追慕
大槻の車に、エンとレヴィも無言で乗り込んできた。車窓の景色をみながら、頭の中は急速回転する。
レヴィの前の海龍は、神の言う事を聞かずに暴れて消されたという。
清羅が、あの工事現場を壊したのだろうか。けど、そうだとしたら、自然を、あの森を守るためだ。元々、神があの森を守れって言ったんじゃないか。清羅はそれに従っていただけなのに。だから、消されるなんて事、あるはずない。清羅が、もうこの世界のどこにもいないなんて事が。
寺院は一部を除いて立ち入り禁止になっていた。
大槻が警備員に身分証明を見せ、ロキ達は山道に入った。つい昨日、清羅に見送られて辿った道。気持ちは先へ急ぐのに、足が思うように動かない。
すっと前へ出たレヴィを視線で追うと、行く先に黒い人影が立っていた。
黒い僧衣と大きな羽。一瞬、清羅かと思ったけれど、違う。黒髪は顎くらいの長さ、狐面はつけておらず、深い紫色の切れ長の涼しげな目元、口をきゅっと引き結んでいる。十三、四歳くらいの少年。
「これより先は神域。人の立ち入る事、まかりならぬ」
声も清羅よりずっと幼い。鼓動が早くなる。レヴィとエンが深々と頭を下げる。
「突然の訪問、失礼する。我らは清羅殿と交流のあった者」
「うん。谷城家の者に仕える海龍だね」
「いかにも」
少年の声がいくらか和らいでいる。気の毒そうに言葉を続ける。
「あのね、僕をつくったのは、前の天狗をつくったのと、違う神さまなんだ。
悪いけど、僕は谷城の家を守るようには言いつかってない」
「いいんだ、それはしょうがねえよ。土砂崩れは、あんたが?」
「そう。聖域を侵す者は排除しないといけない」
エンが鷹揚に応えるのをイライラと見ていた。
「お前、誰だよ! 清羅はどうした?」
ロキに怒声を浴びせられ、黒い羽の少年は目を見開いておろおろと眷属たちを見る。
「主様、ここはこの方の地、そのような振る舞いは」
「あー、風魔ちゃん、ごめんね。
うちの主、魔族の事とか、まだあんまわかってなくてさ」
「馴れ合ってんじゃねえよ! 清羅はどうしたって聞いてんだよ」
「消えたよ。神さまのいう事を聞かないで、反抗するから、消された」
「それはもしや、覇天と関わりが?」
レヴィの言葉に、ぞくり、と、背筋が凍った。覇天? まさか、俺のせいで? 少年が首を横に振り、表情のない声で続ける。
「切っ掛けではあったかもしれない。けれど、違う。
覇天は、古き神から賜った物なんだ。古き神は、ずいぶん前にここを去った。
そのあと、新しい神は、聖域を死守せよとの命を下した。
本当だったら、人を踏み込ませず、山を切り崩すような事、許しちゃいけなかったんだ。
天からの雨は強い毒と酸を含み、神木は立枯れる。木々と土が作れる清き水は、わずかで限りある。汚染されていない清浄な水は、神木の根元に留まらせるべきだった。
なのに、前の風魔はそれまで通り川に流してしまう。
清き水を送るのは、水源の山を守る者の務め、滞らせては流域の生き物と、海の民に申し訳が立たぬと言って、神の進言を聞き入れようとしない。
一事が万事、その調子で。ずいぶん前から、いつかこうなる事はわかっていたんだ」
(今となっては、どんなに清流を作っても、毒水の勢いは止められぬ)
清羅の声が、耳の奥で蘇る。
「自然を守ろうとしていただけだろ」
自分の声が遠い。
(人は皆、己の欲望を垂れ流すばかり)
「自分の山だけじゃなく、みんなの事を考えて」
(愚かで哀しく、弱く、自らの目の届く範囲の事に気を乱され、溺れそうになってもがく姿は、一層憐れだ)
胸が詰まって、呼吸が苦しい。
(時に、非情で醜い。けれどね)
「命を、守ろうと。清羅は、ただ」
(それでも、愛さずにはいられない)
「人間のせいなのに、消されるなんて。そんな事」
泣き崩れ、しゃがみ込むロキの背中を、レヴィがそっと支えた。