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黄昏のエッダ  作者: 羽月
風魔
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寂滅

 眷属たちは、ロキと神との邂逅に気付いていないようだった。神が力をつけているのか、自分が異空間へ渡る事に馴染んできているのか、もしくは、他に理由があるのかはわからない。

 施設に帰り着いたのは、普段の夕食の時間より前だった。吉井と大槻が、ロキを見て目を見開く。


「たった一泊の内に、何かあったのか?」


 大槻の言葉に、思わず笑ってしまった。そんなに自分は変わっただろうか。

 彼らに、主要な事をざっと話した。天狗に会えた事、彼の空間で、一カ月近い時間分の訓練を受けてきた事、神殺しの刃をもらった事。


「ちょっと、考えまとめたいからさ、悪いけど、明日もうちょっと詳しく話すよ」


 そういって自室に戻るロキを、二人は労ってくれた。


 久々に自室のベッドに横になったが、なかなか寝付けなかった。

 考えなんて、まとめようがない。駅で曾祖父である神に、異空間へ召喚された事は、大槻と吉井には言えなかった。清羅の事が頭から離れないし、胸が苦しくなる。証に向かって呼びかければ、来てくれるのだろうか。いや、会って何を話す? 曾祖父の事を相談してみようか。それより、ちゃんと謝りたい。礼を言いたい。けれど。

 いつの間にかうとうとしていて、夜半にふと目覚めた。誰かに呼ばれた気がして、室内を見回したけれど、当然、誰もいない。アキはダイニングで寝ているし、眷属たちも、この時間は呼ばない限り出てこないよう話してある。

 夢か。

 なんとなくイライラしながら、再び、無理やり眠りにつこうとした。


 熟睡できなかったせいで、寝不足なのか、頭がぼうっとして体がだるい。寝室のドアの向こう、キッチンからは、包丁がまな板に触れる、トントンという音が聞こえてくる。エンが朝食を作っているのだろう。いつもより少し早いが、ダイニングへ出ると、アキが真っ先に駈けて寄ってきた。


「主様、おはようございます」


「おう、おはよう。メシ、もうすぐできんぞ。今日は走りに行かないんだろ?」


 しゃがんでアキの頭を撫でながら、眷属たちに挨拶を返す。言葉はいつも通りだけれど、空気が、チリっとした痛みを含む。ふと過る違和感。どこかよそよそしい。


「あのさ、なんかあった?」


 二人は、その問いが聞こえなかったように無言のまま。


「なあ! 聞こえねえの? お前ら、なんかおかしいだろ?」


 苛立って立ち上がると、レヴィが、自分をじっと見ながら言葉を探している。なんなんだ? いやな感じがする。と、ふいにドアがノックされ、大槻の声がした。レヴィが少しほっとしたようにドアへ向かう。


「早くにすまないね。テレビ、つけさせてもらうよ」


 慌ただしく入室してきた大槻が、ダイニングテーブルの上のリモコンを操作すると、朝のニュースが映し出された。工事現場だろうか、大型の重機が数台、土砂崩れに流されたようにひっくり返っている。画面の右上に表示されている地名は。


「まだ招集はかかっていないが、ここ、昨日までロキがいた山だろう?

 なにか心当たりが」


 大槻の言葉を最後まで聞かず、慌ててつけたまま寝ていたペンダントを探る。漆黒の丸い石は、清羅の証は、淡いグレーに色を変えていた。

 心の中で清羅を呼んだ。

 が。

 わずかに清羅の気配を感じさせていた石は、今はただの、無機質な冷たい物体になってしまっていた。

 愕然として眷属たちを見ると、硬い表情で視線を逸らす。


「さ、できた。レヴィ、これ運んで。

 大槻ちゃん、朝メシ、まだだったら、一緒に」


「待てよ。お前ら、なんか知ってんだろ?」


 キッチンに向かいかけたレヴィが立ち止まり、ゆっくりロキの前に立つ。


「レヴィ。清羅、どうした?」


「消滅しました」


「しょうめつ?」


「あの地は、すでに次の風魔が守護に入ったようです」


「うそだろ、いい加減な事言うな! 

 清羅は、いつでも呼べって、帰る場所にしていいって、消えるとか、そんな」


「ロキ」


 エンがキッチンから出てきてレヴィの横に立つ。胸が、黒い手に締め付けられるように、ジリジリと冷たく、熱い。


「清羅サンは、消えた。神の意志だ。もう、どうしようもねえんだよ」


「そんな、急に勝手な事」


「私とて、前の海龍が消されたのち生まれた。

 守護者が消されて代わる事は、そう頻繁にある事ではない、が、こうして稀に起こってしまう。抗いようは無い」


 眷属たちの言葉に、堪らず部屋を飛び出そうとした。急に腕を掴まれて振り返り、自分を止めているエンを睨みつける。


「待てよ。今、あそこに行ったって、もう」


「清羅が消えたなんて嘘だ! 山に行って、清羅の家に行って確かめる」


 哀しげにロキを見るレヴィと、視線を逸らしたまま痛みに耐えるような表情のエンを交互に見る。頭ではわかっている。眷属たちがロキにウソをつく事はない。けれど。


「私が送っていこう。準備をして車を回してくるから、着替えて」


 大槻がそう言い残して、慌ただしく部屋を出ていく。腕を引くと、掴んでいたエンの手は、簡単に外れて離れた。自分の鼓動がうるさく、視界が昏く狭い。


 清羅。

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