森に手を出さなければ、なんもないし、ここは守られるべき場所だよ。さわらぬ神に祟りなしっていうだろ?」
エンがそう言い、な? と同意を求めると、少年がきっぱり頷く。
「この山が均され、神木が切られれば、やがてめぐり廻って人に禍を呼ぶ事になるよ」
「そうか。わかった、そのように報告し、この地を保護してもらえるように動こう」
大槻の言葉に、少年が微かにほっとしたような表情を浮かべる。
「あの、あのさ、これ」
おずおずと掛けられた声に、ロキは必死で涙をぬぐって顔をあげた。新しい山守の少年が、蝶結びの紐でふたが留められている、お伽噺の挿絵に描かれる玉手箱のようなものを差し出している。
「あげる。君のそばにあった方がいいと思う」
エンが代わって受け取り、ロキの目前に差し出す。紐を引いて蝶結びを解き、そっとふたを持ち上げ、息を飲んだ。少しくすんだ、黒い、狐を模した面。清羅がいつもつけていた。レヴィが、ロキの背に手をあてたまま、少年を見上げる。
「よろしいのですか? これは、そなたの」
少年は黒髪を揺らして首を横に振る。
「前の、えっと、清羅のね、記憶や記録は引き継いだんだけれど、思いは全部、持って行っちゃったんだ。
だから、僕の中に、清羅の感情は残っていない」
「思いを残していないって、全部? きっぱり?」
驚いたように身を乗り出すエンに向き直って頷く。
「うん、全部。今はね、その子の持っている証の中にいる。
っていっても、思いだけじゃ何にもできないけど。神さまに賜った刀にひかれていったみたい。今は刀に溶けて宿っている。
だから、そのお面は君のそばにあった方がいいと思う」
少年に真っ直ぐな視線を向けられて、慌てて服の中に付けていたペンダントを引き出す。石は相変わらずくすんだ、斑な灰色をしている。この中に、あの刀の中に、清羅が? 咄嗟に立ち上がったロキを、少し背の低い少年が驚いた目で見上げる。
「清羅を、もう一度作り直す事はできないの?
なんか、なんでもいい、そういう可能性は」
「ロキ、やめろよ」
少年は遮るエンとロキの顔を交互に見て、「できるよ」と言った。